オタク
「なにこの部屋。よくこんな部屋に女子を躊躇せず呼べたわね。頭おかしいんじゃないの。」
藤崎は部屋に入るなり俺を言葉の限り罵倒してくる。さすがの俺でも少し心がつらい。よく考えたらこれまでこの部屋に来た女子はりのだけだ。あいつは昔から俺のことを知ってるからこの部屋になっていく過程も知ってるわけでもう諦めもついているのだろう。だが一般的な女子高生はみんなこんな反応を普通はするのだろう。
「これなんて。おっぱい見えてるじゃない。こっちは見えてないけど表情がいやらしい。」
藤崎は俺の部屋に貼ってあるポスターやタペストリーを全部見ながらいちいち難癖をつけてくる。ああ俺の嫁たちが口汚く罵られてる。ル〇ア…め〇るちゃん…アー〇ャちゃん…。
「ねえ。なんで一人だけ男キャラがいるの?」
俺が落ち込んでいると藤崎が一人のキャラに興味を示す。俺の部屋にあるポスターの中で唯一の男キャラだ。
「ん?ああそいつに目をつけるとはお前見どころあるぜ。」
「どんなキャラなの?」
藤崎が興味を持ったそのキャラはゲームのキャラだった。青春を題材にした全年齢ADVゲーム。その主要キャラ。というか実は主人公なんじゃないかってくらいかっこよくて俺はそのタペストリーをメロンブッ〇スの通販で即買いした。俺はそのキャラへのあふれる思いを彼女にできる限りプレゼンする。メインヒロインの兄でかつ主人公の兄貴分的なキャラであること。そしてその作品の核心部分での声優さんの演技のすごさをものすごい熱意で語る。客観的に見ると気持ち悪いくらいに。すると話の最中に藤崎がその作品を見たいと言い出した。当然ブルーレイコンプ済みの俺はリビングのテレビでその作品を藤崎と一緒に見始める。
「すごかったわね。アニメってすごいのね。現実の世界では表現できないところまで映像化してしまう。日本が世界に誇る文化というだけはあるわね。」
見終わった時俺も藤崎も大号泣しながら。「リトルバス〇ーズ最高」と言っていた。
「てかもう昼だな。どうする昼飯の買い物でも行くか?」
藤崎は自分のスマホ時間を確認する。
「うーん。徹夜したせいで眠いから少し休んでいい?夜ご飯は作るから。」
「まじか!やったぜ。それなら俺も少し寝ようかな。」
「うんうんそうしよ。おやすみ。…和巳。」
顔を真っ赤にしながら俺のことを下の名前で呼んだ藤崎が可愛くて俺はその言葉に返事ができなかった。
昼寝から目覚めたとき辺りは真っ暗だった。時間を見ると23時を過ぎていた。藤崎もまだ寝ているようだ。
「朝まで寝るか。おやすみ。なぎ…さ。だめだ恥ずかしすぎる。」
俺は彼女の隣で目を閉じる。それからほどなくして意識は闇に沈んでいった。
「和巳。あなたは…。」
俺の耳元で囁く声で俺は目を覚ます。
「うわっ。おはよう。か…岩瀬くん。」
くっ。やはり和巳とは呼んではくれないか。ならばこちらから攻めるしかない。
「おはよう。なぎしゃ。」
緊張のあまり噛んでしまった。めちゃくちゃかっこわりい。俺が噛んだことに対して赤面していると凪咲が笑いながら声をかけてくる。
「あはは。慣れないことはするものじゃないね。お互いに。それできみはどっちで呼ばれたいのかな。苗字か名前か。」
「みんなの前では名字で。俺と二人の時には名前で。」
「隠れながら付き合ってるカップルか!みんなにいじられるの恥ずかしいからみんなの前では名字で呼んでね。みたいなニュアンスに聞こえるわ!まあいいや。それじゃあご要望に答えましょうか。和巳。……うーん。恥ずかしい。あなたも下の名前で呼んでみて。」
俺は深呼吸をする。凪咲、なぎさ、な、ぎ、さ。この3文字を読むだけだ。
「なぎさ…。あーなんだこれめっちゃはずい。」
「名字に戻そうか。」
「そうだな。」
結局名字呼びに戻る俺たち。そんな様子がなぜかおかしくて2人で顔を見合わせて大笑いする。その時藤崎が大切なことを思い出す。
「あっそうだ。約束の朝ごはん作るね!少し待ってて。」
そう言ってキッチンへ向かう。
俺はキッチンに立つ藤崎を見てなぜか懐かしさを思い出す。なんでだろう。彼女と俺の間に前世で何かあったんだろうか。例えば隕石が落ちてきて壊滅した町を俺が救うためにその町の少女だった藤崎と時を超えて入れ替わったとか。いやいやそれはいったい「誰の名は。」なんだよ。でもそんなアホなことを考えてしまうくらい彼女の後姿は懐かしいものだった。
「じゃーん。どう?結構豪華でしょ?」
俺は食事台の上に並んだ料理の数々に驚く。白ご飯、みそ汁、昨日の夕飯になる予定だった焼き魚。そして湯気が立っているだし巻き卵。どれも美味しそうだ。
「なんか言ってよ~。それともびっくりしすぎて声が出ないのかな。」
「ああ素直に驚いてたよ。想像以上だった。」
「おいおい素直に褒められると少し恥ずかしいじゃねえかよ~。ねえねえ食べてみてよ。見てるだけじゃ作った意味がないから。」
「おっそうだな。いただきます。」
俺はまずみそ汁を少し口にする。そのあとに焼き魚。そしてだし巻き卵。その動作を藤崎は一時も目を離すことなく見てくる。少し緊張する。
「どっどうかな?なんか言ってよ。不味いなりなんなり素直な感想を。」
「それじゃあ言わせてもらうぞ。まずみそ汁。出汁がよく出ていて旨い。あと豆腐とわかめという具材のシンプルさも良い。そして次に焼き魚絶妙な焼き加減と塩の具合が良い。そしてこのだし巻き卵。これもだしがよく出ていて良い。総合すると、星三つです!!!」
「やった!!褒められただけじゃなくて同時に巨匠の気分まで味わえちゃったよ。私もたーべよ。いただきます。ん。このだし巻き私史上最も上手に作れたかも。上手すぎ。」
「自分でも納得の出来か。そいつは良い。本当に美味いな。」
俺はこの時ふと思う。将来彼女の作ったご飯を彼女と結婚した誰かが食べる日が来るのか。と。俺はまだ見ぬ彼女の未来の旦那がうらやましくそして恨めしかった。
「長居しすぎちゃったよ。まさか金曜の夜から日曜の夕方までいるとはね。我ながら驚きだ。楽しかったしまた来るよ。」
「それじゃあ今度は俺がお前の家に遊びに行こうかな。」
「おいでおいで。その時は食べたい食材持ってきてね。どんなものでも美味しく調理してあげるから。」
「マジか。わかった。それじゃあまた明日な。」
「うん。遅刻しないようにね。」
「おまえこそな。」
「それじゃあお邪魔しました。」
そう言って彼女は家に帰っていく。誰もいない家に入った時俺は無性に寂しくなった。ずっと一人で生活して慣れているはずなのに。俺のその寂しさは俺の部屋にいる嫁たちでもどうしようもなかった。