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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第六章 ユルガヌモノハ
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第一話 Smash Out!! ④

◆◇◆





 昨日と同じ様に時間は過ぎ、客が出入りし、日が暮れて行く。


 あれだけあった喧騒は跡形も無く消え去り、冷め切った大気は揺さぶられる事は無い。次の朝になれば同じような喧騒が包み込むだろうが、それにはまだまだ時間がかかるのだ。


 宿でも全ての業務が終わり、街に住む多くの人がそうであるように寝静まる。明日の朝も雪が降ればまた除雪。夜更かしでもしようものなら影響が出てしまうのは必須で、談笑も程々に粗末な布団へと入るのだった。


 しかし、掛布を体に被せるまでは良かったのだが、寝付けない。眼が冴えてしまって仕方ない。


 極力物音を立てないように寝返りを打ち、窓の方へと視線を向ければ、そこにはリュウが立ち窓から外を覗いていた。


「リュウさん……どうですか?」


「ああ、居るね。数は三十くらい? この宿を囲っているよ」


「昼間にラウがぶっ飛ばしたチンピラが復讐にでも来たんじゃねえの?」


 欠伸を噛み殺しながら上体を起こしたスヴェンが指摘するが、その可能性が一番高い。前々から店主が恨みを買っていた線も考えられるが、だとしてもそれはいきなり過ぎた。


「殺さない程度に手加減してやったし、怨まれる筋合いはないと思うんだけどな」


「チンピラにその理屈は通じねえだろ。やられたらやり返すのが連中の流儀だ。世界が違っても考える事は同じって事だろうぜ」


 スヴェンに続いて、俺もまた体を起こす。勿論物音を立てないように細心の注意を払って動き、今の恰好の確認を手探りで行うのだ。


 とは言え、この寒い季節では寝る時でも完全防備なので確認する必要のある物はそんなに多くない。


 槍や外していた装備品を装着してしまえばそれで終わりなのだ。


「準備は良いかい?」


「俺達は問題無いですけど、レメディア達とエッカルトには伝えないんですか?」


「伝えなくても問題無いでしょ。僕も居るし。戦っていれば音に気付いて皆も顔出すと思うよ」


 大層な自信である。もっとも、リュウはそれを言えるだけの実力を持ち合わせているのだ。最悪の状況になっても彼が居ると思うだけで気負いはかなり少なくなる。


 絶対的強者が居る事による、精神的な強みだった。


「ま、基本僕は手出ししないから、君達で戦ってくれ。相手は恐らく全員が化儿(アニマリア)。まあ、つまり僕らの話し声自体は聞こえているだろうけれど」


「……だから、そう言うのは先に言ってくれませんかね?」


「君達が気付かないのが悪い。僕が教えなかったら、どうせ奇襲でもしかけようとしたでしょ」


 そう言われてしまえば言葉も出ない。確かに図星だったのだ。相手が化儿(アニマリア)だとすれば庸儿(フマナ)よりも遥かに優れた聴力を持っている者が居てもおかしくないし、寧ろそれが普通だ。


 そんな当たり前のことだが、いざ実戦となると簡単に頭から抜け落ちたりしてしまうのは、今後の課題でもあった、


「多分、会話の内容までは正確に聞き取れてはいない筈だし、馬鹿正直に真正面から戦うしかないんじゃあないかな」


「はいはい、分かりましたよ」


「あ、どうしようもなくなったら白魔法(アルバ・マギア)の使用も許可するよ。ただし最低限の使用に止める事。頑張ってね」


 囁き声での会議は最終的にそれで結論が出され、俺とスヴェンはもう足音も抑えずにこの部屋から出て行く。


 窓から降りてしまえば即座にこの宿を囲っている何者らと対峙できるが、飛び降りる際に出来る隙は極めて無防備である。


 故に大人しく階段を降りて、店の出入り口からお出迎えする事にしたのだ。


 そして扉を開けて店の外に出てみれば、そこには松明も持たずこちらを睨みつけている無数の人影があった。


 やはり全員が化儿(アニマリア)らしい。月光しかないので詳しくは分からないが、各々耳や尻尾が確認できる。そして彼らは一様に、俺だけを見据えて殺気を向けていた。


「こんばんは。当店に何か御用でも?」


「紅い髪のガキ……コイツで間違いないのか?」


「はい、コイツです。間違いありません」


 こちらの問い掛けに反応してくれる事は無く、集団の頭を務めているらしい男が俺を指差す。それに大柄な人影が首肯していたが、彼が恐らく昼間の諍いで撃退した猪人族(アプリ)の男だろう。


