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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
109/239

第五話 Mr.ファントム④

◆◇◆



「っ……何と言う有様だ」


 瓦礫の山と化した宮殿の大広間。天井は完全に落ち、頭上には曇り空が一面に見えるのだった。


 自分はどうにか天井の崩落から免れたが、瓦礫の隙間からは誰のものかは判然としない手足が飛び出していて、その下には相当数の貴族たちが下敷きとなっている様だった。


 それらを見ながら、男――エリク・ビリエルスソンは何をすべきか頭を働かせていた。


 この場で救出作業をするか、もしくは今もこの宮殿内に居るであろう己の娘を探すか。


 無論、後者を優先してしまった場合、裏切り者のそしりは免れないであろう。何故なら娘は、エヴェリーナは、国王に対する反逆罪に問われている。


 具体的にどういった経緯でそうなったのかは不明だが、王宮へ来た際に何かしらの秘密を知ってしまったのではないかと見ていた。


 捜索に神饗(デウス)が加わっている事を考えれば、王と彼らの間で進行中の計画に関係する事なのだろう。


 現在の王はこの国を強国にすべく、邁進している。それ自体に彼も異論はなく、何度も侵攻を掛けて来る東帝国には腹立たしい思いで居るのも同じだった。


 しかしだからといって東帝国の真似事をし、民に貧困を強いる政治には疑義を抱かざるを得ない。振り返ればそれは神饗(デウス)と王族が関わる様になってから生まれた風潮であり、それまではこんな事は無かった。


「もしや、彼らが王族を誘導している……?」


「そ、そこに誰か、居るのか……? た、助けてくれ、頼む」


 思わず瓦礫を前にして考え込んでしまっていたが、その独り言が耳に入ったのだろう。瓦礫の下敷きになっていた貴族が、弱々しい声で助けを求めて来る。


「待って居ろ、すぐ助ける」


 鉱物造成魔法。彼の魔法が可能とするその力によって、忽ち周囲に人型をした水晶の塊が造り出され、それらが意志を持つように動き出す。


 同じ体格の常人であれば絶対に持ち上げられないであろう瓦礫を軽々と除去し、そしてあっという間に露わになる、一人の貴族の男。


 その男は今の王の考えに同調し、そして貴族の権利として領内での豪奢な生活を自慢するような人物であった。そして当然、エリクとも仲が悪い。エリクが口撃するというより、男の方が誹謗中傷や嘲笑を向けて来るのだ。


