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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第五話 Mr.ファントム②

◆◇◆



貴族の箱入り娘であったエヴェリーナが、何故一度は単独で国外まで逃げ延びる事が出来たのか。


 それは彼女の魔法に理由がある。


 空間魔法。つまりペイラスと同じものであり、そして早い話がワープを可能とするものだ。


 基本的に何処であっても瞬時に空間を短縮して繋げる事が可能だが、正確な空間把握能力と何より魔力を多く使う。


 特に前者は繋げる空間の位置を間違えると悲惨な事になり兼ねず、故に多くの術者は視界に見える範囲でしか空間を繋げる事はしない。


 よく知っている場所であれば一息に移動する事も可能ではないが、明確な指定や魔力の操作が雑だと座標がずれる事もある。


 位置はあっていたのだが、地下であったり上空であったりと言った事故が生じる危険が無い訳ではないのだ。


 魔力効率で言えば一回で移動を完了すれば、その分こまめに移動するより魔力も少なくて済むものの、不確実要素が高いのならその手を採る訳にも行かなかった。


 だから何度か移動を繰り返し、エヴェリーナの魔法で目的地へと向かうのだ。


 そうして辿り着いた先は。


「……ここが王宮? 取って付けた様な装飾がゴテゴテと」


「私も余り審美眼がある訳ではないけど、流石にこれは無いな。成金が取り敢えず飾ってみたと言った感じか」


 元々は質素な宮殿だったのだろう。木造と石造が融合した無骨な造りが垣間見え、そしてそれを台無しにするようにあちこちに装飾が乗せられている。


 調和などは完全に無視している様で、シグの言う通り金に物を言わせた様だった。


「……私には良く分からないかな。けど、庸儿(フマナ)の貴族ってこういう風に飾るんでしょ? 王はそう言って美術品とか買い漁ってるって父上は言ってたし」


(あなが)ち間違いでは無いけどね……調和って奴が取れていないんだよ。質実剛健としたいのか、それとも豪奢に飾り付けたいのか。芯がブレブレで来訪者に何を見せたいのか全く分からない。自己満足と言ってもいいかもしれないね」


 この場の誰もが何とも言えない表情で王宮を眺める中、その空気を察して気まずくなったのか、エヴェリーナは引き攣った笑みを浮かべていた。


 元々、靈儿(アルヴ)は質素な生活を旨としている為、余りこう言った事に馴染みが無かったのだろう。靈儿(アルヴ)の王侯貴族が分からないのも無理はないとリュウは言っていた。


「俺がこの国から出てってから、また随分悪趣味な宮殿になりやがって……ま、だから俺は呆れて放浪の旅に出たんだけどな」


「それでメルクリウスさんに会って、ラウ君に会って、ここに戻って来たんだよね?」


「まさか戻って来る事になるとは思わなかったし、王宮が変な方向に映りつつあるのが神饗(デウス)のせいだったとも思わなかったけど」


 レメディアとスヴェンが言葉を交わしているが、スヴェンの様子から見るにこの国では余り良い思い出も無いのかもしれない。


 試しに訊ねてみれば、彼は肩を竦めながら話してくれた。


「丁度あの時は王が代替わりしてな。元々政治が徐々に転換を迎えてたってのもあるが、貴族がふんぞり返り、税金が上がったんだ。その時はまだ王宮も普通だったんだけど……今はなぁ」


