第三話 around ザ world 少年 ②
感想をいただきました。
ありがたや。
◆◇◆
「少し外れた。右に修正」
「ああ」
耳元で聞こえる、聞き慣れた少女の声。少し言葉足らずな言い回しだったが、集中力を要するこの状況では、その方が有難かった。
標準を合わせ、引き金を引く。だが当たらない。標的の反応が、対応が早い。こちらの武器が何であるのか、素早く見抜いたようだ。
初弾で一人の少女を負傷させただけで、もう殆ど撃てる隙が無い。
「イッシュ、どれが狙い目だ?」
「仮面の人。さっきからこっちの方向を窺って、顔を出す頻度が高い」
「ならそれを狙おう」
「止めて置け。そいつがリュウだ。幾らその武器でも当たらない。恐らく釣りだぞ」
「お前に口を挟まれる筋合いはない」
引き金を引く。だが部外者の、ペイラスの言う通り着弾寸前で顔が引っ込み、命中する事は無かった。
何度目とも知れない、躱されたと言う事実に彼の苛立ちは募る一方だった。ここまで攻撃が当たらないのは珍しい。ここまで攻撃を見切る者を目にするのは初めてなのだ。
「……不味い」
「どうした、イッシュ?」
「今ので遂に位置割り出された。場所変えて。来る」
「もう場所を見抜かれた? 嘘……では無いな、お前が言うなら」
少女の、イッシュの言う事に間違いはない。
理由は彼女が異能として持つ特殊な能力に由来している。それは、千里眼。遠くを見通す力である。より細かく言うなら、どの視点からでも見る事が出来るのだ。
勿論、実際にその場に居ないのに盗み見るのも自由自在。ただし、距離があればあるほど精度は落ちるし、限界距離もある、と言うものだ。
「これが視殺の戦い方かよ。やべえな、そりゃあ見たら死ぬって噂が立つ訳だ。こんな距離から物凄く小さくて速い攻撃が飛んで来るんだもんなあ」
「煩い。俺達は位置を変える。お前らは?」
「ああ? ……ペイラス、どうなんだ?」
エクバソスと名乗る狼人族の男は、不機嫌そうに顔を顰めた後、ペイラスへ訊ねる。他の者もそれに追従しており、移動準備をする少年少女以外は彼の指示を待っていた。
「……アゲノル、二名を連れてこの二人の護衛と監視を行え。不穏な動きをしたら視殺の方は殺して構わない」
「あいよ。任せとけ」
「残りは私と共に連中の相手だな。遊撃する、続け」
そう告げるペイラスの視線の先には、リュウを筆頭とした五人が、この場を真っ直ぐ目指していた。
◆◇◆
走る。銃撃をして来る方角へ。
狙撃手が寄られてしまえば弱いのは、銃撃から逃れながらリュウには教えてある。だからといって撃たせて位置を割り出す様な真似をする彼は、やはりバケモノだ。
距離にもよるが、音がすれば間を置かずに着弾する様な代物を、一体どうやって見切ると言うのか。銃口の場所すらはっきり分からなかった筈なのに、その辺りが気になって仕方なかった。
「やっぱ思っていたよりも距離がある……普通の魔法なら届くような場所じゃあ無いぞ。本当にふざけた性能を持って居るんだね、銃って言う武器は」
「狙撃を見切るアンタに言われたくはないと思うけどな」
恐らく相手だって驚愕している筈だ。それこそ、銃の知識があるなら尚更。おまけに位置まで割り出されたとするなら、一体どれほど驚くだろう。
それを想像して、悪戯を敢行する子供の様な気分にならなくも無かった。
「……敵が見えた。レメディア、体は平気?」
「うん。リュウさんの薬のお陰で傷は塞がったっていうより、完治したから問題ないかな。けど、ちょっと体が重い」
「薬の副作用だ。あれは割と特殊だから、傷を治す代わりに魔力を消費する。今日は自衛程度にしとけよ」
右胸、とは言っても端の方を銃撃されたレメディアは、その傷が嘘のように俺達に追従し、走っていた。だが彼女の言う通り体は心なしか怠そうで、消耗していない訳では無かった。
「即死さえしなければ、僕の丹薬があるからどうにかしてあげられるけれど、見ての通り魔力消費も大きいから無茶はしないでね。怪我の程度にもよるものの、魔力が足りなければ傷は塞げないから」
「……気を付けます」