 それにも関わらずエリクによって救われた事に決まり悪さを覚えたか、彼は顔を背けて礼も言わない。


 元よりそれを期待して助けた訳では無かったが、内心で失望していたのもまた事実だった。


 だがそれは態度に出さず、いつもの調子で男へと訊ねていた。


「王はいずこに? 無事なのか?」


「……分からん。そんな事より、早く私の足を治す為の医者を呼んでくれ! 痛くて敵わない!」


「それくらい自分で呼べ。私はお前の召使ではない」


 痛くて敵わないと語る貴族の男は、確かにその右脚が瓦礫によって骨折していた。服の上からでも分かる程に変形しているあたり、相当な重傷だろう。


 だが、そこまでしてやる義理は当然ながらエリクには無かったので断れば、顔を真っ赤にして男が叫び散らしていた。


「何だと!? そんな事を言うのなら、国王陛下に貴様が謀反を企んでいると吹聴してやっても良いんだぞ!?」


「その国王陛下の安否も分からんと言うのに、どこへ吹聴するつもりだ?」


 余りにも愚かな事を言いだす彼に、もう呆れた笑いしか出て来ない。相手にするのも馬鹿馬鹿しくなるくらいだった。


 助けない方が色々と良かったかもしれないと思いつつ、エリクはそれでも鉱物で出来た人型を動かして瓦礫を退かしていく。


 新たに魔法で造り出した人型の増援で玉座付近の瓦礫も退かしてみたが、王の姿は無い。どうやら間一髪脱出には成功したらしい。


 一先ず王位継承の騒ぎが発生する確率が下がった事に安堵しつつ、大広間内で下敷きとなった貴族たちの救助に当たる。


 その間にエリク同様、崩落から逃れられた貴族らが集まり、そして救助の手を貸してくれるのだった。


 中には政敵の姿もあったが、今ばかりはそんな事も言っていられないと語る辺り、柔軟さを持ち合わせる貴族も居たらしい。


「まだまだこの国も捨てたものでは無いかもな」


「どうしたエリク、機嫌が良さそうだな?」


「まあな。政敵でも話の通じる者は居るらしいと分かれば機嫌も上向くさ」


 懇意の貴族と言葉を交わしながら、尚も救助に勤しむ。中にはもう死んでいる者も居たが、大多数は咄嗟に魔法で身を守れたのか、悪くて大怪我を負う程度で済んでいる。


 ただ、大体が気絶しており声掛けで反応する者はおらず、救出作業は難航するのだった。


 だが、その一方で市内や宮殿の向こう側では未だに戦闘音が聞こえ、状況は刻々と変化していた。


「周囲はどうなっている?」


「はい、市街では精霊と思しき者達が暴れ回り、手が付けられず……宮殿の向こうでは、どうやらルクス殿が侵入者と交戦している様です」


「ルクス? まだ勝負が着いて居ないのか?」


「ええ、物見に行った兵の報告では酷い有様だったそうです。宮殿そのものがもう立て直しが必要な程かと」


 兵士の報告に、エリクは頭を抱えた。


 果たしてその二カ所に、兵士を差し向けるべきか。


 そして事態終結後、この宮殿をどうするのか。


 頭痛の種は増える一方だ。


 おまけに、娘――エヴェリーナの消息も気になる。


 いきなり大罪人としてこの国から逃げ、そして戻って来たと思ったらこの大広間に現れたのだから。しかも、彼女が何処で仲間にしたのか知らないが、彼らによって大広間の天井は崩落。


 瓦礫の下敷きとなっていないので、恐らくまた娘は転移魔法で何処かへ消えたのだろう。


「エリク卿! 何故に貴卿(きけい)が仕切っている!? 今後は私が仕切らせて貰うが、悪く思うな」


「……勝手にしてくれ」


 瓦礫から救い出され、意識を取り戻したらしい貴族が喧しいほど喚き立てて来るが、思考の邪魔なのでとっとと言う通りに指揮権を彼へ移譲する。


 すると本人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を暫くしていたが、すぐに普段の調子を取り戻してあれこれ指示を飛ばしていた。


 そこには他者への思いやりなど無く、何処までも自分本位のものであった為、兵士や幾らかの貴族は顔を背けながら露骨に嫌な表情を浮かべているのだった。


 だが、エリクは仕切りたがりの貴族の事など興味は無く、考えを整理している――そんな時。


「……ん?」


「どうした、ソルヴァルド?」


「気のせいか揺れが……分からないか?」


「揺れ? 言われてみれば微かに」


 横に立っていた友人の言葉に触発されて足元に宙を向ければ、確かに揺れている。


 小さな瓦礫が震えており、救出作業に従事する兵士の中にも気付いた者が居るらしい。不思議そうな顔で地面に視線を落としていた、そんな時。


 大広間の床がいきなり盛り上がり、派手な音を立てながら爆発した。


 いや、地面の下から現れた何かに吹き飛ばされたと言った方が良いだろうか。





「――――――ッ!?」





 不運にもその爆発地点に居た、仕切りたがりの貴族らは吹き飛ばされ、宙を舞う。


 その光景を目にしながら土煙の向こう側へと目を凝らせば。


「この……しぶとい女だな!?」


「しぶといのは貴様の方だ! 直接戦いもしないで、猛獣遣いにでもなったつもりか!?」


 まず土煙の向こう側から姿を現したのは、(あま)色の髪を持つ少女と、継ぎ接ぎだらけの妖魎(モンストラ)だった。おまけにその妖魎(モンストラ)の主なのか、その背中に小柄な影が乗っている。


