第二話 ゴブリンズ スケルツォ ②
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春。暖かくなって来る日が増え、太陽が顔を出す事も多くなってくるとは言え、初春はまだまだ冷える日もあれば雪の降る日もある。
街の中の主要な場所であれば住民らが生活に最低限不便しない程度には除雪が為されるが、街道となればそうも行かない。
ぐっと人の数は減り、代わりに自然の息吹が強く残る世界となるのだ。人通りは極端に減り、当然需要も少ないので除雪される事も無い。
場所によってはまだまだ雪の深い場所もあるし、雪が溶けて居たとしても道が泥濘と化している事も珍しくなかった。
そのせいか、これまでの旅に比べて進みは遅く、そして体力も消費も大きかった。それでも頑張れば一日で集落に辿り着ける程度は歩いているので、今のところ問題が無いと言えばそうである。
ただ、化儿の連合国家であるアレマニア連邦の農村は、ここが東ラウィニウム帝国の国境線に割合近い事もあって、庸儿の多い旅の一団を歓迎してくれる所は少なかった。
酷い時は村の中へ立ち入る事すら禁止されてしまう始末であり、攻撃を受ける事すらあった。
とは言え、自分自身も元はと言えば農奴。彼らの閉鎖性については自然と理解出来てしまう。その上、東帝国による奴隷狩りの所業についても既に何度も聞かされている。
庸儿に対して警戒するなと言える訳も無かった。
「……今日も野宿かなあ?」
「村には着いているのに泊めて貰えないってのは困りますね。人数分の金も払うって言ってるんですけど」
「問答無用で追い出されるか、法外な値段を吹っかけられるんじゃあ、村の外で野宿する以外に方法はないよね」
リュウの言う通りだが、集落の近くであると言うだけでも、ただ野宿するよりは条件が良い。近くに多くの人の気配があると言う事で、余り獣が寄って来ないのだ。
冷たい風を凌げる家屋の中に入れないのは残念極まりないが、泊める泊められるという契約関係が成立しない以上は仕方ない。ここで無理に居座れば賊とやる事が変わらない上に、余計な揉め事を生む。
だから断られると彼らの目に付かないように少し離れた場所で、人の強い気配を獣避けに利用させて貰いながら野宿するのである。
しかしそれでも、元々五感の強い化儿からすれば、知覚できる場合もあるらしく。
「何で俺達の村の近くに居るんだよ!? 早く出ていけ!」
「そんな事言われても、村からは出てっただろ。我儘言うな。それにこの辺は村の領域外の筈だよな?」
ここは街道沿い、村の外側。背の高い裸の木々が生い茂っているが、手入れが施されている形跡はない。つまり入会地ですらない。
文句を言われる筋合いは無いのだ。抗議にやって来た若い男の化儿に反論してやれば、彼は顔を紅潮させていた。
「煩いっ! 駄目なものは駄目だ! 庸儿がここに居るってだけ不愉快なんだよ! いつ俺達の村が襲われるか、幼子も怯えて気が気じゃない!」
「別にそんな事しねえって。ただの旅人だって見れば分かるだろ? 逆にそれ以外でどう見える?」
「見た目じゃ分かんねえだろうが! 冗談じゃない、良いからここから出てげ! 早く!」
もはや癇癪を起こした子供のように自分の主張を並べ立てるだけで会話にもならない。こちらが何を言ったところで話が通じる気配は無くなっていた。
庸儿は悪。その傾向が、都市部以上に村落では強いのだろう。特に村は柵があるだけで城壁を持たず、あっても簡易な為に奴隷狩り対象とされやすい。こう言ったところも他人種の排斥に積極的である理由なのかもしれない。
「出ていけって……そんなに俺らが怖いのかよ? たった五人だけの旅人風情に、村の人間全員が怯えてるってアンタは言いたいんだな?」
「そんな訳あるか! 庸儿如きに俺達が遅れを取る訳ないだろ! 馬鹿にするんじゃねえ!」
「じゃあ俺らがここで野宿しても問題ねえよな? 怖くないんだもんなあ?」
「それとこれとは話が別だ! 何度言わせれば分かる!? 出てげと言ってるんだ、俺達がこうして警告している間に!」
脅し掛けるような青年の言葉。実際それは恫喝を多分に含んでいて、彼の背後には威圧する様に十人ほどの村人の姿があった。