過信は禁物と先頭を走るリュウが釘を刺してくるが、それが具体的に誰を指しているのかと言うと、俺である。
メーラル王国で大怪我を負い、レメディアから応急処置を受けた後でリュウから丹薬の投入を求めたが、戦闘の影響で魔力の残量が少ない事を警戒して暫く先送りにされた。
膿まず蛆も沸かなかっただけ幸いだが、あんな思いはもう二度と御免だ。傷口が高熱を出して辛いなどと言うものでは無かった。
「……さて、行くよ!」
「援護します。どうぞ突撃を」
既に襲撃者らしい影は視界にはっきりと映っている。しかもその数は十人ほど。
普段であればリュウは稽古の成果を見ると称して助太刀に入ってくれないが、今回ばかりはそうも言っていられないようだ。
馴染みのない銃と言う武器を、相当に警戒しているのも大きいだろう。今も駆けながら抜刀する彼は、先陣切って突撃する気満々であった。
ならば、他の者は援護に努めた方が邪魔にもならない。シグ達がそうであるように、俺もまた魔法による遠距離攻撃を行おうとしたのだ――が。
「援護って、何を言って居るんだい? 君もだよ」
「え」
「君が持つ槍と剣、それに短剣は飾りじゃあないんでしょ?」
後ろを見ても居ないのに、伸ばされた彼の手が引っ張って来て、強引に突撃させられる。
気付けば、目の前に敵が迫っていたのだった。しかもその敵は、見覚えのある狼人族の男――エクバソスで。
「……お前!」
「よう、また会ったな?」
槍の穂先と、鋭く硬い爪が衝突する。ウルカヌスから貰い受けたこの槍の切れ味は決して悪くはない。寧ろその辺の槍よりも鋭いくらいなのだが、やはりこの男の爪は鋭かった。
決して、槍の穂先に負けないのだ。
おまけに、勢いを乗せた槍の刺突を受け止めて、小動もしない体躯。腕から先以外はまだ人の姿を取っていると言うのに、その時点で身体強化術を施した俺の体に押し負けない。
「久し振りじゃねえの。冬の間丸々会っていなかったが……少しデカくなったか? 実力もちったあマシになったんだろうな!?」
「この襲撃も神饗の仕業だったのかよ……!?」
「メーラル王国ではお前らを取り逃がし、挙句拠点の一つも失った。主人様もいい加減お前らを潰す事に本腰を入れつつあるって事だ」
その言葉と共に、エクバソスの姿が一変する。化儿の持つ特殊能力、転装。瞬きの間に彼の全身が毛深くなり、二足歩行の大柄な狼が槍の穂先を受け止めていた。
伴って、槍を押し返す力が一気に跳ね上がる。
「反則みたいな能力持ちやがって……!」
「そりゃお前の基礎能力が俺と張り合える土俵にねえだけだ。ま、白儿なんざ基本的に庸儿と変わらねえ能力だったと聞くし、お前との力比べは端から期待しちゃいねえよ」
「ああそうかよっ!」
遂に押し負けた――ふりをして、槍を手放し抜剣。一方、押す力をやり過ごされたエクバソスは蹈鞴を踏んで隙を見せる、筈も無く。
首を刎ねるように横薙ぎした斬撃を、大柄な体躯に見合わぬ俊敏さで伏せ、躱していた。
「甘いんだよ!」
「粋がんな! クソ狼ッ!」
剣を空ぶった勢いそのままに体を捻り、続いて彼へ向けて繰り出すのは回し蹴り。遠心力で十分な速度を乗せ、伏せて丁度良い位置にある顔を踵で捉えていた。
攻撃は連続して。自分の呼吸で、相手に乗せられず、相手を乗せて。相手を常に後手へ回す。
対応させられる側にされ続ければ、どの様な強者でもいずれ隙を晒す。或いはまぐれで当たる。
リュウにそう教えられていた通り、後手に回っていたエクバソスが真っ先に攻撃のダメージを受けていた。
「随分脚癖が悪くなったな……!」
「お前がその土俵に立つ実力が無いだけだろ」
「言ってろ、クソガキッ!」
それ以上の追撃を警戒してか、体勢を立て直す意味でもエクバソスが距離を取る。だが無意識で行ったであろうそれは、俺からすれば好機でしかない。
既に白弾は放たれたのである。
生成しては撃ち、生成しては撃ち。連続して、まるで機関銃のように魔力の弾丸を浴びせ続けるのだ。幾ら屈強な体を持つ狼人族であったとしても、耐え切る事は叶わない。
そろそろ良い頃合いだと、そこで攻撃を止めて確認してみれば、果たして無傷で立っているエクバソスの姿があった。
