プロローグ
ーーいただきます。
暗い……
果てしなく続くかもしれないし、あるいは身体をただ闇に包まれているだけかもしれない。
ただそこに身体があり、どこか暗いところにいるということだけは理解できる。
水に浮かんでいるような浮遊感があるような気もするし、ベッドのような柔らかいものに身体を預けているような気もする。
身体が浮かんで行くような感覚もあれば、沈んでいくような感覚もある。
左右に揺られているようで、回転している。
なんとも奇妙な感覚だ。
手足を動かそうとしてみるも、動く気配はない。
動かせないと言うより、動く命令を伝える神経を抜き取られたような。
そもそも身体全体にピリピリとした若干の痺れと快感があり、世界と身体の境界が曖昧なのだ。
これでは動かそうも動かせないもない。
どれだけの時間、そうしていただろうか。
もはや時間の感覚すら曖昧だ。
手足の指先に何か温かいものを感じた。
緊張した時に全身が真っ赤に火照るような熱。
徐々に指先から全身へと伝わってくる。
手の指先から、手のひら、腕、脇、胸、お腹から背中の方へ。
足の指先から、足、ふくらはぎ、太もも、股、腰からお腹の方へ。
そして胸から首、頰、耳、鼻、額から頭頂部へ。
全身が燃え上がるように熱い。
ただ呼吸をしているわけではないので、熱に喘ぐことはない。
全身に迸る熱を享受するだけ。
「……この熱、堪らないです…………」
耳元で艶やかな女性の声が聞こえた。
誰に話し掛けるでもなく、無意識に零れ落ちたような囁き声だ。
それゆえに甘美な響きを残す。
鈴の音を転がした高く凛とした声質ながら、心に絡み付いてくる艶もある。
「…………んんっ」
全身を支配した熱はやがて末端から引いていく。
だが、それは元の状態に戻って行っているというわけではない。
末端より心の臓に近くなるほど、熱は収束し、その温度を上げていく。
「……あと、少し。一つに……」
意識は熱と同化し、その密度を上げていく。
脈打ち、呼応し、熱だけになる。
大きさが握り拳大になった時、意識は元あった身体の形へと弾け飛んだ。
「……これから、よろしくお願いします。主様」
わざとらしく媚びた笑みを浮かべたような女性の声は、自身の中で染みるように響いた。