4.アド
「アド、約束だぞ」
シンカの言葉に、格闘家は、ふんと息をついた。
見物人も、次第に減って、今は学生が店に戻る後姿を、シンカは見送っている。クーナとかいう、あのからんできた学生が最後まで、戸口でこちらの様子を伺っているようだ。シンカはにらみつけた。
いきがっているだけの、学生。世間知らずの後輩をこんなところに連れてくるなんて。あんな奴がミンクのそばにいると思うと、腹が立った。
「アド、男の約束は守らなきゃいけないんだぞ」
リトルがアドの手を引いた。
「なんだリトル、お前こいつの味方か?」
アドに睨まれて、リトルは少し勢いを失う。リトルはアドの足ほどしか身長がない。それでも少年は、精一杯上を見上げて言い張った。
「俺、ルーもアドも好きだ。仲良くしてくれたらいいんだ!」
シンカはクスと笑った。
アドは、あきれたように子供を抱き上げた。
「アド、あの店はダメだ。他にしよう」
シンカの提案に、アドは眉をひそめた。
「ここじゃ、だめなのか」
「スポンサー契約の話だぞ、現スポンサーの前じゃ、まずいだろ」
「じゃあ、俺のジムに来いよ」
「ああ」
アドはリトルを肩に乗せ、リトルはなんだか嬉しそうだ。その脇を、シンカは歩いていく。
通りには、車はほとんど通らない。街角にたむろする若者が、アドに気付いて、卑屈な挨拶をする。
スリの子供たちが、アドの周りを一度取り囲んで、口々に、リトルを羨ましがって、また駆け去っていく。
その様子を見ながらシンカは、アドを選んでよかったと思っていた。
アドは、この街で人気がある。
子供たちの憧れだ。
それが迦葉なんかの手下になってはいけない。
この街はまだ、死んでしまっていないとシンカは思っていた。