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てりょうりプリンセス

 料理部は月に二回、活動が行われる。料理内容は前もって決められていて、今回作るのはマカロンであった。


 菜翠にとっては初めての本格的な料理部活動である。すでに部員は集結しており、諸美がやってくるまでの間に軽い顔合わせがおこなわれた。


「あなたが筧さん? よろしくね、あたしは……」

「そのエプロンかわいいわね! タイツもオシャレだし!」

「いかにも理純先輩が気に入りそうな感じね〜」

「理純先輩も素敵な服いっぱい持ってるの。あまり外で着ることないけど……」

「部長は雨女って聞くからね〜。この前も買ったばかりを派手に濡らしたと聞いたわ」

「部長さんがオシャレなら妹さんはカワイイ寄りよね〜。あまり仲が良くないみたいだけど」


 このようなとりとめのない話題が延々と続く。菜翠としてはモロミ先輩に妹がいるのが驚きであるが、同時に納得できることもある。自分のことも妹のように可愛がってくれたのも姉としての立場に慣れていたのであろう。妹さんがどういう人かはわからないけど、先輩の妹さんだし、きっとしっかりした方なんだろうと菜翠は思っていた。


 わいわいと話しているうちに、その新料理部部長が家庭科室にやってきた。初めて会った時と同様、フリフリの可愛らしいエプロンである。

 教壇の前に立ち、一同に呼びかけた。


「新入部員さんとの顔合わせは済んだ? これから注意事項を話すから、ちょーっとだけ静かにね? まず今回はオーブンを使うから火傷に注意して……」


 菜翠は他の部員たちより真剣に、部長の話に耳を傾けていた。その内心では、玲に手作りお菓子を食べさせられるという喜びと期待が、うまくできるかなという不安とせめぎ合っていたのであった。


 説明が終わると、グループに分かれてマカロン作りが始まった。


 菜翠のグループの担当はチョコ味のマカロンである。各グループに最上級生の先輩がついており、料理慣れした彼女たちが後輩たちのサポートをおこなうのだ。初めての部活動ということで、菜翠のグループについた先輩は部長の諸美であった。


 諸美の教え方は丁寧で、真剣であった。柔らかな表情は引き締められ、料理と向き合う姿勢はプロに匹敵するようだ。祖母とお菓子作りはしたこともあるが、それはあくまでお小遣い目当てであり、あまり本腰を入れなくても、傍にいるだけでべた褒めしてくれたものだ。むろん、その時と同じ気持ちで臨むわけにはいかない。部員や部長の迷惑にもつながるし、そのような半端な気持ちで作ったお菓子をルームメイトに食べさせたくはなかった。


 グループ皆の協力によってココアパウダー入りの生地が出来上がり、それをオーブンで焼く間、ガナッシュ(マカロンの中身)を作りましょうとなった矢先に、しょうもないいざこざが起きた。


 他グループの一人が諸美に告げ口を入れてきたのである。すでにガナッシュ作りを始めていたグループで、その内容は、メンバーの一人がクリームの中に透明醤油を入れようと言い出したというものだから、菜翠としても唖然とする他なかった。闇鍋ならぬ闇マカロンパーティでもおっ始めるつもりだろうか。


 すぐさま諸美部長から注意が入り、透明醤油はテーブル上から抹消された。持ち込んだ彼女もどうやら本気でぶち込むつもりはないようだったが、彼女の弁明を聞いて思わず菜翠はうなったものだ。


「でもですねェ、モロ先輩。フツーにお菓子を作ったところで想いが伝わるなんて思えないですよォ。同じ材料、同じ手順、誰が作ってもおんなじ味。そんな無個性なお菓子で何を伝えられると言うんです?」


 なかなかに思い切ったことを言うものである。聞いていた部員たちも思わず顔を見合わせたものだが、諸美の態度に揺るぎはなかった。


「面白い考え方ね。確かにお菓子で気持ちが伝わるというのは迷信かもしれない。普通のレシピで作り手の想いを表現するのは難しいでしょう。でもね、無個性でも無難なおいしさであっても、あなたが手作りを渡すことが相手を喜ばせることにつながるんじゃないかしら? 言うなれば愛情補正ね。そこに透明醤油のような意外性は必要ないわ」

