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彼女は赤い鉢巻と襷をキリリと締めた

 週末、遅く目覚めたボクたちは近くの公園に出かけた。

 弓道場の横を抜けボート池を右手に見ながら木立ちの下を歩く。桜の名所でもあるこの広い公園は、あの夜、彼女と歩いて通り抜けた場所でもあるのだが、昼間の陽射しの中で見るこの場所には、そこここに子供の頃の記憶が淡く残っていて、そのことを彼女に伝えたくなる。ここのベンチにカラスの餌付けをするおじさんがいたとか、花見で酔っ払った人がそこから池に落ちたとか、そんな思い出話を彼女に聞かせながら歩いていると、いずれここでの思い出に、今日の彼女とのことも加わるのだろうか、などと思ってしまい、ちょっと気恥ずかしくなってしまった。


 ボート池の先を緩やかに上ると昭和レトロな遊園地がある。頭上を回転する飛行機、ぐるぐる回るだけの電車の乗り物のほか、十円玉を入れると動き出すパトカーや消防車などがごちゃごちゃ配置されている。そこで就学前の幼児に交じり、ボクたちは嬌声をあげ全部を制覇した。ついでに日本一地味な動物園にも寄ってみたが、猛暑の中、どの動物も日陰で()()()()と横になるだけ。見る側の人間もケモノたちの発するニオイがシンドい。ボクたちは入ってすぐ左手の檻にいたレッサーパンダを見ただけでギブアップした。


 そこから駅に向かって進むとカメだらけの古池があり、それを越えると大きな神社の前に出る。子供の頃、家族揃ってお参りを重ねてきたこの神社では、毎回おみくじをひくのが習慣になっていて、それにならって、特段関心もなさそうな彼女とも一緒にひいてみる。

 今日のボクは小吉、彼女は…… なんであったかは教えてくれないが、それぞれ御札を、まだまっさらな木の枝を見つけて括り付けた。


 参道を歩くと帰りが面倒だ。公園に戻り、ボートにでも乗る? と誘ってみたが彼女が嫌がった。それより、と言いながら遊園地の奥に見える球場を彼女が指さした。


「あれ野球場? 試合やってるんじゃない? 声が聞こえるよ」

 時々沸き起こる歓声に彼女が関心を示した。


「野球、好きなの?」

 彼女、見た目カープ女子って雰囲気でもないのだが。


「う~ん、そうでもないけど、なんか大声出したい」

「あっ、そういう気分、わかるかも」


 ということで二人の意見は一致し、大声を出せる場所として公園内の野球場を選んだ。


 ボクたちが耳にしたのは高校野球の応援で、夏の甲子園予選準々決勝が行われていた。


「野球部の応援ってしたことある?」

 意外なことを彼女が訊いてくる。


「ないなぁ。野球部弱かったし。そもそも野球部関係ないし」

「へぇ~、そうなの。私の高校は予選が始まる頃には全校生徒が体育館に集まって応援の練習するんだよ。俄か仕立ての応援団だけど、なんだかこう、応援団っぽいフリしたりするの。こう……」


 そう言いながら、彼女は応援団がやる、フレ~、フレ~、を手真似し始めた。


「どっちかの応援団に交じってこれやろうよ」


 またいきなり……


 だが反対したところで無駄なこと。彼女は思い立ったらきっとやってしまうのだ。しかも、それが何もかも並外れて上手くできてしまうから、ボクは驚き唖然とする。彼女の才能は「神様に愛された子」にだけ与えられたレベルだよなぁ、などと、不意にそんな言葉を思い浮かべたのだが、いやいや、これは縁起のいい言葉でもないな、と、ボクはなぜか何度も何度も思い浮かべてしまうその言葉を、必死に打ち消そうとした。


 そんなボクのことなどお構いなく、彼女はボクの左手をグイっと引っ張り、ずんずんバックネット裏の階段を上っていく。そしてそこから両方のチームを見渡して、負けているチームを指さした。


「こっち! 応援しよう」


 それだけ言うと、彼女はスタスタと歩き始め、三塁側の、西日が当たる方に向かった。『ビジュー』のスポットライトに照らし出される彼女も美しかったが、こうやって太陽の下で軽やかにライトブラウンの髪の毛を揺らす彼女もまた、とてもこの世のものとは思えず、ボクはスタンド席に躓きそうになりながら、彼女の後ろ姿を追いかけた。


 チームは甲子園常連校と戦う公立校だった。確か、大昔は甲子園にも行ったことのある、古豪と呼ばれる学校のはず。その名残りは、揃いの野球帽をかぶり野太い声援を送っている熱心なオジサンたちに垣間見えた。


 その、ちょっとクセの有りそうな応援団の前に彼女はすっくと立ちはだかった…… ボクはとても並んで立つ勇気などなく、かと言って彼女を放り出せもせず、前の席にちょこんと座った。


 彼女はまさしく地上に降り立った天使、敗戦濃厚のフランス軍を鼓舞するジャンヌ・ダルクのように振る舞った。誰かが赤い鉢巻と襷を差し出す。それを受け取った彼女は器用に身体に締め付けると、とても俄か仕立ての応援団員とは思えぬ大胆さで、応援団旗のひとつを振り回す。それが風にたなびき、ズワッ、ズワッと音を上げるたびに、スタンドから歓声が上がり始めた。

 そんな彼女に現役の団員が応援スキームを伝授すると、あっという間にそれを会得してしまい、気が付くと最前列に並んで大声を出している。

 彼女に勇気づけられたか、本来の応援団も勢いづき、身振り手振りがシャープになる。すると、それまではバラバラで、半ばヤジを飛ばしているだけだった三塁側スタンド全体に、うねりのような声援の波が湧き起こる。揃い帽子のオッサンたちも上機嫌。中には踊り出すお調子者までも現れる。もし、彼女が試合開始直後からこの場を支配していたら、試合結果は違っていたのではないかと本気で思わせるほど応援は活気づき、少なくともスタンドは三塁側の圧勝となった。


 だが結局、試合は七回コールド負け。順当すぎる結果だったのだが、敗戦後に引き揚げる観客の顔はそれぞれに晴れやかで、『ビジュー』で彼女の舞をたまたま見ることになった客たちの表情にも似ていた。


 そして彼女は、また何事もなかったかのように、ボクの左腕に腕を絡ませるのだ。ボクはこのキセキのような出来事に、言葉もなく、ただただほくそ笑み、どこか優越感にも似た感情に満たされるのだった。

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