「こんなガキにやられたのか? どこからどう見ても只の庸儿(フマナ)だぞ。クンツ、お前大した事ないな」


「何度も言いますが、やけに強いんですよ。お(かしら)も注意してください」


「誰に向かって言ってやがる。俺がこんな貧弱な奴に負ける訳ねえだろうが。お前がやられたと聞いてどんな奴かと思ったが……期待外れだな」


 ふん、と尊大な物言いでこちらを見下すような視線が向けられる。明らかに俺を侮り、馬鹿にして居る様だった。


 その視線には何度となく晒されて来た経験がある身だが、やはり慣れない。勝手に馬鹿にされると言うのはどうしても腹が立つ事で、不愉快である事に変わりないのだから。


「おい、そこの靈儿(アルヴ)、お前は見逃してやるから引っ込んでて良いぞ。どこへなりとも行け」


「ちげえねえ。ここにいたってボコボコにされるだけだぜ。ちょっと魔法の扱いが上手いからって鼻にかけると痛い目見るぜ?」


 頭の言葉に配下の一人が追従し、周囲からは忍び笑いが漏れる。そんな嘲笑に晒されて、スヴェンの表情は明らかに厳しいものへと変わっていた。


「生憎、コイツは俺の連れだ。それともお前ら、たった一人の庸儿(フマナ)を相手にするにはこれだけの数が必要だって言いたいのか? 案外大した事ないな、化儿(アニマリア)ってのは」


「……多少は口が立つらしいな。だが身の程に見合った口の利き方が出来ない奴は死ぬぞ? 馬鹿な奴だ」


 ぎら、と月光を反射する様に男の瞳が光った。それは人の顔をしていたが、まるで獰猛な獣のようで、それだけで人は腰を抜かしてしまいそうな程、迫力を伴っていた。


 しかし、スヴェンもこの程度で怯みはしない。彼とて修羅場を潜って来た自負があるのだろう。


「……そう言えば、この宿には最近、お前らのほかに二人、厨房に従業員が入ったらしいな? お前らの連れか?」


「だったら何だって?」


「いや、そいつらが中々見てくれの良い庸儿(フマナ)だって話じゃねえか。お前らをぶちのめして嬲った後、精々楽しませて貰うぜ?」


 まだこのエッカルトの宿屋で働き始めて二日しか経っていないが、思いのほか情報の伝達は早い。既に彼らもその情報を知っていたらしかった。


 男達はこれからのことを考え、胸を躍らせている様だった。


(けだもの)みたいな事を言いやがる。関係無い人間まで巻き込むとか、本当に人間かよ?」


「黙れ! 全部お前ら庸儿(フマナ)がやった事だろうに、それを棚に上げてよくそんな事が言えたな!? 人の心を持ってねえのはお前らの方だ! これは報いで、今更悔いようが赦しを乞おうがもう遅いんだよ!」


「別に俺達自身がやった訳じゃ無いんだがな……」


 言っても無駄なのは分かり切っていた。だがそれでも言わずには居られない。その怒りの矛先を向けるべき相手を間違えている、と。


 この男達はいずれも随分な恨みを庸儿(フマナ)に抱いている様だが、怒りを俺達にぶつけたとしても、直接の加害者は何の痛痒を感じる事も無いだろう。


 復讐を否定する気は毛頭ないが、同じ種族だからと言う理由だけ攻撃されては堪ったものではない。


「俺はアルトゥール! お前らを蹂躙し、奪い、殺す者の名だ。お前ら庸儿(フマナ)が、今も俺達の同胞に危害を加えるようにな!」


「そんな滅茶苦茶な理屈で復讐されるこっちの身にもなれっての……勘弁してくれよ」


 明日も早いのに。今のところ空は月が出る程度に晴れてはいるが、この先天気がどうなるかは分からない。もしかすれば数時間のうちに雪雲が立ち込めてまた降り出さないとも限らなかった。


