第一話 Smash Out!! ③
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今日もまた雪が降る。
最低限の外出の為に市民達が雪掻きをした路上にも容赦なく積もり、脇に退けられた雪の山は更に高く積もる。これが都市の外にでも出ようものなら一面雪景色で、旅など出来る訳も無かった。
それどころか、都市の中ですら好きに動き回るのは難しい。市民達で協力して主要な部分については雪掻きが為されても、寂れた路地裏などには手が届かないのである。
もっとも、ここに住む住人の多くは化儿である事もあり、除雪作業自体はそれほど重労働とされる様子は無いのだが。
「とっとと雪掻き終わらせたら開店準備だ! チンタラしてんじゃねぞ!」
「うっせえ! これでも全力なんだよ!」
「それが遅いって言ってんだ! もっと力出してけ!」
開け放たれた宿屋の戸から、エッカルトの怒声が飛んで来る。それを受けながらせっせと除雪するのは、俺達だ。
スヴェンも、レメディアも、シグも、皆その手に除雪具を持って掻いていく。
最初外に出た時は寒くて仕方なかったのだが、雪掻きと言う労働をしている中で寧ろ汗をかく程熱くなってきていた。
「スヴェン、お前普段使ってる土人形はどうしたんだよ? あれの数を増やせば結構楽な作業だと思うんだが?」
「そんな簡単に出来るもんじゃねえよ。除雪の際の動きってのは結構複雑で、ただ走らせたりするのとは訳が違うんだぜ。てか、走らせるだけでも結構集中が居るんだ」
「そんなもんか」
「そんなもんだ」
仕方なく身体強化術を施して除雪をして行くが、使い過ぎによる体への反動を警戒してそこまで魔力を体に巡らせる事はしない。少し時間がかかる事を見越して、やや体が軽く感じる程度の強化に抑えているのである。
しかし、まだ身体強化術を完全に習得した訳ではないスヴェンやレメディアはそうも行かない。純粋な膂力のみで除雪して行くのだ。
彼ら二人の疲労の程度によっては、今後の業務を俺とレメディアだけでこなさなくてはならないと考えると、げんなりとした気持ちにもなると言うものだった。
「凄い……あんなちっちゃい子が、私よりも雪掻き早いなんて」
「連中は雪国生まれだからって弁護してやりたいところだが、流石にこれは言い訳できねえな。流石は化儿だ、身体能力が他種族とは完全に別物だぜ」
レメディアとスヴェンの視線の先では、楽しそうな声を上げながら近所に住んでいるのであろう子供達が、除雪をしていた。
ただ、仕事だけを熟しているかと言えばそうではなく、雪玉を投げ合うなど遊びながらだと言うのに、除雪速度はこちらを上回っている。
認めなくてはならない。俺達の完敗だった。
「まあ、向こうは八人くらい居るから、って事にしとけよ」
「……うん、そうして置く」
素直に現実を突き付けてはレメディアの心が折れそうだったので、慰めの言葉をかける。このまま落ち込んだまま仕事をされては、作業効率も落ちてしまうので仕方ない。
そんな遣り取りをしていると、子供達がこちらの視線に気付いたらしい。無邪気な笑みを浮かべてこちらに手を振って来るが、それに気付いた親と思しき女性がその手を握って抑え込む。
一体なぜそのような行動をするのか理解に苦しみ、ポカンとその光景を眺めて居ると、女性は厳しい表情でこちらに一瞥をくれた後、踵を返すのだった。
どうやら子供達の除雪も、遊びも中断させて各々の家に帰らせているらしい。
「……何だ?」
「別に俺ら、何もしてない筈だけどな」
スヴェンと共に思わず怪訝な表情を作らずには居られなかったが、考えたところで答えは出ない。休憩も兼ねて手を止め、二人して顔を見合わせていると。