「あれは王が立ててる新しい王宮よ。東帝国の宮殿に劣らない物を建造するって息巻いてるらしいわ。父上は猛反対してたけど」


「お前の父上、苦労してんな」


「そのせいで余り快くは思われてないみたい。私が追われる身になったせいで、余計に心配よ」


 出会った当初は色々と我儘な娘と思ったのだが、やはりそれは周りを知らないが故の言動であったようだ。


 彼女の父親も王を諫めるくらいには能のある人物らしいが、娘可愛さに甘やかしていたのかもしれない。


 それでもこうしてエヴェリーナから心配されている辺り、親子としてもそれなりに信頼関係を築けているのだろう。


 それがほんの少し羨ましい気もしたけれど、今はそんな事に思考を割いている状況では無いのだ。


 背後では未だにユピテルらが派手に戦闘を繰り広げる音もする。折角陽動するような動きをしてくれている。今この機会に乗じない訳にはいかなかった。


「リュウさん、行きましょう。チンタラはして居られませんよ」


「うん、行こう。エヴェリーナ君、もうひと踏ん張り宜しく」


「……任せて!」


 再び皆が彼女の肩に手を乗せ、そしてすぐ目の前に宮殿の塀が現れた。先程よりも更に近付いたわけだが、ここから先は外から空間魔法で移動する事が出来ない。


 侵入者を防ぐ為の仕掛けらしいが、こう言った技術が使われているあたり、やはり靈儿(アルヴ)国家は魔法先進国なのだなと痛感させられる。


「で、どうするんです?」


「……ま、こうするしかないよね」


 そう言ってリュウは、無数の白弾(テルム)を生成するのだが、ここは王宮を囲う塀の前。道幅も広く、人の往来も多い場所である。


 一体こんな場所で何をするつもりなのかと彼の行動を呆然として見ていたのだが。


 それらは曇天へと高く放たれ、やがて見えなくなっていった。


 一部始終を見ていた市民達も呆然としてそれを眺めて居たが、それきりいつまで経っても変化が無いのを確認して、興味を無くした様に道を行く。


 そしてそう思ったのは、市民だけでなく俺達も同じで。


「あの、リュウさん……?」


「良いから、良いから。もう少し見てなよ」


 結局何の意図があってあんな事をしたのか訊ねようとした瞬間、王宮の向こう側で何かが着弾する音が一つした。


 その音の正体が何であるか、彼と同じ白儿(エトルスキ)である俺が訊き間違える筈もなく。


「……このために白弾(テルム)を空へ撃ったんですか?」


「そう言う事。軌道を調節するなんて、そんなに難しい話じゃあないからね」


「結構派手ですけど、こんな事してどうするんです?」


「陽動だよ。手間だし、態々(わざわざ)真正面から行く訳にも行かないだろう? メルクリウスさん達があそこで派手に戦い、且つもう一つここでも騒ぎを起こせば、予備兵力はそっちに向かう。その間に僕らも突入すれば、現場は大混乱だろうね」


 自慢げにリュウが語っている間にも、まだ着弾して居なかった白弾(テルム)が、二つ、三つと間を置いて向こう側に着弾していた。


 あそこまで派手に攻撃を受けてしまえば、相手は当然そちらの方に警備の手を割く事だろう。というか、割かざるを得ない。


 その結果として手薄となった塀を、リュウは一発の白弾で破砕。出来上がった穴を平然と(くぐ)り抜けて行く彼に続き、俺達は王宮の敷地内へと侵入して行くのだった。


 けれど、リュウの陽動が功を奏したのかやはりそれを咎める者はおらず、今も断続的に白弾(テルム)の降り注ぐ方向を見て何やら怒鳴り合っていた。


 もはやそちらの方ばかり気になって、それ以外への注意が疎かになってしまいつつあるのだ。そんな彼らの意識の隙間を縫うように植え込みや倉庫の影に隠れ、エヴェリーナの道案内を得ながら深くへ進んでいく。


 だが、流石にいつまでも気付かれないと言うのは虫が良すぎたらしい。


「……リュウ、私から逃げられると思うな?」


「君は……ルクスだったか? メルクリウスさんが戦った事があるって教えてくれた、精霊だよね?」


如何(いか)にも。私の魔法を以てすれば、逃げた貴様らに追い付く事など容易い」


 物陰から姿を現したのは、黒い仮面を着けた人物。顔面全体を覆い、しかも視界を確保するための穴すら穿たれていない。それはまるでのっぺらぼうのようで、凄まじい異質感を放っていた。