ただし、その手に農具は持っておらず、体格も良く知る農奴に比べたらかなり大柄。自分達が化儿である事を、そして屈強な体を持っている事を誇示している様だった。
しかし、誇示された程度で怯む様な精神は、この場に居る誰も持ち合わせてはいなかった。これまで散々踏んできた場数や鍛錬によって、自然と図太くなっていたのである。
「ラウ君、焚火の火種がついたよ」
「おう、そのまま大きくしてくれ。燃えやすいものには注意しろよ」
「何をお前ら着々と野宿の準備してんだよッ!?」
レメディアが魔法で成長させた蔓を紐代わりに、木を摩擦させて火を熾す。シグと一緒に息を吹きかけ木屑を塗し、スヴェンは薪を集める為に周囲を歩き回っている。
リュウに至っては手頃な木を切り倒し、適当に削って呑気に座っていた。俺が村人との折衝に当たっている間に、何とも呑気な事である。
と言うか自分自身、こんな面倒な事は早々にやり過ごして野宿の準備に取り掛かりたい。
まだ日暮れまで時間があるとはいえ、この季節は暗くなるまでがあっと言う間で、油断していると一瞬で視界が暗闇に包まれる。加えて夜は冷えるので、その辺の準備もしなくては行けないのだ。
「取り敢えず俺も野営の準備して休みたいから、帰ってくれね?」
「だ・か・ら! それをするなと言ってるんだ! 今すぐやめろ! ここから出てげ! この場所は俺達の土地だ!」
「手入れもしてないのに俺達もクソも無いだろ。どうせ入会地でも無いくせして、所有者面すんな」
余りにも話が通じない為、いい加減腹も立って来る。結果として言い回しも直接的で遠慮しないものになっているが、仕方ないだろう。やりたい事、やらなくてはならない事があるのに、彼らが余計な仕事を増やしているのだから。
「話はこれでもう良いよな? じゃあ、俺はやる事あるんで」
「待て! 話はまだ終わってねえ!」
「アンタらも帰った方が良いんじゃね? こんな所で無駄な時間食ってると日が暮れるぞ?」
話す事はもうない。と言うか話にならない。相手にするのもそろそろ馬鹿らしくなって、踵を返すと野宿の準備に取り掛かる。
これで相手も愛想を尽かして諦めてくれればいいと思ったのだが、今回は思う様に物事が運んでくれなかったらしい。
背後で鈍い音がしたと思ったら、メキメキと木の倒れる音がしていた。それにある程度の予想を立てながら振り返り、果たして溜息を吐いた。
「……穏やかじゃねえな。もう帰ってくれって言ってんだろ。俺達は何もしねえし、してねえだろ」
「勧告に従って貰えないのなら仕方ない。力づくで従って貰うぞ。痛い思いをしても悪く思うな、話の通じないお前らが悪いんだからな」
「いや話が通じないのはお前らの方だろ」
思わず指摘を入れていたが、それが彼らの耳元に届いていたかは定かではない。ただハッキリ言えるのは、もう言葉を交わすだけ無駄だと言う事。男を含め、背後の村人達が殺気立ち、剣呑な雰囲気を纏いつつあったと言う事だけだ。
「交渉決裂、だね」
「もう少し穏便に行きたかったんですけど。これもう仕方ないですよね?」
「まあ、彼らは僕達がここで野宿する事がどうしても許せなかったんだろうさ。ここで何を言ってももう意味はなさそうだ」
先程まで倒木に座って一部始終を見物していたリュウが立ち上がり、声を掛けて来る。だがそれが特に助太刀をしてくれるという訳ではなく。
「レメディア君、シグ君、後は僕がやっておくから、ラウ君に加勢してあげて。君達の修行にも丁度良いでしょ」
「修行って、またそれですか……」
「このご時世、対人戦は多く経験するに越した事は無いからね。大丈夫、いつもの様に危なくなったら助けに入ってあげるから」
「もう、私達が抗議するだけ無駄なのは分かってる。行くぞ、レメディア」
レメディアもシグも、もはや諦めの境地らしい。事あるごとに修行と称して戦わされて来たのだ、そうなるのも無理はない。
偶にはリュウに戦って欲しいものだが、「修行だから」で片付けられてしまって話にならない。これで修行は建前でリュウ自身が弱かったら反抗もしてやれるのだが、生憎彼は掛け値なしに強い。四対一で一斉に稽古をつけて貰う事もあるが、一度たりとも勝てた事は無かった。
そのせいで、彼と戦う時は自分達が本当に強くなれているのか、全く実感も沸かない。時折遭遇して戦わされる妖魎のお陰で上達している事は分かるのだが、対人戦はどうも分からないのだ。