「渡しさえすればいいなら、別に市販のものをラッピングでごまかしちゃってもいいんじゃないですかァ?」


 料理部の存在意義を完全否定するような発言だが、諸美の回答は明白だった。


「それじゃあダメよ。市販のものは手作りのものより不格好じゃないから」

「えっ……」

「個性がないとあなたは言うけど、人の手によるお菓子は一つとして同じ造形も味も存在しないものなの。少しの違いで味も形もみんな不揃いになってしまうわ。その一個一個の違いが手作りの最大の魅力で、それがあなたが相手のために頑張ったという証明になるの。奇をてらわなくても大丈夫。あなたのお菓子は想い人の心と胃袋にきちんと届いてくれるはずだから」

「…………」


 その悪ふざけの部員はそれ以降、反論を止め、先ほどとは打って変わって真面目な表情で菓子作りに取り組んだのであった。


 大量のマカロンが完成し、部員たちによる実食がおこなわれた。


 味の方は、手順通りに調理したため無難の美味しさがあった。もっとも、先ほどの部員の言葉を思い返すと『無個性』と評価したくなっても仕方がない。


 実食後は、次回の料理内容の打ち合わせをしてから解散になる。希望者は後でマカロンを持ち帰りもできるそうだ。菜翠は当然、持ち帰り希望側である。玲にいっぱい食べさせようと、それぞれの味を一つずつ食べただけで後はセーブしていたくらいだった。


 部員たちが家庭科室を後にしてからも菜翠は一人残っていた。感想が聞きたいとのことで部長にもう少しだけ居てほしいと頼まれたからだ。

諸美は余ったマカロンをさらに袋に詰めて菜翠に渡してくれたが、受け取った菜翠の笑顔は冴えなかった。


「どうしたの菜翠ちゃん? さっきの子の言ったことなら気にしなくていいわ」

「イヤ、違うんです。ボクが考えてたのはベツのことで……」


 菜翠は自信なさげに諸美の顔をうかがった。


「このマカロン、ボクの『手作り』と称していいものなんでしょうか……」


 菜翠が作ったマカロンは一種類だけ、しかもその役割も大したものではなかった。そう思うと「自分の込めた気持ち」など他の人の手間隙(てまひま)によって埋没してしまったのではないかという気分だったのだ。


 透明醤油の子に引き続いてこんな質問をしたら先輩もメーワクだろうなと思いつつも、菜翠としては、先輩の言葉で救われたい気分でもあったのだ。


 諸美は苛立たなかった。少しの思考の時間を経て、優しい眼差しで後輩を見つめた。


「確かに、これらを菜翠ちゃん一人で作ったといえば嘘になるわ」

「そ、そうですよね……」

「でも、あなたの頑張りをあなたの好きな子は理解してくれるんでしょ? それに、他の子の作品が混じったとしても、単純に美味しいものを二人で食べれば十分幸せになれるのではないかしら?」

「そ、そうかも……」


 実は菜翠は今回の実習のことを、玲に告げていなかった。入部のことはすでに伝えていたが「玲を差し置いてどこで何していたの?」とふてくされるかもしれない。その不機嫌さを払拭するていどの味はあるはずだが、他の女の子と交えて料理作ってました、と知ったら反応はとても保証できそうにない。


 理屈の沼に足をとられた菜翠に、諸美はさらに楽しげに説明を続けた。


「もし、『手料理』と自信を持って言えるものを出したいのであれば修行あるのみよ。料理には異世界にありがちなチート道なんてないのだから、知識と経験と段取りが物を言うのだわ」


 キビシイなあ、料理道。


 ともあれ、悩みを聞いてくれた部長に礼を述べ、菜翠はマカロンの詰まった包み袋を持って桜花寮へと引き返したのである。玲はおらず、甘ロリ―タとウイッグ姿になって彼女を待つことにする。


(レイがそもそも『オイシイ』と言ってくれるのも気がかりだけど……)


 膝を抱えながら甘ロリの少女は沈思する。


(オイシイのコトバだけじゃ、ボクのココロは満たされない……)


「ボクの努力でレイを満足させることができた!」という実感が菜翠は欲しかったのだ。すでにブツは完成されているので、後は渡し方と玲の反応にゆだねるしかなかった。


「菜翠、いつの間に帰ったの」


 数分後、玄関から声がして、少女は勢いよく顔を上げた。


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