 俺の記憶が正しいのであれば、彼はメルクリウスらを攻撃していた者達を率いていた筈なのだが、どういう訳かこの場に居る。


 恐らく魔法の類でそれを可能にしたのだろうが、その魔法についてはメルクリウスでさえも正体不明と言わしめていた。


「ラウ君、皆を連れて先に。この精霊は危険だ。全部終わったら、この都市の西へ行く道を真っ直ぐ進んでくれ。後で追い付くから」


「お、俺がやるんですか?」


「大丈夫、今の君らの実力なら早々やられはしない筈だから。出来ればエヴェリーナ君の案内に従って、神饗(デウス)の地下施設を徹底的に破壊して欲しい。例えどんな光景が広がっていたとしても、頼んだよ」


「……分かりました。行こう」


 語るリュウの視線は、ルクスから一時も離れない。それだけ目の前に立つ精霊を警戒しているらしい。


 その息を飲むほど真剣な彼の雰囲気に気圧される様に、背を向けて先へ進んでいたのだった。


 後続するスヴェンらは少し戸惑う気配がしていたが、実際一度だけ相対した事がある身としては、リュウが警戒するのも納得だった。


「ラウ、リュウさん置いて行って大丈夫なんだろうな!?」


「知らん! けど、俺らが残っても話にならねえぞ! お前だってあの時一緒に居ただろうが!」


 タルクイニ市近郊の、遺跡へと向かう途中で遭遇したのがルクスである。その圧倒的実力にはどう足掻いても勝てない程の差があった。


 途中でメルクリウスが入ってくれたからこそ良かったものの、あのままであったら間違いなく捕らえられていた。


 そしてルクスと戦ったメルクリウスがその実力を危険視するあたり、今でも確実に歯が立たない。エクバソスやペイラスすらもあれとは格が違う。圧倒的強者に属する精霊なのだ。


