表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第六章 ユルガヌモノハ
127/239

第三話 around ザ world 少年 ⑤

◆◇◆





 追い詰めたと思ったが、思っていた以上に相手は厄介だった。


 狙撃手と、豹人族(パルドゥス)のアゲノル。数の上では二対二であったが、その連携が中々厄介だったのである。


「……シグ」


「何?」


「この男は任せた。俺が狙撃手をやる」


「勝手に指示を……!」


 言いたい事だけ言うと、彼女の返事や納得も聞かずに動く。当然、その目標は木の陰に身を隠している狙撃手。


 逃げている背中は二つの影だったが、恐らくその内の一人が観測手か何かなのだろうか。どちらにしろ、両方とも武器を持っている可能性を考えて、警戒して置くに越したことは無かった。


「そっちにゃ行かせねえぞ!?」


「黙れ。貴様の相手は私が任された。それとも余所見が出来るのか、豹人族(パルドゥス)?」


 横から攻撃を加える気配を見せたアゲノルだったが、それをシグが即座に牽制して足を止めさせる。アゲノルは忌々しそうに舌打ちをしていたが、すぐにシグの猛攻で手一杯となって横槍を入れる余裕を喪失していた。


「クソッタレが……堕ちても元皇女って訳かよ!」


「皇族として稽古を受けて来たし、失脚させられてからも研鑽を積んで来た。皇族譲りの魔力量を持つ私から、逃げられると思うな!」


「ぐっ……庸儿(フマナ)風情が!」


 背後で聞こえる遣り取りと、周囲が凍結する気配と音。彼女は自分の強みを生かし、アゲノル相手に事を有利に運べているらしかった。


 そうなれば、こちらもまた後れを取る訳にはいかない。


「シャリクシュ! お前なんだろ、そこに居るのは!?」


「…………」


 先程射撃のあった角度から推定した位置目掛けて白弾(テルム)を見舞うが、手応えは無い。代わりに返って来るのは銃声だった。


 しかし、的を絞らせないように素早く動いている事もあり、着弾音は既に後方へと置き去りになっていた。


 故に今度は、狙撃を躱したこちらが姿を探す番となる。


「そこかッ!」


「ぐっ!」


 何処に狙撃手が隠れているのか、正確には分からない。だから精密に狙って攻撃を撃ち返すよりは、幾つか白弾(テルム)を纏めて撃ってしまった方が良かった。


 果たしてその読みは的中し、直撃は免れつつも白弾(テルム)が着弾した衝撃に巻き込まれた二人の少年少女が遂に姿を見せる。


 うち一人は、見覚えのない蜂蜜色の髪をした少女。少し汚れ、憔悴した色が見えているが、それでも相応の美しさを持っていた。


 もう一人は黒髪黒目の小柄な少年で、褐色の肌を持つ剛儿(ドウェルグ)


「久し振りだな、シャリクシュ」


「……出来ればこうなる前に決着は付けたかったんだが」


「何でお前が神饗(デウス)に協力しているのか、その辺色々吐いて貰うぞ!」


「生憎、俺はここでしくじるつもりはない」


 基本的に銃を扱う彼の戦闘は、近接戦に弱い上に再装填で時間がかかる。だから一気に距離を詰めて勝負を着けたかった。


 見た限り、少女の方は戦闘能力もなさそうで、そちらを無力化するのも然程難しくは無いだろう。


「見くびるな。お前には具体的に言ってなかったかもしれないが、俺は殺し屋……視殺(アウスジ)だぞ?」


「だから何だって……ッ!?」


 どこか余裕を滲ませるシャリクシュの気配に違和感を覚えた時だった。


 彼が手に持つライフルの銃身がグニャリと変形を始めたのである。瞬時に短いものへと変わり、そして。


「死なない程度に吹っ飛べ、ラウレウス」


「――――ッ!?」


 散弾銃(ショットガン)