「言っちゃなんだが、この辺じゃ庸儿ってのは余り良い顔をされねえんだ。理由についてはまあ、お前ら自身は関わってないのは知ってるが、一部の奴隷狩りの悪名が酷くてな」
「ああ、なるほど」
「それだと、靈儿の俺は特に何も無いって事か」
「その通りだが……サボってる奴に何もしない訳にはいかねえな」
その言葉にハッとして声の主を見遣れば、そこには仁王立ちをしているエッカルトの姿があった。今もその熊面は相変わらずで、表情は窺い知れないと言うのに迫力は満点そのもの。
明らかに怒っていた。
「お前ら、朝飯抜きだ」
「そんな!?」
「横暴だ! 断固抗議する! 俺達はほんの数秒手を止めただけだぞ!?」
空が白み時始めた時から雪掻きを始め、既に周囲は明るい。相も変わらぬ曇天が広がっている事が認められる時間となり、除雪もほぼ完了した都市の朝。
鼻は赤くなるほど寒いこの時間帯に、俺とスヴェンの抗議する声が響き渡るのであった。
だが、それらが遂にエッカルトに聞き入れられる事は無く。
「……腹減った」
「力が出ない」
次から次へと仕事を振られ、休む間も無く働き続け。正午を回る頃にはスヴェン共々グロッキー状態だった。
しかしそれでも、時間帯が時間帯の為、仕事は待ってくれない。明け方苦労して除雪した道を通って、腹を空かせた職人などがやって来るのである。
顔ぶれも基本昨日と変わらず、和気藹々とした空気が室内を埋め尽くしていた。それだけ人が集まり、尚且つ労働もしていれば体感気温は外よりも遥かに暖かいのだが、やはり空腹感は何ともしがたい。
配膳する際、何度更に手をつけてしまいたい衝動に駆られた事か。エッカルトや他の従業員の目もある手前、その辺はぐっと堪え、執念で体を動かしていた時だった。
がちゃん、と食器のぶつかり合う音がした。
恐らく欠けてはいないだろうが、客の誰かが卓の脚を蹴飛ばすなりしたのだろう。一体何があったのかと視線をそちらへ向ければ、若い化儿の男が俺を睨んでいた。
もしや気のせいかと思って体を動かしてみるが、視線は常に俺を追跡し、放さない。完全にこちらを見ていたのである。
「何か用でも?」
「……何もクソもねえよ! どうしてここで庸儿が働いて居やがる!?」
「いや別に、俺も働きたくてここに居る訳じゃ無いんだけど」
旅で寄った宿屋がここで、リュウが言い出した勝負に負けて馬車馬の如く働かされているに過ぎない。やらなくて良いと言うのならば、今すぐにも部屋に引き籠って毛布に包まるか、或いは飯をかき込みたい。
しかし、こちらの思考などに興味は無いのだろう。男は拳で卓を叩きながら更に怒鳴っていた。
「そんな事は聞いてねえ! 久し振りに来てみれば……靈儿が居るのはまだ良い! だがお前のような奴がどうしてここで!」
「旅で寄っただけだ。で、店主に負けてこうして働いている。俺もコイツもな。春になったら出てくから安心しろよ」
「ふざけんな! 今すぐ出ていけ! お前らが……庸儿が俺達同胞に何をし続けて来たのか、忘れたとは言わせねえぞ!?」
その目にあるのは、憎悪。或いは怒りか。どうやら俺個人ではなく種族そのものに並みならぬ感情を持っているらしかった。
「穏やかじゃねえな。ってか、今街を出て行くとか自殺行為だし絶対嫌なんだけど」
「そんな事は知らねえよ! 良いから出ていけって言ってんだろ!」
とうとう怒りが頂点に達したのか、男は席を立つと思い切り俺の胸倉を掴み上げて来る。体格的には頭一つ分は違いがある男は化儿としては標準的な身長だが、俺からすれば大柄だった。
しかし周囲は特に止める気配も無く、面白い見世物が出来たとでも言いたげに笑い、野次を飛ばしていた。
「お客さん、そう言うのはちょっと困るんだが」
「靈儿は黙ってろ! 俺はコイツと話をしてるんだ!」
