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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第三話 Day To Remember⑥



 少女が目を覚ましたのは、それから更に夜を跨いだ。


 因みに、結局は気絶した様に眠りこけている彼女を寝かせておくに適した場所も結局は見つからず、スヴェンの土魔法で整地した地面に寝かせる形を取るしかなかった。


 その上にスヴェンが外套を敷き、彼女を寝かせていたのだ。


 そしてそんな少女は、ぐっすりと寝ていた事もあって、陽が頂点へ到達する少し前に起きたのである。


「私の名はエヴェリーナ。メーラル王国が貴族、エリクの娘。貴様ら頭が高いわ。凡愚なる種族の者共が」


 赤茶色の髪を持ち、寒冷な地の住人である故か肌の色素は薄い。スレンダーな体型と相俟って儚さが感じられるくらいだ。


 そんな彼女の、薄い唇から発せられる言葉は、非常に高圧的なものだった。目元もシグのそれを更にきつくしたもので、雰囲気を持たせる上で一役買っていた。


 一方、目を覚まして早々に挑発的な言葉を投げ付けられた身としては、呆然として返事も出来ない。


 それが気に食わなかったのか、少女――エヴェリーナは不機嫌そうな表情を隠そうともせず言葉を続ける。


「どうした、私の言う事が分からないの、羽虫共? 私は貴族で、王族の血も引いているのよ?」


「……御貴族さんよ、助けてやったのに幾ら何でもそれは酷過ぎますぜ?」


「何だ、靈儿(アルヴ)も居たの。おい貴様、私を護衛しなさい。特別に許可してあげるわ」


「いや、あのですねえ……」


 高飛車な発言の続く彼女に対し、スヴェンが困った様にその金色の頭を掻いていた。若干苛ついている様にも見えなく無い。


 見ればレメディアとシグもその表情に不満を露わにしており、このまま険悪な空気で話が続けば衝突する未来が容易に思い浮かべられた。


 何せ、この少女は分かり易く貴族的で、横柄で、そして現実が見えていないのだから。


 普通、気絶から目を覚ましたら情報を集めようと何かしら訊ねて来てもおかしくない筈なのに、開口一番から今に至るまで始終この調子だ。


 話にならなかった。


「おいそこの白いの、ここは何処かしら? 白儿(エトルスキ)の真似事の様な格好をして、私に何をした? よくもこんな汚らしい外套の上で寝かせてくれたわね?」


「……あんたをここに来る途中で拾ったんだ。こちとら変な集団から守ってやったんだぞ」


「だから、ここは何処の森かと訊いているの! 口の利き方には気を付けなさい。庸儿(フマナ)の分際で私と対等に話せると思わないで」


「良いか、ここはメーラル王国の領土じゃ無い。東帝国の属州ダキアの森の中だ。こんな場所であんたの身分が通じると思うな」


 以前、似た様な貴族に遭遇した事があると思ったが、それはプブリコラだった。グラヌム村とビュザンティオンで遭遇し、何度も俺を追い掛けて来た。


 自然とあの時の高圧的で他者を平然と踏み躙れる男の姿が脳裏に浮かび、顔が歪んだ。


 目の前の少女は俺が白儿(エトルスキ)である事に気付いていないようなので、そこだけは幸いと言えば幸いだ。気付かれた日には余計面倒臭い事になる事は確実なのだから。


 どちらにしろ、彼女と対等に話し合う事は無理と見て取れ、このまま置き去りにしてしまいたいとすら思った時だった。


「僕らとしては、君に幾らか訊ねたい事がある」


「……貴方、誰? 気色悪い仮面まで着けて」


「手厳しいねえ。僕はリュウ。メーラル王国の貴族である筈の君が何故、こんな場所で倒れていたのかについて、是非教えて欲しいと思ったのだけれど?」


 険悪な空気になりつつあるというのに、リュウは平常運転だった。いつもの様に落ち着いた態度で、穏やかな口調で問い掛けていたのだ。


 だが、そもそもリュウの見た目は初対面であれば誰がどう見ても怪しいものである。この時ばかりは、少女の警戒した様子に少しばかり理解が示せてしまう自分が居た。