 咄嗟に広げた魔力の盾が受ける衝撃は、恐らくそれのものだった。細かいものが一瞬で、あちこちに打ち付けられる感覚である。


 自動小銃のように銃弾を連射して撃つのではなく、一瞬で広範囲に弾丸を拡散させる。威力は低いがその分命中率だけは高い。


 だから全身を守るべく展開した盾のせいで視界は遮られ、解除した時にはシャリクシュ達の姿が消えていた。


「あのヤロー……」


 まんまと撒かれてしまった。だが銃そのものが変形して、撃つ弾種まで簡単に切り替えられてしまうなど誰が想像出来ようか。


 本当に冗談みたいな光景であった。


 しかし、そんな事を考えている余裕もそれほどない。余り悠長な事をしていれば、逃げたシャリクシュがアゲノルと合流して、シグを下してしまうとも限らなかったのだから。


「逃がすかよッ!」


 再び、白弾(テルム)を乱射。


 辺り一帯を手当たり次第に吹き飛ばし、木を薙ぎ倒す。それによって段々と視界が開け、捜索も容易に――。




「っ!!?」




 そう思っていたのだが、不意に右肩を襲った焼けるような痛みで思考が中断させられた。


 肩を抑えながら屈み、それと同時に再び盾を展開する。そこへ後続の銃弾が直撃して防がれていたが、安堵する事は出来なかった。


「この辺の木を倒せば俺を見つけやすくなると思ったか?」


「…………」


「阿呆かお前は。それだけ拓ければ射線も通りやすくなるのは当たり前だろうが」


「けどそうやって撃ってくれれば、俺もお前の位置を特定するのはそんなに難しくないんだぜ?」


 展開した魔力の盾を挟んで言葉を交わす。正確な位置は測れないが、聞こえてくる声の程度からしてどの辺りに居るのかは見当も付けられる。


 肉を抉られた傷口に癒傷薬(メデオル)を振り掛けながら、着々と魔法攻撃を行う準備を整えていた。


「ラウレウス。お前、今その盾の向こうで攻撃の準備をして居るだろ?」


「……どうだか?」


「白を切る必要はない。魔弾(テルム)の数は五つくらいだな? 傷の手当てが終わったら反撃するつもりだ。違うか?」


 一度は韜晦(とうかい)してみるものの、己が行っている事を何もかも的中させられて動揺を抑えるのがやっとだった。


 一体なぜ、ここまで見透かされているのか。余りにも不可解で不気味な出来事に、何かを言い返してやることも出来なかった。


 それすらも見透かしたシャリクシュの声は、気付けばすぐそこにまで迫っていた。盾を挟んですぐそこである。魔力盾を解除すれば、目の前にアップで映る事だろう。


「お前の動揺は手に取る様に分かるぞ。だから最初の時点で、こうして一対一になった時点で、俺の勝ちは見えていた。狙撃手相手に一人で挑む馬鹿だったからな」


「だったら、狙撃手がこんな近くに近寄って大丈夫なのかよ?」


「問題ない。捕縛するには結局近寄らないと出来ないだろ?」


 直後、俺の背後で何かが落下した。石でも放り投げられて落ちた様な音だったが、何事かと思って首を巡らせれば。


 それは、石のような形をした人工物。一瞬何かであるのか分からなかったが、煙をたなびかせるこの塊は――。


「手榴弾ッ……!?」


 退避出来た時間は、呆けていたせいで食い尽くした。退避など間に合う筈も無く、それは至近距離で爆発していたのだった。


 全身を容赦なく襲う衝撃と、破片。半ば本能的に翳した両腕で、顔や胸を守りながら吹き飛ばされていた。


 展開したままになっていた魔力の盾に背中を強く打ち付けたせいで、一瞬呼吸が詰まり(むせ)る。それまで維持していた魔力盾も集中が完全に途切れたせいで瓦解し、盾の向こうに居たシャリクシュと少女の姿が露わになる。


「無様だな。所詮、銃を使えばこんなものだ。ビュザンティオンで会った時は、お前も銃を知っていて驚いたが……知ってるだけじゃどうにもならない事も立証出来た。中々良い実験だったぞ」


「……その口振りだと、お前はまだ前世の記憶を完全に取り戻した訳じゃ無いらしいな」


「前世? 何を言うかと思えば、さっきの爆弾で頭打って狂ったか? 死なない程度に調整した代物の筈だが」


 彼が手に持つのは、拳銃。形を自在に変えるライフルは今、横に居る少女が抱え、感情の見えない蜂蜜色の瞳でこちらを見ていた。


「お前のせいで体のあちこちが痛いのは否定しねえけど、別に気なんざ狂っちゃいねえよ。ビュザンティオンでも話したけど、お前は自分のその記憶の出所が気にならないのかって訊いてんだ」