「エヴェリーナ、この後何処に行けば良い!? とっとと施設見つけて壊して、お前を父親に会わせて逃げないとヤバい!」


「ちょっと、大袈裟じゃ――」


 警戒のし過ぎではないかとエヴェリーナが文句を言おうとした時だった。


 背後から凄まじい熱を含んだ爆風が押し寄せ、俺達を派手に吹き飛ばしていたのだった。


「な、何、今の……!?」


「だから言ったろ! すぐにここから離れるぞ!」


 変わらない、あの熱風。ルクスの魔法が凄まじい威力を誇っていた事は未だに記憶へ深く刻みつけられている。


 それを思い出してかスヴェンも青い顔をしており、俺と彼の様子を見て他の三人がそれ以上文句を言う事は無かった。


「スヴェン、アイツの属性何だと思う!?」


「分かる訳ねえだろ! 熱か何かじゃねえの!?」


「熱だけであそこまで出来ねえだろ! お前俺よりテストの点良かったくせに馬鹿だな!」


「じゃあ俺に訊くんじゃねえよ! 大体こんな世界で前世の知識が役に立つ訳ねえだろが!」


「……二人共、何の話をしてるんだ?」


 背後で巻き起こる凄まじい戦闘音と、それによって周囲へ齎される尋常ではない衝撃、熱風。


 それらに追い立てられるように宮殿内を掛けて行くが、もはやそこに隠密行動しようと考える余地は残されていなかった。


 半ば八つ当たりの様な遣り取りをシグから冷静に注意され、大声で騒ぐのは止めたものの、そもそも背後の戦闘が凄まじく喧しいので意味は無い。


 そう遠くない内に騒ぎを聞きつけた者が多数駆け付ける事だろう。ただ、爆風だけで戦場近くの敷地も建物も荒れに荒れているので、近付く事は出来ないかもしれない。


 ビュザンティオンに続き大荒れとなっていく宮殿の様子に、思わずこれを直接修理させられるであろう職人の事を考える。


 見ただけでも分かる程に年季の入った建物である為、遺産としても貴重なものが壊されていく事と併せて、何とも言えない気持ちになるのだった。


「エヴェリーナ、転移は!?」


「出来るわ! 皆、私の肩に!」


 爆風と熱風から逃れられる壁に身を隠し、そしてまたも彼女の魔法によって瞬間移動する。


 これで差し迫っていた脅威は遠退き、安心して神饗(デウス)の施設捜索に専念できる――と思ったのだが。



「……は?」



 彼女の魔法によって移動した先は、多くの人が立ち並び、そして一段高い場所に一人の男が腰掛けている場所だった。


 当然ここは靈儿(アルヴ)の国家、その宮殿である為、いずれも尖った耳を持っており、そして突如として現れた俺達に注目している。


 (しばら)く誰もが理解するのに脳が追い付かず、呆けた顔で空気諸共固まっていた。


 だが、耳目を向けている彼らの身形を見れば、それは明らかに平民とは一線を画し、壇上で椅子へ偉そうに腰掛けている男に至っては尚更だ。


 とどのつまりここは、大広間――国のお偉いさんが一堂に会す場所であったのである。


 そしてそんな彼らのど真ん中に、俺達は瞬間移動してしまった。


「おいエヴェリーナ、お前……」


「ご、ごめん……ちょっと間違えちゃった……」


「ごめんで済む話じゃないんだが」


 油の差されていない歯車のような動きで、ぎこちない顔の彼女が愛想笑いを浮かべていた。それに対し俺は一体どんな表情をしていたのだろう。少なくとも満面の笑みではない事は確かで。


 ただ、殺意と諦めが綯交(ないま)ぜになった何とも言えない表情をしているであろう事は、間違いなかった。




「――く、曲者だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




 並み居る貴族の中の一人がそう叫ぶと共に、他の者達もここで(ようや)く反応して動き出す。


 武器を構え、或いは魔力を練る者。その動きは様々だったが、それでも間違いなく彼らは敵意と殺意、警戒を以て俺達を睨み付けていた。


「下賤な庸儿(フマナ)共が……何故この王宮に!? どうやって入って来た!?」


「待て! そこの娘は間違いない! エヴェリーナだ!」


 間髪入れず一人の正体は見抜かれ、尚更向けられる圧力は増していく。絶対にここから逃がすまいと彼ら一人一人が警戒し、変な動きをすれば即攻撃を仕掛けてくるような。そんな気配を犇々(ひしひし)と肌で感じていた。


