6.終息3
7
シンカは自室のベッドで目覚めた。室内は明るく、天井に反射する陽の光から、今が午後の時間だと分かる。
心配そうに覗き込む、ミンク。
「…ただいま」
少しまだ、ぼんやりとして微笑む青年に、ミンクの大粒の涙が落ちる。
何も言わずに少女を抱き寄せた。
「泣くなよ」
「うん。ごめんね」
「相変わらず、見せつけるな。お前は」
シキだった。
黒髪を最近短くした彼は、大き目の口を開いて豪快に笑う。
「シキ。いつ来たんだ?」
「お前が無茶するから召集かかったんだろうが」
「召集?」
シキの後ろで、ソファーにもたれて煙草をふかすレクトが言った。
「シンカ、これから身分を伏せて外出するときは、ここにいる誰かを同行させろ」
「げ、何だよそれ。いやだよ」
「いつもジンロじゃ、あいつの仕事にも差し障る。いずれ情報部から専用の組織を用意してやる。それまでは一人で出かけることは許さん。俺かジンロ、シキ誰かを連れて行け。分かったな」
レクトは紫煙を深く吸い込む。染み渡る煙を味わうように目を閉じた。
「…」
黙り込むシンカに、シキが笑った。
「おまえ、今、黙って出かけようと思っただろう」
「…」図星だ。
「あのね、シンカ」
ミンクが口を開いた。
「ドクターが、ガンスさんが、ね。シンカがあまり寝ていないから、これ以上今の生活を続けると、成長が止まるって言ってるのね」
「は?」
シンカは飛び起きた。残る痛みに少し顔をゆがめる。
「なんだよ、それ!」
「お前、身長、伸びてないんだってな。だから、どこ行っても十六、七歳って言われるんだろうが」
シキが、金髪をくしゃくしゃなでる。
ジンロが、言ったのか。確かに、外に出るとどうしてもそう見られるけど。
真っ赤になって、シンカは皆を睨んだ。
「お前のまともな成長には、一日最低でも五時間の睡眠と、今度みたいな怪我をしないってことが必要らしいんだ。怪我すると回復のためにずいぶん消耗するらしいんだ。治るからって簡単に怪我するなよ。おい、心配してんだぜ、ちゃんと聞け」
シキに視線を戻す。
「かといってな。お前にどこにも出かけるなって言うのも酷だと、これはジンロががんばってくれたんだぜ」
ジンロはこの場にいない。仕事だろうか。
「あいつがさ、珍しく、レクトさんに逆らってまで説得したんだぜ」
シキの話をレクトが引き継ぐ。
「ジンロがな、俺たちは、シンカの本当の笑顔を見てないって言うんだ。だったら、見せてもらおうと思ってな」
「うへ。」それで、同行ってことかよ?
「まあ、いいじゃないか。俺はおまえと遊びに出られるんだ。楽しみにしてるんだぜ」
黒髪のシキが、笑う。それは、シキとならシンカだって、きっと楽しい。
「まあ、ね。でも、遊びに行ってるんじゃないからな」
「どうだか」
冷たく言って、レクトは煙草をもみ消した。立ち上がる。
「そろそろ、時間だろ。シンカ。今日の大会は、公務なんだぞ。遅れるなよ」
「そうだ!花束贈呈!急がなきゃ!」
嬉しげに、ベッドから降りる。
よろけて転びかかる姿に、シキが大笑いする。
シンカはシキとともに出かける前に、秘書室に立ち寄った。
休みもせずに、出勤しているというユージンの顔を見るためだ。
美しい秘書官は、事件など微塵も感じさせない完璧な様子で、皇帝とその友人を迎え入れた。
いつもどおり、一つ二つ報告をする。
学生たちは無事、各家庭に戻ったこと。エネルギー変換所は、警備の増員と、情報部の事前の確認で、今のところ何の攻撃も受けていないこと。
仏心街で起こった事件は、メディアには伏せられていること。
的確な言葉で報告を終えた、主任秘書官は、じっと皇帝を見つめた。
「陛下、お体は、大丈夫なのですか?」
「ああ。心配かけるなよ。ユージン。あなたがいてくれないと、仕事に差し障る。だから、今日はもう帰れ。定時は過ぎているんだ。家でゆっくりして、テレビでアドの試合見てくれよ。俺も出るんだ」