「……また訳の分からない事を。俺があの時のように頭痛で動けなくなることを期待してるのか?」


「いいや別に? ただ、記憶が戻って欲しいと思ってるだけだ。アンタが誰であれ、多分前世は同じ世界を生きてた奴で間違いないからな」


 そんな奴が、どうして神饗(デウス)に協力をして居るのか。


 俺の記憶やリュウの話から推察すれば、間違いなくその神饗(デウス)が前世での死に深く関係しているのだ。言うなれば彼の前世も含め、仇そのものである筈である。


 もしも記憶と共に人格も取り戻せれば、事情を説明して神饗(デウス)から脱退させることも出来るだろう。そもそも、知っていればこんな連中と手を結ぶことは無いのが普通だから。


白儿(エトルスキ)ってのは訳の分からない事をいう種族なんだな。前に会った時は知らなかったが、お前が白儿(エトルスキ)だって神饗(デウス)の連中から聞いて納得したぜ。本当に実在するとは思わなかったが、伝説通りおかしな種族だ」


「前世の記憶はあるのに人格だけ戻らないお前に言われたくない。……どうして神饗(デウス)に協力してるんだ?」


「答えてやる義理は無い。黙って捕まってろ」


「お前とそこの女についてる首輪が関係してんのか?」


 以前会った時は、少なくともシャリクシュの首に鉄で出来たような首輪は取り付けられていなかった。そしてそれは、横に居る少女にも付いている。


 何やら模様と解読不能な文字らしき物まで刻まれているそれは、訳がありそうだった。


 だが、それについての質問に対する答えが返って来る事は無かった。


「……黙って捕まってろと言った筈だ。暴れなければ手荒な真似はしない」


「悪いけど、そうもいかねえんだわ。俺みたいな白儿(エトルスキ)は、素直に降伏した所で捕まれば結局殺される可能性が高いからな」


 その上、神饗(デウス)は違う世界で奪って集めた命を再回収に来るような連中である。恐らくリュウの横槍が入ったからこそ、こうしてこの世界に転生した身であれば、再回収されないとも限らなかった。


 当然それは、同じ様に前世の記憶を持つシャリクシュも同じであって。


「お前、今は神饗(デウス)と手を組んでるかもしれねえけど、その内殺されてもおかしくないぞ?」


「……何が言いたいのか分からないが、お前はその体でまだ抵抗を選ぶって事で良いんだな?」


「当たり前だ。あんな連中に二度も殺されて堪るか」


 腰に下げた袋から、癒傷薬(メデオル)をまた取り出す。固形のそれを口に放り込み、苦さを堪えながら噛み砕き飲み下す。


 これで多少は痛みや傷の具合も良くなっただろうが、十全な動きが発揮出来るとは言い難かった。


 向こうは俺を捕えるために手加減している様だが、こちらもまた前世の記憶を持つ彼を殺したくは無いのだ。せめて、記憶だけでなく人格も取り戻させて、その上でまだ敵対するなら討つ。


