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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
105/239

第四話 100% (hundred percent)④

◆◇◆



「騒がしいな、何事だ?」


「はい、反逆者エヴェリーナが見つかった由に御座います」


「そうか、見つかったか。捕え次第、奴らに差し出せ」

 豪勢な、大広間。元々は質素な石造りの建物だったのだろうが、あちこちに取って付けた様な装飾が施され、人によってはそのちぐはぐさに違和感を抱かない事もないだろう。


 その最奥、一段高い玉座に座るのは、三十代半ば程の若い王だった。


 種族柄その容姿は整っており、そのすらりとした体躯にも関わらず威厳すらも感じさせる。もっとも、その身に纏う服にはやはりゴテゴテとした装飾が施されており、この部屋において浮いている存在の一つであると言っても過言では無かった。


 しかしそれを諫める者は誰一人としておらず、王座の前で左右に分かれ、居並ぶのみである。


 時折窓からは都市内で行われている戦闘の音が聞こえているが、この場の誰一人として慌てる気配はない。


「随分派手にやっている様だが、エヴェリーナとはそれ程までに強者なのか?」


「いえ、恐らく協力者がいるものかと。もっとも、我らと奴らが手を組んでいるのです。捕えられるのは時間の問題でしょう」


「なるほど。伝令は了解した。下がって良いぞ」


「は」


 足早に退出して行く兵士の姿を見送った後、その若い王は心なしか安堵した様に息を吐いていた。


「これで一段落か……」


「お言葉ですが陛下、何故ここまでエヴェリーナに拘るのでございましょう?」


「エリク……ああ、あの娘はお前のだったか。どうした、今更何を言いだすかと思えば」


 四十代も半ばと思しき一人の男が群臣の中から一人声をあげるが、王はそれに対して冷ややかだった。


 他の群臣の中にもエリクに向けて冷笑や嘲笑を向ける者は多く、他の者も静観を貫いて反応すら示さない。


「娘の罪を親にまで着せるのは如何なものと思い、貴殿の処分は見送ってやったのだが……それとも、家族諸共処分の対象にされたいのか?」


「そう言う訳では御座いませぬ! あの……神饗(デウス)などと言う得体の知れぬ者達と数年前から手を組むなど、陛下は一体何をお考えなのです!?」


 エリクのその問いかけに、群臣の中の幾らかが苦い顔をする。彼と根底に根差す考えが違ったとしても、他の貴族たちも神饗(デウス)の存在が目障りである事には変わりないのだ。


 自分達の様に世代を重ねて王家に仕えて来た訳ではないと言うのに、あの組織は生意気にも王に近しい地位に居る。それを快く思わない臣下もまた多かった。


「何を、とは愚問だな。そんなもの、我ら靈儿(アルヴ)の国家であるこのメーラルを、強国の地位へとのし上げる為だ」


「強国などと……今まででも十分では御座いませぬか!? 我ら同胞の数は()の帝国よりも劣れど、その質では勝って居りますぞ!」


「質で勝ったとて、所詮戦は数だ! 貴殿も知らぬわけでは無かろう。あの無駄に数だけ多い軍隊のせいで、国のせいで、一体どれだけの同胞が殺された事か! あのようにふざけた国家など、我らの邪魔でしかない! 消さねば我らが制される事になりかねんのだぞ!」


 その王の反論に、幾らかの家臣が同意を示す。彼らは東帝国の国境に隣接する領土や部族を束ねる者達であり、そして常に出血を強いられて来た者達であった。


 常に攻め込まれる側である彼らは戦禍に晒され、領土や領民を踏み躙られ、荒らされ、民が攫われて来た。


 戦だけでない。靈儿(アルヴ)そのものの見目麗しさを目当てに奴隷狩りすらも頻繁に行われ、その怨みは骨髄にまで染み渡っている事だろう。


「エリク殿、貴方は分かっていない! 自分の領土が庸儿(フマナ)共に踏み躙られる屈辱を! 恨みを! 我が血族も、その多くがあの卑しい者共によって殺された! この気持ちが、幾ら同胞と言えど内地の貴殿に分かるものか!?」


「確かにその通りだ。その怨みの矛を納めろと言うつもりは私もない。それどころか、同胞の受けた所業には同情と共に義憤すら覚える。しかし、陛下や貴方らの賛同する軍事増強により、民は貧困に喘ぎつつあるのですぞ!?」