「お前みたいな下郎に、語る事など無いわ!」


「あ、そう。じゃあ僕らは君をここに置いて行くけれど、精々頑張って逃げ切ってね。きっと、その内覆面をした襲撃者が君を殺しに来ると思うよ」


「なっ……待って! 私を見捨てると言うの!? 私は靈儿(アルヴ)で、貴族で、王族の血を引いて、だから選ばれた者の中でも特に選ばれた存在なのよ!?」


 即座に踵を返すリュウ。その動きは、彼を知る者からすれば明らかに本心からのものでは無さそうだったが、言葉を交わしたばかりの少女からすれば違ったらしい。


 高飛車な態度はそのままに、焦った気配を見せながら引き留めるような言葉を掛けて来るのだ。


 しかしリュウは素っ気なく、短く答えるだけ。


「それだけ偉そうな事が出来る選ばれた存在なら、自分で何とか出来るでしょ」


 少し歩く速度が上がり、両者の距離は開いていく一方だ。呆然とその様子を眺めて居た俺達も、このままではリュウに置き去りにされてしまいそうだった。


 虚勢ではなかったのかと意外さを抱きながら、慌てて彼の背中を負えば、後には当然高飛車な少女だけが残される訳で。


「きっ……貴様、靈儿(アルヴ)だと言うのにいきなり何をする!? 待て、置いて行くつもり!? 私がメーラル王国の貴族である事は知っている筈よ!」


「悪いね。別に俺は王国愛着も何も湧いちゃいない。だって税を納めたって俺を守ってくれた訳じゃ無いしね。先に不義理を働いたのはそっちだぜ?」


 気絶した少女を直に土や雑草の上に寝かせるのも如何なものかと、スヴェンが善意で敷いていた外套が剥がされる。


 それに対応が出来なかったらしい少女は外套の上から転げ出され、地面に手をついていた。


「待ってよ……」


「悪いね、俺らの中で一番偉い人が先行ってるんだわ。早く行かないと置いて行かれちまう。じゃあな、特別な存在の御貴族さん?」


 皮肉もそこそこにスヴェンも彼女の下を去って行く。後ろから縋る様な声が投げ掛けられるが、結局そこには高圧的な態度が滲んでいて、振り返ってやろうという気すら起きやしない。


 スヴェンに至っては、折角敷いた外套を遠慮も何も無く貶されて頭に来ていたらしい。少しスッキリした顔をしていたのだった。


「中々強烈な貴族令嬢だったな。現実も見えちゃいねえって……靈儿(アルヴ)の貴族ってのは大体ああなのかよ?」


「まぁな。ただでさえ靈儿(アルヴ)ってのは優生思想が強くて、他の人種を見下しがちでさ。それが王侯貴族なら尚更って訳よ」


 だから俺は早々に故国から出奔していたんだと、彼は吐き捨てるように言う。閉鎖的で高圧的な種族が全体的にスヴェンの、そして桜井 興佑(きょうすけ)の気質に合わなかったのだろう。


「あんな貴族ばかりだと、私も貴族が嫌いになりそう……」


「私は元から嫌いだ。皇族として、散々色々なものを見せられて来たからな。金や権力、女を手に入れる為に誰かの血を流す連中が昔から理解不能だった」


 未だ、背後ではエヴェリーナが何事かを叫んでいる。誰もが意図的に聞き流しているが、相変わらず高圧的な内容を喚き立てている様だ。


 それが余りにも無様で、見っとも無くて、良い気味だった。他者まで自分の思い通りに出来るなどと思い上がった人間を捨てて行くのが、ここまで心地の良いものだとは思わなかったのだ。


 しかし一方で、気になったのはリュウの行動だ。


 情報収集の大切さを以前説いていたと言うのに、少女から何も聞き出す事は無くあの場から立ち去ったのだから。


「良かったんですか、リュウさん? あれで」


「良いも何も、多分あの様子じゃあ簡単に口は割ってくれそうにないし、連行しても煩いだけだろうし……そう考えると置いて行くのが一番だと判断したのさ。勿論、最初は本気じゃあなかったけれど、あの様子だと意味無さそうだしねえ」


 色々な観点から総合的に判断して、結局斬り捨てるが吉と考えたらしい。昨日襲い掛かって来た襲撃者がまた来ないとも限らないのだ。無駄な時間を食っている場合でも無いという点に文句もあろう筈が無かった。


