彼女はボクの甥っ子をギュッとハグしたりしている
「しゅっぱ~つ!」
上機嫌のタクトが助手席で右手を大きく上げる。お尻の下にクッションをふたつ敷いてもらって目線の上がった小学生は、いつもと違う視界の広がりにテンションも上がっているのだろう。
「ボクね、おうちの車だと前の席に座らせてもらうことないんだよ。子供は後ろ、って言われるの」
「おじちゃんだって子供の頃はずっと後ろだったよ。今日は特別だよ」
「そうなの? ホントはおねえちゃんが前?」
「いいのいいの。おねえちゃんは車に乗ると眠くなっちゃうから、ホントは後ろがいいの」
「えっ? そうなのかよ。いつも後ろで寝てたい、なんて思ってたのかよ」
「気にしない気にしない」
バックミラーの中で奈々が笑っている。助手席では音楽に合わせてノリノリの小学生がグミのキャンディをまた口に放り込んだ。夏の陽射しは容赦なく路面を照らしている。
今日は談合坂サービスエリアで串焼きを食べた。子供はフランクフルトと焼きそばに食いついた。奈々はそれを横目にアイスフラッペをガシャガシャ言わせている。前回ここに立ち寄った時とは比べものにならない程多くの人がいて、真夏の暑さに拍車をかけている。
「まだまだ遠い?」
タクトが口の中をいっぱいにして訊く。
「そうだね。まだ半分くらいかな」
「良かったぁ〜」
「タックンはドライブが好きそうだね」
「うん。もっともっと遠くに行きたい」
その言葉に、ボクは父さんの実家がある九州までのドライブのことを思い出していた。母さんと妹はうんざりだったようだが、あの長距離ドライブがボクは決して嫌いじゃなかった。
「退屈しない?」
奈々が口を挟む。
「退屈しないよなぁ。景色はどんどん変わるし。なあ」
「うん。おねえちゃんがクッションくれたからよく見えるよ」
「ホント! タックンはいい子ぉ〜!」
なかなかコイツ、女心を掴むのが上手い。奈々とタクトはすっかり打ち解けて、サービスエリアからは後ろの座席に並んで座ると言い出した。
「だって、おねえちゃんがひとりぼっちじゃかわいそう」
「そうなんだよぉ~~、タックン、優しい~~~」
奈々はわざとらしく甥っ子を抱きしめる。小学三年生はちょっとだけ身体を反対側に倒して逃げようとするが、表情は明らかに喜んでいやがる。だからイジワルも言いたくなる。
「そういうおねえちゃんはさぁ、タクトに会う前は怖がられるんじゃないかって心配してたんだよ」
「そうなの?」
タクトが心配そうな顔で奈々を見上げる。
「うん。まあね。あんまりタックンくらいの子供と遊ぶことなかったし」
「怖くないよ、全然」
「ホントにぃ〜〜 タクトカワイッ!」
などと言いながらまたギュッとハグしたりしている。ちょっと…… くっつき過ぎだろ……。
「おねえちゃんはおじちゃんのお嫁さんになる人?」
「それはどうかな。気になる?」
「ううん。だけど…… おじちゃんがこっち見てるし」
「み、みてねーよ!」
「見てた! 絶対見てた!」
「見てた、見てた、ほら、今も見てる!」
そしてまたふたりは大笑いするのだった。
今日は諏訪南インターチェンジで高速道を下り、途中、食材を買い揃え、花火と黒ひげ危機一髪!も探し求めてから屋敷に向かった。ヴィーナスラインに入ると、車の窓を全開にすれば強い陽射しの中でも高原らしい風が吹き込んで心地良い。タクトは窓から身を乗り出し、風に向かって、あ〜あ〜あ〜と声が揺れる遊びをずっと繰り返している。
右折地点を間違わずに屋敷までの砂利道に入ると、大きな木立に陽射しは一層和らげられ、避暑地の趣きが徐々に色濃くなる。都会では聞き馴染みのないセミの声がここかしこから届き、耳を澄ませていたタクトは、その姿を確かめようとさらに窓から身を乗り出そうとする。
「タクト! バカ、危ない!」
調子に乗った小学三年の男子は手に負えない。さすがの奈々も、容赦なくタクトの身体を引っ張り込んだ。
「おねえちゃん、セミ取りしようよ!」
もはやおじちゃんは用無しらしい。
「セミかぁ…… 取れるかなぁ」
「取ったことないの?」
「ないよお〜、おねえちゃんは女の子だもん。そういうのはしたことない」
「そっかぁ…… 残念…… 」
「おじちゃんとすればいいじゃない。男同士で」
「…… うん」
明らかに乗り気じゃない。女心もわからんが、クソガキの代わり身の速さも理解できん……
「セミもいいけど、おねえちゃんはお絵描きも上手いから、ブランコに並んで絵でも描けば?」
ちょっとイヤミを込めて言ってみる。
「うん! そうする!」
どうやら、ボクは夏休み中、のんびり昼寝ができそうだ……。




