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彼女はいつの間にか後ろにいて膝カックンした

 八王子ジャンクションのループを旋回する頃、眩しかった夕陽は西の彼方に沈み、辺りは美しいグラデーションに包み込まれた。先を行く赤いテールランプが高速道の道行きを案内し始める。緩やかな上り坂が続きアクセルを踏み込むと、ハイブリッドのエンジン音が一段甲高くなった。

 ボクも彼女もずっと無言のまま車の流れる様を見つめている。途中、談合坂で休憩しようとしたが、助手席の彼女はまっすぐ前を見るばかり。わずかに空腹を感じながらも、ボクはそのまま車を走らせることにした。


 静かな車内。運転しながら、ボクはまだ幼い頃の、この道を家族でドライブした日のことを思い出していた。運転はパパで、助手席はママ。ほら、あれが富士山だよ、うわぁ〜、でっけー、なんて言いながら、四人揃って出かけた日のことを……


 …… やんちゃな妹は、後部座席のリアトレイに寝そべって、後方を走る車の、見も知らぬ運転手さんに手を振っていた。ホントはボクもそうしたいのだが、ボクがすると母さんが怒り出しそうな予感がしてできないでいるのだ。だから、ボクは自由にふるまう妹が憎らしくなり、危ないからそこに乗っちゃダメなんだからね、などと理由をつけて彼女を引き摺り下ろそうとした。すると妹はギャーギャー喚きだし、その声に苛立った助手席の母さんが振り向いてボクを叱る。やめなさい、マサトシ! あなた、お兄ちゃんでしょ! 母さんの声が蘇る。ボクは仕方なく妹を掴んでいた手を緩める。すると、妹はまたリアトレイによじ登り、勝ち誇ったかのようにフンって顔でボクをあざ笑う。ボクは思い切り睨もうとするのだが、母さんがこっちを見ている気がしてそれもできないでいる。

 でも、父さんがボクの味方になってくれた。お~い、マーくん、今日行くところは木でできた大きな二段ベッドだぞぉ~、などと、バックミラー越しに話しかけてくれる。マーくんが上の段か? よ〜し、決まりだ。マーくんがお兄ちゃんだから上だ、って決めてくれる。ほ〜らごらんと、今度はボクが勝ち誇り、妹にフンってな顔で仕返しする。すると妹は負けじと文句を言い募る。私が上だからね、ねえ、上でいいでしょ? って母さんにねだる。だが父さんは、マーくんがお兄ちゃんだから上はお兄ちゃんだよ、ヒナタはママと一緒に下だよ、とかばってくれて、俄然嬉しくなったボクは、もう妹がリアトレイに乗っかろうが、泣こうが喚こうが知ったこっちゃない、って気分になるのだ……


「何考えてるの?」


 気がつくと、さっきまで正面を向いていたはずの彼女がじっとボクの横顔を見つめている。あの頃、運転席の父さんを母さんもこんなふうに眺めたのだろうか、なんてことをふと思う。


「昔ね、家族でここらあたり走ったなぁ、と思ってさ」

「そう。私も中央道の思い出はあるよ」

「蓼科におばあちゃんちがあるならそうだよね。蓼科にお家があるなんて最高だね。夏休みになると来てたの?」

「四六時中来てたかも」

「おばあちゃんと会うのは? 久しぶり?」


「う〜ん……」


 中途半端に答えを濁し、彼女はまた正面を向いて、やがていつかのように小首を傾げて眠ってしまった。



 渋滞のない高速道を車はスムーズに進んだ。小淵沢を過ぎると中央道最高地点の標識が現れ、そこを越えると諏訪南インターチェンジの案内板が見えてくる。ナビはここで高速を下りるよう促すが、ボクはそれを無視して次のサービスエリアを目指した。

 やがて、向かう先にオレンジ色の明かりが塊になって見えてくる。そこはまるで誘蛾灯のようにボクを引き寄せハンドルを左に切らせる。諏訪湖サービスエリアはなぜか入らなきゃ、って気にさせるから不思議だ。


 食事時を過ぎたパーキングは思ったより車が少ない。最前列の端っこに空きスペースを見つけて車を止める。う~~~んと狭苦しい背伸びひとつして横を見る。彼女はまだ夢の中のようだ。

 ひとりで外に出る。暗がりの中でもその大きさがわかる湖に向かい、今度はしっかり腕を上に伸ばす。期待した湖面からの風はないが、昼間の都会の暖気とは異なる空気がさっと吹き抜けた。


 いい気持ちだ。ここはいいや…… と思っていると、いつの間にか後ろにいた彼女が膝カックンするので、ボクはカッコ悪く腰砕けになってしまった。


「なにすんだよ!」

「テヘッ…… 目、醒めた?」

「ちゃんと覚めてます!」

「行き過ぎてるから寝ぼけてるかと思った」

「大丈夫。ただ、ここからの景色が見たかっだけだよ」

「別にここからじゃなくても絶景場所なんていくらでもあるのに。教えてあげるよ、そんなに見たきゃ」

「いや、ボクにはここからの景色が一番なんだよ」

「ふ~ん。ペキちゃんは結構過去の記憶にこだわるよね」

「こだわってるわけじゃないけど……」


 とは言ったものの、そうかもしれない。ボクは誰かに与えられた過去の記憶の範囲内で生きている。自分から進んで何か新しく創り出すより、過去の偶然をいつまでも抱いているタイプかもしれない。まあ、その方が楽なのだ。自分から動くってことは何かにつけて面倒だ。


「ねえ、お腹空かない? さすがに空いたでしょ? 何か食べる?」

 今度は彼女も抗うことなく黙ってサービスエリアまでついてくる。


「あれ? 峠の釜めしって、前からここにあったっけ?」

「ホントだ。それにする?」

「ううん、いい。期待値超えたことないし」


 確かに、とは思うものの、名物なんてそんなもんだよ、といいながら、ボクは彼女の額をこつんと小突いた。


「な~んだ、営業時間外だってさ」

「どうせ買わないんだから同じだ、っちゅうに」


 そう言って笑いながら、湖が見える場所に腰を下ろしたボクたちは、どこのサービスエリアにでもありそうなおうどんを二人並んで啜った。


 そのまましばらく黙って暗い諏訪湖を眺めた。彼女も何も言わない。それでも、なぜか同じことを考えてる気がした。

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『もし、それが真実ならボクは……』

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