みつめられプリンセス
城咲紅葉さん(らんしぇ様考案キャラ)と副島瞳さん(坂津眞矢子様考案キャラ)がゲスト出演しています。
(もう、一体なんなのあの子は……!?)
寮の廊下を歩きながら、菜翠は深々と溜息を吐いた。こちらのことを『エモノ』呼ばわりする時点からオカシイ子だと思っていたけれども、ぬいぐるみに対してあんなことをするなんて、完全に常軌を逸してしまっている。あんな子と同じ空間で過ごさなきゃならないなんてイヤだなあ……。
知らないうちに足取りも肩も重くなっていて、今の菜翠はさながら初給を落としてしまったサラリーマンというべき風情。何とも切ない表情を浮かべていると、突然、背後からキョーレツな視線を受けた。
「……っ!? な、なに……?」
首筋にリアルな痒みを感じて振り返ると、廊下の曲がり角から覗かせていた頭がヒュンと引っ込められるのが見えた。いかにも後ろ暗いところがありそうな素振りである。
菜翠は愛らしい顔をしかめた。ただでさえ、おデコのルームメイトに散々振り回されて機嫌が良いとは言えないのに、陰でこんな姑息なマネをされたら、スウィーティなマロンボイスもイガイガのちんちくりんになるというものだ。
「ちょっとなんなの!? ボクに気があるなら、コソコソしないで堂々と声をかけてよね!」
「うひゃわっ! ごめんなさいごめんなさい!」
素っ頓狂な悲鳴とともに、廊下の角から二人の少女が雪崩れ込むように現れた。一人はカットソーにジーンズというスポーティないでたちで、もう一人は清楚な春物のワンピースを身につけている。スポーティな格好のほうの少女は、陽気であるがそそっかしそうな印象で、彼女が声と視線の主であるということは疑いようがなかった。
「うう……ごめん。あまりにもあなたが可愛い格好をしてたもんだから、どう声をかければいいかわからなくって。あの、決してあなたの機嫌を悪くさせるつもりは、ほんとコレ、まったくなっしんぐなんだからね!」
必死なようすで両手を合わせる少女は、焦げ茶色の髪を短いポニーテールにしており、胸の大きさに関しては、菜翠の自尊心を大いに育ませるものであった。とにかく、彼女の態度に悪意はまったく感じられなかったので、菜翠も敵愾心をあっさり解くことにした。
謝る少女の隣で、もう一人の少女が明らかに進退窮まったという顔になっている。眼鏡をかけて、黒い長髪を三つ編みにした大人しめで地味な少女であるが、素材自体は相当なポテンシャルを秘めていて、磨けば光る子であろうと菜翠は確信していた。地味ながら、胸囲は菜翠とためを張れるほどの豊かさで、隣の少女とは性格から格好、胸の大きさまでデコボコなコンビのようである。
謝る少女に対して、菜翠も頭を下げる。
「ボクのほうこそ、声を荒げちゃったりしてゴメンなさい。えっと……アナタたちも新入生?」
「うん。あたしは1年2組の副島瞳。こっちの彼女はあたしの親友の……」
「同じく2組の城咲紅葉です。よろしくお願いいたします」
三つ編みヘアの紅葉は言われるがままにという感じで頭を下げたが、菜翠に対しては親しげな表情を向けていた。
「ボクは1年3組の筧菜翠。この格好はボクもお気に入りだから見とれてくれるのは、スゴくうれしいな」
「もう、ほんっとに! 単身単刀、直行直入がモットーのはずのあたしが顔を熱くしてたじろぐなんて! えへへ、そんな筧さんとお近づきになれるなんて光栄こーえい~」
それから瞳が「握手あくしゅ~」と人懐っこげに手を差し伸べてきたので、菜翠も喜んでその手を取った。続けて紅葉とも。菜翠自身も気づいていなかった緊張がほぐれていくのを感じ、しだいに口も軽やかに動き出していた。
「ヒトミさんはクレハさんと親友って言ってたけど、どれくらいのお付き合いなの?」
「ええっと、ざっと数十分前? かなあ……。ホームルームが終わり、いざ桜花寮へ! と思ったとき、ものすごくガチガチに緊張してた城咲さんを発見して声をかけてみたの。今じゃもう普通に話せてるし、緊張もだいぶ解けてきたんじゃない?」
瞳に視線を向けられて、紅葉は控えめに眼鏡の縁を持ち上げた。
「まあ、おかげさまで。しかしながら、それで親友どうしというのは少々違和感が……」
「まあまあ既成事実ということで。せっかくだから、城咲さんの寮部屋も見たいな。ルームメイトさんがどんな子か見たいし」
「ま、待ってください! 荷解きもまだですし、私の一存で決めるわけには……!」
「そっかあ。じゃあ引き続き寮内を散策しよっか。じゃあ筧さん、また後でね~」
手を振りながら瞳は紅葉を連れて、菜翠のもとから離れていった。二人の姿が見えなくなると、菜翠は小さく溜息を吐く。瞳に対してではない。もし瞳が「筧のところはどんなルームメイトさんがいるの?」と問われたら、とても答えられそうになかったからだ。
そこそこ話し込んだものだし、玲の用事も済んだのではと判断した菜翠は足を自分の寮部屋のほうへ向けた。と、同時に。
「…………!?」
玲が、いた。しかも、こちらに向かってきているのではなく、前からそこにいたかのように廊下の真ん中でたたずんでいる。いつからかは知らないが、おデコのチャーミングな少女の存在に、菜翠はまったく気づかなかったのである。
玲は制服から私服に着替えていた。ボウタイ付きのクリーム色のブラウスに、黒のティアード・ミニスカートというもので、正直、外見だけは瞳などに余裕で自慢できそうないでたちである。ホント、もっと普通にしてればいいのに……。
玲の腕にはぬいぐるみが抱えられていた。先ほどの黒猫のメイちゃんではない、真っ白な子犬のぬいぐるみだ。確か、玲が並べた際にかすかに姿をとらえたような気がするが、名前が何であるが、まったく見当がつかない。
「レイさん……いつの間に出てたの?」
「ちょっと」
玲の顔がぐいと迫ってくる。いきなりのファーストキスのことを思い起こして菜翠は二言目を封じられてしまった。だが、玲は廊下でセカンドキスをおっぱじめる意思はないようであった。
彼女は怒っていた。普通の子よりはわかりづらいが、目には物騒な熱が孕んでおり、真珠にような歯からはわずかな唸り声が漏れ出ている。言うまでもないことだが、菜翠は彼女に怒られる謂れは微塵もない。そもそも思考回路がズレ切った少女を怒らせた心当たりを探すだけでシンドいのだ。
おデコの少女がキッと目を細めた。
「さっき楽しげに話してた女は誰?」
「えっ? 確か、2組のヒトミさんとクレハさん……」
「そんなことはどうでもいいの」
誰って聞いたの、そっちじゃん!
あまりのことに言い返す声もなかった菜翠。その彼女の袖を玲が力いっぱい掴む。
「来なさい」
まるで説教を始めるかのような声音で、玲は甘ロリのルームメイトを引っ張っていった。




