第三話 around ザ world 少年 ④
◆◇◆
リュウを先頭に、俺達は飛び出した。
その途端に鼓膜を揺らす、銃声と着弾音。だが人の命を簡単に奪える威力を持った筈のそれは、展開された各々の盾によって呆気なく弾かれていた。
「このまま一気に距離を詰めよう。こっちだ」
先頭に立って走るリュウが、最も盾に銃撃を受ける比率が高い。だから魔力の盾に着弾する位置から居場所を割り出し、その方へと向かって居た。
けれど、それが不意に止む。
一定の間をおいて行われていた銃撃が、何の前触れも無く止んでいたのである。誰もが走りながら不審に思っていたものの、走るのは止めない。そして迂闊に盾から顔も出さない。
もしかすればそれが狙いかもしれないのだから。
「リュウさん、何が起きてるんです!?」
「分からない! 流石に僕も、罠の可能性があるのにここから顔を出せないからね。進行方向の詳細については……」
そんな言葉を交わしながら、盾を翳し木々の間を走り抜けていた時だった。
今度は横合いから、銃声。
気付けば、リュウが横倒しになっていた。
「リュウさん!?」
慌てて、レメディアと共に彼の下へ駆けつけ、そして周囲全体を覆う様に盾を展開する。後続のスヴェンとシグも異常に気付き、脚を止めると周囲を警戒しながら身を伏せていた。
「ラウ、どうした!?」
「狙撃だ、横から! いきなり場所が移ってる!」
「複数人居るってのか……?」
舌打ちと共にスヴェンとシグが周囲を警戒し、土や氷の盾を展開する。何処から撃って来るから分からない以上、魔力の消費が大きいとは言えそうせざるを得なかった。
「リュウさん、怪我は!?」
「問題ないよ、この程度」
「けど、脚が……え?」
撃ち抜かれた筈の右脹脛。だと言うのに血は一滴も流れておらず、魔力らしきものが水蒸気のように拡散しているだけだった。
しかしそれも、見る間に塞がって、何事も無かったかのように白い肌が見えるだけ。
幾ら魔法がある世界とは言え、余りにも非現実的で馬鹿げた光景を前に、レメディア共々絶句するしかなかった。
「今見たのは内緒で宜しく。必要なら後で説明するからさ」
「は、はい……」
辛うじて返事をするのが限界だった。レメディアに至っては声すら出ておらず、ただ黙って一度だけ頷いていた。
そして平然と体を起こす姿を見て驚愕したのは他の二人も同じで。
「リュウさん!?」
「平気なんですか!?」
「うん。僕はそんなに柔じゃあない。それよりも敵の居場所が分かった。まずは僕が先行して合図を出す。君達はこの場で守りを固めて待機だ」
「いや、待って下さ……」
こちらの言葉などに耳を貸す事は無く。彼はそれだけ言うと姿を消していた。
直後、再び激しい銃声が響いたと思えば、何かが吹き飛ばされる音まで聞こえる。恐らく襲撃者とリュウで派手にやり合っているのだろう。
その方角を見遣りながら、スヴェンが呟いていた。
「あの人、化け物かよ?」
「……強ち間違いじゃ無いかも」
「どういう事だ、ラウ?」
「後で本人に訊けば分かる。多分、お前らにも教えてくれるだろうしな」
怪訝そうな顔をするスヴェンとシグにそう言ってやった時、まるで花火のように空高く白弾が撃ち上がり、拡散した。
この面子の中で白魔法を使えるのが二人しかいない事を考えれば、それが誰のものであるかも明白で、この上なく分かりやすい合図でもあった。
「行くぞ」
「おう」
交わされる短い遣り取り。だがそれだけ十分だった。
他の三人と共に、合図の打ち上がった場所へと急行する。
その場所には、意外と早く到着していた。何より破壊の痕跡があちこちに残っていて、迷う事も無く真っ直ぐに向かう事が出来たのである。
そして。
「随分と派手にやりましたね」
「狙撃手も皆纏めて吹き飛ばすくらいしないと、色々面倒臭そうだったから。けど、その狙撃手自体は逃がしちゃった」
「何処へ?」
「あっち。ラウ君とシグ君で言っておいで。万全の体調じゃあないレメディア君はここに残って、スヴェン君も僕の援護を」
てきぱきと指示を出すリュウだが、彼と対峙する者の姿は未だ健在であった。
ペイラス、エクバソスは勿論、彼らと共に居る無数の神饗構成員。何人か倒れている者が居るけれど、これだれだけ激しい戦闘の後が残っているにも関わらず、立って居るのだ。一人一人が相応の手練れなのだろう。
「人外め……これだから迂闊に近付き過ぎるのを警戒したと言うのに」
「お褒めに預かり光栄だね。僕としても、まさか攻撃を受けるとは思わなかったよ」
ペイラスが忌々しそうに吐き捨てると、リュウは何処か余裕を感じさせる声で応じる。それが気に入らないのだろう、ペイラスが苦虫を嚙み潰したような顔をして言っていた。
「この程度で勝った気になるな。この場に居るのは私を含め手練ればかりだ。幾らリュウとは言え、生半可な気持ちで居れば確実に負けるぞ?」
「どうだか? さて、ラウ君達は先へ。レメディア君達の安全は僕が守るから」
そう促され、シグと共に先へ向かう。背後からそれに追い縋ろうとする気配がしたものの、それは即座にリュウの牽制が為されたらしい。
後顧の憂いは無く、俺とシグは狙撃手の去って行ったという方向へ駆け出していたのだった。
◆◇◆
「……化け物が。何なんだ、あの仮面は?」
「リュウについては何度も説明されただろ。ペイラスめ、少し手柄を焦りやがって……お陰でこのザマか」
