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おようふくプリンセス

 筧菜翠かけいなみは夏休みの大半を桜花寮おうかりょうで過ごしていたが、出かける機会も決して少なくはなかった。同市にある実家に顔を出す都合もあったわけだが、一番の理由は仲直りしたルームメイトがデートという名目で様々な場所へ連れて行ってくれたからだ。


 菜翠は夏休み始めの三分の一を筑波邸で過ごした。この家のお嬢様である筑波玲つくばれいがそれを望んでいたからであり、菜翠としても異存はなかった。この時期は、後に『りんりん学校』の愛称で親しまれる林間&臨海学校の行事があったが、不参加を表明し、玲の専属メイドである宇海愛結うかいあゆを交えてきわめて濃厚な時間を堪能した。


 いちおう夏休みの課題もこなしてはいたが、丸テーブルの隣にいた玲は明らかに欲情を掻き立てさせるような格好をしており、意味ありげな仕草の数々は、こちらに誘いかける意図が明白である。結果、問題の回答はほとんどアユさんのアドバイスに頼りきりという情けない事態になってしまった。

そして勉学が終わると、夕食を満喫し、入浴から就寝にいたるまで二人の乙女は『エモノ』と『ケモノ』の情事に励んだ。


 仲直りの日にめでたく達してしまった菜翠であるが、たった一回の情事で慣れるということは当然なかった。最初はかなり戸惑いを抱いたものだが、責め立てることによって気の強い玲から主導権を奪い取ると、菜翠の理性の閂はあっけなく吹っ飛んでしまった。焦燥に駆られた声で「やめて」と訴えかけられ、その通りにしてやると今度は「やめないで」と哀願してくる。そのときにキモチいいところに音を立ててやると、玲は腰をくねらせて、熱情を帯びた嬌声とともに茶色の髪を振り乱してくれるのだ。


 夜のお勉強会には、メイドの愛結も参加することがあった。もともとタダモノでないと認識していた菜翠だが、それは甘すぎる認識だった。玲お嬢様の専属メイド様はタダモノではなくケダモノであったのだ。


「ふふっ、うふふ……! 玲お嬢様がふさぎ込んでいる間、わたくし微熱を帯びた体躯ををずっとずっとずーっと持て余していたのですよ? 悶々とさせた分を、お嬢様がたに発散させても文句は言わせません。言わせませんからね……ふふふ!」

 ふざけた口調だが、それに基づく行動はさらにとんでもなかった。和服を脱ぎ捨てた愛結は、二人と肌に密着させて責め立てた。一糸まとわぬ愛結の肢体は、白く艶やかに照っており、二人の接吻を受けて仄暗い明かりの中で妖しいぬめりと光沢を帯びた。それを見ると同性の菜翠でも心がざわめき出し、取り憑かれたように穢れのない肌を汚していった。玲も熱い息の塊を吐きながら従僕に同じことをしている。


 愛結が攻めに転じたときは、年の功というべき技量に菜翠は完全に成すがままにされていた。玲など全身が貫通されたような反応を示していた。二人でドロドロのキスをした最中にかき回されたときは、本気で意識がショートしたかと思われたほどだ。


 朝まで疲れて起き上がれないような日々が続いたが、決してケダモノだけで済まされないところに変態メイドの非凡さがあった。日が昇っている間は、勉強のかたわらで二人の今後について真剣に考えてくれたものである。


「資金繰りが困難になった以上、菜翠さんの趣味の継続は非常に厳しいものとなると予想されます。ですが、菜翠さんがその趣味を手放すことはわたくしどもは歓迎いたしません。そこで、一つ考えたのですが……」


 宇海愛結の案は次のようなものだ。以後、菜翠の趣味に関するものはすべて筑波家の財産でまかなうことにし、菜翠は玲からそれらを『借りる』ことで自分の欲求を満たせばよろしいのではないかと。菜翠の母親が気分を害していたのは、趣味よりもお金の使い方の問題だから友達が借りたことにすれば文句を言われる筋合いはないだろう。


「でもそれじゃあ、レイの家にメーワクをかけるんじゃ……」


 それを聞いたとき、最初菜翠は難色を示した。だが、愛結はやんわりと首を振った。


「かたくなだったお嬢様の心をほぐしてくれたことを考えれば取るに足らぬことです。と、言いましても菜翠さんは責任感が強そうですので、今後もお嬢様のことをご贔屓に、というのをあなた様の趣味に対する対価とさせていただきましょう」


