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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第六章 ユルガヌモノハ
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第三話 around ザ world 少年 ①



 夜が明け、俺達は泊まっていた村を出た。


 泊めて貰った事を村人に挨拶するでも無く、誰にも顔を合わせる事の無いまま、明け方にそこを後にしたのである。


 その際、一カ所に纏められた東帝国兵士の死体が目に付いたが、旅の誰一人として彼らを憐れむ様な視線を向ける事はしなかった。


 国や種族が違うからと言う理由でこの村を襲い、村人を殺し、奴隷化しようとした彼らに同情の余地など無かったのである。


 かと言って、結果的に助けられたにも関わらず、こちらを悪し様に言う村人たちに同情する事も無いのだが。


「あの村は大変だね。どれくらいで立ち行かなくなるかな」


「早ければ一年でしょうね。あれだけ村を荒らされて、しかも若い男は大体殺されて居るんです。老人も減ったとは言え、圧倒的に人手が足りない」


 昨晩、俺達に当たり散らし、そして遅れて兵士達に当たり散らしていた農民たちは、その事の意味を本当に分かっているのだろうか。


 何かに不満をぶつけるなとは言わないし、生きて居る捕虜は養うだけで食料を食う。殺すのも合理的だとは思うが、拷問して殺すを繰り返す暇があるなら今後の生活について話し合う方が有意義に時間を使える筈だ。


「流石、元農民はその辺も良く分かっているみたいだ」


「前世の記憶が無かったら、そう言う所にまで考えが及びませんよ。そもそも、この瞬間まで生きて居る事も出来なかったと思います」


 前世知識が役に立つ事など殆どない。蒸気機関や何やらが作れる訳でも無いし、何か特別な技能を持つ訳でも無い。


 勉強していて良かったと思えるような知識は、この世界で十五年近く生きて来て、碌に無かったのである。


 強いて言えば思考能力。肉体年齢に十七年分の記憶があるお陰で、ここまで来られた。後は、幸運。考えるだけではどうにもならない事は、今まで幾らでもあった。


 自分にはどうにもならない、絶体絶命の時。それを助けてくれたのは自分の力では無くて、誰かの力だ。


 もう他人など信じないとすら思ったのに、気付けばその他人と今一緒に旅をしている。不思議なものだった。


 リュウと他愛のない会話をしながら、これまでの事を改めて回顧していると、後ろを歩いていたシグが怪訝そうな顔をして訊ねて来る。


「ラウ、そろそろ私達にも教えてくれないか? スヴェンもだが、前世云々と何の話をしているんだ?」


「私にも教えて。ずっと気になってたんだけど、三人とも真剣そうだったし今まで訊くに訊けなくて」


「……そう言えば、君達には話して居なかったっけ?」


 レメディアまで口を揃えて同じ質問を投げ掛けられ、リュウはわざとらしい口調で肩を竦めていた。だが韜晦(とうかい)する様なその姿は、彼が自身の口から話す事を遠慮している様で。


 つまり、俺とスヴェンに話すかどうかを決めて欲しいと言外に告げていたのであった。


 しかしいきなり話を振られて、何より小声で話していた内容を聞きつけられて想定外な事態に直面した事で、心の理解が追い付かない。


 どうしたものかと内心で大慌てしながらスヴェンに視線を向ければ、彼は苦笑しながら肩を竦めていた。だが、それが一体どのような意図で為されたものなのか見当がつかない。


 もしかすると呆れの感情を表しているだけなのかもしれない。確かに、話の内容を聞かれてしまった自分が迂闊なのは認めるが、小声を聞きつける程にシグ達の耳が良いとは誰が思うだろう。