穏かに笑いかける青年に、ユージン・ロートシルトは、珍しく照れて頬を赤くする。
こんな表情の彼女を初めて見るシキは、少しシンカをうらやましく思う。
「言ってやれ、ユージン。陛下のほうがずっとみんなに心配かけてます、ってな!」
「シキ!」
からかうシキに、シンカは抗議する。
「本当ですよ、陛下。とても、とても、心配しました」
以前とは少し違う、素直なユージンの笑顔は、とても美しくやさしげだった。
一瞬見とれたシンカは、少し照れて、謝る。
「ごめん。それから、いつもありがとう」
「お前、女を泣かせるのは得意だな!」
ユージンは、嬉しさに涙をにじませていた。
「いいよなぁ、ユージン。美人で有能で。気が利くし。それに、あんな顔初めて見たぜ。ありゃ、お前に惚れてるな」
ニヤニヤしながら、シキがシンカの髪をつつく。
「さあね。シキこそ、あんまりセイ・リンを心配させるなよ。もう、お父さんなんだしさ」
そこで小さく噴出すシンカに、黒髪の男はムットする。
「おかしいか?俺が父親っての」
「…柄じゃない。想像できないよ」
余計に笑い出す。脇が痛いのか笑顔がゆがむ。
「俺は絶対赤毛の女の子だと思ってる。セイに似た可愛い子だ」
「セイに似て強くて」
「そう、頭がいい」
「で、シキは奥さんにも娘にも頭が上がらなくなる」
「おい」
「照れなくていいよ、嬉しいんだろ」
「ふん」
肘でつつくシンカを、軽く睨む。
「そういえば、シキ、ジンロは?」
「スタジアムの掃除だろう」
アドの周りの迦葉を押さえるのだろう。
「…アドは?アドを逮捕することはないだろ?」
「まあ、事件を公表するわけじゃないからな、今逮捕は出来ないだろ。お前、そんなに気に入ってるのか?確かに、いい選手だけどなぁ」
「俺、スポンサーになりたいんだ。アドに、ナンドゥの子供たちを守ってほしくてさ」
「…お節介だな。それで単身、仏心街へ、か。俺は、そういうのは嫌いだ」
シキの黒い瞳が少し遠くを見る。頭の後ろで腕を組んで、ぐんと柔らかなシートに身を沈めた。その精悍な横顔を見詰めながら、シンカはまじめな顔をする。
「そうかな。やっぱダメかな。一回振られたんだ」
誰かの考えを変えさせることの難しさくらい、分かっているつもりだった。
「誰かに言われて守るんじゃ、番犬と同じだろう。ほっとけよ。アドが大切だと思えば、言われなくたって守る。お前が見込んだんだろ?だったら、黙って見ていてやったらいいんじゃないか。いずれ、自分で見つけるさ」
「…、たまには、まともなこと言うんだな」
シキは笑って、青年の頭を軽く殴る。
ごほん、と二人の正面に向かい合って乗っている親衛隊の一人が咳払いした。
二人は目を見合わせる。
特別ルートを飛行する専用飛行艇は、ブールプールの空を静かに進む。
秋の終わりの空は、その紅葉を惜しむかのように赤く街を包み込んでいた。
超満員のスタジアムの熱気は、控え室にも伝わる。前座の試合の歓声が、地響きのように静かな部屋に聞こえてくる。
アドはセコンドを勤める年上のトレーナーに腕のマッサージを受けていた。
「アド、分かってるだろうな」
ひげの下で、大きな体のトレーナーは言った。緊張した面持ちだ。
アドは首を左右に伸ばした。
「フルラウンド、だろ。いいさ」
若い格闘家の表情は穏やかだ。
その時、控え室のドアを開けて、係員が声をかけた。
「アド選手、時間です!」
アドは黙って立ち上がる。
それにあわせて、室内にいた数人の仲間が立ち上がった。皆、一様に黒いTシャツを厚い筋肉でパンパンにした男たちだ。迦葉の手のものだ。俺が逃げ出さないための、見張りだろう。
観客の歓声を浴びながら、腕を突き上げる。
場内が沸き立つ。
この感覚が好きだ。
腹のそこから湧き上がるような高揚感。そして、相手を見据えた時。それは不思議と静まった心地になる。
集中する。
勝つこと。それが、俺の目的だ。
それだけが、俺の目的なのだ。
生きるとか死ぬとか、そんなこと勝利の前には些細なことなのだ。