 そこから更に遅れて、四人の少年少女が砂煙の中から飛び出していた。


「ここはさっきの大広間!? あのデカブツ、一撃でこんな穴開けやがって……スヴェン、お前とっととケリ着けろよ!」


「無茶言うな! こっちだってあの豹人族(パルドゥス)相手に一杯一杯だっての!」


「エヴェリーナちゃん、平気!?」


「な、何とか……」


 その四人、いや妖魎と戦っている少女を含めた五人は、先程この大広間の天井を落とした張本人達であったのだ。



 中でも特に、エリクの目を引いたのは――。


「――エヴェリーナ!?」


「父上!? 良かった、ご無事だったんですね!」


 緑髪緑眼の少女の横に並んで走っていた、赤茶色の髪をした少女だった。


 向こうも彼に気付いたらしく、驚きと安堵の綯交ぜとなった表情でエリクの下へと駆けよって来る。


 だがここは、崩落したとはいえ大広間。


 多くの貴族が居る場所であった。


「居たぞ、エヴェリーナだ! 大広間を荒らした下手人共の姿もある! 連携して捕らえろ!」


「戦っているのは神饗(デウス)の奴だ! 誤って攻撃するなよ!」


 当然ながら、娘たちに攻撃が集まってしまう。


 その事実に憤りを隠せないが、これを妨害してしまったらいよいよ反逆罪に問われてしまってもおかしくない。そうなれば領地に居る血族に類が及ばないとも限らなかった。


 このまま、貴族たちに制止を掛ける事も出来ずにエヴェリーナたちがやられてしまう――。


 だが、果たしてそうなるそうなる前に動き出す者達が居た。


「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 その声と共に、魔力を練っていた貴族たちに殺到する、幾つもの白い魔弾(テルム)。属性は分からないが、それでも十分な威力を秘めているのは、先程大広間の天井が崩落した事からも明らかだった。