「今は国難である! 復讐の時である! エリク殿が幾ら非戦を説いたとしても、現に東帝国は懲りずに侵攻の準備を進めているというではないか!」


「……ッ!」


 所詮は東帝国領土からは遠方に位置するエリクの領土は、彼らを説得する上では不利な材料にしかならない。


 しかしそれでも、彼は諦める訳にはいかなかった。かつての友の為にも、かつての友の夢が幻想では無い事を示す必要があったのだ。


「では軍事力の増強を良しとしてもです! この宮殿は一体どうなっているのです!? 以前より諫言してきましたが、こうも滅茶苦茶に飾り立てるなど! これではまるで話に聞く庸儿(フマナ)の王族の様では無いですか!」


「東帝国に伍する国である事を示す為にも、我らはこの威厳を近隣諸国に知らしめねばならぬ。今までのような質素な宮殿など、諸国からは嘲笑の対象にしかならん」


「奴らと同じ土俵に立つと言うのですか!? それでは連中の欲に塗れた習俗を受け入れるも同義! もしや、この宮殿の横に建設している建物は……」


 採光用の窓から覗くのは、骨組みの見える建物。今の宮殿よりも大きく、また高い。さながらそれはビュザンティオンの大宮殿(メガ・パラティオン)を模している様でもあり、完成していないにも関わらずその壮麗さを想像させる。


 そして、そこに投入される財源もまた、膨大なものとなっているのだろう。


「無論、新たな宮殿だ。このように威厳の欠片もない貧相な場所をいつまでも宮殿にする訳にはいくまい?」


「貧相などと……我らの父祖の代から連綿と受け継がれし伝統ある宮殿ですぞ!? 民と共に質実剛健であれとの先祖の訓示をお忘れか!?」


「黙れ! 今はもうそのような時代では無い! 私はこの国を東帝国すら叩き潰せるだけの強国にのし上がらせ、あの傲慢なる庸儿(フマナ)の皇帝を目の前で跪かせると誓ったのだ!」


 王自身、幾度とない東帝国との抗争で多くの血族を失っている。強い意志の覗く眼と共に言い切るその姿にはやる瀬の無い怒りや悲しみまでも滲んでいる様であった。


 だがそれに付き合わされるのが思いを共にする者ばかりなら良いのだが、現実にはそうも行かないあ。日々の暮らしにすら困る様なものからすれば、それよりも日々の生活の方が大切なのである。


「そのために民を潰して良いと仰る積りか!? アスビョルンの造り出した豊かな領土さえ、既に収奪に晒され元の木阿弥なのですぞ!?」


「あれは奴が不正をして私腹を肥やしただけであろう。短期間で領内を富ませるなど、土台無理な話だと思わんかね?」


「違います……アスビョルン自身が身を粉にして働いた成果に御座います! それを頭ごなしに否定し……その富につられて彼を失脚させるだけに終わらず、改革そのものすら否定するとは!?」


 今、あの友がどうなっているのか。その消息は知らない。手の者を向けて無事の確認だけでもしたいのだが、既に死んでしまったか。或いは警戒して身を隠しているのか。


 出来る事なら、自らの領地で保護してやりたい気持ちで一杯だ。あの時、彼を弁護しきれなかったことは、今でも後悔しているくらいなのだ。これくらいの罪滅ぼしはさせて欲しい。


「……そう言えばそちはアスビョルンと懇意であったな。幾ら友であったとして、どうしてそこまで庇える? もしや……」


「彼も私も、そもそもやましい事など何もありはしない! 私は只、権力を持つ者は民の為に身を粉にして働くべきとのアスビョルンの言葉を強く肯定する! 決して民から搾り取った血税で贅沢をする為に、我らが同胞の中でも尊ばれている訳では無いのだッ!!」


「そう思うなら実践してみよ。領地を富ませてみよ。もっとも、その前に東帝国が攻め込んで来るのが先だ。それこそ、国境沿いの土地はまずそんな事は出来ない。それくらい、分かるだろう?」


 再び、国境付近の領主らは同意を示す。そうして強い賛同を受けた事で王としても追い風を受けている様な気がしているのだろう。


 その顔には自信が窺え、一歩として引き下がる気配も無かった。


「陛下、そう仰るのであれば、アスビョルンの復権をお許しください。そして彼の領土を戻し、再び任せるべきと存じます。もう二度と他の領主から妨害を受けない様に配慮もして頂きたい!」