「あの令嬢は何日生き延びられるかな……」


「さあ? 食料も調達できないでとっとと餓死するのが落ちだと思うぜ」


「ちょっと、可哀想と思わなくも無いけど」


「レメディア、お前流石にお人好し過ぎるぞ。アレを救うってなったら俺らが奴隷のように働かなくちゃいけねえんだからな」


 甘いとは思っていが、ここまで優し過ぎるとは思っても見なかった。彼女自身、折角あの少女を看護したので多少なりは思うところがあるのかもしれない。


 そもそも人の死を一々引っ張る様な性格だ。直接手を下さないにしろ、その遠因を作る事に引け目でも持ってしまっているのかもしれない。


「あれはあの女の自業自得だろうに……」


 その内、気にしてしまう事が多くなりすぎて、背負えなくなってしまったら彼女はどうなるだろう。


 勝手に自責の念に苛まれて、自重で潰れてしまうかも知れない。けれどこうして旅を続けると言う事は絶対にそこから逃れ得る事は出来ない訳で。


 嫌なら旅に付いて来るなと、何度目かのその言葉を、寸でのところで飲み込んだ。どうせ言うだけ無駄なのは分かり切っていたし、これを言うとまたレメディアの機嫌が少し傾いてしまう。


 面倒事は回避するに限る以上、態々地雷を踏み抜く必要は無かった。


 本当に面倒臭い奴だなと彼女に対する感想を抱いていたところで、ふと先頭を歩いていたリュウが立ち止まる。


「どうしたんです?」


「いやあ、ちょっと想定外が……」


 仮面の下で苦笑しているらしい彼の視線の先には、つい先程置き去りにした筈の少女、エヴェリーナの姿があった。


 きつい表情と視線のままこちらを睨み据え、まるで行く先を遮る様に立っていたのである。


 もっとも、ここは道も無い、あっても獣道程度の深い森の中なので通せん坊は出来る筈もないが、問題はそこではない。


 数歩先に立つ少女を見遣りながら、リュウが穏やかに問うていた。


「あれ、君は置いて行った筈だけれど……どうしてここに?」


「どうしても何も無いわ! 私を見捨てる気!? ふざけないで! 貴族の言葉を袖にして、許される訳ないでしょ!」


「先に僕達を見下して来たのはそっちでしょ。恩を着せるつもりはないけれど、掛けてあげた情を無視されても優しく出来る程、僕は人間が出来てはいないんだ」


 それじゃあね、とリュウは彼女の横を通り過ぎて行く。それに俺達も続いて行くが、その際にエヴェリーナの鋭い視線が注がれ続けた事は言うまでもない。


「黙ってりゃ別嬪なのにな……靈儿(アルヴ)ってのは勿体ねえや。もう少し、可愛げと言うか(しお)らしさがあった方が良いんじゃないですかね、御貴族さんは」


「同胞とは言え平民のくせに、言いたい放題言ってくれるわね?」


「そりゃ俺らがアンタに言われたい放題されたからな。心に余裕を持ちな。貴族として見っとも無いですよ?」


 途端に「余計なお世話よっ」と気の強い反撃がスヴェンに飛んでいたが、彼はもう鼻歌混じりに両耳を塞いで聞いてはいない。


 シグは鬱陶しそうに柳眉を顰め、レメディアはやはり申し訳なさそうな表情でチラチラと背後に視線をやっていた。


「それにしても先回りされるとは……魔法かな」


「でしょうね。あの服装で森の中を駆けずり回って居たとは考え辛いですし、そう考えるのが妥当かと」


 健気に後ろで喚き散らす少女を尻目に、彼女があの場所まで先回りして来た理由を議論する。


 気付けばそのまま少女の声も聞こえなくなるくらい歩いていたのだが、そこで又もやリュウが足を止めた。


「……何ですか?」


「まただよ、また」


 うんざりした気配は見せず、彼は先程と同じ苦笑を浮かべていた。その視線の先には赤茶けた髪と眼を持つ少女が、立ち塞がっていたのである。


 どういう訳かやや息が荒く、疲れも見えているが、汗の類が見られない所を考えると、やはり走って先回りした訳では無さそうだ。


「流石にしつこくない? って言うか、それだけ元気なら僕らと一緒に行動する必要もないと思うけど」


「煩いわね! 一度私を助けたんなら、最後まで面倒見なさいよ!」


「……図太いと言うか、何と言うか」


「開き直り方が凄いですね」


 リュウもそうだが、俺も思わず笑ってしまった。勿論面白いから笑うのではなく、乾いた笑い。呆れ笑いとするのが一番しっくり来るだろう。


 シグも、そして流石のレメディアですらもその類の表情を浮かべてエヴェリーナを見ていた。


「私は貴族! 当然だけどその辺の平民や下等民族とは比べ物にならない上等で上質な魔法を扱えるのよ。さあ、諦めて私に従って」


「……素直に助けてって言えばいいのに」


「それが出来ない環境で育ったんでしょうね。お子ちゃまだと思えば可愛いものかもしれません」


「誰がお子ちゃまよ!?」


 コソコソと話をする風を装って、しかしリュウの声量は普通に誰にでも聞き取れるもので。そしてそれに答える俺もまた、同じような声量で喋っていた。


「良いかい、僕らは君に付き合って居られるほど暇じゃあないんだ。上等で上質な魔法を使えるって言うのなら、一人で何とか出来るでしょ? お子ちゃまでは無いって言うんだから」


