3.ミンク2
ブールプールの中央政府ビル。
黒々とそびえるその最上階に、珍しく軍務官が立ち寄った。
太陽帝国軍の総司令でもある彼は、同時に民間の軍事会社ミストレイアの統括本部長でもある。多忙を極めるため、なかなか、シンカに会う機会はない。
それでも彼のおかげで太陽帝国軍は、脅威でなくなり、まるで、宇宙の警察のようになっている。一方で、その網の目を抜ける仕事をするミストレイアとのバランスをどうとっているのか、本人以外分かるものはいないだろう。
長身、鋭い黒い瞳。栗色の髪はいつも短く清潔で、端正な容貌を引き立てる。若干四十二歳の彼だがその威圧感がほとんどのものを黙らせる。
宇宙最強の軍神はジンロの報告を受け、皇帝陛下が仏心街に興味を示していることを知った。その意図を確認しておく必要がある。あそこには、迦葉の支部があるのだ。下手に入り込まれても、厄介だ。くぎをさしておかねばならない。
シンカの性格を理解している彼は、シンカを縛りつけることは不可能と見て、ジンロを付けることにしたのだ。ジンロがレクトの命令で動いていたことをシンカは知るまい。
「ユージン。」
秘書室に声をかける。
「軍務官。こんばんは。」
主任秘書官が一人で残って仕事をしていたらしい。そのきっちり結った髪が美しい。
「また、残業か。」
レクトがユージンの肩に手を置く。
「いいえ。今夜はミンク様がお出かけですので、陛下のお助けになればと思いまして。」
「それを、仕事っていうんじゃないのか?お前は、シンカに尽くしすぎるぞ。」
目を細めて、軍務官は若い秘書官を見つめる。
通常、この黒い切れ長の瞳、端正な顔に見つめられると女性はひるむものなのだが、このユージンだけは違っている。
それが、妙にレクトの印象に残るのだ。
「惜しいな。シンカの秘書にしておくには。」
耳元にささやこうとする軍務官を、手のひらで制して、ユージンは笑う。
「いいえ、私には、もったいないほどのお仕事です。」
「ふん。」
つまらなそうに、ユージンから離れると、レクトの表情はいつものそっけない男の顔に戻る。
「時々、お前が、その笑顔を崩すところを見てみたいと思うよ。」
にっこり笑う、ユージン。
「陛下は、お部屋にいらっしゃると思います。おつなぎいたしますか?」
「いや、いい。勝手に入る。」
レクトは、くわえていた煙草を、最上階のエントランスのトレイにねじ込むと、扉を開く。
「シンカ。」
この男は、皇帝陛下を呼び捨てにする。
返事はなかった。
寝室にも、執務室にも、広いフロアのどこにも皇帝の姿がないことを確認して、一つため息をつく。
あの、ユージンの検問をどうやってすり抜けているのか。
どかっと、黒い革張りのソファーに身を沈めると、再び煙草に火をつける。
紫煙を漂わせながら、胸のポケットから取り出した電話で、ジンロを呼び出した。




