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Retour  作者: 鰤野鱒夫
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プロローグ

「カズくん……カズくん!」

俺は隣の席の女子。幼馴染の山倉りのの声で目を覚ます。

「ああ悪い。おはよう。」

俺は心にも思ってない謝罪の言葉を口にする。

「あーカズくん悪いと思ってないでしょ!付き合いが短い人はそれで騙せても私みたいに付き合いが長い人は騙せないよ!」

こいつには何もかもお見通しなのだろうか。それとも俺はそんなにわかりやすいだろうか。俺が窓のほうを見ながらそんな風に悩んでいると窓際の席のクラス委員藤崎凪咲と目が合う。そしてにこりと笑う藤崎。俺も少し微笑み返す。返した後で不思議に思いポツリと呟く。

「あいつとそんなに深い関係じゃないんだけどな。」

「ん?どしたの?あーまた凪咲のほうばっかり見て。私という美少女がいながらそれは失礼じゃない?」

りのが少し怒る。でも俺はそんなりのの態度より気になることがあった。

「また?俺はそんなにいつもあいつのことを見てるか?」

「うん。昨日も、あいつ程何を考えてるかわからない人間には出会ったことがない。とか言ってたじゃん。忘れちゃったの?」

俺は少し考え込む。果たしてそんなことを俺は言っただろうか。いや確かに言った。だがあれは昨日じゃない。もっと前だ。ぼんやりとだが言った記憶はある。

「それ本当に昨日か?もっと前じゃないか?」

「ううん。昨日だよ。昨日の朝に言ってたじゃん。」

「うーん。俺の記憶ではもっと昔に言った発言のような記憶があるんだけどな。まあいいか。てか俺そんなあいつのこと見てるわけじゃないからな。俺が見てるのはいつもお前だけだぜ。」

「はいはい。嘘乙。さっき言ったじゃん私に嘘はつけないよって。もう忘れちゃった?」

りのにあきれ顔をされながら軽くあしらわれる。自分で原因を作ったとはいえ屈辱だ。その時授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「はい。それじゃあ今日の授業はここまで~。というか今週も今日で終わりか。それではよい週末を。」

先生の一言を合図にざわつく教室。そして騒ぎ出すクラスの男子たち。

「先生は週末彼氏とデートですか~?」

「ばっ…おまえ、先生この前彼氏と別れたばっかなんだからそんなこと言うなって。」

おいおい一歩間違えればセクハラだぞ。

「はいはい。先生は彼氏と別れる以前にここ3年彼氏すらいませんよ~。週末は家で寝て終わりです…って悲しくなるから言わせんなっ。それじゃあまた来週。」

口調は怒りつつも表情は笑顔で教室を去っていく先生。なんだかんだ週末というのはみんな好きなのだ。

「さて、帰るか。」

「岩瀬くんちょっと待って。」

俺も帰るかというタイミングで件の藤崎から呼び止められる。ふと周りを見るとりのは同じクラスの保興雪乃とともに帰宅していた。これで茶化されることはないかと少し安心する。

「岩瀬くん。今日提出のプリントきみだけ出てないんだけど持ってきてる?」

俺は少し鞄の中を確認し、手でばつの印を作る。

「悪い。今から取りに帰る!30分くらい待っててくれないか。」

「全くきみはいつもいつも仕方ないなあ。わかったよ。できるだけ急いでね。金曜日はいつも行ってるスーパーの安売りの日だから早く帰りたいからさ。」

そうだこいつは一人暮らしなんだった。この高校を受けるために東北かどこかから上京してきたらしい。その独特な経歴が入学当初かなり話題になったりもした。

「そういうことなら俺が出しとくからよ俺にプリント全部渡してくれよ。」

そういう事情があるならと俺は提案する。しかし凪咲は首を振る。

「私が出さないといけないプリントなんだよね。だからきみを待っておくよ。」

「あーそうなのか了解した。急ぐわ。」

俺は言うが早いか駆け出すが早いか気づいたときには廊下に向けて走り出していた。


プリントを見つけて必要事項を書いて学校への道をまた走る。その途中で見かけたことのある長い黒髪、すらっとした体型そして吸い込まれそうな大きな瞳を持つ美少女を見かける。

