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おさわがせのメイド その3

 甘ロリの格好をすると、周囲からさまざまな反応をもらうものだが、まさか外国人と思われてしまうとは。確かに異国のプリンセスには憧れていたが、実際に言われてしまうと、思っているのと違う感触を受けてしまう。ともあれ、いつまでも誤解させるわけにもいかないので、菜翠は改めて純真なメイドに自己紹介をした。


「ボクは筧菜翠と言います。れっきとしたニッポン人で、ホントは黒髪なんです」


 桃色のウィッグをずらして黒の地毛をちらつかせると、ハチマキのメイドは勢いよく相づちを打ってみせた。


「おお、なるほど! ピンクの髪はカツラだったわけッスねえ」

「……………………」


 菜翠の可愛らしい顔から表情が消える。なんだか、このアチョーさんたるメイドと仲良くできそうな気がしない。悪気はないだろうが、プリンセスになるための小道具の一つを、あろうことか中年オヤジのハゲ隠しのように呼ぶなんて……。


 デリカシーの不足気味な女性は、さらにデリカシーのないことを言おうとした。


「ふむふむ、それでもって『ボク』ってことは、もしかしてカケーさんは……」

「『男の子ッスか?』とでも言うつもりですの? そんなわけありませんでしょう。もし、そうであれば……お嬢様に接近する前に『たねなし』にして差し上げてましたわ」


 空きっぱなしの扉からメイドの愛結がやってきた。手にはトレーを持って、ケーキやらお菓子やら飲み物やらが乗せられてある。真っ先に喜びの声を上げたのは、後輩メイドの飛鳥であり、お嬢様ふたりよりも大人げないはしゃぎっぷりに、愛結は白い目を向けたものであった。


「……飛鳥さん、仕事をさぼってそのうえお嬢様がたを困らせておいででしたの? どうやら『たねなしぶどう』の極意を死の間際に教わりたいようですわね……。それとも『ほしがき』のほうがよろしいかしら?」

「ま、まま、待ったまったまったーっ! 玲おじょーさまが、入ったばかりのアタシに興味があるってことで、身の上を話してただけッス! 嘘じゃねッスよ。ねえ、おじょーさま?」

「馬鹿言わないでくださいな。わたくしでさえおやつに同席されることがありませんのに、あなたのようなチンチクにんじん娘ごときが……」

「ひどッ!」


 飛鳥がのけぞるが、玲はあっさりと飛鳥の言葉を肯定してみせた。


「玲が呼び止めたの。なかなか個性的なメイドだったから」

「なっ!? わたくしだって十分に個性的なメイドですわ! あんな筋肉格闘オタクよりピチピチでナウいわたくしのほうが話してて楽しいですのに……」

「愛結はしつこいの! 玲、そういうの嫌いなんだからッ!」

「き、きらい……!?」


 アユさんは絶望的な表情で立ち尽くし、それからその負債を悲嘆と怨恨に変えて弟子の腕まくりを睨みつけると、睨まれた飛鳥もそうだが、それを見ていた菜翠も本気で命の危機を感じていた。声を裏返させて、愛結は叫んだ。


「あ、飛鳥さんっ。わたくしのお嬢様に一体何を吹き込んで……!? ああ、もう今日という今日は許しませんわッ! わたくしの最終奥義で、あなたのことを軒先につるし上げて……」

「わーっ、あ、アタシ、そろそろお仕事に戻りますッスのでこれで……」

「ダメです。あなたには大事な仕事を任じるつもりですから、大人しく座ってなさいな」

「は、ハイ……」


 腰を浮かせかけたアチョー氏が先輩メイドの一声でシュンと座り込んでしまう。愛結の声は仕事スタイルになっていたが、若干の私怨が残っているように菜翠には感じられた。


 トレイの上にあったお菓子などをちゃぶ台に並べ、愛結も飛鳥の隣に座る。彼女はちゃんと流麗に膝を折りながらの姿勢だ。即行でお菓子に手を伸ばそうとする飛鳥の腕をぴしゃりとはたいてから、愛結は厳しい口調で説明を始める。


「あそこにいらっしゃる玲お嬢様のお知り合い、彼女たちを星花女子学園の寮部屋まで運んでいただきたいのですの。全員合わせればそれなりの大きさと重さになるでしょうし、飛鳥さんにとってもいい鍛錬になると思いますけど……」