少年――シャリクシュは、少女のイシュタパリヤと神饗構成員の一人である豹人族の男、アゲノルの三人で森の中を駆けていた。
とはいっても、この中で最も非力な少女であるイシュタパリヤについてはアゲノルが肩に担いでおり、実質走っているのは二人だけ。
「迂闊に近寄るなとあれだけ言っていたのは、そう言う事か……」
「斯く言う俺も、リュウって奴の実力は初めて目にしたけどな。だがそれもこれもお前らが仕留め損ねたのが悪い」
「文句だけは一丁前だな、アゲノル? イッシュを人質にして良い気になるなよ?」
互いに協力関係であるとは言え、両者の中は険悪だ。ただ、シャリクシュとアゲノルがと言うよりは、シャリクシュと神饗との関係が冷え切っていると言った方が良いかも知れない。
彼は自身の連れである少女を人質とされて仕方なく契約を結んでいるに過ぎず、神饗側はそれを盾にシャリクシュを利用しているに過ぎないのだから。
故に、隙あらばシャリクシュは裏切りを窺い、アゲノルらはそれを未然に封殺して来た。
両者の関係はそれ程にまで、最初から冷め切っていたのである。
そんな時、アゲノルに担がれるがままだった少女――イシュタパリヤがある事に気付く。
「……来る」
「ああ?」
「イッシュ、何が見えた?」
「二人、来る。確か白儿のラウレウスと、元皇女のシグルティア、だと思う。それも速い」
その言葉に、アゲノルとシャリクシュの表情はより一層厳しいものへと変わっていた。
「元々俺達の対象である二人が追い掛けて来てくれるとはな。またとない好機だ。そう思わねえか?」
「お前達が契約の履行を本当に果たしてくれるなら、その通りだな。ここであの二人を捕らえて、お前達に差し出せば良いんだろ?」
「その通りだ。お前はその武器で俺を援護しろ。ああ、変な考えは止せよ。俺を殺せば必然的にこの雌ガキの首輪が締まる仕掛けになってるからな」
「……分かってる」
追撃に来ているのは僅かに二人だけ。それ以上の後続が居ない事を鑑みれば、ペイラスらがリュウを始めとした連中を食い止めているのだろう。何より、皆腕の立つ者ばかりである。食い止めるどころか、運が良ければ仕留める事も可能かもしれない。
そうなれば、こちらが失敗する訳にはいかなかった。
「来たか」
抱えていた少女を下ろし、アゲノルが不敵に笑った時、彼らの下へと魔力と氷の弾丸――魔弾が殺到していた。
しかしそんなものに当たる程、アゲノルの実力は低くない。そうでなければ、たった一人でシャリクシュとイシュタパリヤの監視役を任される筈も無いのだ。
「随分なご挨拶じゃねえか、よお?」
「先に挨拶をくれたのはそっちだろ? お返しして何が悪い?」
「……そうかよ。エクバソスの言う通り、減らず口を叩くガキだな!」
転装。瞬時にアゲノルの姿が人の姿をした豹へと変わり、姿を現したラウレウスとシグルティアを睨み付けていた。
見かけ上、二対一であるが、アゲノルの背後にはもう一人控えているのだ。余裕を持つのは当然だった。
「俺はアゲノル。エクバソスとは結構仲が良くてよ、お前の話はかねがね聞いてるぜ?」
「あっそ。正直俺は、お前よりもその後ろに居る狙撃手の方が気になるんだが?」
「……お目が高い事で。ま、だからどうしたって話なんだけどな!」
その瞬間、火蓋が落とされた。
アゲノルが動き出すと同時に、放たれる銃弾。ラウレウスとシグは咄嗟に盾を展開し、銃弾とアゲノルの攻撃に備えていた。
だが。
張られた盾は一発の銃弾を跳ね返すだけで、アゲノルの攻撃はいつまで経ってもそこへは襲い掛からず。
「がら空きなんだよ!」
「……ぐっ!?」
前面にのみ展開されていた盾を迂回し、彼はシグルティアの横腹へ蹴りを見舞っていたのだった。
年相応の体格でしかない少女からすれば、その威力は吹き飛ばされるのに十分なものであり、為すすべなく地面を転がっていた。
「シグ!?」
「お前も呑気やってんじゃねえよ!」
「――――ッ!」
続けてもう一人、髪を紅く染めた少年ことラウレウスにも攻撃するが、それは彼が手に持っていた槍の柄によって受け止められてしまう。
だがその隙を、狙撃手は逃がさない。
間を置かずに発砲音が響き渡り、そして展開されていた魔力の盾が受け止める。腰から下を狙った攻撃だったが、それを読んでいたかのようにラウレウスは盾を展開していたのである。
「お前ら、俺とシグを捕まえるつもりだろ? ……殺しに来ないんなら、ある程度は読めるってもんだ!」
「このガキ……生意気をッ!」
「とっとと凍れッ!」
少年の体でありながら、化儿のアゲノルと押し合っても負けない膂力。ラウレウスの実力は、彼が思っていた以上に高かった。
そして、更にアゲノルへ飛んで来る、氷魔法。
がら空きだった横腹を蹴られたにもかかわらず、シグルティアがすぐに戦線復帰したのである。
「小娘が……視殺、援護しろ!」
「俺に命令するな」
即座に後退するアゲノルの隙を消す様に、銃声が一つ。
たった一発の銃弾だが、何処を狙われるのか正確には読めない為に、ラウレウスもシグルティアも防御しようと一旦足を止めざるを得ない。
「俺を追い詰めたとか、本気で思ってたのか? 馬鹿な奴らだ」
煩わしそうに顔を顰めるラウレウスを見て、アゲノルは自慢気に笑っていた。
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