 幾ら貴族がこの場に多いとは言え、負傷者も多い。結果として反応の遅れた彼らは、殺到する魔弾(テルム)によって次々と戦闘不能に追い込まれて行くのだった。


 それを確認しながら、抜身の剣を持った紅髪の少年は周囲を尚も警戒していた。更に邪魔を入れて来ようとする者を探しているのだろう。


 一瞬、その紅い眼がエリクらを捉えたが、敵意が無いと判断したのかすぐに視線を外す。だが、そんな少年の背に音もなく襲い掛かる、人影が一つ。


 瞬時に察したのか彼は振り向くと斬撃を剣で受け止め、切り結んでいた。その上で、更に白い魔弾(テルム)を周囲に展開し、男目掛けて見舞うのだ。


 それは相当な密度と正確さを持っている様に見受けられるが、だと言うのに命中する気配はない。


 魔弾(テルム)による攻撃を行う紅髪の少年と、彼と斬り合う檜皮色の髪をした壮年の男の姿。


 両者は着弾する魔弾(テルム)の隙間を縫って斬り結び、薄く斬り付け合う。


「しぶとい奴だな、アンタは!?」


「小僧が言う事か! とっととくたばれ! 私はここで負ける訳には行かんのだ!」


 少年と鍔ぜり合うその男の顔は、エリクからすれば見覚えがあった。それどころか、忘れる筈もない。


 二十年以上前に消息を絶った、友の顔だったのだから。


 故にエリクは、思わずその旧友の名を口にしていた。


「アスビョルン……お前、アスビョルン・イェルドスソンなのか?」


 口をついて出た名前だったが、それははっきりと男の耳に聞こえたらしい。


 視線を一瞬エリクに向け、そして蔑むような笑みと口調で答えたのだ。


「久し振りだな、裏切り者。私の没落を尻目に、随分と貴族として充実しているみたいじゃないか」


「アスビョルン……?」


「もはやその名で呼ぶな! 我が名はクリアソス! 主人(ドミヌス)様に仕え、その覇道を助ける者だ!」


 そう強く言い切ったかつての親友の目には、怒りと失望と、そしてどこまでも深い悲しさが映りこんでいる様だった――。





◆◇◆





 周囲は、大混乱に陥っていた。


 だがそれも無理はない。何せ、他者から見れば俺達はいきなり地面から飛び出して来たのだから。


 それでも尚攻撃を仕掛けてきた者には白弾(テルム)を見舞って沈黙させたが、それによって混乱は更に加速していた。


 彼からすれば、問題が次々と起こり過ぎて対応が追い付かないのだろう。余りに荷が勝ち過ぎると判断した貴族の中には逃げ出す者も居た。


「忌々しい小僧共が……良くもここまでやってくれたな!?」


「それはこっちの台詞だ! テメエらには前世からの因縁があるんだよッ!」


「……何を訳の分からぬ事を!?」


 戦場が地下施設から曇天の見える大広間に移行した事で、今までの鬱憤を晴らす様に白弾(テルム)を撃ちまくる。


 無論、威力も加減などする筈は無く、一発でも直撃すれば痛手を負う事は免れない。それを何度もクリアソスに放つのだが、掠りはしても芯を捉える事は一向に出来なかった。


「このっ……鼠が!」


「ちょこまか躱されるのが嫌なら、私と直接切り結べば良いだろう!?」


身体強化術(フォルティオル)だけでアンタみたいな奴と始終打ち合える訳ねえだろ!」


 一瞬で間合いを詰められ、咄嗟に翳した剣でそれを受ける。何度目とも知れぬ衝撃が腕を伝い、視界すらも揺さぶった。


 そのまま後退しながら白弾(テルム)を放つのだが、所詮は牽制程度の攻撃。分かり切っていた事だが命中する訳が無かった。


「ところでアンタ、お知り合いらしい人が御呼びみたいだが?」


「私から話す事など無い! 既にアスビョルン・イェルドスソンは死んだのだ!」


「カッコつけやがって……要は下手に知り合いと喋るのが怖いんだろ? 違うか?」


「知った様な口をッ!!」


 数にしたらもう、数十合に渡る剣の打ち合いをクリアソスとは行い、そして今度もまた剣を交える。


 先程彼の本名を呼んでいた靈儿(アルヴ)の男性は、その腕にエヴェリーナを抱き、そして俺達の戦闘を見ている。


 男性の事をエヴェリーナが父上と呼んでいた事からも、話に聞いていたエリクと言う人物なのだろう。


「アスビョルン! もう止めろ! お前、こんな所で何をして居るんだ!? 何故に神饗(デウス)の構成員などをして居る!?」


「そんなもの、貴様らが一番知っているだろう!? 私が貴様らによってどんな目に遭ったか……知らぬとは言わせん!」


「それは……だからこそ俺は!」


「今貴様が何をしていようが関係ない! 罪滅ぼしだろうが、謝罪だろうが、何だろうがもう私には意味が無いのだ!」


 打ち合いが途切れ、互いに様子を窺う様に間合いを取る。闇雲に魔法を撃っても当たらない事はこれまでで分かり来ていた為、無駄弾も撃たない。


 互いに相手から目を離す事はせず、一方で器用にもクリアソスはエリクと言葉を交わしていた。そんな両者の間にあるものが一体何であるのかは分からないが、確執があるのだろう。


「もう私は、この国の人間に期待などしないととうに決めた! 情けも掛けぬ! 現状に寝そべった惰弱な者共が!」


「違う! そんな筈はない! この国とて、捨てたものでは無いのだ! 私は今まで、お前が失踪してから何度も考えて来た!」


「私が失踪してから!? はは、その時点で手遅れだ! 私は踏み躙られた! 希望も何もかもだ! それに対して抱いた怒りを、一体誰が鎮められると思う!?」


 僅かに現場で残っていた貴族や兵士が、エリクと言葉を交わす神饗構成員――クリアソスの顔を見て、気付いたらしい。


 記憶のある者は彼をアスビョルンだと言い、そして同情的な視線や或いは蔑んだ視線を向ける。それを感じ取ったのか、クリアソスはすぐに目を周囲に巡らせ、睨み付けていた。


「変わらない面子が居るな。そして相変わらず私を失望させてくれる。国を強くするためになどと大義名分を掲げ、贅を尽くす。片や末端の民は貧困に喘ぎ……私がこの国を出た時よりもより一層酷くなっているのが良く分かる」


「……いつからお前がこの国いたのかは知らないが、確かにそれは事実だ。だからといって何もかもに見切りをつけるのは些か早計だと思わないか?」


「いいや、早計ではない。寧ろ当然だ。少し前に私がかつて領地だった土地を巡ったが、今更私の統治を懐かしむ愚民共がゴロゴロいた。あの時は貴族に煽動されるがままだったと言うのにな」