仲裁に入ろうとしたスヴェンの言葉はバッサリと斬り捨てられてしまい、困った様に立ち尽くす。
他の従業員は面倒事に巻き込まれまいと距離を取り、或いは他の客と一緒になって囃し立てていた。
こうなってしまったら店長であるエッカルトに止めて欲しいのだが、彼は一度厨房から顔を出した後すぐに引っ込んでしまった。
また彼に続いたシグとレメディアも、仕事へ戻す為か厨房へ引っ張り込まれていた。
そしてリュウも止めに入る筈はなく、カウンターに一人座ってこの光景を眺めて居たのだった。
「今すぐ荷物纏めて出て行かねえって言うんなら、叩きのめすぞ?」
「今の季節冬だし、雪深いし、それはちょっと困るんで勘弁してくれよ」
「口答えするんじゃねえ! 庸儿の分際で!」
昨夜、エッカルトも言っていたが、やはり種族間に根差す感情と言うものは深いらしい。特に恨み辛みによって重なったものは際限がない。
この男もまた、何かがあったのだろう。それが東帝国や奴隷商による暴虐か何かはともかく、庸儿と言う種族そのものに恨みを抱くだけの切っ掛けが存在するのは間違いなかった。
そうでなければ、見ず知らずの誰かに対して殺意までも向けられるとは到底考えられないのだ。
「取り敢えず胸倉放してくれね? 息苦しいし服も伸びるだろ」
「……俺は別に冗談で言ってる訳じゃねえんだぞ? 大体、お前らみたいな非力な庸儿が、化儿を隷属下に置こうなんて考えが烏滸がましいんだよッ!」
その言葉と共に、掴まれていた胸倉は放されたが、同時に店の外まで放り出されてしまう。幾ら身体強化術を施したところで体重だけは如何ともしがたい為、ここばかりはどうしようも出来ないのだ。
取り敢えず無様に転倒しないように着地し、歩いて店の外へ出て来た男の出で立ちを具に観察する。
頭頂部付近には化儿を表す様に短い毛の生えた耳が出ているものの、尻尾は見当たらない。そもそも存在しないのか、或いは服の中に隠れる程に小さいのか。
どちらであるかは知らないが、体格はややどっしりして屈強であった。
「アンタに何があったかは知らないけど、俺に八つ当たりするのは止めて欲しいな」
「黙れ黙れ! お前らさえ居なければ……!」
「話も通じねえのかよ」
そもそも俺は庸儿ではない。白儿だ。後者であると問題が多過ぎるので髪を染めて前者の振りをしているが、この変装のせいで問題が起こるとは思わなかった。
けれどその一方で白儿だと言ってしまったら、何処へ行ってもそれ以上の問題が付きまとうのは明白で、結局は庸儿である事を装い続けねばならない訳である。
「おい坊主、クンツに目を付けられるとは付いてなかったな。あれは今年の秋に東帝国の連中によって故郷が奴隷狩りに遭ってな。それから色々刺々しくなっちまった」
「悪い事は言わねえから、大人しく下がっとけ。冗談抜きで死ぬぞ。アイツは庸儿ってだけで敵と見做す様な奴なんだ」
親切なのか、店外へとワラワラ湧いて出て来た野次馬の何人かが忠告をくれるが、曖昧に微笑みながらもそれに従う気は毛頭なかった。
先程の一連の動作を見るに、この男の体の運びは完全に素人のそれだ。幾ら体で負けようとも、戦い方次第では勝つ事は不可能ではないし、魔法を使って良いのなら圧勝すら可能と見える。
ただし、白弾その他は身元の露見を防ぐ為にやはり使用禁止にすべきである事は間違いなく、結局は素手でやるしかない。
でもエッカルトよりは弱いだろうし、足場は雪掻きされて踏ん張り易いのだ。余程油断しなければ負けるとは思えなかった。
「お前程度、転装をしなくたって勝てる自信があるぜ。お前のほっそい体なんざ一撃でお終いだ」
「……じゃあやってみろよ。俺はそんなに暇じゃないんだ。とっとと仕事に戻らせてくれ」
「調子に乗ってそんな事を、いつまで言って居られるか見物だなッ!!」
