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彼女は…… なっ、なんて我儘なんだっ!

 ヴィーナスラインを市街地に向けて走り、木立が街並み変わってようやく小さな食品スーパーを見つけた。店内は日本国中どこにでもあるスーパーの品揃えと配置で、旅先のエトランゼな雰囲気を期待していたボクは、ちょっと肩透かしを喰らった気分になる。


 そんなボクにお構いなく彼女は自らカートを押し店内に入ると、慣れた手つきで野菜と肉、パンと牛乳、卵とチーズ、数種類の調味料、そしてビールとワインと炭酸飲料なんかをパパパッと選び、それらを無造作にカゴに放り込んだ。ここまでわずか十分、あっという間に買い物を終えレジに並んでいる。


「感心するほどあっさりしてるよね。女の人って商品をいちいち手に取って、賞味期限やら鮮度を確認して買い物をするもんだと思ってたけど、奈々のそんな姿、見たことない」

 半分は皮肉のつもりだが、彼女には通用しない。

「面倒じゃん。古くなる前に使えばいいんだし」

「でも別荘だとそうもいかないでしょ? 食材や調味料をちょうど使い切るって難しくない?」


「大丈夫。私はしばらくこっちで暮らそうと思ってるから」


「え~~~~~~っ!」


 予期せぬ返答に、ボクは周囲も憚らず声を出して驚いた。

 彼女は…… なっ、なんて我儘なんだっ! 


 そりゃ、ボクと何か特別な関係になったわけではないし、彼女は大人で行動の自由は保障されるべきだ。だけど、少なくとも幾晩かを一緒に過ごした男に、朝のブラックコーヒーを飲む間柄のボクに、何の相談もなくこっちで暮らすってのはどういう了見なんだ?


 いるんだよ、そういう女っ! 


 ちょっと離れてみたいの、少し距離を置きましょう、そうやって知らぬ間にどこかへ消える女…… 世の中、結局そんなんばっかかよ!


 そう思っていることが顔に出てしまったのか、彼女はボクの左手に腕を絡め、やや上目遣いに甘えた声を出す。


「寂しい?」


 なんだ、寂しいって! お前はいつから俺の女になったんだ! 色っぽいこと、一度だってないじゃないか。昨日だって床に寝かせただろ! 下着姿すら見たことねーぞ…… そう言いたいが、口に出す勇気まではない。


「寂しいとかそういうんじゃないけど、明日の夕方、ひとりで何時間も運転すると思うと、面倒くさいな~、と思っただけだよ。渋滞したら運転代わってもらおうと思ってたから」


 明らかなウソだが、このくらいのウソは許される…… はず。。


「う~ん、そっか。ペキちゃんは意外に寂しがり屋だからな。ひとりじゃ寂しくて事故起こしちゃうかな?」


 完全に調子に乗った彼女、いや、御影奈々はボクをいたぶり始める。くそっ!


「じゃあさぁ、お昼からお掃除全部やってくれたら明日は一緒に帰ってもいいけど」


「ホ、ホント?」


 ボクはバカだ…… 恋の駆け引きは全敗だ。。


「うん。いいよ。こっちの方が涼しいけど、別にペキちゃんの部屋でもエアコン入れてれば大差ないし」


 なんて現金でわかりやすい価値判断…… でも、それでいいと心底思った。いつの間にか彼女の存在はボクにとっての前提になっていて、ボクはできるだけ彼女と一緒にいたい、ということに気づいてしまったのだ。


 で、紙袋いっぱいの荷物を進んで運び、部屋に戻るとやや温まってしまった缶ビールでカンパイ。買ってきた食材の割には簡単な炒め物で昼食を済ませ、お約束通り拭き掃除を済ませた。階段を拭き始めたところで、ここからはいいと言われる。確かに、彼女の寝室を拭き掃除するのも変だと思い、ボクの仕事はそこで終わった。


「アリガト。助かった」

 庭に下り立った彼女がボクを振り返って微笑む。その笑顔に誘われボクも庭に下りてみる。それからふたりで敷地の周囲を並んで歩いた。


 敷地は思ったよりずっと広く、テニスコートが何面かとれそうな程だった。東側の道路沿いと南側は金網で囲われており、西側は木立が続いている。

 庭の真ん中に配置されたブランコは真夏の強い陽の光を浴びている。庭の端には木立があるのだから、その中にでも設えた方が良かっただろうにとも思ったが、これを作った人は、ここで遊ぶ子供の姿を、掃き出しの窓辺から常に目の中に留めて置きたかったのだろうと勝手に想像した。


 彼女がブランコに座り、ボクの左腕をそっと掴んだ。それは後ろから静かに背中を押せというサインだと、なぜかそう思う。

 ギュイッ、ギュイッ、っと金具が軋み、ブランコは優しく揺れる。彼女の軽く柔らかなブラウンの髪も肩先で優雅に揺れる。何ひとつ疑問を差し挟むことなく、彼女は全てをボクに委ねているように見えた。


 やがて、彼女は小首を傾げて居眠りを始めたようだった。乗り物に揺られているうちに眠るなんて、まるで子供だ。差し込む陽射しが彼女の産毛をキラキラ輝かせる。その様子をボクは飽きずにずっと眺めている。


 不意に、眠っていたはずの彼女が目を開く。目尻まで緩やかなカーブを描いた上瞼の奥でブラウンの瞳がじっとボクを見つめる。


「こんな顔してんだ…… 」


 ふと彼女が声を漏らす。


「いまさら? 変な顔、とか言い出すなよ」


「ふふふ…… 」


 それ以上は何も言わず彼女はまた瞼を閉じた。その顔には穏やかな微笑みが残る。デッサンに集中している時の横顔は美しかったが、微睡(まどろ)む彼女の表情には無防備なあどけなさがあり、それはそれで微笑ましい。

 そのまま今度は本当に眠りに落ちたように見えたから、ボクは彼女の顔に日陰ができるよう麦わら帽子を陽にかざし、しばらく炎天下のブランコの横に立ち続けた。


 時折高原からの涼しい風がそよぐ。ここが避暑地で良かった。

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『もし、それが真実ならボクは……』

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