 断じて俺は悪くない、と思いたい。


 しかしそんな事を考えている間にも時間は過ぎて行くわけであって。


「いつまで口籠って居るんだい? それに、いつまで黙っているつもりなのかな?」


「あー……いえ、そう言う訳では」


「詳細はともかく、断片的には聞きつけられているのだから、いつまでも隠し通す訳にはいかないんじゃあ無い?」


 ここで下手に誤魔化そうものなら、今後ことある度に彼女たちが訊いて来る事は間違いない。問題はそれがどの状況でどのように知られてしまうか、なのである。


 場合によっては思わぬ事態を生まないとも限らない。想定外とは、想定していなかったからこそ起こるのであるが、発生する可能性を少しでも抑えておくに越した事は無かった。


「……分かった。次の休憩の時に話す。大した内容でも無いから、期待するなよ」


「大した内容でも無いって、そんな嘘っぱち誰が信じてくれるかな」


「貴方みたいに根掘り葉掘り訊かれるのが面倒なんですよ。一々説明するこっちの身にもなって下さい」


「だったら彼女達にも聞かれないように細心の注意を払うべきだったね。けど残念、もう遅いよ」


 知ってしまったら、疑問を持ってしまったら、もうそこからは離れられない。人間の持つ好奇心とはそう言うものだった。


 リュウに前世の事を話したのは互いの情報を交換するために必要な事であったのだが、今となってはそれすらも話すべきでは無かったのでは、と後悔の念まで沸いて来る始末。


「何でこんな事に」


「お前が迂闊に人前で話すからだろ。そりゃ断片的に聞こえたって無理はねえよ」


「言っておくけど、ラウ君とスヴェンが話してるのは前々から聞こえてたよ? だから私達が気になっていた訳だし」


「……だ、そうだけど?」


「……ナンノコトカナ~~?」


 こちらの失態だと言わんばかりに責めて立てるように、煽る様に言うスヴェンだったが、レメディアの補足を受けて気まずそうに顔を逸らした。


 調子に乗った様子で好き勝手言っておきながら、結局彼自身にも非があった事が明白になった以上、ここで何も仕返ししないと言う選択肢は無かった。


 だから黙ってスヴェンの頭を鷲掴みにする。


「ちょっと待って! なあ、おい! 何で無言なんだよ!? 何か言えよ、怖いって! 痛いって!」


「…………」


 ついでに昨日も彼に煽られた際の恨みも上乗せして報復しておけば、レメディアとシグの質問は有耶無耶の内に立ち消えてしまうのだった。



 閑話休題。



 その後の旅程も実に順調なもので、特に何の障害に出くわす事も無く、大空の陽は天辺付近に昇っていた。


 ここ最近、日の光はその強さを目に見えて増しているような気がする一方で、夜は未だに冷える。日中は熱くて邪魔に感じる防寒具も、まだまだ出番がある辺り、売り払うにしても何にしてももう暫くは付き合いが必要そうだった。


「そう言えば俺達、どこ向かってるんでしたっけ?」


「……特に明確な目標は無いよ」


「え? じゃあ何で……」


神饗(デウス)の影が何処にあるか分からないからね。見つけ次第、もしくは情報を入手したらそこへ向かうって感じさ」


 ふと、話題の間を繋ぐ意味で素朴な疑問を投げかけて見たのだが、リュウから返って来たのは想定外の答えだった。


 それに思わず目を瞠り、言外に訊き返していると、彼は口端を緩めながら言っていた。


「冗談だよ。取り敢えず今はタルクイニ市に向かって居るんだ。ユピテルとかティンとか呼ばれている精霊が、本当に身動きの出来ない封印が施されていたのかとか、色々確かめる事も多いからね」


「まだメルクリウスさん達を疑ってたんですか? てっきり、神饗の首領についての情報を伝えたから、多少は気を許したと思ってましたけど」


「あの精霊単体についてはそれなりに信用していいとは思うけど、まだ足りないよ。メーラル王国での出来事、忘れた訳じゃあ無いでしょ?」


 ここで彼の言う出来事と言うのは、メルクリウスら精霊達と一緒に居た際に、神饗(デウス)や王国の兵士から襲撃を受けた事を指している。


 メルクリウスは「裏切り者が居なければ居場所は露見しない」と言っていたにも関わらず、露見したからだ。あそこまで言い切った彼本人が裏切るとは考え辛く、しかしあの精霊の中に裏切った精霊が居る事は間違いなくて。