「鍛錬! 自己を向上させる絶好の機会……! そういうことでしたら、喜んでッス!」

「待つの、二人とも。玲の意見の無視は駄目なんだから」


 お嬢様の一声に、愛結はすぐにトロンとした声を出した。


「あぁン❤ お嬢様のご指示とあらば、この愛結、なんでもいたしますとも~❤ 夜のぶつかりげいこ特別版だってこころよく……!」

「うわっ、いいなあ。アタシも特別訓練を受けてッスよ~」

「そんなんじゃなくて! 持ってく知り合いはもっと絞ることに決めたの。いっぱい連れてったら部屋がきゅうきゅうになっちゃうんだから」


 どうやらアドバイスをきちんと守ってくれるようである。寮部屋の空間が確保されたみたいで、菜翠は心の底からホッとしたものだが、安堵するのはかなり早急であった。


「おやつを食べたら、この子と選定に取りかかるの。時間がかかりそうだから、夕食とお布団を二人分お願いするの」

「ええっ!?」


 菜翠は仰天した。


「それってナニ! まさかボク、レイのうちでお泊まりってコトなの!? そんなの聞いてないよ!」


 非難めいて訴えるも、玲は淡々としたものだ。


「今思いついたんだから仕方ないの。そもそも、持ってく知り合いを絞ろうって言い出したの、菜翠のほうなんだから」

「そ、そりゃあそうだけど、でも、ボク、お泊まりのジュンビなんてナニも……」

「心配いらないの。愛結はこういうところだけは真面目なんだから」

「仰るとおりです。『こういうところだけ』というのはいささか語弊がありますが……」


 愛結が接客のプロらしい笑みを浮かべて言う。


「玲お嬢様のお客様とあらば、粗相などできようはずがございません。菜翠さんのご要望に添って満足のいく食事と満足のいく睡眠を提供させていただきますわ」

「あ、あの……」

「そうと決まればお嬢様。連れて行くものをお決めになりましたら、是非ともわたくしにお声をかけてくださいませ。……それじゃあ、飛鳥さん、戻りますわよ」

「うええっ! まだ、アタシお菓子何一つ手に付けていなかったのに……」

「年長者に逆らうものじゃありませんわよ。さあ、おいでなさい」

「年長者って師匠一体いくつ…………んひィッ! わかりました、失礼するッスうぅ!」


 殺気立った一瞥を向けられて、飛鳥は脱兎の如く部屋を出て行き、それに続いて愛結も優雅に一礼して退出する。とても訊けそうにないが、美しくも落ち着きのないメイドの年齢は菜翠も知りたいところだ。彼女のご主人さまに尋ねてもよかったが、それより今は彼女に言わなければならないことがあった。


「ねえ、レイ……どういうコト? なんでボクの都合ソッチノケでお泊まりなんか決めるのさ……?」

「何か予定でもあるの?」

「ううん、ベツにないけど……」


 正直なところ、自分がどうして宿泊をしぶるのか、いい言葉が見つからないのである。強いて言えば、いきなり言われて心の準備ができていないし、そもそも玲とはお泊まりするほど親しいわけではないというのが本心だが、それで玲の心が動かされる自信がわいてこない。


 気づけば玲が、座布団から離れて至近距離から菜翠の顔を覗き込んでいた。しかもわざわざ四つん這いのよちよち歩きで接近し、心から不思議そうな表情で顔を上げている。


「菜翠は玲のエモノなの。エモノに対して失礼なことなんかするはずないんだから。失礼なんかしてないのに、離れるなんて許されないんだから……」


 菜翠は知らずうちに唇がゆがむ思いだった。玲の表情は普段の鉄面皮とは打って変わり、頰を染め、自分のことを留まらせようと必死に見えたのであった。そのようすがあまりにも心をくすぐられたもので、菜翠は反論の道を自分からふさいだのであった。


「……わかったよ。でも、ボクの注文はけっこう多いよ? 晩ゴハンやらネグリジェやら……」

「問題ないの。愛結は玲の言うことなら何でも聞いてくれるんだから」

「ま、それはボクにもわかるケド……」


 お嬢様に対する溺愛ぶりを見ると、疑わないほうが難しい事実である。ともあれ、頷いてしまった以上、屋敷の豪勢さを堪能しなければ損だ。


 何とか精神を切り替えることに成功すると、自分の席に戻ったおデコのお嬢様に続くかたちで、菜翠も出されたココアに口をつけたのであった。

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