 愚昧極まりないと言う彼の言葉に、周囲の貴族は不満気な顔をし、そして口々に反論する。


 そこに在ったのは、クリアソス……アスビョルンに対する対抗心などもあったのだろう。まず間違いなく論理的なものが根底にある訳では無さそうだった。


「黙れ! 貴様が目障りだったのが悪い! 善政などと(うそぶ)いて……我が領民を掠め取ったではないか!」


「そうだ! だから貴様は失脚した!」


「別に呼んでいない。そうなったのは貴様らの統治が杜撰だっただけだろ。他人に当たり散らすなど、無能を自ら露呈する様なものだな。やはり馬鹿は変わらない」


 お前らもそう思わないかと、クリアソスは俺とエリクを交互に見遣る。その問いかけには俺なら肯定してやりたいところだったが、その前にエリクが強い口調で答えていた。


「ここ二十年で代替わりした領主も居る! 中には富みつつある領土もあると言うのに、お前は何を見ていた!? 自分の見たいものだけしか見ないとでも!?」


「それは貴様の事だ! その物言いには闇に対する目線が一部たりとも含まれてはいない! そんな奴に説教される筋合いなど無いわッ!」


「ぐ……!」


 噛み付くように強い口調で応じるエリクだったが、響くように為されたクリアソスの反論で、言葉に詰まっていた。


 それで話題が一段落したと判断したらしい。クリアソスはそれ以上何を言うでも無く、俺に殺意を叩きつけていた。


「小僧……貴様もエリクと同じ意見か? ペイラスから聞いた話が事実であるなら、お前も理不尽な目に遭った事は一度二度ではない筈だが」


「いいや、別に。寧ろアンタと同じ意見なくらいだ。けど残念、俺はお前らに殺された因縁があるんでね」


「殺された? さっきから意味の通らない事ばかり言うな。私には話が見えないのだが?」


「そりゃ、ご丁寧にアンタへ説明してやる義理も必要も無いからな」


 このまま睨み合っているだけでは埒が明かない。そう思い、何でもない様子を装っておきながら出し抜けに白弾(テルム)を見舞う。


 それと同時に一直線に駆け出し、剣を振るうのだった。


「その程度で私をやれると思うな!」


「……っ!」


 だがやはり彼の実力は生半可なものではなくて、あっさりと攻撃は躱され、瞬時に反撃が返って来るのだ。


 それでも警戒して居なかった訳ではないので、反応する事は出来たのだが、しかし。


 斬撃だけでなく足技まで加わったそれのせいで、今度は俺が意表を衝かれる番になっていた。


 どうにか避ける事は出来たものの体勢を崩し、そこを狙って到来した剣撃によって、握っていた剣が根元から折られてしまう。


 しっかり刃筋を立てて受け太刀をしていれば問題無かっただろうが、咄嗟の事で剣の(ひら)で受けてしまったのである。


 先端が折れただけならまだ使えない事もなかったけれど、こうなってしまえば突くどころか叩き斬る事も出来やしない。


 止めと言わんばかりに振り上げられた剣を視界に捉え、刹那。


 その間に剣を捨て、腰に下げていた短剣一本を左の逆手で引き抜くのだった。そしてそれとほぼ同時にクリアソスの剣は振り下ろされ、俺の頭蓋を叩き斬らんと迫っていた。


「……!」


 回避。間に合わない。確実に深手を負う。


 受け太刀。無理だ。短剣ごと叩き斬られる。


 ()なす。尚更無理。見切れない。


 そうなれば――攻撃、あるのみ。


 曇天の下、一つの剣と一つの短剣が交錯する。


 互いが互いに、この斬撃に心血を注いで。





「これでェェェェェえッ!!」


「あああああああああッ!!」





 瞬きの間すらもなく、そして――。


 下から斬り上げる様に見舞った俺の斬撃は、クリアソスの両腕の肉を断つ。


 だが短剣では威力不足故に両断には至らず、彼の刃筋は右肩へ一直線に下って行った。幸いな事と言えば、多少威力が減衰していた事と、太刀筋がブレた事だろうか。


 剣は俺の腰付近まで降り抜かれていたが、肩胸腰と順に降れば傷も浅くなっていく。


 ただし、それでも右肩には力も入らなくなっており、まるで飾りの様に体からぶら下がっていた。


「……まだだッ!」


 まだ、体は動く。左腕も、両足も動く。右半身からは脳が焼き切れそうな程の痛みが襲ってくるけれど、意識も鮮明だ。