 早目に決着させて室内へ引き籠もってしまいたいが、どうもそれが上手く行くとは思えない。何せこの数だ。周囲には民家などもある事を考えれば、派手な戦闘は出来なかった。


「……街の中で戦うのって、これで何回目だよ」


「俺もいい加減慣れたわ。ってか飽きた」


 偶には思い切り魔法を使える機会に遭遇してみたいと、スヴェンも同感の意を表明してくれた。


 そんな俺達の視線の先では、下卑た笑いをする気配と共に、男達が徐々に包囲の幅を狭めて来る。転装(トランスフィグロ)をする気配は無く、十全に能力を使わなくても数の差で圧殺できると踏んだのだろう。


 だがその見通しは流石に甘いと指摘せざるを得ない。リュウに比べればまだヒヨコ程度の実力だが、それでも相応の実力を身に着けた自負がある。


 幾ら相手が化儿(アニマリア)で数が多かったとしても、ごろつき程度の戦闘経験しか持たないような連中に(おく)れを取る筈が無かった。


 不用意に間合いへ入って来た男の一人を、槍の石突で殴り倒す。光源が月しかないとは言え、無防備な顎を捉える程度は造作も無く、一人が呆気なく路上に倒れ伏した。


 そこから更に一人、二人。


 呆気に取られている隙に一撃を見舞って戦闘不能にして行くと、(ようや)く男達は警戒度合いを引き上げたらしい。


 距離を取り、こちらを窺う気配を見せ始めるのだった。


「見た目の割に素早い……!」


靈儿(アルヴ)にも注意しろ! 土魔法だ、一人やられた!」


「ただの庸儿(フマナ)じゃ無かったのかよぉ!?」


 中には分かりやすく狼狽えている者も居て、彼らの戦闘経験の浅さを物語っていた。昼間の猪人族(アプリ)もそうだったが、所詮はゴロツキだ。


 (くぐ)ってきた修羅場の数が違う。常に周囲を警戒し、攻撃に晒されて来た訳ではない連中は、隙だらけで迂闊だった。


 この機を逃すまいと踏み込み、集団へと一気に接近する。反応の良い男が数人慌てて動き出していたが、それらはスヴェンの援護により足止めされていた。


「くそ……庸儿(フマナ)の分際で!」


「そっちこそ、化儿(アニマリア)のくせに反応遅いな?」


 あっという間に、三人。槍と腕と脚を駆使して、戦闘不能に追い込む。そのまま次の敵を仕留めようとした、その時。


 巨大な熊が、俺へ覆い被さる様に向かって来ていた。


「――――ッ!?」


 咄嗟に後退して躱すが、それも紙一重。靴先が僅かに掠る感覚に、思わず背中が粟立った。


 熊人族(ウルソルム)と言えばエッカルトだが、宿屋の主人である彼が今の俺を攻撃するは到底思えない。だとすれば、今目の前にいるこれは、彼ではない誰かだった。


「ちょこまか動きやがって……お前ら、もう手を抜くんじゃねえ! 思い切りぶっ殺せ!」


「この……!」


 集団の頭を務めるアルトゥールの声。それに発破をかけられたように、周囲のチンピラたちも一様にその姿を変えていく。


 そして、先程までとは段違いに向上した身体能力で以って、一気に攻撃を仕掛けてくるのだった。


 幾ら素人の動きとは言え、威力も早さも補って余りあるほどの能力である。あっという間に数で押し込まれ、後退を余儀なくされる。


「思ったより厄介だな。ラウ、魔法は? 許可も出てたし、使っちまえ!」


「余り人目に付きたくないから、威力を抑えた奴でも良いなら」


「何も殺す必要はねえんだ、手加減するのは当然だろ」


「そう言うお前だって、俺に注文付ける間があるなら魔法撃てよ!」


 スヴェンと互いにどうでも良い会話をしながら、迫って来る男達に魔弾(テルム)を見舞う。スヴェンはともかく、俺まで魔法を使うとは思わなかったのだろう。


 不意を突かれた者が数人、魔弾(テルム)の直撃を受けてひっくり返っていた。しかしそれでも彼らの勢いは止まらず――。


「ここで俺の魔法の出番ってね!」


 攻撃が到達する直前、両者を隔てるように地面から飛び出す、土の壁。その分厚さと堅牢さに阻まれ、彼らの攻撃が届く事は無かった。


 もっとも、繰り返し攻撃を受けてしまえばいつかは破れてしまうもので、五秒と経たずにスヴェンの造り出した土壁は崩落した。


 けれどこれは、スヴェンもまた狙って崩落させたのであり。


 俺が周囲に展開させていた、無数の白弾(テルム)を目立たなくする為の目晦ましとして動作したのである。その結果、敵からすれば壁が崩れた先で攻撃が待ち受けていた形を取るのだ。