精悍な表情のアドに、大きな歓声が沸く。
「さあ、史上最年少チャンピオンの誕生なるか!注目されますね」
「今日の相手は、前回のルッシーニを下したことのあるゲッダ・シノワ選手ですからね!立ち技を得意とするアド選手に比べて、寝技に絶対的な自信を持っています!この試合、寝るのか立つのか、そこが勝負の分かれ目ですね」
「さあ、注目の試合、今ゴングが鳴らされました!」
会場内の歓声が波のようにうねる。
アドは相手を見据えた。間を取って左に少しずつ回る。相手は寝技だけではかなわないと見たのか、打撃の腕にも自信があるのか、アドのジャブに、ジャブで返す。
ふん。
計算がある。
打撃は経験とリーチの有る俺が有利。一度打撃は不利だと悟れば、奴はタックルに来る。その前に少し油断させる。いくつか打撃に付き合ってやる。
タックルに来る前に、ノックアウトは出来ないが深いダメージを与えてやる。
その後に寝技に付き合ってやろう。寝技は、俺だって得意だ。
奴は自分が上、と思っているだろうからな。立っても寝ても、自分が不利と知った時に、どうでる?
アドはグリーンの瞳をぎらぎらさせている。自信に、力に満ち溢れている。
深い褐色の肌の相手は、黒い髪、黒い瞳。にやりとした口から見える白いマウスピースだけがやけに目に付いた。
相手のガードが低いことを知りつつも、わざとボディにワンツー。
ガードで押し返しながら、相手が離れ際のフック。それをふいとよけると、さらに前蹴り、単発でまたすぐ間を取る。
相手は、先ほどから数発食らっているローキックを警戒している。
右足を浮かせて、ローに来たアドに一気に踏み込んでストレートのつもりだろう。下半身に集中している。
アドは甘くなった相手のガードをすり抜け、一気に間を詰めて右ストレート。
慌ててガードする下から、左フックを振りぬいた。
いい手ごたえ。
次の瞬間、相手の膝蹴りを察して、アドは下がった。
なかなか、やるな。
パンチを食らって、頭は真っ白だろうに反射で膝蹴りを繰出すとはな。
いつもなら、ここで、ラッシュをかけてもよかった。相手はふらついている。
だが、今日は、ノックアウトは禁じられている。
右に回りながら、アドは相手がタックルに来ることを警戒する。相手の目はまだ、どこか空ろだ。先ほどのフックが効いている。
シノワがふらと体を低く落として、一気にアドの腰めがけて突っ込んできた。
アドはそこに膝をあわせる。
突っ込んできた男の鼻先ですっとよけてやった。膝はシノワの肩口に当たって、勢いで奴はひっくり返った。
ダウンのカウント。
レフェリーがアドを手で制して、カウントを始める。
8カウントでファイティングポーズを取れなければ負けだ。
わざとよけてやった。
早く立てよ。
シノワとのあいだのレフェリーが体をどけた。
再びにらみ合う。
シノワの表情が、怒りに赤く染まっている。
気付いたか。
アドは、鋭く睨み返す。
瞬間、再びタックルに来るシノワ。
今度は付き合わずに、上から押さえつける。
が、シノワの腕力は予想を超えた。
上手く腰を入れてひねると、アドをマットに押し倒す。
マウントポジション。
つまりシノワは仰向けのアドに馬乗りになっている。
ゴツ。
アドは右目に熱い衝撃を受けて、初めてそこで、場内の怒号のような歓声が耳に入った。
同時に、ゴング。
レフェリーがシノワを押しのけ、二人を離れさせた。
1ラウンド終了。
終了十秒前の音が聞こえないくらい、集中していたのか。
アドはマウスピースを外して、コーナーへ戻りながら、軽く頭を振った。
打たれた右目はどこかを切ったか、生ぬるい血の滴る感触があった。
コーナーに戻る。
異変に気付いた。
同時に場内も気付いたようだ。どよめく。
「ああ、と。これは、どうしたことでしょう!アド選手の陣営に誰も、いません!セコンドはどこに行ったのか!」
眉をしかめて、アドはリングの下を見下ろした。
誰もいない。何か、あったのか?迦葉の作戦か?