「バレんの早いな!? お前そんな有名人だったの?」


「貴族の子女なら顔を知ってる奴が居てもおかしくないだろ。特にこの国じゃエヴェリーナは大罪人扱いだ」


 流石に早過ぎやしないかとスヴェンが驚きの声を上げていたが、神饗(デウス)やこの国から追われる身となった彼女が知られていない筈など無い。


 現に俺やシグは東帝国からこれでもかというほど手配書をバラ撒かれている。同じような手法をこの国が取っていないとは考え辛かった。


「エヴェリーナ、戻れ! すぐ戻れ!」


「無理! 結界の妨害が……!」


 再び魔法を使っての逃亡を図ろうとするが、もう既にそれは封じられてしまっているらしい。流石は魔法先進国と言われるだけあり、個々人の技量も高いようだ。


「下賤な者が……エヴェリーナまで連れて私の王宮に何の用だ?」


「さあ、何だろうね?」


「大人しくその娘を渡せ。そうすれば貴様らは殺さずに奴隷として用いてやる。どうだ? 悪くない条件だろう?」


 そう語るのは、玉座に座る男。エヴェリーナが国王のヨアキム二世であると教えてくれたが、彼は王としては些か若いように見えた。


 しかしその態度は堂に入っていて、なるほど確かに王族なのかと納得させるだけの雰囲気を伴っている。


 ただし、だからといっては良そうですかとエヴェリーナを引き渡す訳にも行かない。


「アンタ、神饗(デウス)と組んでるんだろ? 連中のアジトは何処だ?」


「立場を分かっていないようだな、庸儿(フマナ)風情が。私に指図できると思うなよ。身の程を知らぬから身を滅ぼすと知れ」


「身の丈に合ってねえのはお前らだろ。装飾ってのは飾り立てれば良いってもんじゃねえんだぞ。センスのねえごちゃごちゃしたこんな場所、何も施さない方が遥かに威厳があると思うんだがね?」


 寧ろ、この大広間もこれでもかというほど飾り立てているせいで、陳腐さが増していた。現に本物の帝国皇女であったシグは室内を見て、何とも言えない顔をして居る。


 その様子を確認して何となく調子付いて、更に言葉を重ねて行くのだった。


「質実剛健としたいのか、それとも着飾りたいのか。中途半端過ぎてかなりチグハグだぞ。知らないって恥ずかしいよな?」


「……ラウ君、それリュウさんが言ってたのそのまんまじゃん」


 得意気に語る俺に対し、後ろでレメディアが呆れていた。多分、他の面子も呆れている事だろう。少し視線が痛いので、調子乗り過ぎたと内心で反省するのだった。


 しかし、受け売りである事など知る由もない王は、その顔を紅潮させ、叫んでいた。


「この者らを殺せ! 構わん、この場で全員殺してしまえ!」


「ラウ、アンタ煽り過ぎ」


「ごめんよ。けど俺、ああ言う奴嫌いないんだ」


 何となくビュザンティオンで出会った帝国皇太子マルクスを思い出す。彼の尊大な態度と何処となく被っていて、思い出しただけでも腹が立つ。


 それはシグも同様なのか、軽く注意を飛ばして来た彼女も、それについてこれ以上何か言いはしなかった。


 その理由としては特に、王の命令を受けた貴族たちが魔法を撃って来ていたから。


「……来た!」


「悪いがまた俺は防戦だけにさせて貰うぜ。まだまだ二日酔い気味なんでな……」


「そう言えばそうだったな。吐くなよ」


 全方位から攻撃が襲い掛かり、それらを全員で防ぎ、時に反撃。幾ら大広間という広い部屋とは言え、元々人の数が多い上に魔法を撃ち合う戦場と化しては、極めて狭苦しい場所となっていた。