「不味いッ――!!」


 アルトゥールが事態を悟って全員に後退を命じようとしても、もう遅い。


 二十を超える白弾(テルム)が男達に殺到し、吹き飛ばしていたのだった。


 その上で、少し遅れてスヴェンの援護も入る。化儿(アニマリア)の強靭な肉体のお陰で白弾(テルム)の直撃にも耐えていた彼らでも、この追撃は堪えたらしい。


 次々路上に倒れ、戦闘不能となって行った。


「魔法……お前ら二人共、魔導士かよ!?」


「だったら何だって言うんだ?」


 残ったのは、アルトゥールを始め半数以下。中には戦意を喪失して逃げる者も少なくは無かった。


 辛うじて踏み止まっている者も彼が後退しないから仕方なく残っていると言った様子の者が居て、明らかに腰が引けていた。


 それを見て、スヴェンが溜息を吐きながら言う。


「勝負はもう着いただろ。大人しくこれで撤退しろ。俺らだって眠いんだよ、明日も仕事あるし」


「……ふざけるな! お前らが、お前らがっ、俺に指図するんじゃねえ!」


 夜は更け、もう多くの人が寝静まっているだろうに、それを全く考慮しない彼の叫び。辺り一帯に響き渡り、近隣の住民の中には抗議する様に窓を開ける音がしていた。


 だが、そんなものには全く頓着せず、アルトゥールは目を血走らせて言葉を続ける。


「これで勝ったと思ったか? 馬鹿が、もうお前らの宿の中には俺の手下が入ってんだよ。今頃お前らの連れ二人の身柄も拘束されてるだろうな」


「……宿に? ああ、裏口から入られたのか」


「ありゃ、それはまあ何と言うか……」


「それ以上言葉も出ないか!? そうだろうな、お前らにはそれがお似合いだ! さあ、大人しく抵抗を止めろ。さもなくば人質の命はねえぞ?」


 思わず、背後の宿屋へ視線を向ければ、それを動揺していると受け取ったのか、アルトゥールは満足そうに言っていた。


 しかし、別に俺達は動揺していた訳ではない。寧ろ同情していたのである。


「アンタの手下、可哀想だな」


「全くだ。入っちゃったのか、中に……」


「あ?」


 少し思っていた様子と違った事にようやく気付いたらしい彼が怪訝な顔をして睨み付けて来るが、答えてやる事はしない。


 既に俺達の背後からは足音が聞こえ、説明するまでもなくその理由が姿を現した。


「……俺の宿屋に何の用だ、オイ? ウチは夜間の営業はしてねえし、裏口も関係者以外立ち入り禁止の筈なんだが?」


 扉から出て来たのは、チンピラを肩に担いだエッカルト。熊の姿にはなっておらず、大柄な人間と言った程度の体格だと言うのに、その威圧感はやはり半端では無かった。


 担ぎ、或いは引き摺っていたチンピラたちを無造作に道へ放り捨て、彼はアルトゥールを睨み付ける。


「どうも騒がしいと思ってたんだが、まさかお前か。人様の店に手を出して只で済むと思うなよ」


「お前こそ、俺の手下どもをこんな目に遭わせやがって。大体、庸儿(フマナ)を雇うなどなにを考えてやがる! お前だってコイツらに故郷を焼かれただろうが!」


「それとこれとは話が別だ。このガキ共は客であり、ただ働きしてくれる従業員なんだよ。そもそも、俺の村を焼いた奴とは何の関係も無い」


 俺とスヴェンを間に挟んで、頭越しの会話は続いていた。元々二人は知らない仲では無いのだろうが、双方の主張は平行線を辿ったまま変化しない。


庸儿(フマナ)なんざ皆同じだ! どうせ俺達を敵視し、見下し、奴隷にする事しか考えてねえ! こんな奴らが俺達の街に居ると思うだけで虫唾が走る……いや、いっそこの世界から消えちまった方が良いくらいだ!」