「注文の多い男だな。私は暇ではない。戦もない領土で、平和且つ負荷も少ないと言うのになぜそこまで要求を突き付けられる? エリク、お前はそこまで傲慢だったのか?」


 財源は豊富ではない、と王は不機嫌に言う。事実、ここ数年の収入は微減を続けており、十年百年単位で見た場合となれば、尚更目に見えて減っている。


 冬の寒さが年々増していると言う者もおり、それが事実であるとするのならエリクとしても頭の痛い問題であった。


 しかし、それでも財源は引き締めれば何とかやりくりできる段階であるとも考えているのだ。


「そうではありません! 本来、領主は民の為に身を粉にすべきと言った通り、戦争をせずともやる事は山ほどあるのです! 寧ろ戦争などしている暇はありません! 今年の冬も、一体どれほど凍死者が出るか……!」


「このスカーディナウィアが厳冬なのはいつもの事であろう。今更何を言いだす?」


「民は国そのものの力です! 何をするにも民が居なくては成り立ちませんし、そのために人々は国と言う組織を作った! 彼らを少しでも守ろうとするのは為政者として当然の事ですよ!?」


「それはその通りだ。しかしだからと言って東帝国のクズ共に同胞が蹂躙されていくのを指を咥えて見ている訳にも行くまい? 放っておけば国土そのものが荒らされ、二等以下の国民として同胞が隷属を強要されるのだからな」


 東ラウィニウム帝国の所業は、実地へ行かずともよく悪評が流れてくる。


 天神教なる一神教の教義に則って庸儿(フマナ)以外は下等とし、他人種を隷属下に置く。中には奴隷よりも酷い扱いを受ける者も居ると聞く。つまり、自分で自分を買い戻す事さえも出来ないのである。邪魔をされている云々では無く、その制度そのものが存在しない。


 一生その身分で、その子も、孫も、同様に受け継がれていくのである。もっとも、買い戻す制度そのものすら形骸化していると見ても良いが。


 兎角(とかく)、支配下に置かれた靈儿(アルヴ)化儿(アニマリア)剛儿(ドウェルグ)などは悲惨だった。義憤を抱く程に不当なまでに虐げられている。


 メーラル王国を含め周辺各国が強く反発し、抵抗するのも当然であった。


「ですが! 幾ら何でも新たな宮殿造営や飾り付けるのは明らかに不要です! 我らの兵の精強さは付近にも轟いているのですから、必要な所に必要なだけ財源を使えば、余剰分は確実に民を……!」


「民、民、民、民……ご立派な事だな。夢想ばかりを垂れ流されると流石に不愉快だぞ。そもそも、我ら王侯貴族は国の為に生きて居るのだ。多少なりとも贅沢を許されてしかるべきであろう?」


「その考えが不要だと言っているのです! 貧民も含め、これでは何のために彼らが税を納めていると思っているのですか!? 金だけ徴収して見返りもしないなど、賊の収奪と何一つ変わりはしませんぞ!」


「だから東帝国の下等な人間どもに逆撃すらも加えてやろうと言うのだ。それが出来なければ、安定した治世の構築すらも出来はしない」


 話は、平混線のまま動かない。と言うよりも、王やその取り巻きがエリクの提言を取り合おうともしないと言うべきか。


 それでも諦めず言葉を続けようとしたのだが、それを遮る様に王は言う。


「エリク、もう良い。それとも、これ以上私に反駁(はんばく)すると言うのか?」


「い、いえ……反駁などとその様なつもりでは……申し訳御座いません。差し出がましい事を言ってしまいました」


「構わん。お前の手腕の優秀さを買っているのだ。これ以上何も言わないのであれば私としても文句はない」


「は、温情痛み入ります」


 気付けば並み居る群臣の中から抜け出し、相対する形となっていた事に気付き、エリクは恐縮しながら元の場所へと戻って行く。


 彼自身としても、それがどれだけ非礼であるかを自覚していたし、何より諫言についてもそれ以上言うなと脅しまで掛けられている。この場では大人しく引き下がる以外に選択肢は残っていなかったのである。


 圧倒的多数の侮蔑と、僅かな憐憫の視線を感じながら、彼は誰にも聞こえない声で呟く。いや、もはや唇だけが動いていたと言ってもいいかもしれない。


「……エヴェリーナ、お前は何を見たと言うのだ?」


 その言葉を聞きつけた者は、誰一人と居ない。当然答えなど出て来る筈もなく、市街で行われる交戦の音が轟くのだった。





◆◇◆





「おや、皆さんご無事そうで何よりですよ」


「……救援には感謝しますが、何故僕らにここまで?」


 場所は、つい少し前まで精霊達による宴会が行われていた場所。その痕跡を色濃く残す様に建物内には酒と食物の匂いが染み付いていて、疲れ果てて力尽きた従業員が端の方で累々とした屍の塊を作っていた。


