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2.地下街3

彼がこの町、いや、このブールプールで移動するために取る手段は電気原動機二輪小型車、バイクだ。300ccの排気量のモーターサイクルはスポーツ仕様で、平らでない場所でもかなり走れる。ある地下街で手に入れたそれは認識番号もなく、免許証もいらない。もちろん地上で走れば帝国警備兵に捕まる代物だ。

自家用小型飛行艇、ブールプールで言う『車』を所有するには認識番号の登録が必要だ。個人を特定するその番号は残念ながらシンカにはない。もちろん免許証もない。だから、少し不便ではあるが、誰にも知られずに移動するにはこのバイクが一番いいのだ。

今は廃線になっている地下鉄道の線路跡を走る。それは地図にない網の目を地下街のさらに地下深くに広げている。

整備されていないため、所々キケンな箇所もあるが、シンカにはほかにとる方法はない。公共交通機関は地下街にはない。

湿り気の多い地下鉄道跡を出るとシンカは一つ息を吸った。


地下街は大体そうだが、昼夜を再現する公共光源を何度修復しても悪戯で壊されてしまう。だから昼間も夜もなく、いつも薄暗い。

空気を浄化する機械のある建物だけは、厳重に守っている。これが、もし、悪用されたらこの地下街すべてに悪影響が出る。前皇帝の時代に一度、この街の空気浄化装置を破壊したレジスタンスがいた。全市民の緊急避難、それに乗じた暴動。その事件のために地下街は地上の人間に嫌われ、そしてこの街の名前は地に落ちた。最悪の街と。

今、この街の再開発計画が持ち上がっている。

そのまま、汚点として残すべきだという意見もある。

だから、見てみたい。


青年は、黒いシャツに皮のブルゾン。ルーズな黒いパンツ。足元は特殊なブーツを履いている。瞳には暗視ゴーグル。腰には短い軍人用のナイフ。実はこの装備は、ここで身を守るためのものでなく、誰にも気付かれることなく政府ビルのセキュリティーをごまかして抜け出すためのものだ。

「お兄さん。」

声をかけてくる女性がいる。

まだ、若い。シンカと同じくらいか、もう少し年下。

「四フランでどう?」

そう言って深く開いた胸元を強調し、シンカの手を両手でつかむ。

「いらない。」

そっけなく言って、手をそっと離す。

背後に気配を感じて膝を落とす。

その瞬間、後ろから羽交い絞めにしようとしていた男が空をつかんだ。

シンカは立ち上がりざまに肘でそいつの脇を打つ。

「ちっ」

腹を押さえながら逃げていく。

「そのリング。」

先ほどの少女が、シンカの手首をつかもうとする。勢いでシンカは飛び下がった。

「上からきたの?」

上とは地上のことだ。シンカの手首にはめられている黒く鈍く光る腕輪、リングと呼ばれているが、これは身分証明と財布を兼ねている。それを付けることができるのは、地上の特権階級だけだといいたいのだろう。


シンカのそれは、そのまま皇帝の証でもあるため、通常のものよりいろいろな機能を備えている。指にはめたリングで操作すると灯りになったり、低出力のレーザーを出すこともできる。護身用にもなっているのだ。


「ねえ、私に少し恵んで。」

追いすがる少女を残し、走り去る。

リングは目立つ。しかし、これだけは外すことができない。これを外すと自動的にセキュリティーに連絡が入ってしまうのだ。シンカは、シャツのすそを破ってリングの上から縛った。


路上で、その様子をじっとみつめる五歳くらいの子供。

彼には片足がなかった。路地に腰を下ろし、一つだけの膝を抱えている。

汚れた大きすぎるシャツを頭からかぶって、暖を取っているのか。鼻をすする。

黒い大きな瞳が、じっとシンカの手首を見つめていた。

「お前、親は?」

しゃがんで子供の視線に合わせると、シンカは聞いた。

「おれ、いとり。」

一人と発音できていない。

「お兄さん、お金ちょうだい。」

「おなかすいてる。」

その言葉だけ妙にきれいな発音で、言いなれているせりふのように聞こえる。

「だめだよ。」

シンカが首を振ったとき、少年の手に握られていた何かが頬をかすめた。

驚いて立ち上がる。

子供の手には酒のビンだろうか、割れた破片が握られている。握り締める手が血でにじもうと子供は気にせず、シンカにそれを振りかざす。護身のつもりだろう。

ああ、そうか。


子供の立つ路地のおくで、女のあえぐ声が聞こえる。娼婦の母親を待っているんだ。だから、こんな時間に子供が一人でいる。

子供の頭を押さえて止めていたシンカに、かなわないことを悟ったのか子供が大声で泣き始めた。

だが、注目する人はいない。

母親ですら顔も見せない。


「それ、よこせよ。」

子供の手のガラス片を取り上げ、さっき手首に巻いたばかりの布で縛ってやる。子供は泣き止み、少し不思議そうな顔をして青年を見上げる。それでも、リングを取ろうと小さな手でシンカの手首にすがる。不意にリングがピカッと光った。

「うわっ!」子供は驚いて座り込んだ。

シンカが点灯させたのだ。小さく笑うと、立ち上がり、目指す建物に向かう。


そこは、この薄暗い深夜の地下街で、唯一といっていいほど明るい照明がたかれている。

表に薄汚れた看板が、傾いてついている。アドのジムだ。以前はアドに教えてくれた人のジムだったらしいが、アドのファイトマネーを持ってどこかに消えた。今は、彼が練習場としてい使用している。彼を慕う数人を教えてもいるという。


ヤニで曇った窓をのぞくと、数人の男たちに囲まれて、アドがいた。頭一つ、周りより大きい。

戸口の脇にもたれて、取り巻きがいなくなるのを待つ。

一人、二人とジムを出て行く。

明かりが消えて、最後にアドが戸口を出ると鍵を閉めた。


やっぱり、大きいな。


シンカは目の前にあの試合の主が居ると思うと、嬉しくなってしまう。

「エトロさん。」

シンカが声をかける。アドは視線を向けもせずに言った。

「上の人間が、ここまで来るのは珍しいな。」

「僕、『ジェッツ』誌のものです。お話を伺いたくて。」

歩みを止めない、大柄な男に、歩みを合わせる。

横に並ぶと、シンカの視線はアドの胸の高さだ。アドは、こちらをちらりとも見ないで早足で歩く。

「ここまで来るのは感心だが、どうなってもしらねえぞ。」


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