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おあじプリンセス

 筑波玲は菜翠と違って甘ロリではないが、相変わらず愛らしい格好をし、小さな手にはクマのぬいぐるみを持っていた。つややかなおでこも感情の読めない表情もおなじみである。

 だが、玲の声はわずかながらにトゲがあった。


「遅かったじゃない。みんなみんなみんな菜翠のことを待ちわびてたのに」

「ゴメン、ちょっと料理部に顔出してたから……」

「料理部? そう言えば菜翠は料理部に入ったのね。何か作ったの?」


 口で返事する代わりに、菜翠はマカロンの詰まった袋を玲に差し出した。袋の中の色とりどりのマカロンを見た玲は、心なしか目に輝きが増したようだ。


「これ……全部菜翠の手作り?」

「ま、まさか。ボクが作ったのは……」


 ココアをまぜたもの……と言おうとした瞬間、菜翠の内側からイタズラっ子の欲求がささやかに湧き起こった。


「……そうだ、レイ。ボクがどの味のマカロンを作ったのか当ててみせてよ」

「菜翠が作ったマカロンを?」

「ボクのことを愛してくれてるならわかるでしょ?」

 

『エモノ』にされがちな甘ロリ少女は得意がった。

 というより、常日頃からルームメイトに振り回されがちな菜翠が主導権を握れそうなタイミングはこれくらいしかなかった。ウイッグの長髪を揺らしながら小首を傾げ、愛を試された玲はぬいぐるみを弄りながら、無言で袋の中のマカロンを見つめている。


「あ、あの、レイ……?」


 いつまでもマカロンを選び取らない玲に、菜翠は怪訝に思い、不安な顔つきになったが、このとき予想外な言葉が返ってきた。


「菜翠が食べさせて」

「えっ」

「半分に割って、玲の口に運んでって言ってるの」


 愛を試されようとも玲は玲のままであった。まるでこちらが愛を試されているみたいじゃないかと思いながらも、これによってこちらが不利になることもないと思い直して、菜翠はピンクのマカロンを千切って、玲の口元まで運ぼうとした。


 玲は床にぺたんと膝をつき、ぬいぐるみを抱えたまま目を閉じて口を開けて待っている。その小振りな唇で、自分の身体のあちこちをしゃぶり尽くされたのだと思うと、菜翠の肢体がふいに熱がこもった。


 それでも、どうにか玲の唇にマカロンの欠片を挟み、愛を試した菜翠の方が思わず胸を撫で下ろした、そのときである。


 玲がいきなりカッと目を見開いて、菜翠のもとへ飛びかかったのであった。


 まったく不意の攻撃に菜翠はあらがうことができず、二人の少女はそのまま床の上にもつれ合った。マカロンをくわえた玲が、それを菜翠の唇に突き出し、意味をさとった菜翠はさらに心臓に汗を浮かべた。


 口移しをしろ、というのだ。


 菜翠は焦った。口移し以上に激しいことを散々しておいて今さらという気もないではないが、まだ日が沈み切っていない時刻である。そもそもちょっとした悪戯心がどうしてこのような事態に発展したのか、菜翠にはついていけなかった。


 ぐい、とマカロンが突き出される。玲のケモノの瞳を見て、菜翠は操られたかのように口を開き、唇が重なると同時にマカロンが口内にねじ込まれる。


「むぐぅ……ッ」


 正直なところ、自分の作ったマカロンを味わうどころではなかった。ココア味のマカロンは二人の唾液によって溶かされ、縦横無尽に動き回る玲の舌がぬめった空気をかき回す。散々体感した、だがいまだ慣れることのない快感が菜翠の背筋を震わせ、タイツに包まれた脚がぷるぷるとわななく。


 やがて黒色がかった唾液とともに唇が引き離されると、玲は袋をまさぐってノーマルのマカロンを半分にちぎって咥えて、同じことをした。抹茶味も。


 それでようやく玲の気が収まったときは、菜翠は答え合わせをするどころではなかった。仰向けになったまま、ウィッグの前髪をかき上げて額の汗をぬぐった。

 そこに玲の声が降りかかる。


「菜翠のおバカ」


 おバカと言われることを自分はしただろうか。菜翠は真剣に考えてしまった。確かに茶目っ気でルームメイトを試すような真似はしたが、度の過ぎた振る舞いに走ったのは、どちらかと言えば玲の方ではないか。

 だが、玲は続けてこう言った。


「今まで菜翠の手料理を食べたことがなかったのに、菜翠の味なんてわかるはずないでしょ。玲のことを試そうとするからこんな目に遭うの」

「えぇ…………」

 

 口移しを受ける理由としては理不尽だが、味がわからないという意見には一理ある。おそらく、外すことを恐れて奇矯なおこないに出たのかもしれない。たぶん。

 菜翠はようやく上半身を起こして問いかけた。


「あ、あのさ。ちなみにレイがイチバンおいしかったのは……」

「菜翠」

「え、ボク!?」

「『どのマカロンが』とは一言も言わなかった」


 確かにそうだが、菜翠としては先ほどからルームメイトに言い負かされて切ない気分におちいった。


「どれも菜翠の味がしておいしかったけど、玲は菜翠の作ったお菓子をもっと食べたい。菜翠と一緒に食べたいの」

「そ、それはもちろん口うつしじゃないイミ、だよね……?」

「菜翠は口移し、もうしたくないの?」


 菜翠は焦った。感覚としては情事の派生という感想が強く、まったくイヤと言われれば、そういうわけではないのだが、素直に表明することにどうして躊躇してしまう。

 背筋がピンと張り、カチコチに固まっている菜翠をよそに、玲は無造作に唇についていたマカロンの屑を舌で舐めとった。口の中だけでなく、外側まで色とりどりのマカロンで汚れていたのであった。そして再び身を乗り出すと、彼女は外には決して見せない表情を浮かべた。


「菜翠のあじ、もっともっと堪能してみたいなあ……」


 その瞬間、菜翠の心臓は、ルームメイトの見えざる手によって鷲掴みにされた。玲の笑顔は情事の最中にうつろげなものなら何度も見てきたが、意図的に小悪魔めいた笑みを演じてみせたのは、これが初めてだった。


 すでに綺麗になった上唇を、玲は今一度、舌でなぞる。わざととわかっていても、菜翠の血流がさらに荒くなった。甘ロリの下の肢体がこわばり、息が荒くなるのを必死でこらえた。


 だが、玲が肩に腕を回し、その笑顔を至近距離まで持ってきたとき、せっかくの抵抗も無意味と化した。勝てない。これはどうしても勝てない。普段無表情な少女にこんな愛らしく力のある微笑みを振りまくなんて……。


 新たなキスを受け、菜翠はとっさに目を閉じたが、それでも容易に玲の笑顔を描くことができた。下腹部に熱がたぎり、「まだ夕方なのに」という理性的な焦りは、「どうとでもなればいい」という諦めと、荒れ狂う欲求の波に完全に飲みこまれて消え去った。


 二人の可憐で獰猛な『ケモノ』は夕食も忘れ、改めて床に横たわると、夜にいたるまでお互いをじっくりじっくり頂き合ったのであった。

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