 辛うじて生きて居る者も虫の息と言った様子で、碌に動く事も儘ならないらしい。


 また、飛び入りで参加した部外者の旅人達も完全に撃沈していて、各々とんでもない金額の書かれた値札を張られていた。恐らく参加費だろう。精霊たちの抜け目のなさに思わず震えた。


 そんな中、にこやかな笑みを浮かべて姿を現したのは、黝い髪をした青年――メルクリウス。


 対するリュウは間を置かずの再会を喜ぶことはせず、警戒する素振りを見せていた。


「貴方達への救援の理由についてはユピテルらが説明してくれた筈ですが……まあ良いでしょう。私達に敵意が無い事を示す為ですよ。口で言っても駄目なら行動で示すほかないでしょう?」


「それについては感謝します。先々の事も考えて、僕らが泊まっていた宿の方も引き払って下さったんですよね?」


「ええ。何やら追われている様でしたし……ここで匿いますよ。ご安心を」


 位置的には宿泊していた宿とは斜め向かいにある酒場兼宿屋である。目立たないと言えなくもないが、ここはメルクリウスの出している店の一つ。従業員も機密保持については契約を交わしている様で、口の堅さを保証すると断言していた。


「メルクリウスさん、スヴェンは?」


「ああ、上の階の個室で寝かせています。ラウレウスさんに頼まれて介抱していて思いましたけど、彼思っていたよりも酒豪なんですね。私が彼に商売について教えている時は気付きませんでしたよ」


「……あれは多分、無理して胃袋に割け流し込んだ結果かと」


 酒に強いかも知れないが、少なくとも精霊に比べたら雲泥の差である事に違いない。そしてメルクリウスに介抱される中、相当な量のキラキラを吐き出した筈だ。


 だと言うのに嫌な顔一つ見せない辺り、メルクリウスと言う精霊の懐の深さを感じさせる。


「酔っ払いの世話は慣れてますから。この程度ならどうと言う事もないですね。リュウさんとラウレウスさんも、安心して酔いつぶれて下さって結構ですよ?」


「流石にそれは無理ですね」


「おや、残念です」


 特に気にした様子もなく、メルクリウスはそう言って笑っていた。それを見ていると彼のどこからどこまでが本心であるのか、分からなくなってしまいそうなくらいだ。


 そんな事を考えて、静かにメルクリウスに対する警戒度が上がりつつあった時だった。不意に、一人の少女が口を開くのだ。


「……ラウ君、これってどういう事? 私達にも分かるように説明してくれるかな?」


「え? いや、色々とな。複雑な思惑が絡み合ってるだけだ」


「またそうやって煙に巻く気? 言っておくけど、リュウさんやスヴェンと一緒に何か話し込んでるのは私達気付いてるんだからね?」


 ずい、と距離を詰めて来る緑髪緑眼の少女の圧力に押し負ける様に、思わず一歩後退る。だが開いた分だけ間合いが詰められ、ともすれば尚更レメディアの顔が迫って来るのだった。


 彼女の左右に立っているシグとエヴェリーナも同様で、早く事情を話せと無言の圧力をかけていた。


「き、聞いても面白くないぞ?」


「面白い面白くないは問題じゃないの。いつまで経ってもはぐらかすだけで私達には説明の一つもないから、いい加減説明してくれても良いんじゃない? シグちゃんすら知らないなんて、流石におかしいよ」