ただしそれでも。
「おいおい、たった三人で俺らの相手をするつもりかよ? 舐められたもんだな」
「雄ガキ一匹に雌ガキ二匹。こんなんじゃ勝負にならねえっての。まあ、庸儿共が粋がった報いだと思えよ」
「粋がってんのはお前らの方だ。化儿の素人が十数人集まった程度で俺らに勝てるとでも?」
強いかどうかは構えなどの身のこなしで分かる。見た限り気合は十分そうだが、戦闘経験も実力も不十分。今まで自分より強い相手と碌に戦った事も無いのだろう。
構えていたとしても無防備なものだった。
しかし、彼らは数の多さと身体能力の高さに恃んでか油断と傲慢さを兼ね備えた態度に変化はない。既にこの段階で、勝負は見えていると言ってもおかしくはないのに、自覚は皆無であったのだ。
「馬鹿な奴だな。庸儿が俺達に勝てる訳ねえだろ。仮に魔法でも使えたところで、お前らなんざ一捻りだ」
「そうだ、コイツら身包み剥いで商人に売ってやるってのはどうだ? 殺しちまうよりは良いと思うんだが」
「馬鹿、貧弱な庸儿の奴隷なんざ碌に役に立つ訳ねえだろ。まあ、そこの娘二人については買い手があるかもしれねえけどな。飽きたら売っちまうか」
「ああ、それもいい。お前ら庸儿がやって来た事を、その身に叩き込んでやるよ」
一応断っておくと、こんな会話をしている彼らは普通の村人だ。まるで山賊のようではないかと思ってしまうが、元々この世界では差別が普通にあり、教育も為されなければ人権意識が希薄どころか絶無なのは至極当然である。
況してやそこに、世代を跨いだ敵意や憎悪があれば尚更だ。
「人種に違いはないと前々から思ってはいたが、所詮は皆人間と言う事だな。酷い記憶を持っている側も、考える事は同じか」
「人間だからな。やられたらやり返そうと思うのは自然のことだろうさ」
「だからといって大人しく負ける気も、屈辱を受け入れる気も無いけどな」
「シグ、お前冷静そうな見た目の割に血の気多いぞ。視野狭窄にならねえよう注意しろ」
敵の数は十五、六。皆年若く、三十代には届いて居ない頃か。一番血気に逸り易い年頃なのだろうと推察した所で、自分自身もそれくらいの年齢である事に思い至る。
前世の頃からの積み重ねもあって、自分が同じくらいの年頃だと中々思えないのだ。気分はまるで……。
「年寄りみたいだな」
「うるせえ。お前がガキ過ぎるんだ。もう少し冷静になれねえのか」
中身はまだ四十年分の記憶も蓄積していない。年寄りとまで呼ばれるのは流石に心外だった。心外過ぎて嫌味で反撃してやったが、返って来るのは氷のように冷たい視線だった。
天色の眼と相俟ってそれはもう、背筋が凍り付くように冷たい。今この場で凍結せしめられるのではないかと思ってしまえる程だ。
「ラウ、余り前に出過ぎるなよ。誤って背中に氷が突き刺さってしまうかも知れないからな」
「いや無茶言うな。つか撃つな魔法を」
「じゃあ巻き添えで氷漬けにされないように気を付けろ」
「じゃあって何だよ」
案の定、不安が煽られる。出来る事なら白魔法で距離を取って戦いたいが、リュウからのお達しで基本的には身体強化術で戦うように制約が設けられている。
そうなると嫌でも近接戦を挑まねばならない訳だが、シグの不穏な気配に本能が警鐘を鳴らしまくっていた。
「リュウさん、今日ぐらいは魔法の使用許可を……」
「駄目。こんな森じゃあ何処に目があるかも分からないし、君自身の練習にもならないからね」
「俺の命が危ないかもなんですがそれは?」
「頑張れ! 後頭部に目を付けるんだ」
「それもう人じゃないですよ」
無理難題も良いところである。とは言え、これで決まりを破ろうものなら、どんな制裁が待っているか分かったものではない。
多分、リュウは烈火の如く怒る事は無いだろうが、鬼のような練習を課してくる筈だ。そうなればシグの攻撃から逃げ切れたとしても待っているのは死。
確実な死。
そうなってしまうのだったら、規則の範囲内で戦いシグからの攻撃も上手く避ける事しか選択肢は残されていなかった。難しかろうが、これしか生き残る道はない。
「ラウ君、平気? 随分悲壮な顔をしてるけど」