「保興~。よっ何してんだ?」

「あら岩瀬くん。見ての通り家に帰る途中よ。りのの家で少しおしゃべりしてたら遅くなってしまって。あなたこそ何をしてるの?そっちは学校よね。何か忘れものかしら?」

俺は普段クールでかっこいい印象の強い女子が言う。「おしゃべり」という可愛い単語のギャップで少し笑ってしまう。

「なにがおかしいのかしら?」

保興が不機嫌そうに聞いてくる。

「いやお前の口から聞くおしゃべりって単語が意外だったからさ。ギャップ萌えってやつだな。」

「ふん馬鹿にして。それであなたはどうして学校のほうに向かってるのかしら。」

「ああ実はプリントを忘れちまって。藤崎を待たせてるから急がねえといけねえんだけど、お前が見えたからさ。」

「あらそう。プリントを忘れたの。」

保興が完全に人を馬鹿にしたような感じで鼻で笑う。

「お前も大概性格悪いよな。その性格直したらもっと友達できるだろうに。」

こいつはりの以外に友達がいない。それはこの人を馬鹿にしたような笑い方で反感を買ってしまうことがあるからだ。でもりのが言うには本当のこいつはそんなに性格が悪い奴じゃないらしい。寧ろ人見知りで人と上手く関われないから孤立しているらしい。

「悪かったわね。それじゃあ私は帰るわ。じゃあね。また来週。」

そう言って少し怒って去っていく。

「ああいう子がクーデレだったら。最高に萌えるんだがな。」

ついつい俺の中のオタクの部分が少し露呈してしまう。

「うん?待てよ。今の俺結構ギャルゲの主人公感ないか?」

俺は再び俺の周りの女性関係図を思い出す。定番の幼馴染キャラ…りの。その親友ポジ…保興。クラス委員長…藤崎。足りないのは謎の美少女転校生か残念系美人女教師か。部活に入ってない俺に先輩キャラと後輩キャラは無理ゲーだろうしそこらへんが現実的な落としどころだろう。

「って。何キモイこと考えてんだよ。は~アホらし。学校行かないと。クラス委員が待ってる。巨乳クラス委員。此花ル〇アが。」

待ってません。


教室に着くとかなりお怒りモードの藤崎がいた。

「そういうところはル〇アの真似しなくていいんだけどな。」

俺は思わずつぶやく。

「なんか言った?早くプリント出して。あなたのせいで週に一度の楽しみである金曜の夕飯が質素で簡素な精進料理になるかもしれないのよ?この責任どう取ってくれるの。」

「精進料理体にいいぜ!」

「殴るわよ?」

「プリント忘れてすみませんでした。」

俺は彼女にプリントを渡し一緒に職員室まで提出に行く。俺は先生から少し小言を言われる。俺の担任である小野崎涼子は忘れ物や提出期限遅れにめちゃくちゃ厳しい。社会に出た後のことを考えると俺たちのためになるんだろうけどそれでもまあ今の俺たちくらいの年代の人間にとってはめんどくさい以外の何物でもない。



「ふう。終わったわね。今から行って良いお肉残ってるかしら。」

俺はそこでギャルゲー的イベントの自然なおこしかたを思いつく。

「その…お詫びと言っては何だけどさ。今から焼き肉食いに行かない?奢るからさ。」

藤崎の表情が分かりやすく明るくなる。

「えっ?ほんと?いいの?」

「ああ。それにお前一人暮らしだから一食浮くと全然違うだろ?家計的な面で。」

「まあそれは嬉しいけど。ほんとにいいの?」

「かまわねえって言ってるだろ。ほら行くぞ。」

俺が歩き出すと彼女も後ろからついてくる。それが何となく心地悪くて俺は彼女の隣に並んだ。

「君はいつも並んで歩いてくるね。」

藤崎が小さくそう呟く。でも俺には彼女と並んで歩いた記憶がなかった。

「いつもって初めてだろ。俺、お前と話したのもほとんど初めてだろ。」

藤崎は少し悲しそうにどこか遠い昔を思い返すような表情になる。俺はその表情の意味が分からなかった。だが人は他人に触れられたくない部分もある。そう考え深くは聞かなかった。


商店街の奥にある焼肉屋は週末ということもあり家族連れやカップルで賑わっていた。

「うーんやっぱり多いな。少し待つか。」

「そうだね。私は奢ってもらう側だからきみの意見に従うよ。」

「なあお前って結構食う?」

「そうだね~同年代の女の子よりは食べるかも。バイト代と仕送りはほとんど食費で消えちゃうしね。エンゲル係数めっちゃ高いよ。」

エンゲル係数とは家計に占める食費の割合のことだ。一般にはこれが高ければ高いほど貧しい家庭だと言われている。まあ一人暮らしで結構食べるとなれば必然的にエンゲル係数は高くなるのだろう。