「けど、ぶっちゃけ三人にはそこまで関係のある話には思えないし……」


 助けを求める様にリュウの方へ視線を向けるが、彼はどうしようもないと言わんばかりに肩を竦める素振りをするだけで何もしてくれない。


 しかも直後に、その視線を遮る様にジトっとしたシグの顔が現れ、アイコンタクトすらも遮られてしまう。


「ラウ君、モテモテだね?」


「これ見てそう思えるなら医者にかかった方が良いんじゃないですかね!? てか助けて下さいよ!」


「もう良いんじゃあないかな、彼女達に話しても。その方が、もしかしたら意外な発見もあるかもしれないし」


 それが良いですねとメルクリウスすらも同意し、そのままの流れでこの場に居る者達は続々と椅子を引っ張り集まって来る有様だった。


「ウェヌス、お前は寝てろ」


「何でぇー? 私、全然酔ってないよぉ?」


「絵に描いたように酔っ払ってんじゃねえか。良いから上の部屋に上がってろっての。ミネルワ、頼む」


「承知した」


「そんなぁー!? 放せ、放せよこの貧乳!」


「……たかだか肉付きが良いだけのデブが何を偉そうにッ!?」


 まごう事なき酒乱ぶりを発揮するウェヌスに対し、激高したミネルワが顔を真っ赤にして追い掛けている。


 そのまま彼女ら二柱は階段を登って消えていったが、その騒がしさにメルクリウスは恥ずかしそうに苦笑していた。


「申し訳ない、騒がしいものばかりで」


「お気になさらず。それより本題に入りましょう。神饗(デウス)についての情報でしたね? 先程は僕が幾ら訊ねても教えてくれなかったのに、一体どういった風の吹き回しで?」


「サトゥルヌスから先程の戦闘の事については聞きました。戦っていたのでしょう? 神饗(デウス)と。そこまでしている人を疑うのも強情過ぎると思いましてね」


 そう語ったメルクリウスがサトゥルヌスとユピテルの方を見遣り、つられて視線を向ければそこには瓜二つの顔をした精霊が二柱。


 やはり黙っているとどちらがそうなのか、見分けも全くつかない。非常に紛らわしいものだった。


「さて、相変わらずあなた方は私達を警戒している様ですので、まずは誠意を見せる意味でもこちらから情報を開示しましょう。分からない所があれば随時答えますよ」


 まず始めにそう言うと、彼はそれから話を始める。


 しかし、まず基礎知識について徹底的に不足しているレメディアらには最初から説明してやる羽目になるのだった。


 何故今までこのような事を黙っていたのかと、リュウ共々三人から居心地の悪い視線を浴びせられる事になったが、彼女らがそれを知った所で何をしようと言うのか。


 まさか神饗(デウス)と自発的に戦うと言い出すとも思えず、秘密は少数で共有した方が良いと考え、敢えて伝えて来なかったのだから。


 そのように一悶着あったが、リュウが宥めかして落着を見、いよいよメルクリウスの話が始まるのだった。


「私達の方で集められた神饗(デウス)についての情報は、かなり手を尽くしているのですが、労力に比して余りに少ない。まず、あちこちで人を殺して回って居る事。魂喰(プラエダ)によって魂を集めている痕跡は確認しました。何かしら呪術的な事を狙っているのは間違いありません」


「……それは僕らも同じ考えですね。それで?」


「はい、その他に分かっている事として、以前私自身もタルクイニ市近郊で交戦しましたが、構成員の中に精霊が居ます。それもかなり年季の入った。私ですらもまだ若輩に見えてしまうような精霊ですね。恐らく首魁(しゅかい)も同様です」


 彼が言っているのは、ルクスの事だろう。確かに尋常ではない実力を伴っていた。その正体は全く分からないが、もしかすればメルクリウスらの中に居るのかもしれない。


 それこそ、その首魁たる主人(ドミヌス)の素顔は、ユピテルとサトゥルヌスに酷似しているのだ。どちらか一方、或いは両方がそうである可能性は未だに高い。幾ら救援に駆け付けてくれたとは言っても、それだけで信頼する事は出来なかった。


 その後もメルクリウスが情報についてどんどん開示していくが、そのいずれもがリュウとの会話や、自分自身が見聞きした以上の事は含まれていない。


 耳寄りなものとしては、精々「構成員の多くが何かしらに恨みなどを抱いている」ことだけだった。


 そう思ったのだが、リュウとしては色々と考えるところがあるのだが、顎に手を当て真剣な様子で話を聞いていた。


「……どうでしょう? 少しは私達のことを信じて貰えましたか?」


「そうですね。先程救援を頂いた事からも、ある程度は信頼出来なくもないです」


「その様子だとまだ私の望む色好い返事には程遠いみたいですね。残念です」


 少し落胆した様に視線を落とすメルクリウスだが、何度か彼と話した事のある身としてはその動作に芝居がかった意図を感じずには居られない。


 何せ、彼は千年以上のこの世界に存在し続ける精霊だ。その抜け目のなさや頭の回転は千年分の研鑽が盛り込まれている。


 彼のその発言に一体どのような意図があるのかと思った直後、そこへリュウを非難する様にレメディアが声を上げた。


「リュウさん、ラウ君も! そうしてここまでして貰って信じられないんですか!? この人、白儿(エトルスキ)である事に気付いても二人を攻撃しない辺り、良い人なのは確定でしょ!?」