防寒具を着ている上からでも分かるが、クンツの体は大きい。そんな彼が、その脚力で地面を蹴り急接近してくるのだった。
言うなればタックルであるそれは、巨体と相俟って凄まじい威力を誇っている事は間違いない。一撃でも受けてしまえば吹き飛ばされ、ただの人間なら確実に行動不能となるだろう。
しかしそれはあくまで、只の素人だったらの話である。
これまで散々修羅場をくぐり、リュウからも稽古と滅茶苦茶な事をやらされてきた身からすれば、そこまで驚く事でも無かった。
強化した脚力で即座にその場から退避し、彼の攻撃をやり過ごせば、躱された事を悟ってかクンツは更に攻撃を重ねる。
体当たりが当たらなければ拳で、腕で、脚で。あらゆるものを駆使して殴り掛かって来るが、速さと威力はともかく体の使い方はやはり素人そのもの。
狙いが分かりやすい分、紙一重で避けるのもそれほど難しくなかった。だが、幾ら素人とは言えずっと避け続けて居れば、いずれまぐれ当たりの一撃でも貰わないとは限らない。
悠長な事はせず、早目に勝負を決める必要があった。
「この――クソガキがッ!」
「喧嘩やりたいなら他所でやれ」
凄まじい勢いで顔面に迫って来る拳。その威力も推して知るべしだが、やはり当たる事は無く空を切る。その隙に懐へ入り込むと、右拳を思い切りクンツの腹へ見舞っていた。
中途半端な威力ではこの巨体にダメージは入らないだろうが、かと言って強すぎても面倒な事態になりかねない。
幾ら喧嘩とは言え、殺してしまえば官憲が来ないとは限らないのだから。
大体この程度の威力が妥当かと思いながら見舞った拳は、過たず彼の腹筋の中心を捉え、僅かに体を浮かせた。
「あぐ……!?」
幾ら屈強な体を持つ化儿とは言え、人体の急所を捉えられてしまってはどうしようもないらしい。苦悶の声と表情でクンツは路上に沈み、腹を抱えて蹲っていた。
これで勝負あり。追い討ちは掛ける必要も無いと判断して踵を返し、食堂へ戻ろうとしたのだが。
「……待て、よ。まだだ……まだ俺は本気を出してねえ。勝ち誇ってんじゃねえよ庸儿の分際でッ!」
「猪……?」
その声に反応して振り向いてみれば、そこには猪の姿をしたクンツの姿があった。
元々の体は更に大きくなり、口からは牙が覗いているのである。
転装によって獣の姿となり、表情は人であった時よりも遥かに分かりづらくなったが、その目から漏れ出る殺気は相変わらず強烈だった。
それどころか、腹に一撃を食らったせいで尚更増して居るかもしれない。絶対にここから生きて帰さないと言いたげな、強い意志が見えていた。
「もう、もう容赦しねえ……! ぶっ殺してやる!!」
「こんな街の往来で、よくまぁそこまで出来るな」
俺が身構えるのとほぼ同時に、クンツの脚は地面を蹴る。四脚による加速は、人の形であった時よりも更なる勢いを与え、まるで弾丸のように直進してくる。
そう、まるで本物の猪であるように、真っ直ぐ突っ込んで来たのだ。攻撃力は高まった分、彼の手札は非常に少なくなっていた訳で。
つまり、先読みはより簡単だった。
ほんの少しの間だけ、今出来得る限り最大限の身体強化を施し、迫りくるクンツとの間合いを計る。
こちらの手頃な距離に入って来るのを今か今と待ち、そして。
「――――ッ!!」
向かってクンツの右側面に、回し蹴りを叩き込んでいたのだった。
それによって流石に頑丈な猪の体でもダメージが入ったらしい。足元がふらつき軌道が逸れ、除雪されて山積みとなった雪の中へと突っ込んで行った。
しかし幾ら突撃が往なされたとはいってもその威力たるや凄まじく、クンツの猪の体は尻を除いて完全に雪の中へと減り込んでいたのだった。
文字通り頭隠して尻隠さずを体現していたが、その光景は何とも間抜けで、笑いを誘う。