「煩い煩い煩い煩い煩い! 何で私の言う事が聞けないの!? 私は貴族よ! 王族の血も引くの! ……それなのに何で、何でこんな目に遭わなきゃいけないの!?」


 諭す様にリュウが言葉をかけるものの、それを打ち消すかの如く彼女は癇癪を起していた。両手で頭を抱え、その場でしゃがみ込む。


 彼女の姿はまるで十歳にもならない子供みたいで、精神の未熟さと言うものを象徴している様だった。


「君が質問に答えてくれると言うのなら、同行は拒否しなくもないよ。返答は?」


「……分かった、話す。話すから」


 しゃがんだまま動かない彼女に対し、幾らか逡巡を見せたリュウは、両膝に手を置いて屈んでいた。


 それに対しゆっくりと顔を上げたエヴェリーナは、もう涙が頬を伝うまで秒読みと言った段階にあった。


 彼女が目尻には涙すら浮かべる姿は絵になっており、伊達に顔が整っている訳ではないと思わせてくれる。


 特に彼女の顔はきつめで、レメディア以上に鋭い印象を人に与える為、泣いている顔をした際のギャップが強いのだ。


「……良いねあの泣き顔。ちょっと興奮する」


「おい興佑(きょうすけ)、今はお前の性癖を暴露する場面じゃねえんだぞ」


 少しうっとりした視線を泣いている少女に向けるスヴェンだが、思わぬ発言に苦言を呈さずには居られない。


 元々前世からそっちの気はあった為、驚きはしないが他者に聞かせる内容でも無い事は確かである。


 ひょっとしたらあの時よりも今世ではその性癖が爆発しているのかもしれない。何せ、この世界は近代国家と呼べるものが影も形もないのだ。


 隠れて何をやって居ようとも、気付かれなければ好き放題出来る世界だし、色々な規制も緩いと言うか無いに等しい。


 もしかしてスヴェンはその機会を利用して、既に色々と――。


「何だ、どうした慶司(けいじ)?」


「……何でもない」


 不思議そうに小首をかしげる彼から目を逸らしながら、湧き上がりかけた疑問を呑み込む。


 訊ける筈が無いのだ、こんな場所で、こんな時に。


 遊べる場所で、Sっぽい遊びに手を出しているのではないかと訊ける筈もないし、そもそも聞きたくもない。


 前世から良く知る者のそっちの事情など、知りたいと思える程に酔狂な趣味も、興味も持てなかったのであった。








 シルフィング朝メーラル王国。


 湖の畔にある都市アロスを首都とする靈儿(アルヴ)の国家である。


 二十を超える部族を纏め上げた部族連合の様な国家であり、本来の王族は各氏族の盟主以上の意味を持たなかった。


 しかし幾度かの外敵の侵入などを退けた事で、長い間君臨していた王家の権力は強まり、今では一部の化儿(アニマリア)すら支配下に置いている。


 だがそうなると次に待っているのは決まって増長であり、腐敗であった。政治を省みる王族は減り、貴族もそれに追従し、異を唱えた貴族は排斥され没落した。


 しかしそれでも靈儿(アルヴ)の魔法技術は()るもので、外敵の侵入は依然として食い止められ、周辺諸国にも強国として認知されている。


 そんな国に、貴族の子としてエヴェリーナ・エリクスドッテルは生まれた。


 周りの貴族がそうである様に安穏とした日々を暮らしていた彼女が異変に気付いたのは、偶然だった。


「最近、王国内で民の失踪が増えてて、それなのに貴族の多くは知らないか、もしくは握り潰してたの。流石におかしいと思って、私は何度も人目を忍んで街を散策したわ」


「……何だお前、既得権益にぶら下がってると思ったらそうでもないんだな」


「一応、父上からは傲慢であるなら義務を果たせって言われてたから……」


 意外な事もあるものだと話の腰を折ってしまったが、驚いたのは他の誰も同じであったらしい。特に非難が飛んで来る事もなく、安堵しながら彼女に話の続きを促した。


「それで街を歩いてたら偶々変な人達を見つけて、ちょっとした好奇心でつけて行ったら……私、見たの」


 彼女はその時一体何を見たのか。自身の両腕で肩を抱くエヴェリーナの体は、微かに震えていた。


 それが余程恐ろしい光景だったのか、急かすのは憚られて、皆大人しく話の続きを待つ。


「……人が、人が……人の体が、妖魎(モンストラ)とくっついてて、水の中に浮いてたの。下半身が人のものでなかったりして、怖くて悲鳴を上げちゃって……」


 王都の宮殿、その地下室へと続く階段。


 彼女自身は全く知らなかった場所であったが、正体不明の者達はそこへ続々と集っていたという。


 そもそも、存在する筈のない地下室である。


 その事が彼女の好奇心を強く掻き立て、探らせてしまった。なまじ、エヴェリーナにはそれが出来てしまうだけの能力もあったのである。


「沢山の追手から迫られる中、私は必死に逃げた。父上を頼る暇もなく逃げて、逃げて、逃げて、辛くてしかなかったし、もう諦めようかとも思ったけど、逃げた」


「……それだけの執念があって何であそこまで我儘なんだ」