「はは……平気じゃないかな。うん、出来れば助けて欲しいんだけど、どうして俺から距離を取るの?」
物凄く心配そうな顔をしたレメディアが声を掛けてくれるが、彼女もシグによる魔法の巻き添えを避けたいのか、少しずつ距離を取っている。
明らかに助けてくれる様子はなさそうだ。もはや完全に自力で避けるしか方法は残されていなかった。
「スヴェン……居たら助けてくれたかな」
今頃何処かでせっせと薪を集めている筈だ。なるべく生木ではない、落ちている枝葉を自身の魔法も駆使して拾っているだろう。
そんな彼は、前世からの付き合い。桜井 興佑としても、スヴェンとしても、信頼出来る存在だから自分を――救ってくれるとは思えない。
炎上していれば寧ろ面白がって油を撒くタイプの性格をしている。それは今までに何度もあって……思い出すと今でも腹が立って来る。
戻ってきたら一発叩こうと心に決めるのだった。
「もう泣こうが喚こうが、今更俺達は見逃してやらねえぞ。そこの仮面のと紅髪のガキはここで殺してやる。何か遺言は?」
「ねえよ。ここで死ぬ訳にはいかないんでね。ってか早く帰れ。そろそろ陽が沈むじゃねえか」
「僕も無いかな。僕としても無駄な事はしたくないし、君達には早く引き取って貰えると有難いのだけれど」
呑気にシグやレメディアと言葉を交わしている間に、逃げ場は塞がれて包囲されていた。ここで確実に殺すか捕らえるつもりなのだろう。
殺意と下卑た視線が向けられて、シグとレメディアは不愉快そうに顔を顰めていたが、リュウはどこ吹く風と言わんばかりに焚火に向き合って火を大きくしている。
こんな状況でも呑気な彼の態度が村人たちの感情を更に煽り立てたらしい。殺気は更に膨らみ、憤怒すらも含んでいた。
「この野郎……お前のその仮面も剥いで、顔もぐちゃぐちゃにしてやるよ! 掛かれッ!」
一人の村人の言葉と共に、一斉に彼らが飛び掛かって来るが、その先は行動で怒りを煽るリュウか、少女二人が多い。後者はともかく、リュウについては完全に応戦する気はなく、そのカバーへと入るのだった。
「お、ラウ君良い働きだよ」
「……どーも」
「因みに、僕が誰かから攻撃を受けたらどうなるか、分かっているよね?」
「畜生ッ! スヴェン、早く帰って来てくれ!?」
今更になって、仮面の下からでも分かる、それどころか振り返らなくても分かる程に楽しそうなリュウの声。
それの意味するところを正しく察し、思わず今この場に居ない友の名を呼ぶ。だが、案の定それは届かなかったのか、ひょっこりと彼が顔を見せる事は無かった。
「邪魔すんな、このガキ!」
「邪魔してんのはお前らだよ! とっとと下がってくれ、頼むから!」
何度も言うが彼ら農民たちは化儿とは言え素人で、決して撃退出来ない訳ではない。だが明らかにリュウは彼らを挑発し、攻撃を集めている。そして、それを分かった上で脅しをかけ、俺に守らせているのだ。
誰かを守りながら、それも指一本触れさせずに戦わなくてならないなど、途方もない難易度である。
流石にこれは少しでも気を抜けば洒落にならない。
おまけに、である。
「ああ、済まない手が滑った」
「お前ェェェェェぇえっ!?」
一瞬の不意を衝くように飛んで来る、氷弾。どれもその場で棒立ちして居たら致命傷は免れない様な鋭い一撃で、当たったら笑えない事態になること間違いなし。
「シグ、ここでリュウさんに一撃入ったら分かってるんだろうな!?」
「それは勿論。まあ、ラウならそれくらい余裕で避けられるだろ? 私も事前に警告してる訳だし」
「その警告がギリギリなのはどういう事なんだ!? 明らか殺しに来てるよな!? なあ!?」
本気で攻撃を飛ばしてくる、シグ。反撃してやりたいが、表向きは手元が狂ってしまったと言っている為、堂々と反撃する訳にも行かない。
何より身体強化以外の魔力使用を禁じられていては、彼女に対して反撃する術自体が無かった。
「俺の槍が届かないからって調子に乗りやがって!」
「心外だな。私は自分の意を守る事に精一杯なだけだ。ここで捕まれば下衆共の餌食になると言われたばかりだぞ?」
「嘘吐け! だったらどうして喋る余裕があるんだよ!?」
「おっと手が滑ったー」
「ふざけんな!?」
今度飛来して来たのは、無数の氷の礫。流石にそれを紙一重で避け切る事は出来ず、突っ込んで来た化儿の村人の背中を盾にして防ぐ。