 自分でも呑気な事をと思わなくもないが、前世の記憶を持つ者として彼からも情報を得たいのである。


 全力を出せば、魔力量の力押しで纏めて制圧出来ない事は無いのだが、それでは余りにも危険すぎる。殺してしまっては手に入る情報も手に入らないのだから。


神饗(デウス)の連中からはお前の生け捕りとしか言われていない。最悪四肢を落とすが、悪く思うな。これも俺達の為だ」


「それをやられたら恨むなって方が無理だろ。ま、やられるつもりは毛頭ないけどな」


 体は既に、あちこち傷だらけである。骨折にまでは至って居ないものの、色々な場所が鈍痛を訴えて来ていた。


 それらには思わず顔を顰めずにはいられないが、けれどもまだ体は動く。身体強化術(フォルティオル)と併せれば、それ程の問題では無いだろう。


「しぶといな、白儿(エトルスキ)!」


「そうじゃ無きゃ生き残れなかったんでね!」


 同じ轍は踏まない。先程は肩を射抜かれ、その上で手榴弾まで投擲されてしまった。


 どうしてそんな事になってしまったか。その答えは簡単だ。足を止めてしまったからである。


 銃を持った相手と戦うのは初めてだったこともあり、ふとした瞬間に気が緩んでしまったのだ。ならば、もう絶対にその失敗は繰り返さない。


 己自身の事が懸かっているし、リュウもこの場に居ないから、もう腑抜けた事は出来ないのだ。


 終わった後の反動など考えず、全身に身体強化術(フォルティオル)を出来る限り強く掛け、一気にシャリクシュの下へ肉薄。


 幾ら銃を撃っても、散弾銃ですらも一撃として当たらない事に驚愕している彼の腹へ、拳を入れる。


 だが。


「俺は別に、銃しか扱えない訳じゃないんだぞ?」


 腹を守る様に展開された、硬質で光沢のある板。分厚い金属板の様なそれは、言うまでもなくシャリクシュの魔法によるものだった。


「銃身が変形したのもお前の魔法だったのか!?」


「そう言う事だ。魔法については俺の隠し玉だったんだがな」


 ここまで使う事態になるとは、と冷静な表情に戻ったシャリクシュは間合いを取りながらこちらを睨む。


「俺の魔法まで使わせたんだ。意地にもかけて、お前には勝つ。絶対にだ」


「そりゃお互い様だ。負けられねえのはどっちも同じだろ」


 向けられる銃口。そして発砲。だがそれは俺に掠りもしない。脚の止まらない相手に銃で狙いをつけるのはこの上なく難しいのだ。


 ならばと彼は散弾銃に変える素振りを見せれば、瞬時に距離と取ってその上で魔法を見舞う。


「どんな絡繰りは知らねえが、幾らこっちを見透かそうとも避けられねけりゃ意味ねえよな!」


「ちょろちょろと……! イッシュ、お前は下がれ!」


「させねえよッ!」


 イッシュと呼ばれた少女は、今のところ魔法を使う気配も無い。非戦闘員と見ても良かったが、ここで更に隠し玉が無いとも言えない。


 目を離す訳にはいかず、彼女にも牽制の白弾(テルム)を放つ。


 もしかすると彼女も前世の記憶を持っているかも分からないので、勿論威力は抑え目で、最悪直撃しても死にはしない。


 一々集中が割かれる事も考えれば、ここで気絶して貰った方が楽かもしれないと思い、そこから更に追加で白弾(テルム)を放つ。


 それを当初はシャリクシュが魔法で防ぎ、銃撃で牽制までして来るのだが、一丁しかない銃に対して白弾は魔力の続く限り一度に幾らでも撃つ事が出来る。


 次第に飽和攻撃に押され、そして。


「しまった……避けろ、イッシュ!」


「……え?」


 金属魔法による幾重もの盾を突き破り、少女に一発の白弾(テルム)が直撃した。


 やはりその少女は大した戦闘能力を持たなかったのか、一撃で呆気なく意識を喪失し、地面へと倒れる。


 幾ら威力を抑えたとはいえ、意図が切れた人形のように倒れて動き出さない姿を目にして心配になったが、殺してはいない筈だ。


 だが、同じような不安に襲われたのは俺だけでは無かったらしい。


「イッシュ……イッシュ!? おい、返事をしろ!」


 シャリクシュが尚も攻撃の手を緩めないこちらから視線を外し、本気でその安否を気遣っていたのである。


 まるでこちらが悪者にでもなった様な気分だが、だったらこの場にそんな少女を連れて来るなと言うのが、こちらの主張だ。


 しかし、やられた方はそう思わないのが世の常である。勝手に怒り、そして殺意を向けて来るのだから。


「よくも……お前がッ!」


「だったらどうしてこの場に連れて来た!? 攻撃されないとでも思ったのかよ!?」


「煩い煩い煩い! お前は殺す! 何に変えても! ……連中の指示なんざ知った事か!!」


「随分な豹変ぶりじゃねえかよ……っと!?」


 叩き付けられる殺気は本物。向けられる銃口と弾道もまたより一層正確なものとなり、当たりはしないが着弾地点が比較的近くになりつつあった。


 だがその分、頭に血が上って周りが見えていない。余裕が完全になくなっていた。


「こんな……こんな所でやらせねえよ! イッシュは……イッシュは! 俺が助けるって決めたんだ! だから大聖堂(メガレ・エクレシア)に連れされたって、俺は助け出した!」