 しかも、俺が前世の末期に見たあの殺人鬼の顔はユピテルとサトゥルヌスの顔に酷似していて。


 神饗(デウス)が並行世界へと侵入して魂を奪っていた事実と組み合わせれば、どちらか、或いは両方が神饗(デウス)の手の者である、首魁である可能性は非常に高かった。


「あのユピテルとサトゥルヌスって言う精霊の顔かたちがどうしてあそこまで瓜二つなのかも含めて、色々と調べたい事は多いんだよね」


「メルクリウスさんには何と言うつもりで?」


「正直に話して手伝って貰う。彼も多分、自分の身内を疑い始めている筈だからね」


 そう語るリュウの顔は、確信を持って居る様だった。ただし、仮面を着けているので本当の所はどうなのか、普通以上に分からないが。


 それでも俺だけでなくスヴェンもリュウの提案に賛成なのか、誰一人として反対意見を述べる事は無く。


「……私やレメディアにも、その辺の事をもっと詳しく話してくれるんでしょ?」


「勿論。神饗(デウス)については多少話した事はあるだろうけれど、ラウ君達の話を聞いた後なら、僕の口から幾らでも説明してあげるよ。その方が理解しやすいだろうし」


 ハッキリと言い切ったリュウだが、それはつまり俺達が前世の事についてレメディアとシグに話す、という前提条件が付いている。


 堀が埋められ、益々包囲が狭められている気分を感じながら、この場を愛想笑いで誤魔化す事が精一杯だった。


 どうせなら今の内に、休憩に入る前から話してしまって構わないとしつこく迫って来る二人に対し、なるべく後回しにしたい俺の抵抗が(せめ)ぎ合っていると、気付けば時刻は正午を迎えていた。


 先頭を歩くリュウが適当な場所を見繕い、街道の端に固まって昼食を兼ねた休憩に突入するのだった。事ここに至ってはいよいよ抵抗を見せる意味も無く。


 一応、スヴェンと共に昼食準備などで意味のない引き延ばしを行っていたが、携帯食料が主なのでそれもすぐに終わってしまう。


「さて、話して貰おう」


「逃がさないからね」


「覚悟決めなよ、二人共。そろそろ話した方が自由度も増えると思うよ?」


 遂に、その時が来た。別に話せない事では無いのだが、内容が内容だけに余り思い出したくないのと、こことは違う世界の説明をする事がこの上なく面倒臭い。


 どうにかして切り抜けたかったが、もうどうにも出来なかった。


 だから、意を決して口を開く――。





 その時、乾いた音が一つ。





 辺り一帯に響き渡るそれが聞こえたと思った時には、レメディアの右胸から血が飛び出していた。


 更に一拍遅れて、彼女は呆けた顔のまま尻餅をつく。


 この光景に血相を変えたのは他の四人とも同じで、誰かの襲撃である事を察して瞬時に身構えたが、本当の意味でこの襲撃の脅威を悟ったのはたった二人だけ。


 つまり、俺とスヴェンだけ。


「伏せろ、銃だ!」


「木の影に隠れて射線に入るな! 体に穴開けられて死ぬぞ!」


 元々は日本人なので、銃自体に馴染みは無い。だが俺はこの世界でそれを目にしたし、スヴェンとて何度も修羅場を(くぐ)り抜けて来た。


 俺がレメディアを引き摺りながら放った言葉の意味を察して、瞬時にリュウはシグの手を引いていたのだった。


 そしてその直後、又もや乾いた音が聞こえ、シグが先程まで立っていた地面に小さな砂煙が立つ。


「……何、これ!?」


「銃だ!あの音は間違いない! それに……!」


 脳裏に浮かぶ、剛儿(ドウェルグ)の少年の顔。歳は自分と大して変わらず、そして前世の記憶らしいものを持っていた。本人はそれが何であるのか理解出来ていなかったが、それを基に銃を造ったと言っていた。


 もしも彼以外に、同じような記憶を持つ者が居ないとするのならば。


「シャリクシュ……?」


「待ってラウ君、流石に僕もこれは理解が追い付かない。銃って、君らの世界の武器なんだろう? 魔力も使わないって言う道具の一つで」


「ええ。指一本動かすだけで、素人でも剣の達人を殺せる。上手い人が扱えばこちらが気付けない距離から狙撃も出来る。下手をしなくても魔法より使い勝手がよかったりしますよ」


「話には聞いていたけれど……冗談みたいな話だね」


 地味な音を立てて、リュウが盾にしている木の幹から木屑が舞う。それから尚も着弾の音が断続的に聞こえ、発砲音も止まらないと思っていたところで、不意に辺りは静まり返った。


 先程までの出来事が嘘であったように、木の葉の揺れる音が聞こえ、遠くで鳥が囀るだけである。それを見て、まるで狐につままれたような顔をして、リュウとシグは用心深く周囲を見渡していた。


