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6.終息2

「お前、何者だ?」


「クーナさん!」

誰かが部屋に入ってきた。黒服、だろう。

「この女が、うろうろしてまして」


女?ミンクは、返したはずだ…。


「きゃあ!」


その、悲鳴は?


「おや、知り合いか。だが、俺も知ってるぜ、この女ならな」

クーナがシンカのそばを離れ、戸口の方に向かうのを、床の靴音で感じる。

「なあ、有名人だ。ユージン・ロートシルト、皇帝の秘書官だ」

「やめて、放して!」

シンカは、無理やり首をひねってそちらを見上げた。


ユージン、なんで…

目が合った。彼女の目は、ごまかせないだろう。

美しい髪が乱れて、頬が赤くはれている。殴られたのか。

シンカは小さく息を吐いた。


「彼女に、触るな…」

腹の痛みで思ったほど大きくはならなかったが、クーナの動きが止まった。

「なんだぁ?話す気になったか?」

しゃがみこんで、シンカの顔を覗き込んだ。ニヤニヤした顔。


「触るな。俺の秘書だ」

「お前の秘書?なに、言って…!」

クーナの顔色が変った。立ち上がる。

「どうした、クーナ」

老人がクーナの背後に立った。

「こいつ、は、そうか、そうだったのか!」

クーナは立ち上がると、老人の方を向き直った。

「こいつ、皇帝です、そうです、よく見りゃそうだ。目の色だけ、変えてるんですよ!」

「何!」

今度は老人が体勢を低くして、シンカを覗き込んだ。

「ほう、確かに。それで見たことがあったのか。これは」

「スタジアムに、突っ込む必要は、ないだろ…ここに俺が、いるんだ」

「陛下…」

ユージンが座り込んだ。

「申し訳ございません、私が、ご迷惑を…」

泣いている。

「どうします」

クーナの声に、老人は立ち上がる。

「うむ、そうだな、映像を撮れ。ああ、その女にやらせよう、面白いじゃないか、秘書官が、皇帝を撃つ。これはインパクトがあるぞ」

「スタジアムはどうします?」

「花火は盛大な方がいいだろう?何もやめる必要はない。そのために雇ったものが生き残っても仕方ないからな。後は任せたぞクーナ」

老人は部屋を出て行く。


「止めろ!アドを」

起き上がろうとするシンカに、ユージンがしがみついた。

「ダメです、陛下、お怪我が、陛下」

青年を抱きかかえて、ユージンは改めてその傷に気付く。見れば足も出血している。震えながら、抱きしめた。

死んでしまう、このままでは、死んでしまう。流れる涙が、シンカの頬に落ちる。


「ユージン、俺は、大丈夫だから、泣くな」

「陛下…」

シンカは起き上がろうとする。その血にまみれた手を、ユージンが握って、支えた。

「涙ぐましいですねえ、皇帝陛下」クーナがニヤニヤ笑う。

「俺が、何であの店に来たか、知ってるか?」

シンカの言葉にクーナはじろりと視線を投げかけた。


「お前たちの計画はもう、ばれてる。すぐに軍警察が来るさ。もちろん、エネルギー変換所の件もな。でなきゃ、ユージンがここに来られるはずはないだろう」


にやりと笑って見せた。でまかせだが、それで止められるなら。まだ少し震える手をぎゅと握ってみる。リングのレーザーがある。至近距離でなら、致命傷を負わせることが出来る。


アドが言ったとおり、壊れているのではなければの話だが。シンカは確信していた。多分、解析装置を拒絶したのだろう。このリングの素材はどんな攻撃にも耐えられるそうだ。そのように作られている。大丈夫。


シンカは、睨みつける男に言った。

「情報部を甘く見るなよ。お前らが、ここで失敗したら、どうなるんだ?確か迦葉は、失敗した仲間には冷たかったよな。お前なんてどうせ下っ端だ。捨て駒に使われて終わりだな。アドと同じだ」