係員が駆け寄ってきた。
「何かあったんですか?」
アドは黙って首を振った。
「こっちが聞きたいくらいだ」
とりあえず係員の男が、手元に置かれたタオルをアドに渡す。アドは軽く場内を見回した。皆、自分を見つめている。が。
アドは無表情のまま、係員が出してくれたコーナーポストの小さな椅子に座った。正面に相手のコーナーが見える。タオルで汗を拭き、自分でワセリンを傷に塗り込んで止血する。
「アド、これだろ。誰もいないの、なんで?いつもでっかいおっさんたちが、たくさんいるのに」
腕に冷たい感触を得て、振り向くと、少年が氷嚢を持って笑っている。
「リトル!お前、なんでここに」
受け取った氷嚢を傷口に押し当てて冷やしながら、アドは言った。
「早く、ここを出ろよ。危ないぞ。後10分しかない。あいつらは、逃げたんだ」
ふと、アドの顔に皮肉な笑みが浮かんだ。
丁度三年前。ジュニアでタイトルを取る、という決勝の舞台だった。
マネージャーの姿が1ラウンドで消えた。
セコンドたちがおろおろして、誰も俺の試合の事なんか気にかけちゃいなかった。本気で俺の勝利を願って、俺の助けになろうなんて奴は誰もいなかった。皆、マネージャーが持ち逃げした金に、心を奪われていた。
そんなもの、くれてやる。
俺はあの時も、そう思った。
俺はただ、戦って勝つ。
結局、リングの上では一人だ。
「リトル、お前俺のこと恨んでるんじゃないのか?俺はお前を人質にしたんだぜ。俺はお前のこと友達なんて思ってないし、必要ともしてない。リングでは一人で戦うもんだ。だから、さっさと帰れよ」
少年は、大きな瞳をきらりとさせて、笑った。
「友達なんかじゃねえよ!ライバルだもんな!俺がいつかアドを越えるんだから!」
「おい、帰れって…」
「それまで、アドはずっとチャンピオンでなきゃダメだぞ!だから、勝てよ!バシバシって得意の右ハイで倒しちゃってさ!」
アドは、目を細めた。
少年のまっすぐな笑顔を受け止めて、アドは一つ息を吐いた。
「分かった。すぐにKOしてやる。見てろよリトル、お前なんかじゃ到底かなわないってとこ、見せてやるさ」
にやりと迫力の有る笑みを残して、ゴングとともにアドは立ち上がった。
歓声が沸き立つ。
リトルはリングからぴょんと飛び降りて、少し離れた所に立つジンロに駆け寄った。
「アドは勝つよ!」
「だろうな」
ジンロはちらりと上の階の特別席を見上げる。
こちらからは見えないようになっているが、今そこで観戦しているだろう青年を想像する。
ライバルか。いい響きだ。
アドは不思議と穏やかな気持ちだ。
向かい合う相手の挑発的な口元の白いマウスピースも、にやけた目も、何の感情も浮かばせなかった。
ただ、勝つ。迦葉など、スポンサーなど関係ない。
金ではないのだ。
勝ちたい、それが俺の生き方なんだ。
シノワの鋭いタックル。
膝を蹴り上げた。
鈍い感触。同時に左フックをこめかみに叩き込んだ。
ずしりと手ごたえを感じる。
レフェリーのカウントする手の向こうで、褐色の大男はうめきながらリングに両手をつく。その顔の下に赤く血が滴る。
よろめいて、シノワは倒れた。
レフェリーの激しく振る手。どよめく歓声。
ゴングが何度も打ち鳴らされる。
ふん、心地よい緊張感を勝利の酔いに変えるように、深く吸った息をゆっくり吐いた。
場内は歓声が止まない。
「やりました!アド・エトロ!史上最年少チャンピオンの誕生です!見事でした!誰がこの男を止められるのか!」
アナウンサーが絶叫する。通常ならチームの仲間やセコンドが駆け寄るシーンだ。アドは、一人、リングの脇に手をかけて登ろうとしている小さな姿を認めた。
「アド!すげーよ!かっこいい!!」
その小さな手を、アドが引いてそのまま少年を肩に乗せた。
マイクを持つ。
会場が静まり返った。