 そしてそれは、クリアソスもまた同じで。


 幾ら両腕の肉を断ったとしても、骨は断っていない。


 返す太刀を警戒して飛び退りながら、彼目掛けて白弾(テルム)を見舞うのだった。


 だが、先程までの彼の動きからでも分かる通り、牽制程度の射撃では碌に辺りはしないのだ。故に躱された上での次の動きを練っていたのだが。


「……見事」


「――――ッ!?」


 振り下ろした姿勢のまま剣を取り落とした彼は、満足した様に笑っていた。


 矢のような速さで向かって来る白弾(テルム)を避けるでもなく、笑っていたのである。


 そして都合三つのそれらは(あやま)たずクリアソスを襲い、その体を吹き飛ばした。


 一拍置いて宙を舞った彼の体は宮殿の床に叩き付けられ、起き上がる気配もない。だが決して行動不能になった訳でも無ければ、意識が無い訳でも無いらしい。


「クリアソス、大丈夫かー!?」


「馬鹿野郎、そんなクソガキ一人相手に何してやがる!?」


「済まない、しくじった! エピダウロス、アゲノル!お前ら二人は施設を破棄! 然るべき(・・・・)処理をした上で撤退しろ!」


 先程と殆ど変わった様子の無い声が、尚も戦い続ける二人の神饗(デウス)構成員に向けられていた。彼は途中咳き込み言葉を切りながら、不平を漏らす彼らに対して話を続ける。


「こうなっては我らの負けだ! 撤退しろ!」


「お前はどうするんだ!?」


「私はここの責任者! ビュザンティオンに続きここまで失うとなれば、果たさねばならぬ責任がある!」


 そう言い切った彼は、斬り付けられた両腕が動く事を確認しながら、予備用に持っていたのであろう短剣を一振り抜いていた。


 だが彼の切創(せっそう)からは絶えず流血し、肘から血の(しずく)となって落ちて行く。


 それを見ていたエピダウロスとアゲノルは、静かに目を逸らし、各々の交戦相手と距離を取るのだった。


「……逃げる気?」


「そりゃあね。ここの責任者の命令とあれば。施設の処理と在庫処分(・・・・)っていう、やる事もあるんでね」


 挑発するような事を口にするシグだが、その顔には疲労が窺え、心なしか安堵している様に見えなくもない。


 対するエピダウロスは、先程から使役している妖魎(モンストラ)の上に涼しい顔で座すばかり。獣も疲労の気配はなく、それがそのまま両者における力関係を表している様だった。


「クソガキどもが……この借りは必ず返す。釣りは要らねえから、覚悟してろ?」


 もう一人のアゲノルもまた、碌に呼吸も乱さずにスヴェンとレメディアを睥睨(へいげい)する。それに対して二人は、もはや言葉を発する余裕もないほど消耗しているらしい。

こちらもまた相当厳しい戦いを強いられたのであろう事は想像に難くは無かった。


「……さて、残るは私だけという訳だが」


「アスビョルン! もう止めろ! これ以上の戦闘は……!」


「そうも行かん。敗軍の将である私には追わねばならん責務がある。諸々の清算を、私一人がしなくてはならないのだからな」


 流れる血を、止血する気も無いのだろう。辺りに一層血腥さが立ち込め、その場に居る者の中には顔を顰める貴族の姿もあった。


「良いかエリク。私が……そして神饗(デウス)のここでの目的は、この国を滅ぼし支配下に置く事だった」


「お前、何を?」


「黙って聞け。折角組織を裏切ってまで語ってやっているのだぞ? ……そしてお前の娘が追われる身となったのも、我らが地下での行いを見られたが故」


 ここで初めて聞かされた、エヴェリーナが御尋ね者となった理由に、エリクは驚愕しているらしい。彼以外にも、周囲にいた者もまた同様の反応を示している。


「この国の王や貴族は馬鹿が多いと何度も言っただろう? 富をチラつかせれば簡単だった。利用されている事も知らずに、利用している気になって……ああ、非常にいい気味だ」


「…………」


「この国を強くする為の秘策がある、研究がある……そう語れば馬鹿共は簡単に場所を提供してくれた。それがこの地下にある。まあ、もう破棄が始まっているがな」


 丁度そこで、足元が微妙に揺れ始め、地鳴りのような低い音が辺りに響き渡る。一体何事だと周囲を見渡せば、クリアソスがこれこそ地下施設の破棄が始まっている証拠だと告げる。