そして彼を守る様にいる、長身痩躯の男。ペイラスもまた、そこに居た。
「油断のし過ぎだ。私の助けが無ければ今ので押し切られて居たぞ」
「うるせえ……お前の助けなんざ受けなくても、あのガキくらい俺一人で充分だ!」
「だが手間取っているのは事実だ。今はそんな事で時間を食っている暇はないと言うのに」
厄介な空間魔法の使い手。指定した場所を捻じ曲げ、攻撃を撃ち返すか逸らすか出来てしまう。今、エクバソスを庇った際は余裕が無かったからか、攻撃は逸らす事が限界だったらしい。
それでも散々撃ち込んだ攻撃全てを無効化された事に、舌打ちの一つでもくれてやりたい気分だった。
「リュウが居る、と言う事の重大さを考えろ」
「……分かった。俺達がやるのは遊撃だったな」
彼らがチラリと視線を向ける先には、他の神饗構成員と単独で交戦するリュウの姿があった。だが数の上では圧倒的に不利であると言うのに、彼は反撃で確実に一人ずつ潰していく。
どちらが苦戦しているのか分からなくなってしまいそうな光景が、そこにはあった。
そして。
「ラウ、何ぼさっとしてんだ!」
「……!」
背後から聞こえた声と共に、エクバソスとペイラス目掛けて土と氷の魔法が飛来する。だがそれも敢え無くペイラスの魔法で屈折せしめられ、地面へと沈む。
「数の上ではこちらが勝っていても、駒の使い方次第では不利になるいい例だな」
「ふざけんな、あの仮面野郎が強すぎるだけだろうが!」
「焦るな。我々は遊撃しているに過ぎない。待って居れば良い」
意味ありげなペイラスの言葉。それを耳にしながら、俺は周囲を見回し、ある事に気付く。
それは、狙撃手が何処にもいない事。リュウによって強引に近接戦へ持って行かれた為、一々周囲を確認している余裕が無かったから気付くのが遅れてしまった。
それはつまり、何処かに狙撃手が移動している事を示していて。
「狙撃に警戒しろ! どこかに逃げられてるぞ!」
「警戒って……どうすれば!?」
「動きを止めるな! 立ち止まったら的になる!」
戦いはこちらが優勢、かと思ったがそうでは無かった。寧ろ彼らは囮であり、足止め役であり、だから遊撃と言っていたのだ。
ここに居ないとなれば、この森の中のどこかに身を潜め、今も命を撃ち抜かんと標準を合わせて居るかもしれない。
「レメディア、シグ、スヴェン、後退だ! この場は不味い! リュウさんも下がって!」
「ラウ君、どうしたんだい?」
「アンタのせいだよ! 良いから下がれ!」
このまま押し切れそうなのに、と少し不満気な彼も下がらせるのは、この場に彼だけ取り残すと不測の事態を生みかねないから。
幾ら彼でも、多対一で戦っている時の隙間を縫って狙撃されたら耐えられない。銃撃とはそれだけの速度と威力を持つ攻撃なのだ。
逆にここで後退せずに乱戦へ持ち込めば狙撃される危険も減るが、一瞬でも気が緩めば同じ。特に近接戦が得意でない上に消耗しているレメディアも居る以上、この場からは一刻も早く逃げ去るべきだった。
そしてその懸念を証明する様に、発砲音が一つ。
間を置かずにそれは後退している最中のリュウの足元に、着弾していた。
「僕としたことが迂闊だったね。君の言う銃って言うのがどんなものかも分からないから、居場所を突き留めたらそれで終わりかと持っていたけれど」
「筒っぽいのが銃です! 見た目的には人を殺せるとは思えないかもしれません。とにかく今は後退を! 射程外へ逃げます」
そんな言葉を交わしながら、追い討ちと言わんばかりに撃ち込まれる狙撃から逃れる事しか、出来なかった。
推定するに、その飛距離は相当なもの。エクバソスら邪魔者が居るのでは近付く前にやられるし、反撃しようにもやはり届く気がしない。何より正確な場所が分からないのだ。
今出来るのは、逃げる事だけしか残されていなかったのである。
◆◇◆
「逃げた」
「……結局、一人も仕留められなかったな」
余り感情の籠っていない声を耳元で発する少女に、少年は溜息を吐きながら緊張を解いた。
手に持つのは、細長い筒。知らないものが見れば、やはりそれがどうして人の命を奪う事が出来るのか分からないだろう。