「皆さん、応援、ありがとうございました!俺は、多分、勝つために生きている。だから、俺を倒したい奴は死ぬ気で来いよ!」
歓声が沸く。
「こいつは今日、俺にライバル宣言した。俺の街に住む奴だ。俺の街はろくなもんじゃないが、そこで育った俺たちは強いぜ!俺は次も勝つ!その次もだ!」
高々と拳を突き上げると、海鳴りのように会場は歓喜の声を上げる。
レフェリーの宣言を受けながら、アドの表情は輝いていた。
スポットライトを浴びて、雄雄しく立つ姿は、見るものの心を熱くさせた。
舞い散る銀色の紙ふぶき。フラッシュの嵐。
報道陣がリングを取り囲む。
ジンロは黒服の親衛隊に囲まれて、それでも嬉しそうに目を輝かせて入場するシンカを見つめた。
ふと、目が合った。
シンカはいたずらっぽく、ウインクする。
ジンロは珍しく、笑っていた。誰が見ても笑顔と分かる顔で。
大学構内の紅葉は散って、冷たい風が頬に当たる。
銀色の髪の少女は、上質なやわらかいカシミアの白いコートを着ている。足元のブーツも白い。
まるで、白兎だな。と、シンカに言われたが、そのまま出てきた。最近は、自分で服を決めていた。シンカはそれを喜んでいるみたいだけど。
「ミンク!」
アレクトラが、声をかける。
ブルネットの髪がくるりと風になびく。フォックスのオレンジの毛皮が、瞳の色に映える。今日は一段と華やかだ。
「おはよう」
にっこりと赤い瞳で微笑む。
「ねえねえ、お父様がね、是非お二人をお招きしたいっておっしゃってるの。私の叔父様が演奏会の都合でブールプールにいらっしゃるので、身内だけで小さなパーティーを開くのよ」
「もう、アレクったら、ルーに会いたいんでしょ」
「ばれた?」
小さく舌を出して、笑う。アレクトラは事件でシンカのことを知ってから、何度かミンクの家に招待されて、皇帝ではない姿のシンカに会っている。
「俺たちはご招待いただけないのかなぁ!」
アレクトラの後ろから、歩いてきた『惑星の歴史サークル』のスード先輩だ。数人の仲間を連れている。
「じゃあ、うちに来る?」ミンクが笑って言った。
「えー、けど政府ビルって物々しいよな」
あの事件で、学生たちはシンカに妙な尊敬を抱いているようだ。何度目かにシンカに会ったとき、大学では俺たちがミンクを守るよ、なんて、宣言したりもした。
シンカは、嬉しそうに笑っていた。
何人かとは、友達として遊んでいるようだ。
「失礼ね!じゃあ、アレクトラのお家ね。でも、ルーは忙しいんだから、だめかもしれないよ」
「もちろん、ルーの都合にあわせるわ!」
「あれ、叔父様の都合はいいの?」
アレクトラの表情に、ミンクは笑った。
つんとしみる冷たい風。
いつの間にか季節は移り過ぎている。大学生になって、どきどきしていた日々は既に日常と化していた。それは居心地のいい時間でもあった。ミンクは改めて、皆を見回した。居心地のいい仲間たち。
もう構える必要も、隠す必要もない。不便な時はあるけれど、それは誰もが同じなんだ。アレクトラを心配するご両親のように、シンカも私のことを心配する。
それでも、何かをしたくて、変りたくて。
この時間を与えてくれたことに、本当に感謝している。
今年初めての雪が、ブールプールに舞い降り始めた。
それは、混沌とした街を、白く白く染め上げていく。
了
ここまで読んでくださってありがとう!
『蒼い星』に続くシリーズもの。キャラクターが可愛くてついつい書いてしまった作品群です。
今回は短めですが。
実はまだ後二つ。
三つ目の作品は今回初出のユージンが大活躍♪
四つ目は、故郷のあの惑星に帰ります。どちらも冒険に満ちた仕上がり、かな?
それでシンカくんの物語は終わりになります。
拙い作品を楽しんでいただけるといいなぁ。
頑張って残り二つも、公開しますね。
感想などいただけると嬉しいな〜。
2008.8.24 筆者拝