「下では何が行われていたと思う? 答えは最強の戦士を造り出す事だ。そこに求められるのは実力のみ。つまり、人間である必要すら求められていなかった」


「……それが、先程お前の仲間が乗っていた継ぎ()ぎの獣だと?」


「アレなどまだ生易しい。まだ、人の体を使った訳では無いからな」


 その言葉で、エリクやその友人らしい貴族の男性は事情を理解したのだろう。怪訝そうだった表情を一変させ、目を剥いていた。


 余程、クリアソスの言葉が信じられなかったのだろう。嘘である事を願う様に、言うのだ。


「じょ、冗談だろ……人を、人って、どういう?」


「百聞は一見に如かず。実際に見聞きした方が早いだろうな」


 含みのある笑みを浮かべた彼の言葉の後、何かの始まりを告げる様に遠吠えのような声が響き渡る。


 それは今もぽっかりとクリアソスの背後で口を開けている穴から聞こえる者であり、そしてその数は一つや二つでは無かった。


「これは……」


「何が起きている!?」


 そんな異常な事態を前にしてエリクらは身構え、僅かにここへ残っていた他の貴族らも、更にその数を減らしていく。


 危険を察知して、我が身可愛さに逃げ出しているのである。従者も連れず単独で逃げ去って行くその姿は何とも無様で、見っとも無いと言ったらありはしないが、本人にとって今そんな事はどうでも良いのだろう。


 そして遂に、地下へ続く穴から飛び出して幾つもの“何か”が姿を現すのだった。


「これは……!」


「“生物統合(ヒューシオ)”。見ての通り、異なる生物を結びつける。こんな風にな」


「こんなもの、命に対する冒涜ではないか!?」


 人の上半身が背中に取り付けられた大型の蜘蛛。


 意味もなく体から人の四肢が飛び出している蜥蜴。


 そんな類のものばかりが、穴から姿を現すのだ。


 その悍ましさに、目撃した誰もが言葉を失った。中には腰を抜かす者も居て、そこにはエヴェリーナも含まれている。


「別の俺がやれと言った訳ではない。主人(ドミヌス)様の目的の為に必要だっただけなのだ。そしてついでに、この国も色々と利用させて貰った。王の権力を取り込めば、検体を集めるのも簡単だからな」


「……つまりそれは、同胞を使ったと言う事だな? それも、王の権力を使い、王も知った上で」


「まあ、かつては人間だった者達の成れの果て。その構成要素をよく見れば、その答えは自ずと出て来るだろう?」


 そう言ってクリアソスが指差すのは、比較的人間の形を保った生物だった。


 その頭部はいまだ人間のそれを保っており、自我はなさそうな表情であるものの、その尖った耳が種族を雄弁に主張していた。


「同胞をこんな目に遭わせる事に……忌避感は無かったのか!?」


「掛ける情けなど枯れ果てたと私が言ったのをもう忘れたのか?」


「……そうか、貴様ッ! もう旧友などとは思わん! 私怨の為にここまで他者を踏み躙れる奴を、この手で粉砕せねば気が済まんのだ!」


「なら好都合だ。精々、私諸共(わたしもろとも)この実験台達を葬るが良い。抵抗はさせて貰うがな」


 再び、歪な生物たちの咆哮が轟く。それが戦端を開く狼煙であったのか、この場に居る人間たちへ、襲い掛かり始めるのだった。


「ラウ、下がれ! お前大怪我じゃねえか!」


「あ、ああ……」


 スヴェンらも合流し、応戦しながらレメディアによる応急処置が施される。だがその最中、処置をする彼女は不機嫌そのものと言ったものだった。


「こんな……こんな大きな怪我をして! 私、ラウ君が血を流すの見て死んじゃうんじゃないかって、心配したんだよ!?」


「そんな簡単に死んでたまるかよっ……待て、痛い痛い、少し加減をしてくれって」


「無茶苦茶をやって加減しない君に言われたくないッ!」


 この場は、戦場真っただ中。クリアソスはエリクと交戦し、この場に残っていた他の貴族らも嫌悪感を示しながら応戦している。


 正直怪我人を手当てするに相応しい場所とは思えないのだが、現状仕方がない。レメディアとしても下手に動かすべきではないと判断したのか、これ以上後退する様に俺へ言う事もなかった。


 それに加えてさっきまでの戦闘よりも、交戦する者の数は多い。当然遥かに騒がしい音を立てて行われる様子は、まるで本物の戦場みたいだった。





◆◇◆




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