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1.新しい季節

この作品は、『蒼い星』の続編となります。『蒼い星』から読まれることを推奨いたします。

 1


太陽帝国、地球の北半球にある首都、ブールプール。

帝国一の巨大な都市に住む人々は、特権階級と呼ばれる通常の人々と、地下街に暮らす地下住民とに大別される。もともとは同じ価値をもった地域であったものが、経済事情などから格差が広がり、お互いに相手を特別視する状況となっている。

地上は、林立する巨大ビルディング、派手なネオンにホログラムの看板。音もなく飛び回る空挺は、中空を三層に分けて流れるように人や物を運ぶ。

地上では、今、ちょうど秋を迎えていた。

地上二十メートルまでに規制された並木は、美しく紅葉し、この時期の首都を彩る。

ブールプールの中心にそびえる百五十階立ての黒光りする豪奢な建物。それが、この太陽帝国を治める中央政府ビルだ。

その最も高い位置にある居室で、まだ若干十八歳の皇帝は、新しい殖民惑星の調査結果に目を通していた。

彼の名はシンカ。ただのシンカだ。

辺境の惑星リュードで生まれ育った彼は、前皇帝の血を受け継いでいる。自分を育てた、母親を故郷とともに失うまで、そのことを知らずに育った。

少し長めのうねりのある金髪は、白い朝日を弾き、深い蒼の瞳に映える。この宇宙で、最も有名な青年である。青年、というにはまだ少し、幼さも残るが。


「ねえ、シンカ、おかしくない?」

シンカは、書類から目を上げ、執務室の戸口に立っている少女を見つめる。

ミンクは、今日から、ブールプールの大学に通うのだ。

十八になった彼女は、いつまでも、皇帝陛下の幼馴染で恋人、と言う立場だけで、この中央政府ビルに住んでいることができないと感じている。ミンクが新しいことに挑戦したいと思う気持ちは、シンカにも嬉しいことだった。

二人が、惑星リュードから、ここ地球の首都、ブールプールに住むようになってから、一年が過ぎ、先日、シンカの即位記念日の式典が、終わったばかりだった。

この一年で、太陽帝国皇帝として様々な経験を経て、成長したシンカに比べて、ミンクはあまり変化がないように思う。シンカにとってそれは、いつでも変わらず彼を待っていてくれる故郷のようで嬉しい事なのだが、彼女が大切にする友人セイ・リンが、ミンクに変わることを求めているようだ。

ミンクを縛り付けてもいけない。

そう、考える皇帝陛下は、笑顔で服装を気にする彼女に答える。

「似合っているよ。」

「それだけ?」

机の前までよってきて、シンカの目を覗き込む少女。

その色素のない赤い瞳は、くりりと瞬いて、魅力的だ。

「可愛いよ。」

「うん。シンカ大好き!」

軽く口付けを交わすと、少女は執務室から軽やかに出て行く。

やっぱり、生き生きしていて、いいな。シンカは思う。彼も、同じ十八歳なのだが、さすがに皇帝陛下が大学に通うわけには行かない。同年代の友達と楽しく日々を過ごす。憧れはある。

まあ、いい。シンカも、時間を作っては、密かに街へ降りる。そこで、一般人として、見聞を広げているつもりだ。友人もいる。

先日の即位記念式典の前に、軍務官や、友人にそのことがばれてしまったが、相変わらず続けている。なんでも、自分の目で見て決めたい。皇帝として判断する責任を持っているからこそ、自信をもって判断できるように、知りたいことがたくさんある。

そう、今日も、ミストレイア・コーポレーションから派遣されているSPのジンロとともに、銀河一強い格闘家を決める大会を、見物に行く予定だ。ジンロは最近、上司に内緒で、どこにでも連れて行ってくれる。一人で行動されるよりはまし、と考えているようだ。

「危ないことになったら、レクトさんに知らせるっす。」

変わったなまりの彼は、そういって笑う。レクトは、この太陽帝国の軍務官(軍部の最高司令官)であり、ジンロの所属する会社、ミストレイア・コーポレーションの統合本部長でもある。恐いものなしのシンカも、この男だけには、勝てない。それを知っているジンロは、ことあるごとにレクトの名前を出して釘をさす。

それでも、この地球の地下街で生まれ育った彼の協力で、シンカの冒険は、幅を広げた。シンカにとって、歓迎すべきことだ。

シンカは、今日の試合のことを考えながら、手元にファイルしてある、ブールプールの再開発計画の資料を眺めた。

ブールプールの外れにある、ナンドゥという地下街。通称、仏心街。遠い過去には、そこに大きな宗教団体の本部があったためだが、今は、仏心ほどこの町に縁遠いものはないという意味を皮肉った呼び名。この街は、住民の四割が生活保護を必要とし、職業を持っていないものは労働者人口の六割に及ぶ。生活水準を評価する都市基準で言うと最低ランクだ。伝えられるその荒廃ぶりは、すさまじい。

通りには、からだの一部を失った子供が物乞いをしている。哀れみを誘ってより多くの施しを受けるために親がやるのだ。親が子供とともにいるのはまだ、ましなほうで、生まれた子供はたいてい売られるか捨てられる。普通に夫婦の間に産まれる子供のほうが少ない。望まれて産まれる子供がいるのかどうか。出生数は確認できず、路上には自分の親を知らない子供たちが暮らしている。盗むこと、殺すこと、家族を捨てることなど、あたりまえに横行している。ただ、貧しいだけの、辺境の都市とは違う。

若者は子供を使って稼ぎ、大人はその上前をはねる。軍警察も、見捨てている。他都市から隔離されているかのように、交流はない。誕生、貧困、暴力、搾取、殺人、死。その、悪循環が続いている。

ジンロは、どうしてもそこへは連れて行ってくれない。

それなら、自分で行くまでのこと。準備もしてある。今日、見に行く、格闘技の試合には、この街の出身の青年が出場するという。この最悪の街から這い上がって、有名な格闘家になっている彼を、仏心街のみならず、すべての地下街の住民が応援していた。

シンカは、この選手、アド・エトロに、興味があった。


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