「そうなのか。じゃあこの食べ放題コースのどれかにするか。3つあるけどどれがいい?お前選べよ。」

藤崎は迷った挙句一番安いコースを選ぶ。でも俺は気づいていた。彼女が2番目に高いコース以上にある「特製たれ漬け込みカルビ」に目を奪われていたことに。

「うーん。なあ俺さこの特製たれ漬け込みカルビ食べたいから真ん中のコースでもいい?」

藤崎が少しうれしそうな顔になる。俺はその表情を見て少し金を上積みしてコースを変えて良かったと思えた。

「私も実はそれ食べたかったの。それにしましょ。」

藤崎はあくまで冷静を装う。俺はその態度に少し笑ってしまう。

「うん?なんで笑ってるのよ。」

「いやお前結構わかりやすいやつだなって思ってさ。もっとわかりづらいやつだと思ってたよ。」

「えーなにそれ。なんかショックー。私だって華のJKなんだよ。」

「JKブランドに頼ってるうちはまだまだだぜ。りのなんてそこまで美少女でもないのに自称美少女を連呼してるだろ。あれくらいまでいけばプロだ。」

「いやなんのプロなのよ。私の方こそきみのことを勘違いしてたのかもね。もっと無愛想だと思ってた。黙ってた方がカッコいいわよ。」

「悪いけど黙ることができたら今頃大人気男性アイドルだからな。」

「うんそれはないわ。アハハ。」

店の中にもかかわらず大きな声で笑う藤崎。周りからの目線に気づき少し恥ずかしそうにする。それでも顔は笑顔で嬉しそうだ。

「2名でお待ちの岩瀬様~。」

「おっ呼ばれたな。行くか。」

「うん。ゴチになります。」



その日店を出たのは23時前だった。3時間の食べ放題の時間中彼女は俺がいることも忘れたかのように肉を食べては追加の肉を注文しその合間に白ご飯を食べる。そのルーティン化したかのような動きを3時間続けていた。こいつの月の食費いくらなんだ?

「いやー美味しかったよ。今日はプリント忘れてくれてありがとう。なんてね。でも本当に今日は楽しかった。こっちに来てから誰かとご飯食べたことなんてなかったから余計にうれしかったよ。やっぱりご飯っていうのは誰かと一緒に食べるのが一番いいよね。今日改めてそう思ったよ。」

「そうだな。俺も誰かと飯食うなんて久しぶりだったから。楽しかった。」

「えっ。岩瀬くん一人暮らしではないよね。ご両親は仕事忙しかったりするの?」

「うん。俺のおやじたちは今海外で研究してるんだよ。だから実質一人暮らし。兄妹もいないしな。」

「そうなんだ…。そうだ!今日きみの家に泊まって明日の朝美味しいご飯作ってあげる!私料理には少し自信あるんだよね。」

「食べるほうだけじゃなくて作るのも得意なのか。」

「うん。伊達に食べまくってるわけじゃないんだよ。いつもこの味を自分の料理に反映できないかって考えてる。今日食べた中だと特製たれかな。あれ多分ほぼ同じやつ作れると思う。」

「すげえな。ぜひお願いしたいけど。いいのか?男の家に泊まっても。」

そこで藤崎は少し悩む。今更悩むのかよ。とツッコミを入れたかったがぐっと我慢する。

「うん大丈夫。きみ私に手を出せないだろうし。まあきみなら手を出されてもかまわないし。」

「おいおいそういう冗談は俺みたいな童貞には冗談に聞こえないからやめろよな。着替えとかないんだけどどうする?」

「きみのシャツとジャージでも借りるよ。彼シャツ的な?」

「わかった。適当に貸すよ。それじゃあ少し歩くか。ここから15分くらいだ。」

「りょーかい。途中コンビニ寄っていいかな。」

「あーわかった。うちの目の前にあるからそこに寄ろうか。」

藤崎は無言でうなずき俺の家のほうに向けて歩き出す。

「お前なんでそっちってわかったんだ?」

「うーん。女の勘。ってやつだよ。」

「そうか。すごいなお前の勘。これから頼るかな。」

「やめといたがいいよ。今回は偶然当たっただけだからね。普段は34回に1回くらいしか当たらないから。」

「いやなんでそんな微妙な確率なんだよ。まああてにはしないわ。」

「ん。それがいいよ。人生は自分で切り開いていくのが一番だよ。まあどうしようもなく困ったら私に相談したらいいよ。私が魔法で解決してあげるから。私は魔法使いだから。」

「お前真面目な委員長キャラからどんどんブレて行ってるぞ。キャラ設定は大事だぞ。キャラがぶれるとそれをネタにされて生きていくしかなくなるからな。」

「きみアニメの見すぎ。私の真面目委員長はキャラじゃないから。あれが本当の私。きみといると少ししゃべりすぎちゃうみたいだね。今の私は…なんだろ。サーカスのピエロかな。素顔は見せずにみんなをだまして生きていく。みたいなね。」

「そうか。まあお前に騙されるならいいって思うやつも多いかもな。」

「そうかな。そう言ってくれるとうれしいかな。さあ君の家に行こうか。」









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