「いや、ちょっとね……中々面倒な事情が僕らにもあるんだよ」


 主に主人(ドミヌス)の顔と同じ精霊が二柱いる。メルクリウスらを警戒するのにこれだけでも十分に足る理由だが、流石にここでそれを馬鹿正直に言う訳にはいかない。


 しかし同時に信じる事に踏み切れない理由としてはこれだけであり、表向きの理由に出来る事が無い。


 リュウも俺も、レメディアの指摘に対してどうする事も出来なかった。


 そういえばメルクリウスは、俺達に何か信じられない事情がある事を見抜いている様だった。つまり先程の彼が落ち込んだような演技は、それを吐露させる為のものであったのかもしれない。


「リュウさん、私としてもそこまで拒む理由は何なのか、気になるのだけど?」


「私も……」


「弱ったなぁ……」


 レメディアに続き、シグとエヴェリーナすらも同意し、俺とリュウへと誰もの視線が集まって行くのが分かる。


 この場に居る誰もが、早くその理由を話せと無言で圧力を掛けて来ている様だった。


「そこまでして私達には話せない内容なのですか?」


「まあ、そうなりますね……ですが、ここまでメルクリウスさんには話して頂いたので、頑なに断ると言うのも無礼ですかね」


「無理にとは言いませんが……」


「いえ、そんなに難しい理由ではありませんよ。言葉にしてしまえば非常に簡単だ」


 そこで言葉を切ったリュウは、ぐるりとこの場に居る一人一人の顔を見る様に首を巡らせる。その目には真剣さが覗いていて、そしてやや俯いた顔はユピテルとサトゥルヌスの座る方向へと固定されていた。


 仮面のせいで視線も分かりにくいからこそできる芸当だが、近くに座っていた俺はその視線の意味するところを理解して思わず小声で訊ねていた。


「リュウさん、本気で……?」


「本気も本気さ。ラウ君、良いかい? 君はそっちを見るんじゃあない。視線で気付かれ兼ねないからね」


 釘を刺す様に囁かれ、即座に件の二柱からは視線を離し、そして誤魔化す様に周囲の顔を見回す。


 いずれもこれからリュウが口にするであろう事に身構えている様でもあったし、どちらにしろ強い関心を持っている事は間違いなかった。


 そんな彼らの姿に自然と生唾を飲んでいたが、それ程まで空気は緊張していたのである。


 ……そして、遂にリュウが口を開く。





「実はこの中に神饗(デウス)の頭領である主人(ドミヌス)が居る、と僕は睨んで居るんですよ」





 穏やかな声だった。ともすれば気負いも感じられない程のものだ。


 しかしそれを言い切ったリュウの口元は強張っていて、一つの方向を見つめて視線も動かない。彼もまた、緊張をしていたのである。


 しん、と静まり変えた室内では精々過労の余り倒れている従業員の(いびき)が聞こえる程度。それも距離がある為に小さいし、一連の会話が聞こえているとも考え辛かった。


 いつ終わるとも知れないその重苦しい空気だったが、それを破る様に誰かが笑い出す。


 その聞き覚えのある声に、思わず誰もが首を巡らせていたが、その先に居たのは金髪金眼の精霊――ユピテルだった。


「おいおい、馬鹿じゃねえの? 冗談も程々にしてくれよ。そんなのある訳ねえだろうが……ったくほんの少しだけ、緊張して損したぜ」


「……全くですね。リュウさん、冗談にしてももう少し真面(まとも)なものを持ち出してくださいよ」


「おや、これは失礼。余り面白くありませんでしたか? 僕としては渾身の冗談のつもりだったのんですが」


 笑うユピテルにつられてメルクリウスが、そしてリュウも笑った事でその場に笑みが広がって行く。


 先程まで会った真剣な空気は霧散し、もはや跡形も無い。もはやその場の多くが、リュウの言った事を本気で捉えていない様であった。


 ユピテルもサトゥルヌスも、どちらも朗らかに笑っていてそれ以上の感情も窺い知れない。内心では何を考えているのかは知らないが、少なくとも古株の精霊はこの程度で心内を見せる程、面の皮が薄くないのかもしれない。


 もしくは、前世で殺される前に見たあの顔は只の他人の空似だったのか。何が本当で何が嘘で、何が間違いなのか。


 その答えはもう、俺には全く分からなかった。


 ただリュウは、仮面をしていても分かるくらいの笑みを浮かべるふりをしながら、尚もその二柱を注視していた――。







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