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5.拉致

 5

 

ジンロは、ブールプールで人気のケーキのお店について熱く語りながらついてくるミンクを車に乗せると、自動操縦をセットした。行く先は中央政府ビル、特別車両用ゲート。

これで、ミンクは送り返せるはずだ。

「ミンク、自動操縦で政府ビルに行くんで、着いたらおとなしく待っているっすよ。」

「うん。あの、シンカをお願いします」

赤い大きな瞳がじっと見上げる。さっきまでの元気な様子は不安を隠してのものだったかもしれない。

この子なりに反省もしているはずだ。ジンロは表情を緩ませ、ミンクの肩をぽんとたたいた。


「大丈夫っす。シンカはこの俺の弟子っすから。そう簡単に捕まったりしないっすよ。しかも、あいつは少しくらいの怪我なら平気なんすから」

「…」

ミンクは小さくうなずく。

静かに発進する車を見送ると、ジンロは電話を取り出す。

「レクトさん。連絡が遅くなりました」

「シンカは、一緒なのか?」


開口一番シンカの話が出るとは、心配なんだな。

つくづくこの冷酷な軍務官を面白いと思う。普段あんなにシンカに冷たいくせに、こういうときにはやけに慌てる。やっぱり父親だ。自覚がないあたりが面白い。少し意地悪な気分になる。

「心配っすか?」

「…一緒じゃないのか?」

ホログラムの映像に映る彼は、険しい表情だ。


「今、仕事とかでアド・エトロと話してます。直接電話してみればいいじゃないっすか」

「あいつは電話なんか持ってない」

「あ、そうっすね、皇帝に電話なんて普通いらないっすね。そう、心配しなくても大丈夫ですよ、シンカもバカじゃないっす」

何が普通なのか微妙な表現だと自覚しながら、ジンロは言った。レクトはじろりと睨みつける。が、小さいホログラムでは迫力に乏しい。


「いいから、あいつを連れてこい。わがまま言うなら殴っても何してもいいぞ。出来ないんなら、二度と、あいつが出られないように親衛隊を二十四時間張り付かせる」

「そりゃあ…」

シンカがかわいそうだ。レクトさんが真顔でさらりと言い放つあたり、本気なのだろう。親衛隊とやらは一度顔をあわせたことがあるが嫌な奴らだった。代々家系でその職に就くそいつらは、シンカに向かって未熟な皇帝と言い放ってはばかりない。シンカの気持ちなど無視して理想の皇帝とやらに仕立てようとするだろう。


「今、店に戻ってるとこっす。ああ、見えました。すぐに、連れて戻ります。心配しないでください」

「心配なんかしてない」

電話が切れた。

どう見たって心配してる。自覚はないらしい。

シンカが仕事だってんだから、それなりに考えがあって行動しているだろうに。それを心配ってだけでやめさせるのも。


ジンロは、シンカの反応を思うと、気が重くなる。今まで何回か、仕事のためのお出かけに付き合ったことがあるが、本当に仕事のためだった。そこで得た情報や、知識を、シンカは仕事に生かしている。それを、遊びと決め付けてやめさせるのも、どうかと思う。

それに何も知らない世間知らずでは、皇帝なんか務まらないだろう。レクトさんも、分かっていると思うのだが。


ジンロは先ほどのバーをのぞいた。店内は暗く、静まり返っている。

以前住んでいた街。ジンロにとっては懐かしい店だ。見覚えの有るテーブル、くすんだ照明、年代もののカウンター。そこには、飲みかけのグラスやつまみの皿がそのまま残っている。

自然、上着の下の銃に手を持っていく。そっと、店に入っていく。

バリ。


暗い足元に、割れたグラスが散乱していた。


「!」

不意に何かの気配。一瞬銃を構える。

子供だった。

「おっさん、遅いよ!」

カウンターの椅子の陰に、小さい子供が座り込んでいた。ひざを抱えている。泣いていたのか、鼻声だ。構えていた銃をおろす。


「お前、アドと一緒にいた奴じゃないか。アドとルーはどうした」

「連れてかれたよ。ルーは、ルーは…」


今日は、よく泣かれる日だ。

ジンロは子供を立たせると、店の外に連れ出した。自分が子供を相手にしてるなど妙な気分だ。子供は目をこすりながら、まだ何か言っている。


「俺が、強ければ、そうすればさ。ルーはバカだぞ、この街じゃみんな、自分で自分を守るんだ!俺のこと守ろうなんて、するから!優しい奴はみんな、先に死んじゃうんだ」

「ルーは、怪我してるのか?それとも、殺されたのか?」

「足撃たれて怪我してる。店の黒服の奴らに連れてかれたんだ!俺がここに来たら誰もいなくて」

「ふん。お前、他にアドが行く場所、知ってるか?」

「ジムか、家。でも、どっちもいないよ」

少年が見上げると、大きな男は電話で何か話し出していた。

「そう、怒鳴らないでください、すみません」

電話が切られたようだ。男は、一つ息を吐いて、店の戸口に、座った。

たまに、アドがしているのと同じ風だ。

「怒られたの?」

「…」男は無言だ。


リトルも、男の隣に座って、男の煙草のにおいをかいでいた。

路地はいつもどおり、薄暗い。この街は何時でも同じ明るさだ。

そろそろ、日付が変わる頃だ。リトルは、目をごしごしこすった。


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