「アルトゥール、お前の気持ちも分からなくはない。だがその生き方は窮屈だぞ。そのうち息が詰まる」


「知った様な口を! 良いか、庸儿(フマナ)などと言う種族そのものが悪なんだ! 害悪だ! この世で一番要らないものと言って良い! それが何故分からない!?」


 そこに見えるのは、やはり負の感情。


 彼の中で様々な記憶なども綯交(ないま)ぜになって、名状し難いある種独特の感情となって発露していた。


「分からないのはお前の方だ。種族に優劣も害悪も無い。害を為すのはあくまで個々人の資質であり、人種間には存在しない。お前の手下だってそうだろ?」


「……何が言いたい?」


「お前みたいに庸儿(フマナ)や東帝国を憎む奴もいるが、ただ好き勝手やりたいから一緒に行動している奴もいる。違うか?」


 少し煽るようなエッカルトの言葉に、アルトゥールは体を震わせ睨み返していた。しかし叩きつけられる殺気をものともせず、エッカルトは更に話し続ける。


「下手な言いがかりをつけて好き放題する事の何が正義だ? そんなもの、お前らが嫌悪している連中と何ら大差ない。寧ろ同等だ。堕ちたな」


「馬鹿にしてんじゃねえ! 勝手な事ばかり言いやがって! やられた事をやり返して何が悪い!?」


「せめてやり返す相手くらいは選べと言ってんだ。無関係な奴に何しても、意味はねえぞ。ただ(くら)(よろこ)びから抜け出せなくなるだけだ。それで本当に楽しいのか?」


「うるせえ、うるせえ、うるせえ! いい加減黙りやがれよ! いつから庸儿(フマナ)の肩を持つようになったのか知らねえが……この裏切り者!」


 アルトゥールの言葉に続き、彼の手下も同じ様にエッカルトを中傷する野次を飛ばし、睨んでいた。だがそれらも、エッカルトからの一睨みを受けて段々と委縮して行く。


「裏切りだろうと何だろうと知った事じゃねえ、勝手に騒いでろ。それと、お前らの相手はこの二人がしてくれる。精々叩きのめされていろ。俺はもう寝る」


「え、何で!?」


「ここは俺達の出る幕じゃ無くね!?」


 いきなり話が向けられ、というか話が戻って来て困惑せざるを得ないが、エッカルトはどこ吹く風と言った様子で本当に引っ込んでしまった。


 その結果、この場に取り残される俺達と、アルトゥール一党。暫し互いに無言の間が流れた後、ここでアルトゥールが口を開いた。


「俺を相手するのはお前らで充分って事かよ……そうか、そうかよ。どこまでも俺をコケにしやがって! そこまで侮辱されて黙って居られねえな。お前らを切り刻んで、奴の顔面に叩きつけてやる!」


「そりゃまた随分と猟奇的な事で」


「穏やかじゃねえよな、ホントに」


 先程までエッカルトに向けられていた筈の殺気は、もう俺達二人に向けられていた。憎悪を伴ったそれはやはり薄暗い夜の中でもはっきり知覚出来る程で、相応の迫力を伴っていた。


 ただ、殺気自体は叩きつけられる事にもう慣れてしまった。今更もう何を思う事も無く、互いに顔を見合わせていた。


「その取って付けた様な余裕、一瞬で引き剥がしてやるッ!!」


「ああそうかよッ!」


 彼の視線は、庸儿(フマナ)の振りをしている俺から離れる事は無い。どうあってもその種族が憎いのだろう。過去に何があったかは知らないし知る気も無いが、そんな恨みを抱く程の出来事が、彼にはあったとみるべきか。