「じゃあ、何でこんな所に連れて来たって言ってんだよ」


「ビュザンティオンで、神饗(デウス)の連中に人質に取られたから……その解放の為に、だから俺はお前らを!」


「なるほど、それで大聖堂(メガレ・エクレシア)を荒らした罪までこっちに転嫁されたのね。色々合点が行くな」


 神饗(デウス)と東帝国の皇太子は癒着していた。ビュザンティオンの大宮殿(メガ・パラティオン)で俺達が暴れ回った時と同じくして、大聖堂(メガレ・エクレシア)を荒らした筈のシャリクシュの情報が無いのはおかしいと思っていたが、そう言う訳だったのだ。


 罪に問わない代わりにアレをしろ、コレをしろ。具体的に何かは分からないが、何かしら脅し文句があったと見て良い。


「ここで、ここで俺がしくじればイッシュが……東帝国皇太子の手に渡る! それは、それだけは絶対にさせないッ!」


「だったら今この場で脱走すれば良いだろうが!?」


 シャリクシュの動きが荒くなったところを衝いて、銃を破壊する。金属部分はともかく、木や他の素材で出来ている部分を重点的に壊したのだ。


 これでもう、金属で出来た銃身部分は変形させられた所で射撃は不可能だろう。


「何で脱走しない!? あのアゲノルって奴も今はシグが戦ってるし、この場には俺が居るだけだ! 無理に戦う必要はないだろ!?」


「そんな単純な話じゃない! 俺の……俺達の首に付けられた首輪が、それを赦さないんだ! 裏切りと判断されれば瞬時にこれが作動して……!」


「破壊は!?」


「無理だ! それをした瞬間に鍵の持ち主が首輪の機構を作動させる! ……連中が只の脅しでそれを言うとは思えない」


 だから、とシャリクシュは言う。


 その目に滲むのは、理不尽さに対する怒り、悲しみ、憎しみ。雑多な感情が綯交(ないま)ぜになっているその瞳は、何処かかつての自分に似ている気がした。


「どうにか出来るなら、とっくにどうにかしているさ! けど……!」


 彼の腰から引き抜かれる、二丁拳銃。それと併用した金属造成魔法。


 逃げ場を塞ぐように襲い掛かってくるそれらを掻い潜り、或いは白魔法(アルバ・マギア)で迎撃する。


 どうしようもない、やり場のない感情が乗せられたそれらの攻撃を躱しながら、俺もまたやる瀬ない気持ちに襲われていた。


 だが、同情などしてやらない。望んでいないのは、良く分かるから。かつて自分がそうであったように、彼は安寧を欲している。誰かとの繋がりを欲している。気楽な場所を欲している。


 そんな気が、した。


 だから反論してやらなくてはならない。同じ気持ちを持ったことのある身として。言ってやらなければならない。


「もうできる事はやり尽くしたみたいな顔してんじゃねえよ! まだだ! お前はまだ機会って奴を待ってない!」


「何を……!」


 拳銃の弾は撃ち尽くしたらしい。再装填する事も無く放棄した彼は、今度は残っていた手榴弾の投擲を始める。


 だが銃以上に当たらない。その程度の投擲速度では見てからでも避けられてしまえるから。


「何が機会だ! 神に祈れとでもいうつもりか!? 居るかもわからねえ、こんなクソッタレな世界を生み出した諸悪の根源によぉ!?」


「違えよ! 人との出会いだ! 転機だ! (えにし)だ! それが天命ってもんだろうが! お前は気が急いでいて、仮に人事を尽くしたとしても、少しも待つ事が出来ていない!」