「ラウ君……これは一体?」


「再装填か、様子見でしょうね。それよりもレメディアが!」


 今も胸からは血が流れだし、背中からも同様だった。どうやら弾が貫通したらしい。


 幸いにして胸の中心からは大きく外側に外れている為、出血の量も大量とまでは行かないが、呼吸は苦しそうだった。


「何が、起きて……るの?」


「敵の攻撃だ。無駄に喋るな、止血してやる」


「えっ? ま、待って……!」


 このままでは放置して置けないと、手当てと傷口の確認をしようと服をたくし上げる。それに対し、レメディアが怪我人であるにもかかわらず何故か抵抗を見せた。


 だが、所詮は負傷者。呆気なく服を剥がれ、そして露わになる傷口……と胸。


 ぽっかりと開いた小さな穴からは空気が抜け、血も流れていて、やはり唾を付けて治るような簡単な傷では無くて……大きな胸を支えるように下着の様な物まで付いている。


 兎にも角にも止血して傷口を塞ぐ必要があったおっぱい。


 駄目だ双丘が余りにも強烈過ぎてちょっと集中できない。どうしよう。止血にあてるべき手が違う方へ引っ張られていく。……なるほど、これが引力なのだろう。


「ラウ、貴様レメディアの裸を見て何をしてるんだ?」


「て、手当てを……」


「後は私がやる! 年頃の娘の裸を、人前で晒すな馬鹿者!」


「さ、さーせん……」


 氷のように冷たい視線と言葉が突き刺さり、非常に居た堪れない。小さく縮こまってその視線をやり過ごすのだった。


 わざとではないと弁明した所で、如何ほどの価値があろうか。こう言う場合においては、男よりも女の方が圧倒的に有利なのである。それは世界が変わっても同じらしい。


「もう、お嫁にいけない……二度も見られた」


「大丈夫、アレを殺せば問題無いからな」


「え、待って。それ冗談だよね?」


 かなり不吉な言葉が飛び交い始める女性陣の会話に、思わず口を挟まずに居られなかった、そんな時。


 鼻先を銃弾が霞めた。


「……始まった!」


 すぐさま身を隠し、弾丸の飛んで来る場所を見る為に目を凝らすのだが、森の中を街道が通っている関係上、その中から人の姿を見付けるのは至難の業だった。


 おまけに、少し動けばそこ目掛けて銃弾が飛んで来る。リュウですらも、正体が分からず迂闊に動けない有様である。


「……参ったな。シグ君、レメディア君の容態は?」


「何とも言えません。私も専門の医者では無いから、それにこんな傷……」


「そっか。ラウ君、銃による攻撃って傷の中に攻撃の痕跡とか残るのかな?」


「その場合もあります。けど、今のレメディアは弾丸が貫通してるので、切開して弾を取り出すような真似は要らないかと」


 わざわざ衣服を剥いで確認もした。結果的に眼福だったのは否定しないが、あの様子なら問題無いだろう。


「傷の具合を確認してどうするんですか?」


「毒となるような物体が体内に残っていないのなら、僕の持つ薬でどうにかなる筈だ。シグ君!」


「……これは?」


「砕いて彼女の傷口に振り掛けて! 半分は口へ、水を含ませて飲ませるんだ!」


 放り投げられた丸い物体を受け取ったシグに、リュウは矢継ぎ早な指示を飛ばす。だが内容が簡単なだけに、彼女も反応するのが早かった。


 だが、その間にも銃撃は止まない。


「くっそ……射角を推定しようにも迂闊に顔出せば撃たれちまうぞ! しかも段々精度が上がって居やがる! 今なら針の(あな)でも通しそうだぜ」


「レメディアに当たった最初の銃弾以外は精度が低かったから、風向きとかを計ってたんじゃねえのか? 観測手でも居るみたいな……」


 スヴェンと言葉を交わしながら、互いにあり得ないと笑った。狙撃については軍人でも無いので良く知らないが、観測手が非常に重要な役割を持つと言う。


 何かのテレビ番組で風の向きの観測をする云々と言う話を思い出せば、そんなハイテク機器の存在しないこの世界で不可能だとしか思えなかった。


 しかし。


「……(あなが)ち嘘じゃねえかもな」


「そうじゃなけりゃ、何でここまで正確に撃ち込めるんだって話だし」


 少しでも動きを見せれば、銃弾が飛んで来る。それも木の幹すれすれで、皮一枚、もしくは指先だけでも吹き飛ばしてやろうと言う殺意満々振りだ。


 少しでも下手な動きをすれば死ぬ。


 それは例えるなら、木で隠した体の動きまで見抜かれている様で。


 冗談交じりで口にしておきながら、俺もスヴェンも“観測手”が実在している事を半ば確信していた。





◆◇◆



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― 新着の感想 ―
[一言] 読み応えのある作品ですね! またゆっくり読ませて頂きます♪
2020/09/09 12:17 退会済み
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