 同情できない感情がある訳ではないが、それを俺にぶつけられても堪ったものではない。何度も言うが俺は無関係なのだから。


「ラウ、取り敢えず他の連中は俺が引き受けといてやるよ」


「……頼んだ」


 どの道、アルトゥールにロックオンされていて彼の手下を相手にしている余裕は無い。スヴェンの申し出を有難く受け、正面の敵に集中するのだった。


 彼から繰り出される攻撃速度も威力も、そして狙いも、さっきまでのチンピラとは違う。明らかに少なくない戦闘経験を持つ者の動きだ。


 迂闊な動きをしていたら隙を衝かれないとは言い切れなかったが、エッカルトに比べたらまだまだ脅威足り得ない。


 両者が同じ熊人族(ウルソルム)である為、余計に両者の実力差についての比較がしやすく、評価するのが容易なのだ。


「いつまで避けるつもりだ!?」


「どうせ半端な攻撃は効かねえだろうが!」


 先程、白弾(テルム)で攻撃した際も直撃を受けながら耐えていた。下手をすれば攻撃を無視して突っ込んで来る可能性もゼロではない。


 だから隙を窺うしかなかった。


 殺しても良いのなら槍の穂先で心臓部と一突きだが、骨だけで無く肉まで硬いのが熊である。そもそも、幾らこちらが攻撃されたとは言え都市内で殺してしまったら問題化は避けられない。


 昼間の食堂前でクンツと交戦した際にも考えた事だが、官憲による取り調べを受ける羽目になるのは御免だった。


「俺はお前らが気に食わねえ! 自分達ばかりが世の中の中心にいて、主人になったつもりでいて、他者を踏み躙るのは平然と考えて! 何処までも傲慢な庸儿(フマナ)が大っ嫌いだ!」


「奇遇だな、それは俺も同じだ! 種族を問わず自分勝手で俺の邪魔をする奴が大嫌いで仕方ない! 今で言うなら……お前の事だよッ!」


 熊の姿をしたアルトゥールは、人の姿であった時よりも更に大柄で、そして小回りが利かない。一瞬の隙を衝いて石突を喉へ見舞い、彼の動きを止める。


 そもそも、彼とて手下に比べて腕が立つ程度で、隙は多い。あとはそこを衝けるかどうかだったが、喉に一撃を入れて怯ませた事で意外と早くそれは訪れたのであった。


「勝手な理屈で勝手に攻撃してきやがって!」


「ぐ……!」


 回し蹴りで顎に踵を叩き込む。だが巨体である事も相俟って然程吹き飛ばず、上体が揺らぐくらいのもの。だがそれが、却って更なる追撃を加えやすくしていた。


「一々対応するこっちだって楽じゃねんだぞ!? 少しは周りのことも考えやがれ!」


「ガキが、調子に乗って……ッ!?」


 顎を蹴られたにもかかわらず、頑丈な彼は倒れずに踏み止まる。だがその脳天を、勢いの乗った槍の石突が捉える。


 その直撃で、足元がふらつき彼の上体はやや前へとつんのめった(・・・・・・)形になっていたのだった。


 強化を施した手に痺れが伝わる程に強烈な衝撃は、確実にアルトゥールへダメージを与えていたのである。


 そして。





「――お前みたいな奴が、一番鬱陶しくてウザいんだよッ!!」





 最後に駄目押しの一撃。前方宙返りをするように跳躍し、先程槍の石突を叩き込んだ頭部に、今度は踵を叩き込むのだった。


「ッ……!」


 その一撃が決め手となり、アルトゥールは地面へと顎から叩きつけられ、そして地面に伏したまま動かなくなった。既に周囲でもスヴェンがチンピラたちの掃討を終えたらしく、死屍累々と言った様子で気絶した男達が倒れていたのだった。


「これで終わり、だな。後始末とかしといた方が良いと思う?」


「別に良いんじゃね? スヴェンがやりたきゃやっとけばいい」


「何で俺がその役をやらなきゃいけねえんだよ。絶対嫌だからな」


 お互い、面倒な事はしたくない。その心情を如実に表す様に、二人してそそくさと宿の中へと入って行く。明日も早いし、何より冬の夜は特に冷える。


 早く毛布に包まって少しでも多く睡眠を貪りたかったのだ。


 だが、最後に扉を閉め切る直前、気絶して倒れたままのアルトゥールを目にして思わず手が止まった。


「…………」


「どうした? 何かあったのかよ?」


「……いや、別に大した事じゃない」


 怪訝そうな顔をしたスヴェンが振り返る気配がしたけれど、そう言って店の扉を閉める。


 ただこの時、ふと考えている自分が居た。


 もしかしたら白儿(エトルスキ)である自分も、状況次第では彼のように何もかもを憎んでいたのかもしれない。憎たらしいものと関係があるのなら、何もかもを壊してしまいたいと思っていたかもしれない。


 そう思わずには、居られなかった――。





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