何より危なかったのは、その礫が少しでもリュウに掠ってしまう事だった。流石にこれは目を瞑ってくれるかもしれないが、どうなるか分からない。
だから咄嗟に盾で防いだのである。
「やるねえ。因みに、同士討ちで僕に攻撃が当たっても駄目だからね?」
「冗談じゃねえぞ!?」
防いだから良かったものの、一歩間違えばそこでゲームオーバーだった。間一髪で助かった事に心の中で安堵しながら、思わずシグを睨み付けていた。
「どういうつもりだ!? さっきも言ったが、これは連帯責任なんだぞ!?」
「分かってるさ。あくまで私は手元が狂っているに過ぎない。決してギリギリを攻めてお前を追い込んでる訳じゃ無いぞ」
「どの面下げてそんな事言ってやがる!?」
寧ろそれが本心だとしか思えない。もはや取り繕う気すらないのではないかと思ってしまう程だ。
だが、そんな遣り取りをしている間に村人は半数近くが戦闘不能に追い込まれ、潰走を始めていた。
「駄目だ、またやられた! このままじゃ全滅しちまうぞ!」
「何なんだコイツら、魔法まで使いやがって……勝てるかよ!」
「あ、おい待て……! くそ、覚えてろ!」
転装をしても尚、倒せないどころか味方の多くがやられている事に恐怖を覚えたのだろう。酷く怯えた様子で文字通り尻尾を巻いていたのである。
だがそんな彼の逃げようとする先に現れる、靈儿の少年――スヴェン。丁度、巻き集めから戻って来た所なのだろう。
彼は怪訝そうに首を傾げ、問うていた。
「やけに騒がしいと思ったら、どうなってんだこりゃ?」
「退け! 撥ね飛ばされてえのか!?」
靈儿である彼の見た目は、確かに貧相なもの。逃走進路先に現れた少年を見て、残っていた化儿達は踏み潰す勢いで直進して避ける気配も無い。
だがそれは、ここで限って言えば悪手であり、運の悪い選択であった。
「あぶねえな」
『――――ッ!!?』
突如として現れた分厚く高い土の壁に、逃げていた化儿達の悉くが激突していた。その多くが、転装をした四足歩行形態のまま素早く撤退していた為、腕で体を庇う事すら出来ず、顔面から突っ込んでいたのである。
カウンターが入ったような形となり、その場で事切れた様にへたり込む。中には土壁の中にめり込んでぶら下がるような形になっている者も居た。
「おい、こりゃ一体どうなってんだ? 俺が薪拾い行ってる間に何があった?」
「見ての通り、襲撃だ。ここから立ち退けって村人が。お前のお陰で全滅させる事に成功したぞ」
「そらどうも。中々面倒臭い事になってんな。コイツらどうする? 流石に放置する訳にはいかねえよな?」
今戻って来たばかりにスヴェンに軽く事情を説明してやると、彼は土人形に運ばせていた薪を下ろし、そして周囲を見渡していた。
そこには、数にして十六人の気絶した村人が転がっている。しかも化儿であるので、皆大柄。並みの筋力であれば運ぶのも一苦労であった。
おまけに、スヴェンの言う通り放置する訳にも行かない。ここで気絶させたままにしておくと、妖魎が寄って来ないとも限らないのだ。
かと言って折角火を熾し、周囲もある程度整地したのに今から場所を移して放棄する訳にも行かないとなれば、取れる手は少なかった。
「……運んでやるか。村の入り口まで」
「この人数を? めんどくせえな」
「お前が全滅させたからだぞ。多少なり生き残ってれば、そいつらが回収に来たかもしれないのに」
「俺のせい? 別に悪くなくね? 寧ろ正当防衛だと思うんだけど」
心外だと言う様に抗議するスヴェンだが、それを取り合ってやる事は無い。ただでさえ今までの戦闘で無駄に時間を食い、日は更に低くなって来ているのだ。
暗くならない内に何としてでもこの村人たちを運ぶ必要があった。そうしないと、睡眠時間も寛げる時間も減ってしまうのだから。
「僕は火の番をしておくから、行ってらっしゃい」
「アンタ相変わらずだな……」
もうリュウには何を言っても無駄なのは分かっているので、呆れた視線と言葉を向けてやるに止める。
後は倒れている村人を四人で等分し、一人四人ずつ村の門へと運んで行くのだった。
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