「噂に名高い視殺だってのに誰も殺せねえとか……お前本当に殺し屋か? 手心とか加えてねえよな?」
「森でこの距離からの狙撃では限界がある。位置は悟られにくい分、障害物も多いから命中率は下がると何度も言っている筈だが?」
「仕方ねえだろ。余り近付くと、攻撃を仕掛けただけで位置が簡単に悟られちまう。お前の為でもあるんだぜ? そんな馬鹿でけえ音鳴らしやがって……とっとと一撃で仕留めろってんだ」
「それを言うなら、お前らは仮面の奴一人に随分と苦戦してるみたいだが、情けねえとは思わねえの?」
煽る様な口調で少年に話しかけて来るのは、豹人族の男。名をアゲノルと言う。エクバソスに似て酷薄な笑みを浮かべる彼に対し、少年も負けじと言い返していた。
だが、反撃を受けても何の痛痒も感じないようにアゲノルは肩を竦め、答えていた。
「情けねえも何も、アイツは人間じゃねえ。主人様が言うには、半端な存在なんだとよ。あの見た目ももうずっと変わってねえ」
「ずっと……?」
「ああ。だからアイツがいつからこの世界に居るのかは分からねえし、だから強い。そこまで古株って訳でもねえが、人の目から見れば長く存在している奴だな」
二十年、三十年そこらの奴では勝てないと、彼は呆れ果てるように言っていた。一体どれだけの研鑽を積めばああなれるのか、気になってはいるらしい。
「精霊、じゃないのかよ?」
「だから半端者だって言ってんだろ。主人様やルクス様も、何であんな奴が存在しているのか理解不能って話だ」
「…………」
理解出来るような、出来ない様な説明だが他に言いようが無いのだろう。これ以上この件について訊くなと言わんばかりの邪険な返事だった。
リュウと呼ばれる仮面の人物について、そこまで細かく知りたいほどの興味がある訳でも無かった少年は、そこで会話を打ち切ると後片付けに取り掛かる。
とは言え、精々使用後の銃の整備と言ったところだが、これはこれで軽視が出来ないのである。
彼の記憶にある“銃”は非常に頑丈で、少し乱暴に扱っても問題はない。だが“あの世界”とここは技術が違い過ぎて、記憶の通りに再現できなかった。
おまけにそもそも記憶自体が誰のものかも分からない上に、虫食いで断片的なもの。足りない部分については予想して補う外に無く、性能としては記憶内にある銃に比べたら欠陥品も良い所である。
「使ったら毎回手入れの居る武器か。やっぱめんどくせえな。俺達みたいに自力で戦えねえ種族ってのは大変だ」
「別に魔法が使えない訳じゃない。けど、この方が色々便利だから使ってるに過ぎないんだ」
「へえ……っと、遅かったなペイラス」
「負傷者の回収があったからな。死亡は無いが、負傷者が出た分、少し追跡が遅れるかもしれん」
上手くやられたものだと言いながら歩いて来るのは、長身痩躯の男だった。ペイラスと呼ばれた彼の背後にはエクバソスを始めとした者達が続いており、怪我人に肩を貸していた。
「最悪、負傷者は置いて追跡に向かい、後で回収する事になりそうだな」
「ま、しょうがねえ。それでこの後はどうする? チンタラしてたら逃げられるぞ?」
「逃がしはしない。幸いここには、私達も居れば遠くを見通す能力の持ち主も居る。追跡はそれ程難しくあるまい」
そう言ってペイラスが視線を向ける先には、少年に寄り添うように少女が立っていた。だがその首元には首輪の様なものが嵌められており、装飾ばった字体で文字が刻まれていたのだった。
そんな彼女を庇う様に、少年が前に出る。
「イッシュの能力の酷使はさせないぞ」
「酷使かどうかは我らが決める。人質の細かい扱いについてお前に云々される筋合いはない。それとも、この娘と永遠にお別れしたいのか?」
「……とにかく無茶はさせるな。倒れれば俺も連中を殺したり捕縛する上で支障が出る」
「分かっている。その程度、気を遣わない訳が無いだろう」
とにもかくにも追跡をしなければと、ペイラスは標的一行が消えた方角に顔を向けていたのだった。
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