今度こそ完全に動かなくなったことを認めると、ようやく俺は踵を返す。仕事に戻ろうと思ったのだが振り向いた先にあったのは、野次馬たちによる歓待だった。
「お前すげえな!? こんなちっこい体の何処に力があるんだ!?」
「猪人族の突進を一撃で……信じらんねえ。俺、初めて見たぞ」
「俺もだ。素手でこんな事をやる奴、大人でも見た事ねえよ」
揉みくちゃにされながら手を引かれ、そして店内に戻ってからも騒ぎは続く。
身の上から何から何まで片っ端から訊ねられ、それを時にはぐらかし誤魔化しながら相手をしていると、客からは気前よく料理を奢られる。
朝から何も食べておらず有難く頂戴したが、食欲に負けたせいで客たちの質問攻めから抜け出すのは更に遅くなるのだった。
「……食った食った。てかめっちゃ食わされた」
「羨ましいな。お前だけ働かないで飯食いやがって」
「その代わり乱暴者をぶちのめしたけどな」
ちらりと開け放たれた店の扉から外を見れば、人の姿に戻ったクンツが大の字で気絶している。親切な誰かが雪の中から引っ張り出したらしいが、そこまでしてやるなら店内に入れてやれば良いものをと思わなくもない。
ただ、俺自身もそこまでしてやる義理は無いので、クンツに関してはそれっきり関心を向けはしなかった。
「おう、漸く戻って来たか、ラウレウス?」
「そう思うなら何故助けてくれない?」
「死にはしないだろうなと思っていたのに、どうして助けが要る? ついでにお前の勝ちを客が祝ってくれたお陰で、注文も多く入った。俺としては大儲けだぜ」
「注文の品については大体俺が喰わされたけどな」
お前強いな、もっと食え、もっと飲め。勝利の美酒だ。猛者の誕生だ――等々。
見ず知らずの、この店の客でしかない筈の化儿達に散々祝われ、肩を叩かれ、組まれた。昨日から同僚になった元々の食堂従業員からも、急に親し気な笑顔を向けられる始末。
クンツと戦う前までは特に何も無かったのに、前後で酷く違いがあった。それこそ、戸惑わずには居られなくらいだ。
「一体どういう思考回路してんだよ……」
「化儿ってのはそんなモンだ。強者や勝者は優遇される。弱者を蔑むって訳じゃねえが、強い方が周りから好まれやすい」
「野生だな……サッパリしてて分かりやすいとも言うけど」
こんな簡単に態度が変わるのでは、対応がまるで追い付かない。戸惑わずには居られなかった。
全く馴染みのある考え方では無いのだから当然だ。否定する気は無かったし、理解しないつもりは無かったが、ついて行ける気がしない。
「おいラウレウス! こっち来い! まだ祝い足りねえんだぞ!?」
「嘘だろオイ」
「まあまあ、行ってこい。お前が行けば行った分だけ注文が入り、お前自身の腹も膨れる。俺の方はそれで更に儲かる。悪くないだろ?」
「……もう余り胃に入らないんだけど?」
ぎゃははは、と馬鹿笑いが聞こえる。さっきの勝負を肴にして客たちは酒を飲みまくっているのだろう。食堂はより騒がしく、酒と食物の匂いが複雑に混じり合い、充満していた。
ハッキリ言ってあんな馬鹿騒ぎをしているところに行きたくない。近寄りたくなかった。
だが、エッカルトはその意を汲んでくれる事も無く。
「お前が満腹だろうが何だろうが知らん。もっと食って力をつけて来い。素人の猪人族に勝ったからって俺に勝てる訳じゃないだろ?」
「うるせえ。あんなのアンタに有利な場所だっただけだろうが。そんなんで勝ち誇るな」
「勝ちは勝ちだ。この一週間は俺の言う事を聞く約束だろ? お前らを引率するリュウとの決め事を、破る訳じゃ無いだろうな?」
「……覚えてろよ」
ニヤニヤと熊面に笑みを浮かべるエッカルトは、時折視線をリュウへ向ける。それの意味するところを察せない訳はなく、仕方なしに呼ばれている卓へと向かうのだった。
◆◇◆