「うるさい!だまれ!俺はアドみたいなゴロつきとは違う!将来、幹部になるべくして入ったんだ!俺は自力で今の大学に入った。口を利いてくれる親なんかいない!迦葉に尽くして金を手に入れた!すべて俺の努力だ。あの坊ちゃん嬢ちゃんとは違う!あいつらみたいなのが、あんなバカたちの親が、この帝国を治めているかと思うと反吐が出るぜ!くだらないことばっかりしやがって、世間知らずで甘ちゃんで。恵まれた奴らが、一部の特権階級が俺たち庶民を押さえつけてる!そんな国は間違ってる!」


クーナはユージンを押しのけて、シンカの胸倉を掴んだ。

「止めて!」

ユージンの声は悲鳴に近い。すがる彼女を、クーナは突き飛ばし、シンカの首にナイフを突きつけた。


「この際だから言ってやる!皇帝、あんたみたいに恵まれた奴にはわかんねえだろうがな!この街で生きていくには、なんだってしなきゃならないんだ!体を売れる女ならまだましってもんだ!その女を上から来たああいうバカどもが買って金を落としていく!それで細々と暮らすんだ、お前に分かるのか?その気持ちが!金で買っておいて、特権階級の奴らは殴る蹴る好き放題だ!死んじまっても平気なんだ!俺の母親も殺された。子供だった俺に、奴らは金をたたきつけたんだ!…俺はそいつらを殺した」


シンカは、目を細めた。

「お前に分かるか!」クーナが目の前の、皇帝をゆすった。シンカのまっすぐな視線が彼を苛立たせる。

「…分からないな」

シンカは視線をそらさずに、微笑んだ。


「俺が、初めて人を殺した時は十一だった」

若い皇帝の言葉にユージンは口元を手で覆った。

「!」

「何の理由であれ、お前も俺も、その特権階級の奴らも。同じだな」

「お、同じなもんか!」

怒鳴るクーナにシンカは小さく言った。

「ごめん」


次の瞬間、シンカの手首のリングから白い光が走った。

それは寸分たがわずクーナの心臓を貫いた。


「きゃああ!」

ユージンが悲鳴を上げた。

顔を覆って、座り込む。

クーナの背後にいた男たちが掴みかかってきた。


一人にクーナを押し付けてかわすと肘うちを頚椎に決める。もう一人はレーザーでのどを貫いた。

はあ、と深く息をついてシンカは傍らの椅子にもたれる。

脇がまだ痛い。握った手に汗を感じる。薬の影響か少しくらくらする。それとも、内臓はまだ出血しているのかな。

ユージンは座り込んだまま、怯えている。


「ユージン、これでも俺はあなたの理想とする、皇帝なんだろうか」

ユージンは顔を上げなかった。寂しげに笑って、シンカは言った。


「行こう、早く止めないと」

スタジアムには何万という人間が集まる。アドだけではない、大勢の命がかかっている。歩こうと一歩踏み出して、足の痛みを思い出した。かばおうとして同時に脇に激痛が走る。立っていられなくなって、座り込んだ。


「はあ。撃たれたのは、失敗だった…」急がなくてはいけないのに。

「あの、陛下」

ユージンが美しい顔を悲しげに歪め見つめていた。


「なぜ、陛下はこの街にいらしたのですか?」

「俺は、アドをスカウトしに来たんだ」

シンカは深く息をついた。もう少し回復するまで、待つしかない。この状態で彼女を連れては困難だ。

静かに話し始めた。


ナンドゥは今、巨大な廃棄物処理場としての再開発事業が進んでいる。今の計画では、住民はすべて移住させられる。

俺は処理場の職員として住民を雇いたいと考えているが、何しろココの住民は、学校と名のつくところに行っていない。政府関係者は住民の雇用に難色を示す。けれど仕事さえあればこの町の人間も生きる術がえられる。町も変われるだろう。