 つまり『趣味を満喫させてあげるから、代わりにお嬢様と仲良くしてほしい』ということである。それを受けて菜翠は多少心が和らいだようで、素直に頷いてみせたのだった。


 愛結は、さらにこう言った。


「せっかくだから、これを機にお母様に私服をねだってみてはどうでしょう? わたくしどもとしても菜翠さんの新しい一面も見たいですし、普通の服に興味を示すようになればお母様も安心なさり、菜翠さんに小言を言うこともなくなるでしょう」


 彼女の忠言は大当たりで、後日、母に「普通のお洋服を買いたい」と告げたら「変なもの買ってくるんじゃないよ」と念を押されつつも、あっさりとお金を出してくれたのである。その資金をもとに、菜翠は玲と愛結とともに空の宮市の巨大なアウトレットモールに繰り出したのだった。


 菜翠がもらったお駄賃は有限だが、足りない分は筑波家が負担してくれるそうだから、これほど気楽な買い物もない。もっとも、洋服を選ぶのは菜翠本人より玲や和装メイドさんのほうが乗り気であり、良さそうなものを選んでは片っ端から菜翠に渡して試着室の中に押し込んだ。


「うーん、さすがわたくしの見立て……と言いたいところですが、お嬢様は菜翠さんを見ていかがと思います?」

「〇点だわ。玲のほうがずっといい服を選べるに決まってる。ほら菜翠、次はこれを着てもらうんだから」


 次の衣類を押し付けられることが繰り返されて、さすがの菜翠も試着室の中で溜息を吐いたものである。着飾るのはむろん大好きなのだが、ここまで着せ替えられたことは今までない。


 今着た衣類を脱ぎ、新たに差し出された服に袖を通す。このとき玲が用意したのは黒のプリーツミニスカートに薄ピンク色のキャミソール、レース編みのカーディガン、仕上げに大腿部にぴったりと張りついた白のオーバーニーソックスであった。


 鏡の前に立つと、レイがいかに自分のことを思っているかよくわかる。今はウイッグはつけておらず、黒色の長髪姿となっていたが、鏡に映った自分がまるで生まれ変わったかのように見える。


(レイってホント、服えらびウマいよねー……まあボクがモデルなら何着ても似合うだろうけどさ)


 ここぞとばかりに自分の優位性を誇示するも、新鮮な驚きに鏡の前で呆然と立ち尽くしてしまっている。我に返ったのは、勢いよくカーテンが開け放たれた時であった。


「……何してるの?」

「わあっ!」


 スカートが揺れるほどの勢いで飛び上がった。何の前触れもなく試着室を覗き込んできたのは、おデコを光らせた菜翠のルームメイトである。


 勢いよく振り返って声を尖らせた。


「ナニしてるのはこっちのセリフだよ! お着替え中だったらどうするのさ!」

「衣擦れの音が聞こえなかった。だから気になって覗いてみたの」

「は、はぁ、心配してくれたってことでいいのかなあ……」


 というか認めないと、いつまでたっても彼女は不貞腐れそうだ。そんなことを思っていると、玲は堂々と試着室に乗り込んできた。すでに着替え終わっているとはいえ、菜翠は戸惑いを隠せない。


