ひめはじめプリンセス
筧菜翠が目を覚ましたとき、カーテンの向こうはまだ真っ暗だった。隙間からこぼれる月明かりだけが、寮部屋の床に淡い光を投げかけている。ベッドから起き上がると、その光をたよりに箪笥の上に置かれた時計を見た。午前一時。暗くて当たり前である。
月明かりが菜翠の身体を照らし出す。彼女は寝間着どころか下着すら付けておらず、柔肌に包まれた肢体を惜しげもなくあらわにしている。艶やかな黒髪は長く、みずみずしい背中を滑るようにして流していた。
「まったくもう、今日はレイが『エモノ』だって決めたはずのに……」
溜息を吐きながら、菜翠は肌に張りついた寝汗をタオルで拭き取る。言葉自体は愚痴であるが、表情に悲嘆のようすはない。むしろ、えも言われぬ充足感が菜翠のほてった身体を支配し、柔らかく口角を持ち上げながら、毛布に残されたもう一つのふくらみを見やった。
「ボクたち、ぜんぜん違うはずなのに、こういうとこだけはおんなじ、なんだね……」
もはや思い出すのも恥ずかしいことではあるが、黒歴史にするにはあまりにも切ない。熱い夜の、もっとも熱い瞬間。無口でひねくれ者のルームメイトが一番素直な声を上げてくれるこのときが、菜翠の心を何よりも熱く燃え上がらせるのであった。
もっとも、いくら熱くなっているとはいえ、一月上旬の空気を全裸で耐えるには無理がある。冷気に誘発されたくしゃみを両手で押さえ、全身を震わせながら、いそいそとルームメイトのいるベッドに戻る。下着を付け、ネグリジェを頭からすっぽり被りたい心境であったが、自分だけ先に服を着たと知れたら、ルームメイトの彼女はたちまちふてくされてしまうに違いない。
身体を毛布にうずめ、顔を横にしながらルームメイトの寝顔を覗き込む。チョコレート色のミディアムボブに包まれたルームメイトの寝顔は、人形のように愛らしく、桜色の唇は色艶よくみずみずしい。まぶたにかかるほどの前髪をそっと掻き揚げてみるも、まったく反応がない。よほど疲れたのだろう、深く寝入っている。お互い、あれだけ激しくはっちゃけたのであれば致し方ない。
(それにしても、まさかこんなことになるなんて……)
星花女子学園に入学してからのことを振り返ると、菜翠は自分の運命の数奇さを実感せずにはいられなかった。お姫サマに憧れ、王子サマと添い遂げることを夢見ていたはずなのに(それなのに、なぜ女子校である星花女子学園に入ったのか? それは菜翠にとって王子サマは男子の中には存在しないからである!)、気づけばこのルームメイトと片時も離れがたいと感じてしまっている。王子様とは決して言えないし、そもそも何を考えているかよくわからない時もあるし、不意打ちにえっちなことをすることもあるけど、彼女は他の女の子よりも誰よりも可愛くて、自分のことを一番に愛してくれると確信できる、運命のひと。
運命のルームメイトの頭を撫でながら、菜翠は優しくささやいた。
「ダイスキだよ、レイ。ボクだけの、カワイイカワイイお姫さま……」
まぶたを閉じると、毛布のぬくもりが全身の倦怠感にうまく作用したようで、菜翠はそのまま深い眠りに落ちていった。