「う、煩いなっ。死にたくなかったし、連中の思い通りになるのが癪に触っただけよ。……それで、王国の外にまで逃げたけど、それでもまだ追われて」


「で、この森で行き倒れた訳ね。レメディア君も言っていたけれど、魔力の使い過ぎかな?」


「まあ、そんな所だと思う。あとお腹も減ってて……」


 納得が行ったという様に何度も頷くリュウへ、更に彼女は話を付け足していく。というか、それは情報と言うよりも要望であった。


 それに対して仕方ないという様にリュウは腰に下げた袋から干し肉を差し出すが、エヴェリーナの表情は芳しくない。


「な、なにこれ? 食べ物?」


「干し肉だよ。少し噛み切り辛いし味も犠牲になっているけれど、力は付くから」


「これが干し肉? 普段見てるものより不味そうね。何でこんな物を私が……」


「嫌なら食べなくて良いんだよ。僕らの方で消費するだけだし。因みに、僕達旅しているから新鮮な食材なんて準備出来ないからね」


 そそくさと干し肉をしまったリュウは、追い討ちを掛ける。すると彼女は、我慢ならない様に声を荒げた。


「どうしてよ!? 私は貴族で、訊かれた事にも答えてあげたのに! 要望を果たしたのに何で駄目なの!?」


「別に旅の同行を認めるだけで豪華な食事なんて保証して無いし、身分も同様だよ」


「そんな……私が貴族だってこんなに言ってるのに、どうして分からないの!?」


「じゃあ僕が、仮に遠い国の貴族だって言ったとして、君はその話を信じられる? 同じ貴族として失礼のない態度を取ろうと思えるかな?」


 その例え話で、彼女は言葉に詰まっていた。返す言葉が見出せないのだろう。そして、自分の言葉に説得力が持たれない事にも納得しつつある。


 思い通りにいかなければ癇癪を起してしまうが、物分かりが悪い方では無いのだろう。恐らく、彼女の父親が甘やかしすぎたのか。


 ふと、エヴェリーナの腹が鳴った。


「……さて、もう一度訊こう。エヴェリーナ君、干し肉は食べるかい?」


「食べる……」


 再びリュウが取り出した干し肉を、彼女は渋々ながらも手に取り、噛み切っていた。


 やはり貴族からすれば余り美味しくないのか、その表情は渋いままだったが、背に腹は代えられない事を理解しているだけあって残す事はしない。


「不味いわね」


「味は犠牲になっているって言ったでしょ?」


 無言で差し出された彼女の手に、リュウは更にもう一枚、干し肉を乗せていた。流石に奮発し過ぎではないかと思ったのだが、本人が良いのならそれで良いのだろう。


「それでエヴェリーナ君の要望は? 僕らはこのままメーラル王国に向かうけど」


「……私は、父上の所に帰りたい」


「分かった。旅のついでだ。君達も、異議のある人は?」


 彼女から視線を外し、俺達を見回しながらリュウが問う。だが異議を唱える者はおらず、満場一致でその採決は終わった。


「奇遇な事に、僕らとしても神饗(デウス)らしい連中の情報が掴めて良かったよ。これであの国は絶対に寄らなくちゃあいけない訳だし」


 彼のそこの言葉に、俺としても否は無かった。神饗(デウス)とは、俺自身も無関係では無いのだから。


 これでもう少し、前世や転生について詳しい情報が手に入るかもしれないし、そして復讐にも繋がる。


 まだ太陽は正午に差し掛かったばかりの空の下、一行は森の中の旅路を再開していた――。





◆◇◆





 見渡せば辺り一面に針葉樹が生い茂り、街道の脇には溶け切らない雪が積もりつつあった。


 空も青空のある日はめっきり減り、淀んだ雲と冷たい風が支配する世界。


「……寒いな。東帝国領抜けてようやく堂々と街道を歩けると思ったら、今度は肩をすぼめて歩く羽目になるとは」


妖魎(モンストラ)から刈り取った毛皮を加工しといて正解だったな。幾ら外套があってもこれだと凍死しかねない」


「まぁな。スカーディナウィアの冬は本当に寒い。俺も結構久し振りだけど、今でもあの時の寒さは思い出すぜ」


 リュウを除いた一行は、皆ふさふさの毛皮を纏っている。スヴェンやエヴェリーナがこの辺りの冬の厳しさを誇張し過ぎではないかというほどに説いた為、皆でガチガチに防寒装備を整えたのである。


 ただし、リュウだけはいつも通りの服装にいつも通りの外套だ。毛皮を被っていても寒いと言うのに、彼の体はどうなっていると言うのか。


「リュウさん、朝起きたら凍ってるとか止めて下さいよ?」


「大丈夫。僕も対策してない訳じゃあ無いから。凍死なんてしないよ」


 心配し過ぎだと笑い飛ばす彼にそこまで言われては食い下がれず、大人しくそれ以上の念押しを止める。


 見た目の割に二十年以上前の事を話しだすなど、彼の経歴と見た目には謎が多いのだ。薄々何か抱えている事は分かっており、そこを無理に探って蛇を出す必要も無いだろう。


 エヴェリーナやレメディア、シグは未だに信じられないと言った目でリュウに注目しているが、元々彼は規格外である。その内彼の規格外さに慣れて何とも思わなくなる事だろう。