 敵側はフレンドリーファイアを恐れて強力すぎる魔法は使えず、その一方で俺達は攻撃密度に圧されて反撃が儘ならない。


 時折エヴェリーナが魔法を使って撃たれた攻撃魔法をそっくり撃ち返しているが、おれも新たに飛来する魔法に相殺されるか、防がれてしまう。


「ラウ、お前も防いでないで魔法使え! お前の魔力量なら何とかなるだろ!」


「けどな……下手に撃つと魔力の質で気付かれかねないし」


「そんな事言てる場合か!? お前が何だろうが、この場に居る時点でお尋ね者は確定なんだぞ!?」


「二日酔いのせいにして防御してるだけの奴に言われたくねえわ!」


 とは言え、このままでは埒が明かないのは目に見えていた。その内、数の暴力に圧されてしまってもおかしくないのだ。


 早い内に決着できるならその方が良い事は、言われなくとも分かっていた。


「これだけ色んな魔力が混ざってりゃ、白魔法(アルバ・マギア)使ってもバレやしねえだろ!」


「はいはい……反撃する。援護しろ」


「あいよ、全力で敵の攻撃は受け止めてやるぜ」


「いや援護しろよ。魔法撃て」


「無理。さっき走ったせいで結構ヤバいんだ」


 そう語る彼の顔は、確かに青褪めている。またこのパターンかともいながらも無理強いをする事は出来ず、仕方なく魔力を練った。


 順次体外へ展開し、続々と白弾として生成していくのだが、如何せん防戦しながらである為に少し時間が掛かっていた。


「何してる? 早く撃て。私が援護する」


「うるせえ。撃てるもんならとっとと撃ってるよ……よし、行ける!」


馬鹿正直に敵へ撃ち返して居ては、攻撃の密度によってかち合い弾(・・・・・)となってしまい、相殺されてしまう。


 そうなれば、反撃方法も些か工夫が必要だった。


 故に俺は、大広間の天井が崩れる事も厭わず、上へ向けてその無数の白弾(テルム)を放っていた。


「お前、何処撃ってんだ!?」


「リュウさんの真似だよ。こうした方が手っ取り早いだろ」


「ああ……?」


 防御に専念すると言っただけに、スヴェンが慌てて俺達の頭上を守る為の土盾を展開。それによって落下していた石造の瓦礫は全て受け止められていた。


 それでも危険である事に変わりないと思ったのか、彼は抗議する様に怒鳴り付けて来るが、無論俺の行動にも理由はある。


 いまいち合点がいかない顔をしている彼に、そのまま頭上の土盾を維持する様に伝えた直後。


 再び天井の崩落する音が頭上から聞こえたのだ。


 それと同時に、貴族連中の頭上へと勢いよく落下していく幾つもの白弾(テルム)


 それはまるで爆撃のようで、慌てて頭上の防御に回った者はシグやレメディアらの魔法が直撃し、逆の者には瓦礫や白弾が襲い掛かるのだ。


 大きな石の破片が砂埃と轟音を立てて、落下していく衝撃は相当なもので、スヴェンの盾に守られていたとしても崩落に巻き込まれやしないかと冷や冷やしたほどだった。


 だがその心配も杞憂に終わり、煙が晴れた時には戦闘不能に陥っていない貴族の数は殆ど居なかった。いずれも瓦礫の下敷きになるか、或いは運と勘の良い者は離脱したのだろう。


 優雅に王座へ腰掛けていた王の姿も無く、それどころか彼の椅子そのものも瓦礫の海に沈んでいるらしい。


「……中々壮観だな。いい気味だ」


「悪役みたいな事言ってんじゃねえよ」


「別に俺はヒーローでも無いからな」


 ビュザンティオンでは皇太子をこの手で直接殴る事も出来なかっただけに、ここで権力者たちを多く床に倒れ伏させていると言うのは胸のすく思いだ。


 だが余程の悪役顔にでもなっていたのだろう、即座にスヴェンからツッコミの言葉を頂戴していた。


「エヴェリーナ、妨害は無くなったか? 無いならすぐに移動を……」


「待って、もしかしたらこの瓦礫の中に父上が居るかもしれないの!」


「そんな悠長な事をして居られない! ここに居ると、崩落を逃れた貴族が戻ってこないとも限らないんだぞ!」


 捕まっても良いのかと脅しとも取れる反論をしてやれば、彼女は渋々ながらも諦めてくれたらしい。


 だがそれと同時に強く睨みつけて言う。


「絶対に父上と再会するから。反故にはしないでね」


「……それについては約束する。それに俺が守らなくても、リュウさんが必ず履行させるだろうよ」


 念を押す彼女にそう言ってやると、安心したかは知らないが一応納得したようで、全員へ肩に触れろと指示を出していた。


「今度こそ間違えるなよ」


「煩い! さっきのは事故だから! あの爆風が滅茶苦茶怖かっただけ!」


 重苦しい空気に傾きかけた中で冗談めかして言ってやれば、先程の失敗が頭を過ったのだろう。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて反駁(はんばく)していた。


 途端に張り詰めかけていた空気が僅かでも緩み、良い意味で肩の力も抜けたらしい。


 気合を入れ直す様に一呼吸入れてから、エヴェリーナが言うのだった。


「――それじゃ、行くよ!」





◆◇◆




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