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彼女は雷が怖いらしい

 三日目の夕方、昼間の好天が嘘のように天気が急変した。山手に沸き立った白い入道雲が、いつの間にか()()黒く空を隠し、あっという間に大粒の雨が大地を叩きつけるように降り出した。木立を揺らす風も徐々に強まり、時折不気味な唸りをあげる。ついには突然の雷鳴が轟き、窓ガラスをビリビリ震わせた。


 さっきまでそこらを飛び回っていたタクトも、親元から遠く離れた場所で遭遇した自然の猛威に恐れをなし、今はソファで奈々に抱きついたままだ。抱きつかれた奈々も不安なのか、タクトを強く抱き締め、縋るような視線を送ってくる。ボクはふたりを落ち着かせようと笑顔を保もつが、引き攣っているのが自分でもわかる。


「タクト、黒ひげ危機一髪!、しよっか?」

 気を紛らわせようと誘ってみるが返事はない。それどころではないと、目線で反抗された。


「なんだよタクト、雷が怖いの?」

 奈々の腕の中で小さく頷くタクト。


「怖いよねぇ、雷。おねえちゃんだって怖いもん」

 ふたりが恨みがましくこっちを睨む。と同時にドカーンと轟く雷鳴。ふたりはぎゅっと目を瞑った。


「大丈夫。この雷だとここには落ちないから」

 ふたりは不信の目を向ける。絶対? なんでわかるの? 言いたいことが目元にしっかり現れる。


「おじいちゃんの実家、わかる? 九州の山の中だけど、そこはね、雷の通り道って言われてて、凄いんだよ。こんなもんじゃないから」

 これ以上恐れさせてどうする、って気もするが、要は大丈夫だと伝えたいのだ。


「シュ~~~~キュリュリュリュ~、って空が割れるような音がするんだよ」

「やめて!! タックンが怖がってるでしょ!」

「シュ~~~~キュリュリュリュ~、ドッカ~~ン!!!」


 思い切り擬音で驚かせたら、奈々がいきなりクッションを顔めがけて投げつけてきた。それがものの見事にボクの顔面に命中したものだから、ふたりはゲラゲラ大笑い。さっきまでの悲鳴もどこへやら、急に元気を取り戻す。やっちゃえ! という奈々の合図で、タクトがそこらじゅうのクッションを投げ始めると、窓の外の雷鳴など忘れたような大騒ぎになった。


 やがて三人が遊び疲れるころ、雷鳴も諦めたように遠ざかり、木立を揺らす風も収まった。ボクは窓辺から少し明るくなった雨空を眺めた。


「雷…… もう平気?」

 クッションを両手に抱えたままのふたりも窓辺に近づいてきて、三人並んで空を見上げた。雨はまだ降り続いている。庭のブランコはその中で静かに濡れそぼち、表面の苔色が一段と深く濃くなったように見えた。


「あっ…… 」


 突然、タクトが声を上げ、木立の向こうの砂利道を指さした。その先を追うと、ふたつの傘影が雨の中を歩いてゆく。


「珍しいね。あの道を歩いてる人を初めて見た」

「奥の保養所に来た人かな? この先は保養所がふたつあるだけだから」

「こんな雨の中を歩いてきたのかな?」

「どうだろう。バス停からはそこそこ距離があるから、そうだとしたら雨の中大変だね」

「ピンクの傘はまだ子供じゃない?」

「子供?」

「うん。タックンくらいかも」

「へぇ…… 」


 ここに来て三日。小学三年の男子には、同じ年頃の遊び相手がいない避暑地は、ちょっと退屈になる頃かもしれない。


「お天気が良くなったらお散歩してみる?」

「うん…… いいよ」

 

 タクトは引っ込み思案で人見知り。確かにボクに似て、知らない人の中にどんどん入っていくタイプではなさそうだ。そんな彼でも、非日常のこの空間は、どこかで人恋しさや開放的な気分が募るのかもしれない。ちょっとおどおどした話し方の中にも、いつもとは違う様子に、ボクはなんとなく嬉しくなった。


「バドミントンも、キャッチボールもできるしね。黒ひげもあるから、あの子とお友達になれたらここに呼べばいいよ」

「いいの?」

「タックンはすぐに遠慮しないの! おじちゃんみたくなっちゃうよ」

 そう言って奈々が笑った。するとタクトまでもこっちを向いてニヤリと笑う。このふたり、いつの間にか以心伝心じゃねーか……。


「かわいい女の子だといいね」

「えっ…… それはどうでしょう……」

「照れてやがる、このクソガキ」

「言い方! おじちゃんは下品だよねぇ」

「うん。そう思う」

「お~、よしよし、タックンはおねえちゃんといつも意見が一緒ね」

「うん。ボクはおねえちゃんの味方だからね」


 なにがどうして小三男子と彼女が意気投合してるかは知らんが、段々疎外されてる気がしてきた…… くそっ。


「さ~てと、またすごい雷が来るとイヤだから、早くご飯た~べよっと」


 少し脅すつもりで言ってみる。が、キッチンに付いてくるどころか、料理は当然ボクの仕事と思ってるのか、ふたりはロッキングチェアに揺られながら楽しそうに話を続けている。やれやれ。


 でも、キッチンからふたりの姿を眺めていると、こんな時間が近い将来やってくることも決して悪いことじゃないな、なんてことを思い始めていた。ボクにも、父さんと母さん、そして妹との四人で過ごした穏やかな日々が確かにあって、今から思えばそれは間違いなく幸せな時間だったのだ。それがどこでどう狂ってしまったのか、その原因を追い求めても仕方ないとは思いつつ、今なら、落ち着いてその理由を受け入れられる気もした。


 雷は静かになった。雨は降り続いている。窓の向こう側に霞む木立には徐々に闇が訪れる。


 ボクは野菜を刻んでいる。今夜はちょっと辛めの夏野菜カレーにしよう。

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『もし、それが真実ならボクは……』

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