ろく
俺はアイドルになって、ファンのみんなから愛されて、必要とされていたけど…。
だけど…。
ファンが愛していたのは…。
必要とされていたのは…。
俺じゃなかったんだ…!
俺じゃなくて…アイドルの…iceの深雪瞬だったんだ!
「どういうこと?…瞬は瞬でしょう?」
寒太郎が不思議そうな瞳で俺を見つめる…。
ファンは、ステージの上で光輝く超大人気アイドルグループiceの深雪瞬を求めていたんだよ…。
みんな勝手に俺に幻想抱いて、勝手に盛り上がってて…。
みんな、俺のことを王子様か何かと勘違いしてたんだよ…。
俺は…本当の俺はアイドルでも、王子様でもなくて…ただの人間の深雪瞬なんだよ!
ありのままの俺を愛してくれたファンなんて、一人もいなかったんだよ…!
あの女だって…俺を刺した女だって、アイドルじゃない俺は、いらないから…俺を殺そうとして…。
結局…。
俺は、ひとりぼっちのままで…。
アイドルを、iceを抜けて…初めてできた友達の真琴と澪も…もう、いないし…。
俺は、今もひとりぼっちで…!
「瞬、泣かないで…。」
寒太郎が悲しそうな瞳で俺を見つめる…。
泣いてねえよ…!
自分でも気づかない間に、俺の瞳からは涙が溢れてきて…。
寒い…。
もう、痛みも何も感じなくなってたのに…。
なんで、こんなに寒いんだろう…。
あの日も寒かったっけ…。
俺は、小さい頃からずっとひとりぼっちで…。
いつまで待っても、母さんは、家に帰って来てくれなくて…。
暗い部屋にひとりでいて…。
寒くて…。
お腹が空いて…。
さみしくて…。
寒い…。
うわぁ…!?
「瞬、泣かないで。」
寒太郎が俺に抱き着いてきた…!
「瞬、これで寒くないでしょう?」
いや、寒太郎の身体、氷みたいに冷たいんだけど…。
それに、寒太郎の服が俺の血で汚れちまうよ…!
離れろよ…!
「洗えば落ちるから大丈夫だよ。」
でも…。
寒太郎の雪みたいに真っ白な服とマフラーが俺の血で赤く染まっていく…。
「瞬は、ひとりぼっちじゃないよ…。今は、僕がそばにいるよ。瞬が死ぬまで一緒にいてあげるってさっき約束したでしょう?」
寒太郎…。
「だから、瞬。もう泣かないで…。」
寒太郎の小さな手が俺の頭を優しく撫でる…。
「僕が泣いていると、お母さんがこうしてくれるんだ…。僕は北風の精霊だから冬の始まりから春の始まりまでしか起きていられないんだ。あとの季節はずっとお空の上で眠っているんだ。僕ね、冬の終わりから春の始まりまでしかお母さんと一緒にいられないんだ…。冬の終わりに春風の精霊のお母さんが目を覚ますんだ。それで、お母さんが春一番の風を吹かせると春が訪れて、僕は次の冬まで眠りに就くんだ…。お母さんとお別れする時は僕、いつも泣いちゃうんだ…。それで、僕が寝付くまで母さんが僕をぎゅーって抱きしめて、頭を撫でてくれるんだ…。」
寒太郎の身体は、氷みたいに冷たいのに…。
なんだか…すごく温かくて…。
俺の瞳から涙が止まる…。
ありがとう、寒太郎…。
「どういたしまして。瞬、だから安心して眠って…。」
その時…。
身体を突き刺すような冷たい風が吹き荒れる…!
「大変だ…!お父さんが僕を探しているみたい…!」
寒太郎のお父さんって、冬将軍の!?
「瞬、ごめん…。僕、戻らなきゃ…!!」
え…!?
ちょっと、寒太郎…!
「ごめん…!ああ、どうしよう…。お父さんすごく怒ってる…。」
寒太郎…!
待って…!
寒太郎が俺の身体を優しく離すと、風のように走り去って行ってしまった…。
おいおい…嘘だろう?
寒太郎…!
俺をひとりにしないでくれよ…!
俺…こんなところで、ひとりぼっちで死にたくないよ…!!
寒太郎…。
俺の意識が消えていく…。
ああ…俺、最期までひとりぼっちかよ…。
それに…。
なんで、こんなに寒いんだろう…。