「ちょ、ちょっと、レイ……」

「よく似合ってる」


 菜翠の肩を掴んで、玲が鏡を通してしみじみと頷く。それに関しては菜翠としても礼を言わないわけにはいかなかった。


「ありがとう。さすがレイだね。おかげでボクの魅力がさらに引き立てられた」

「そうね。でも、あなたの魅力はこの程度ではすまされない……」


 意味ありげな口調でつぶやくと、玲は後ろ手で開けたカーテンを閉めた。狭い試着室で玲が背後から菜翠の肢体を抱き締める。


「れ、レイ!? まさか今、ココで……!?」

「あぁ、可愛い。菜翠、すごくかわいい……だめっ、玲、もう限界……」


 肩に顎を乗せて、息が発情したように荒くなっている。こりゃダメだぁ、とはさすがに言ってられない。店の人や客に声を聞かれる可能性は十分に有り得るのだ。


 小声で抗議する。


「だっ、ダメだよ……っ、ダレかに気づかれちゃったりしたら……!」

「大丈夫、店員は愛結が引きつけているから。それにこの店、端っこにあって滅多にお客も来ないんだから」


 それは勿体ない、と呑気に言い返せる状態でもない。

 玲はさらに菜翠の耳元に口を寄せてささやいた。


「たとえ聞かれちゃっても、どうせ選んだものは全部買っちゃうつもりだから、多少汚してもお金を落として店が潰れなければ相手も喜ぶでしょ」

「そ、そういう考えはよくな……あ、ダメッ、そんなところ触っちゃ……!」


 玲の右手が菜翠のスカートとニーソックスの間の太腿に添えられている。そしてその手をするすると上へと持ち運んでいく。冷たい感触に、菜翠の腰が砕けそうになった。


 菜翠の吐息が熱くなったのがスイッチだった。玲の抱擁に力がこもり、こすりつける勢いで魅惑的な柔肌を撫でまわす。


(…………!)


 菜翠は唇を噛んで、声を押し殺した。だが、玲の左手が腰から上へと移動させ、激しい衣擦れの音を立てると、その抵抗も無意味と思われた。菜翠は、痴情を働かせる恋人を押し退けることはできなかった。そんな余裕がないというのが理由であるが、それだけではなかった。


(な、ナニ、この感覚? 心臓がなんかおかしい……?)


 興奮して心音が強くなるという実感は何度か体験したことがあった。だが、これほどの高ぶりは今まで覚えがなかった。背徳が、扇情を後押しているかのようだった。まるで、さらなる興奮を望んでいるかのようだった。


(そんな……ボクは……)


 戸惑っている間にも、玲の責めはとどまりを知らなかった。いつの間にかカーディガンがずり落ち、キャミソールの紐がかかった肩に吐息を這わしている。他にも両手を動かしながら耳を甘噛みしたりして、そのうち菜翠は自分の頭を支えきれなくなった。白いニーソックスに包まれた足を見下ろしていると、その爪先をかすめるように何かが垂れた。伸びきった白い水飴みたいのようなものが。それが自分の口の端からこぼれ落ちたものだとさとったとき、菜翠の心臓がしゃっくりを上げそうになった。


(ヤバっ……!)


 焦った様子で顔を上げた菜翠は、鏡に映った自分の姿と正対した。選んでもらった衣服は乱れ、顔はピンク色に染まっている。自分の顔の隣には猛禽のように栗色の瞳を輝かせている玲の顔があった。その玲が鏡に向かって告げた。「眼を逸らさないで」と。


 それは『ケモノ』としての命令だった。従ったら極めてマズいと思っていても、背筋に這った震えには逆らえなかった。それに今まで自分が乱れる様子がどんなものか見たことがなかったから関心がないわけではなかったのだ。


 結果、軽はずみに乗るべきではなかったと菜翠は痛感した。もっとも、反省すべてが終わってから始めたことで、この時は何も考えることができなかったのである。


 声を漏らした実感もないままに、菜翠は言われるがままに鏡に映った自分の顔を見続けた。映っていたのは可憐で獰猛な『ケモノ』と、トロトロに心身を蕩かされた惨めな『エモノ』の顔だった。先ほどよだれを垂らした口から新たなよだれが出かかっており、黒い瞳には光が失せかかっていた。

玲が恍惚に取り憑かれたような声を出した。


「そう……そうよ……! これこそが菜翠の魅力なの。あぁ、可愛がってあげる。玲が可愛がってあげるッ。菜翠はずっと玲のもの……!」


 このとき菜翠の中で膨らんでいた何かが爆ぜた。試着室の中でどちらからともなく唇を重ね合わせる。


 筑波邸の夜で玲に支配されていた時のヨロコビが蘇るかのようだった。息をひそめ音を殺しつつ、着衣のまま菜翠は『エモノ』として今の状況を限界まで楽しんだ。最後に菜翠が見たものは、苦悶と快感が一体化したかのような自分の顔であった……。


  ◇   ◆   ◇


「それでは、お会計はカードでお支払いいたします」


 紙袋二つ分の洋服を提げながら、愛結は会計を済ませた。玲はすぐさま和装のメイドに従った店を出たが、菜翠の足取りはとてつもなく鈍い。先ほどの熱情が嘘のような恥じらいぶりであり、玲に対して複雑な視線を向けている。

 玲が菜翠の方を見てクスリと微笑むと、愛結がそんな二人に対して呼びかけた。


「うふふん、それでは次は下着売り場にでも参りましょうか~♪」


 その必要があることを、明敏なメイドはすでに見抜いていたのであった。


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