「あの人やっぱ人間やめてるよな」


「……滅多な事言うな。消されても知らねえぞ」


 リュウと詳しい話について語った事のあるスヴェンは引き攣った顔で囁いて来る。だが、リュウの地獄耳はこの程度でも聞きつけてしまいそうで怖い。


 すぐに彼を黙らせると、黙々と道を進むのだった。


 そんな中、街道の後ろから迫って来る、荷馬車の音が二つ。


 徒歩に比べて遥かに移動速度を上回るそれは、商人にとって必需品であった。


「いいなぁ……偶にはああいう移動手段も使ってみたいモンだ」


「残念だけど、それは流石に無理だね」


 こちらにはエヴェリーナが居るのだ。街道を歩く程度なら顔を隠せば何とかなるが、彼女は神饗(デウス)に目を付けられている。


 そうでなくとも俺やリュウが目を付けられている。


 常に不特定多数の人と触れ合う恐れのある乗合馬車や行商に同行する訳にはいかないのだ。


 後ろから追い抜いて行く荷馬車たちの邪魔とならない様、道の端に避けて通すが、その内の一台の御者がある事に気付いたらしい。


 彼は首をこちらに向けて、意外そうに訊ねて来た。




「あれ、スヴェンですね? やはりこっちに来ていましたか」


「メルクリウスさん!? 何でこんな所に!?」




 荷馬車を停止させて降りて来た御者の青年は、俺も良く知る(あおぐろ)い髪と眼を持つ、商人のメルクリウスだった。


 更に彼へ続くように、幌の付いた荷台から人が下りてくる。


「ほう、いつぞやの坊主も居るな。どうだ、儂のくれてやった槍の具合は?」


「……ウルカヌス、さん?」


 筋肉質な褐色の体をした壮年男性が、俺を見てのしのしと歩み寄って来る。


 耳は僅かに尖り、そのがっしりとした体格からも分かる通り、彼は剛儿(ドウェルグ)だ。


 タルクイニ市で鍛冶を営み、そして俺とはメルクリウスの紹介で知り合った。その上で短槍まで無料で渡してくれた、凄腕の鍛冶師である。


 親しみを持ってくれているであろう笑みを向けてくれる彼らだが、しかし俺からすればあのタルクイニ市近郊での出来事が脳裏に蘇るばかりだ。


 あの時は神饗(デウス)に襲われ、そして前世で俺達を殺めたあの顔を持つ精霊が、姿を現した。


 金髪金眼、精悍な顔つきをした偉丈夫で、筋骨の均整も取れた大柄男の姿をしている、あの男だ。


 彼はメルクリウスらと知り合いであるらしく、それはつまり彼らもあの大量殺人の片棒を担いでいる可能性が高い者達である。


 いや、高いどころか確実と言っても過言ではない。


 その事をもう既にリュウやスヴェンには伝えてあるだけに、両者の表情も心なしか緊張している様に見えた。


 だがそれを知ってか知らずか、メルクリウスは柔和な笑みを浮かべて問うてくる。


「タルクイニの遺跡の時もそうでしたが……そんなに怖い顔をして、ラウレウスさんはどうしたのです?」


「……いえ、特に何ともないですよ。気にしないで下さい」