「待つって何だよ!? ふざけんな! 俺達は……そんな訳の分からないものを悠長に信じて居られる暇もないんだっての!」


 手榴弾もすぐに投げ尽くし。彼は魔法を発動させたまま、短剣を両手に持って突っ込んで来る。


 それに対して槍を手放すと、同じく短剣で迎撃。互いの魔法を魔法で相殺し合いながら、斬り結んでいた。


「良いか、俺達とお前らがここで遭遇したのも何かの縁だ! しかも、お前もまた前世の記憶を持つ! 何度も言うが間違いなく同じ世界の記憶を持ってるんだ!」


「前世、前世、前世と……馬鹿の一つ覚えみたいに!」


「だからそれが縁だって言ってんだよ! お前らが困ってるなら、俺達が助けてやることだってできる!」


「大して知った仲でも無い俺達をか!? それこそ馬鹿馬鹿しい! どうせ俺の武器やイッシュの能力に目を付けただけだろ!」


 その目に宿る猜疑心は、根が深い。これだけ言葉を交わしても、彼の心が小動(こゆるぎ)もする気配が無かった。


 寧ろ、更に深くなってきているまである。けれどそれでも、説得を諦める訳にはいかなかった。


「少なくとも俺にはある! お前らを気に掛けて、助けてやろうと思えるだけの縁が! 義理がある! 同郷の(よしみ)って奴だよ!」


「身に覚えのない義理なんざ気持ち悪い! とっとと俺の前から失せろ!」


「失せねえよ! 数ある理由の中でも、お前は(かつ)ての俺に似てる! 周りを疑って……でも羨ましくて、欲しくて、手に入らないから貶して、蔑んで、遠ざけて!」


 ぴくり、と彼の淀んだ瞳が揺れた。


 同時に荒々しい斬撃を見舞う両腕の動きにも乱れが現れ、その隙を逃さず二本の短剣を打ち落とす。


 だが無手になったシャリクシュはそれでも闘志衰えずに、掴み掛って来る。それに合わせてこちらも短剣を手放し、互いに掴みあう。


 既に勝負は見えていたが、それでもまだ彼は納得できないのだろう。諦める気配のない彼に、言葉を駆け続けるためにも、同じ土俵に立っていた。


「黙れ黙れ……黙れよお前ッ!」


「黙らねえ! 何度でも言う! お前は俺に似てる! そして俺は縁あって他人に助けられた! だから今度は……俺が縁のある誰かを助けるんだッ!」


 柔道で言う、背負い投げ。何の加減も無く思い切り地面へとシャリクシュを叩き付けていたが、受け身の取れていない彼は後頭部を強打したらしく、顔を顰めていた。


「……理由になって無いぞ、お前のそれ」


「偉そうに言ったけど、(えにし)なんて理不尽と同じだからな。理屈じゃねえんだよ、運勢だし」


「なんだそりゃ……結局、徹頭徹尾お前が何を言ってるのか分からねえ。ふざけやがって……こんな奴に俺は敗けたのか」


 自嘲する様な笑みを、彼は痛みを堪えながら作っていた。だがその言葉は何処か清々しく、淀んでいた瞳に晴れ間が見えつつあるような気配を見せる。


「その内、分かるようになると思うぞ。俺もリュウさんが最初、何言ってるのかとか思ったし」


「リュウ……ああ、あの仮面の怪物。あれに救われたんだな、お前は。……(えにし)とか言うのが理不尽と同じ、運勢だってのは強ち間違いじゃ無いかもな」


「だろ? お前も丁度今、その(えにし)ってのが繋がったところだ。お前らについても、俺だけじゃなくリュウさんも助けてくれると思うぜ」


「もう少し、早ければそうだな。しかし、俺はいまここでお前らの捕縛に失敗した。残念だが、この首輪をつけた神饗(デウス)の連中がそれを赦すとは、とても……」


 段々と力を失っていくシャリクシュの言葉。最終的に、全てを言い終える前に彼の意識は途切れたらしい。


 上下する胸を確認して溜息を吐いた俺は、戦闘中に手放した武装を回収し、レメディアの下へ向かう。聞こえてくる戦闘音から、まだ続いている事は間違いないのだ。


 早く加勢に行ってやった方が良いだろう。


「……っと」


 けれどもその前に。


 周囲の木々が軒並み薙ぎ倒され、開けた場所で別々に転がっている、意識のない少年少女に視線を向ける。


 彼らをこのまま放置しておくと風邪でも引いてしまうかも知れない。


「助けるって決めた以上、お前らの首輪も含めてどうにかしてやる。ここで死ねると思うなよ」


 二人が寄り添い合う様にして寝かせてやりながら、最後にそれだけを言ってやる。


 気絶して意識のない彼らに今、言葉を掛けたところで意味が無いのは分かるが、それでも言ってやらずにはいられなかった。


 願わくは、彼らにも人の温かみが届く事を――。





◆◇◆





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