「ですが、陛下、このような街に住むものが、まじめに働くことが出来るのでしょうか」

ユージンの問いに、シンカは微笑んだ。


「子供と知り合ったんだ。元気な子でね。その子は働きたいと言っていた。友達を助けたいと言ってた。医者はこの街に留まって子供たちを救いたいと思っている。まだ、みんな、何かしたいって思ってるんだ。」


「その思いがあれば、働くことだってできる。目的が出来たら、自然と守りたいものもできる。守るもののない強さじゃなくて、何かを守る強さを持ってほしいと思っているんだ。俺、アドにこの街の子供たちを守ってほしいと思っているんだ。今回はふられたけど。まだ、俺はあきらめてない。だってさ、この街のことを好きだって思う子供がいるんだ。俺が、この街のことあきらめるわけには行かないだろ」


シンカは思い出してやさしい表情になっている。


すぐには変わらないかもしれない。でも、アドのこと尊敬する子供たちが大人になる頃には、きっと、もっといい街になっている。

簡単に人を変えることはできない。すべての人の生き方に直接関わることはできない。それでも、少しでも変えていくべきなのだ。その責任が自分にあるとシンカは思っている。クーナに一言謝ったのもその想いがあったからだ。


「陛下」

シンカは視線を秘書官に移した。彼の表情は穏やかだ。


泣きはらした目の年上の女性は、まっすぐシンカを見上げていた。華やかな笑みを浮かべる。

「陛下、私の理想など陛下には遥かに及びません。お仕えできて嬉しく思っております」

シンカが手を伸ばした。その手をとって、ユージンは立ち上がる。

シンカの嬉しそうな笑みが、美しい蒼い瞳が、ユージンにはもう忘れられそうにない。


「おい、なんだ、心配させておいてラブシーンか」

戸口に背の高い栗色の髪の男。

「!レクト!なんだ、本当に知ってたんだ!」

「お前が浮気しているとは知らなかったさ。帰るぞ」

慌ててシンカはユージンの手を放す。

レクトはシンカの傷を見て軽く眉をひそめると、強引に肩を担いで歩かせる。


「イタッ!レクト、ユージンとはそんなじゃない!浮気って言うな!」

「お前、なんか文句あるのか?え?」

ぐいと強引に引っ張られて、シンカは痛みに顔をゆがめる。怒鳴ったせいで、熱が上がったようだ。頬が火照る。


「!…アドに、会ったか?なあ、アドの試合…」

レクトの肩までしかないシンカは、どうしても見上げる形になる。切れ長の瞳にじろりと上から睨まれた。

「行かせるわけないだろう!」

シンカもしっかり睨み返す。

助けられて迷惑かけて言えることではないかもしれないが、それだけは譲れない。

「楽しみにしてたんだ!絶対に行く!止められるもんなら止めてみろよ」

「おう、息の根止めてほしいのか?あ?」


レクトは容赦ない。怪我をした脇腹をぐいと締め上げた。


「い!いた…」痛みに目がくらんだ。息を止めて男の肩にしがみつく。


「…安心しろ、ここは全部押さえた。学生どもも助け出したさ。ここから後は俺たちの仕事だ。お前が気にすることじゃない。ま、事前に止められたのも、お前のおかげだが」

切れ長の黒い瞳がめずらしく穏やかに青年を見下ろした。

シンカは意識がなかった。

「なんだ、聞いてろよ、ばか」

軍務官はポツリとつぶやいた。


ジンロに肩を支えられて歩きながら、ユージンは先を行く二人を見つめた。

「あーあ。レクトさん、手伝いますか?」

シンカを抱き上げようとしているレクトに声をかける。

「いらん」振り向きもせずにムッとした様子の上司にジンロは苦笑いする。

「…軍務官と陛下は、仲がいいのですね」

美しい顔には一度に多くの感情を味わった後の疲労感が残る。

ジンロはいつもの仏頂面に戻すと「あんたが何でここにいるのかは聞きませんがね。シンカに迷惑かけるのはだめっすよ」と低くつぶやいた。


ジンロの視線に秘書官は小さく頷いた。


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