「そうですか。しかし、スヴェンがいきなり貴方を救いに行くと言った時は驚きましたよ。私達も準備は程々に向かってみれば、ビュザンティオンで暴暴れ回って指名手配にされたと聞き」


 逃走経路を予想して先回りした結果、遭遇できてよかったと彼は胸を撫で下ろしていた。しかしその安堵すらも、俺には裏がある様に思えて仕方無い。


 そのせいで剣呑な雰囲気が出てしまっていたのか、スヴェンが俺を隠す様に前へ出て、会話を引き継いでいた。


「この二台の荷馬車はラウを救う為に、って事ですか?」


「そうですね。私の古い知り合いに片端から声を掛けて、集めたのですよ」


 そう言うと彼は後ろへ振り返り、出て来るように呼び掛ける。


 すると二台の幌からは続々と人影が現れ、こちらへ向かって来るではないか。


 爽やかな笑みを浮かべる好青年、豊満な肉体を持った美女、小柄な靈儿(アルヴ)の少女……等々、外見だけでは明らかに戦える様に見えない者も混じっていたが、ここは魔法の存在する世界である。


 メルクリウスやウルカヌスもそうだが、彼らの仲間であるなら只者ではない可能性の方が余程高かった。


 表情も険しく彼らの姿を観察している中で、とうとうそれは幌の中から姿を現した。


 それは、金髪金眼の偉丈夫。忘れもしない。前世で親友たちの命と、最後に自分の命まで奪ったあの男の顔。


 今はユピテル、そしてメルクリウスらからは時々ティンと呼ばれる、最近まで封印されていたなどと言われる精霊で――殺人鬼。絶対に許して置けない、仇。


 自然と呼吸は早くなり、心臓も煩いくらい激しく鼓動していた。


「耐えろ、慶司」


「……分かってる、けどっ」


 一瞬だけ視線と共に諫めてくれたスヴェンに返事をするが、どうにも感情は荒ぶって仕方ない。


 出来る事なら今すぐここで、今も欠伸をしながら歩いて来るユピテルに攻撃を加えてやりたい気分だった。


 ……だがそんな時、すぐそこから声が掛けられる。




「彼がメルクリウスの言っていた白儿(エトルスキ)の少年であるか?」




 煮えたぎった思考を急速に冷やす様に、その声が耳朶に触れた。


 それは聞き覚えのあるもので、何故ならばユピテルの声そのもので――なのに、今も彼は大きな欠伸をしたままこちらへ向かっている(・・・・・・)最中で。


 とてもこんな至近距離で彼の声が聞こえる筈も、()してや喋れる筈も無いのである。


 その事があり得なくて、ゆっくりとした動作で声の掛けられた方へ顔を向けると。


「ラウレウス、だったか? 我が名はサトゥレ……今はサトゥルヌスと名乗っている。初めましてと言っておこう」


「え……」


 そこに居たのは、ユピテルと同じ顔。同じ髪色。同じ目の色。同じ体。同じ声。


 寸分の狂いもなく、ユピテルそのものの姿をしたもう一つの男の姿があったのである。






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