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彼女なら、筒井リーダーの話をどう感じるのかな?

 日曜日の夜遅く、ボクたちは部屋に戻った。中途半端に早く戻っても部屋は蒸し風呂だよ、という彼女の意見に従ったわけだが、夜中零時を過ぎても蒸し風呂に変わりなく、睡眠不足になっただけ損した気分になった。


 翌朝出社すると、何故かフロアがざわついている。役員の誰かが急死でもしたかと思い端末を立ち上げると、珍しく社長名のメッセージが届いている。それを読んでいるところに同期の市原がやってきて、ポンと肩を叩いた。


「まっ、心配するな。幸いなことに俺たちはまだ対象外だ」


 社長メッセージはある事業部門を他社に売却し、社内資源を将来有望な先端技術の開発に集中させる、という内容で、事業再編に伴い四十歳以上の社員を対象に希望退職を募るというものだった。かねがねある事業部門の不振は話題になっていたし、大幅なリストラがあるだろうという噂も流れていたから、メッセージに目新しさはなかったけれど、希望退職者の募集という事実が自分の身近に起ころうとは想像できておらず、少し複雑な気持ちになった。今日と同じ明日が来るとは限らない、という当たり前のことに今更気づかされたのだ。


「希望退職の対象外でも何か影響はあるだろ? 配置転換とか」

「そうだな。お前のようなテキトーな営業マンは配置換え必須だろうな」


 そう言われることに全く心当たりがない、わけでもないボクは、少しだけ自分の行く末を案じてみたが、それも長続きせず、まあ、なる様にしかならないしな、と諦めて、目の前の、今抱えている案件の整理に取り掛かった。


「渡壁、出かけるか?」

 チームリーダーの筒井さんに声をかけられる。


「いえ、午前中はデスクです。午後からはアポ入ってますけど」

「そうか。じゃあランチ、久しぶりに隣の1.5、行くか?」

「あっ、いいですね。じゃあ15分前に出ます?」

「了解」


 1.5とは隣の寿司屋がサービスランチで提供している1.5人前の握り寿司セットのことで、ランチ定刻に()()()()並んだのでは売り切れになるから、そこに行くときは早めにオフィスを出ることにしていたのだ。

 この日も10分前には店に入ったが、案内された部屋は三階席で、そこもあっという間に埋まった。


「ここくらい流行ると事業も安泰なんでしょうけどね」

 次から次に案内されてくるビジネスマンたちを横目で見ながら、ボクはつい思いついたことを口にしてしまう。

「お前の皮肉もいつの間にか耳に馴染んだなぁ…… だが、今はあまり余計な軽口は言うなよ」

 筒井さんは苦笑いしながらおしぼりを使っている。

「すいません。悪気はないんですけど…… 」

「お前のその物事を斜めから見る感じは、嫌いじゃないけどな。やることはやってるし、要領もいい」

 こんな日にランチに誘うってことは、何かの探りか?

「要領いいですか? 自分じゃ立ち回り下手くそだな、って思ってましたけど」

「そっちの要領は悪いな。オレはお前は仕事にソツがない、って褒めたんだよ」

 筒井リーダーはそう言って笑った。特に用件があるようでもない。

「褒められると照れますね、アハハハ」

 そうやって誤魔化した。ボクは小さい頃から褒められたことがないから、褒められるとどう反応していいかわからないのだ。


「お前はもっと自分のしたい事を主張した方がいいな。求められたことをソツなくこなす、ってスタンスもいいが、もっと自分から意見をまとめる、ってことも大事じゃないか?」

「はぁ。そういうのも必要ですか。社内世論、ってやつですか?」

「ハッキリ言うなぁ。まあ、それも含めてだよ。お前のようなやつが世論を形成するところが見てみたい、ってことだよ。言葉が巧みなだけの連中にはもう飽きた」

「そうですか。仕事、ひとつ増えますね…… 」

「バカかお前は!」


 筒井リーダーはそう言うとそれ以上は何も言わず黙って寿司を平らげた。


 早めのランチを終えてオフィスに戻り、カップコーヒー片手にしばらく筒井リーダーと雑談を続けた。


「したい仕事できてるのか? お前は」

「したい仕事ですか? ……難しいなぁ。考えたことなかったですよ、そんなふうに」

「そうか。だけど元々営業を希望してた訳じゃないだろ?」

「ええ。でも、何処か遠い場所に行くなら営業かな、と」

「普通はできるだけ首都圏とか、せいぜい東名大とか言うだろうに、お前は全国区か?」

「はい。次回はできるだけ地方でお願いします」

「実家はここだろ? イヤなの?」

「ええまあ。でも、今はひとり暮らしなのでいいんですけどね」

「ひとり暮らし? そうなの?」

「そうですよ」


 ボクが大学生の時に母さんは再婚して部屋を出た。妹は高校卒業と同時に妊娠して結婚した。そんな経緯を掻い摘んで筒井さんに話した。


「いろいろあるなぁ、人生って」

「そうですね」


「まあいいや」


 何故か話題は急速に萎み、それからは互いに言葉もなくコーヒーを飲んだ。

 筒井さんは何を話したかったんだろう?

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『もし、それが真実ならボクは……』

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