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はじめましてプリンセス

 入学式が終わるとかけい菜翠なみは急いで校舎を飛び出し、一目散に中等部の桜花寮を目指した。

 その理由はたった一つである。


(早く寮部屋に入ってボクの本来の姿を取り戻さないと!)


 筧菜翠は今の自分の姿をかりそめのものと思い込んでいた。白ブラウスに紺のベストにブレザー、タータンチェックのプリーツスカートに黒のローファー。辛うじてお気に入りのチェック柄のタイツは着用してきたものの、このような味気のない格好は断じて本当のボクの姿じゃない! ああ、早くトランクを開けてプリンセスにならなりたいよお……。


 菜翠の意気込みは立派なものだ。だが、プリンセスになるための服や道具を詰め込んだトランクが彼女の疾走の枷になっていた。アンティーク風を装っているが、白地に苺柄の外装はなんとも乙女チックというか、メルヘンチックというか。外装に対して、大きさと重みは少女チックらしからぬものであり、持ち上げるだけでも全身がふらつきそうになる。普段と同じように駆け出したりしたら、すっ転ぶのは必定であろう。壁や柱や人にぶつけないように気をつけながら、何とか中等部桜花寮に辿り着く。


 入寮するには名前の確認が必要なようで、菜翠はロビー前の受付で寮監と向き合っていた。簡単に終わるはずのものであったが、これが意外と手間取った。


「カケイナミさん……? ごめんなさい。あなたの名前が見つからないの。どんな漢字か教えてくださらない?」


 ぶつけどころのない苛立ちにかられた菜翠である。自分の名前の漢字が特殊なものであると、一般の人に説明することが困難であることは重々承知であったが、今ここでそれにかかずらうことは極めてよろしくない。腹立たしさを何とか押し殺しながら、菜翠は寮監からリストを差し出してもらい、そこから『筧菜翠』をなんとか発見した。はやる気持ちでルームキーを受け取り、ルームメイトの名前を聞いてからトランクとともに再び走り出す。


(寮部屋は三階。ルームメイトの名前は確か……)


 さっさとプリンセスになることも重要だが、初めての寮部屋やルームメイトに期待や不安を抱いていないわけでもない。綺麗で、私物をいくつ置いても窮屈さを感じさせない広い部屋ならいいな。ルームメイトさんも性格がキツくない子がいいな。あるいは、もしステキな王子サマみたいなルームメイトが来たら……わわ、ボクどうしよう!?


 タイツにくるまれた脚よりも早く、妄想をまだ見ぬ寮部屋へと投げかけ、それに追いつくと、菜翠はルームキーで自分の部屋を開けた。室内に入って中を見渡すと、広さはまあ、及第点。あとは私物で狭くなった空間を受け入れてくれるルームメイトの心の広さに期待するしかない。


 備え付けのクローゼットに持ち込んだ衣装を入れるより先に、菜翠はトランクからお気に入りの一着を取り出して、さっそく着替え始める。チェック柄のタイツはそのままに、パニエで裾を膨らましたワンピースを身につけ、フリルのたっぷり付いたコルセットを締め、レースにまみれた付け襟を取り付け、最後に苺ムース色のボレロを羽織って出来上がり。


 いわゆる甘ロリータと呼べる格好を決め込んだ菜翠は、まっすぐ長い黒髪をネットで纏め上げると、その上にまったく別種の髪の毛を被せた。現代向けのイラストでしか見られないような薄ピンク色をしており、菜翠の自前の髪と同じくらいの長さで、細かく波打っている。いいところで買ったウィッグなので、非現実的な色を除けば、材質は本物と引けをとらない。


 備え付けの姿見で生まれ変わった全身を眺めやり、菜翠は満足げに頷いた。


「ふうっ、やっぱりいつものボクが一番だよねー。あははっ、かーわいい。これもボクの魅力と見立てのなせるワザかなー?」


 お化粧がされてないのが本人としては残念とするところであったが、容姿に関しては決して菜翠のうぬぼればかりでもなかった。肌は白く、手足はしゅっと長い。実年齢より成長の先駆けを示している二つのふくらみはコルセットの上にふてぶてしく鎮座されているようである。


 春の陽気のような浮かれっぷりで、菜翠は両腕を広げながら全身を回転させた。スカートは円状の広がりを見せ、気分は蝶のように舞い上がっていた。


 そのときである。


「動かないで」


 菜翠と同年代と思しき少女の声。澄んだ響きにあどけなさを秘めた甘さをひとしずくと言ったところ。だが、年端のいかぬ少女にあるような感情が極端に乏しく感じられた。発音と抑揚を完璧に兼ね備えた少女人形を思わせる。


 菜翠は首だけ動かして、部屋の扉をくぐった少女を見やった。先ほどの菜翠と同じ、黄色の校章を縫い付けた制服姿で、背丈は菜翠よりわずかに低め。紺色のハイソックスを履いた脚は健康的な色香を匂わせ、顔のつくりは、正直それを見て、菜翠は無意識に目を細めたものだ。自分の矜持にわずかなざわめきを生じたからである。


 焦げ茶色の髪に同色の瞳。顔つきは年相応の可愛らしさがあるが、表情は平淡としており、視線の色もまるで心をうかがわせない。髪はミディアムボブだが、前髪はオールバックにしてヘアバンドで留めている。肌の張りときめ細やかさは、光沢を秘めたおデコが無言で示してくれており、どのようなスキンケアをしているのか尋ねたい心境にあった。


(もしかして、この子がボクのルームメイト……?)


 ルームメイトの名前はすでに寮監からうかがっていた。そのときは焦っていたが、興味のあったことだ、聞き流すことなど有り得ない。


 筑波つくばれい。筧菜翠にとっての運命の人である彼女と、これが『はじめまして』の出会いであった。

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