いち
寒い…。
俺、ここで死ぬのかな…?
俺のわき腹から血があふれてくる…。
痛いっ…なんてもんじゃない!!
小学生の時、図工の時間にカッターナイフで手を切ったことはあったけど…。
あれの痛みの何千万倍の痛さだよ…!!
まさか、わき腹を刺されるなんて…!
俺の瞳から涙があふれてくる…。
痛いからだけじゃなくて…。
こんなところで、ひとりで死にたくない…!
いや、死ぬ場所はどこだっていいけど…ひとりぼっちで死にたくない…!!
―時をさかのぼること数分前―
ある冬の夜。コンビニへ行った帰り道。
「あの、すみません。」
後ろから声をかけられ、後ろを振り向くと一人の女性がいた…。誰だろう?
「はい?」
「あの、間違ってたらすみません…。『ice』の元メンバーの深雪瞬さんですよね…?」
「…はい。そうですけど…?」
そう、俺は超大人気男性アイドルグループ『ice』のメンバーの深雪瞬だった…。
だが3年前に芸能界から引退した…。今は、ただの深雪瞬(27歳)。職業、フリーターだ…。
「やっぱり!私、ずっと瞬君のファンだったんです!いえ、今でもファンです!!」
「…ありがとう。よく、俺だってわかったね…?」
アイドル時代の俺は、専属のヘアメイクさんと衣装さんに、光り輝くアイドル『深雪瞬』に変身させてもらってたけど…。
今の俺は、もっさりしたダサい私服に、アイドル時代のキラキラの金髪は黒髪の天パ頭になり…アイドル要素ゼロなんですが…?
しかも、引退してから3年も経ってるし…。芸能界の移り変わりは、速いからね…。『ice』だって、俺が抜けてすぐ、新しいメンバーが入ったら、みんな俺のことなんて綺麗さっぱり忘れて新メンバーに夢中になってたし…。
「顔見たら、すぐわかりましたよ!だって、瞬…。あの頃と変わらない、綺麗な顔してるから…。」
その女性は、俺の顔を熱を帯びた瞳で見つめる…。
ああ…。この瞳、嫌いだな…!
俺、この瞳で見つめられるのが嫌だから、芸能界を引退したんだよ…!!
しかも、なんか俺の事、呼び捨てでタメ口になってるし…。
「…俺なんかのファンでいてくれてありがとう。じゃあ、俺はこれで…。」
「待って…!ねえ、瞬…。もうアイドルには、ならないの?」
「ごめん…。俺、芸能界に戻る気はないから…。俺のファンなんかもうやめて…。」
「嫌よ!…瞬。どうして?…あんなに人気だったのに!私、瞬のこと大好きだったのに…!」
この女…うぜえな…。
「ごめんね…。」
「私、瞬のデビュー当時からずっと応援してたんだよ…!CDもグッズも全部、買ったんだよ!ライブだって、仕事休んでまで行ったんだよ…!!」
知るかよ…。お前が全部、勝手にやったことだろ!!
「そうなんだ…。」
「瞬は、私のアイドルなんだよ…。瞬は、私のアイドルじゃなきゃダメなのよ…!」
何言ってんだこいつ…?
「本当にごめんね!…じゃあ、俺、帰るから!」
「私のアイドルじゃない瞬なんて…瞬なんて…いらない!!」
女は、持っていたバックから光るものを取り出し…。
俺のわき腹に、とてつもない痛みが走る…!!
「ぐっ!…うぅ…!」
女は、バックから取り出した出刃包丁で、俺のわき腹を刺した…!!
「瞬がいけないんだよ…。瞬がアイドルを辞めちゃったから…!」
女は、走り去って行った…。
俺は、その場に崩れこむ…。
わき腹に尋常じゃない痛みが…!!
誰か、助けを呼びたいけど…声がでない…!?
あの女、包丁に痺れ薬でも塗ってたのか…?
―そして、初めに戻る―
痛みを感じなくなってきた…。
ヤバいな…。
俺、もうすぐ死ぬんだ…。
ああ、誰か来てくれ…!
でも、もう夜中だし…。
こんな人通りのない道じゃ…。
ああ…。
なんで、夜中にコンビニなんか行ったんだ俺!
バイトから帰ってきて、夕飯食べながらテレビ見てるうちにコタツでうたた寝して…あったかいコタツの中にいたから、なんか急に冷たいものが食べたくなって…。
アイス買いにコンビニ行ったんだ…!
俺の足元にコンビ二で買った、雪●だいふくが…。
せめて、死ぬ前に…雪●だいふくを食べたい…!
俺は、雪●だいふくに手を伸ばそうとするが…身体が痺れて動けない…!
神様、お願いです!
死ぬ前に、せめて雪●だいふくを食べさせてください…!!
「おじさん、これ何?」
俺の前に現れたのは…小学生くらいの男の子?
「ねえ、これ何?」
その男の子は、俺の足元に落ちていた雪●だいふくを拾い上げる。
ああ!それは、俺の雪●だいふく…!
ダメだ…声がでない!
「これ、雪●だいふくって言うの?」
そうだよ!
あれ?今、俺の心の声が通じた?
ああ、パッケージの文字を読んだのか…。
てか、この子。俺のことおじさんって呼んだな!俺は、まだ20代だぞ!!
「ごめん。お兄さん。」
わかればいいんだよ!
あれ?
君、もしかして俺の心の声聞こえてるの?
「うん!」
おおお!?
君は、いったい何者なんだ!?
「僕の名前は寒太郎。ねえ、お兄さん。これ食べてもいい?」