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Reversal

作者: 東雲あきら

まったく、とんだほら話を掴まされたもんだ。

何が古代王朝の遺跡だよ、ありゃ遺跡なんて仰々しいもんじゃない。ただの野生のサルの溜まり場の温泉じゃないかと、カイトは草木を掻き分けながらため息をついた。

「……臭うな」

カイトは衣服についたサルの臭いをかいで顔をしかめる。こんな森の奥にスーツ姿は流石にまずかったかと思う。だが、商談が入るかもしれなかったのでこれはこれで仕方がない。

店でここの噂を聞いたのは、数日前の話である。今、カイトがいる場所はカイトが住む都市から北にある森の中だった。旅人の話では新しい遺跡が発掘されたという噂で、各国の調査団がこの森に集まっているという。

古美術の収集を趣味としているカイトとしては、いてもたってもいられずに店を閉めてやってきた。

旅人に教えてもらった場所に行ってみると、そこは古代リアネ形式を真似て作られた露天風呂だった。人気がないので、もはや生息しているサルの憩いの場になっており、それを知らなかったカイトは見事にサルたちに襲われ追い出されてしまったのだ。

この森に住むサルは人嫌いが激しいと聞いた覚えがあることを思い出したのは、襲われた後のことだった。

「しかし……ここは、どこだ?」

襲われたサルに逃げることに必死で逃げ回っていたために、カイトは自分が今森のどのあたりにいるのかわからない。日も暮れかけているため、早く森を抜け出さなければ野宿になってしまう。

森とはいえ、よく人が通る道にはある程度舗装された道が続いているが、それも見当たらない。

カイトは、旅人のそれもおっさんの噂話にはもう乗るまいと心に硬く誓った。

方位磁石で何度も進む方向を確認しながら進むカイトの目に、塔が映った。つい自分の眼鏡を右手でかけなおし再度目を細めて見る。

「こんなところに、塔なんかあったのか……?」

地図で確認してみるが、この森の中に塔がある場所はどこにもない。

カイトは最近できたものなのだろうかと思い、塔に近寄ってみる。

塔を形作っているレンガはひびが入っており、無数の苔に覆われている。更に近くの植物の蔦が走っておりどう考えても最近建てられたものではない。

誰か住んでいるのだろうか。

カイトは塔の入り口の前に立ってノックをする。

「…………」

だが、誰も出てくる気配がない。

「留守、なのか?」

扉をゆっくりと押すと鍵はかかっていないため扉はあっさりと開く。

だが、その扉の奥に、更に大きな扉があった。カイトは少しためらいつつもその大きな扉を開いて中を覗く。

「すげぇ……」

中にあったものを見て、カイトは口を開けたまま絶句した。

塔の中は中央が吹き抜けとなっており、塔の壁にそって天上付近まで螺旋階段が伸びている。その壁は巨大な本棚になっており、所狭しと何百、いや何千もの本が詰められていた。

その無数にある本に圧巻されたカイトは、塔の中央部に立って辺りを見渡した。

窓が一切ないため外の光はまったくないが、ところどころにある照明のため決して暗くはない。

どんな本が置いてあるのだろうか。これだけあるのだからもしかしたら古文書なんかも置いてあるのかもしれない。

自分が森で迷っていることなど頭から消えてしまったのか、カイトは目を輝かせながら近くにある本の一冊に手を伸ばした。

「いらっしゃいませ。お客様」

突然後ろからかけられた声に驚いて、カイトは手を引っ込める。

振り返ると、そこにはメイド服を着た少女の姿があった。カイトに対して深々と頭を下げている。そして頭を上げるとにこりとも笑顔を見せない無表情のまま言葉を続けた。

「お客様。本日はどのような件でいらっしゃいますか?」

声に抑揚もない。まるでロボットのようだとカイトは思った。

「か、勝手に入ってしまって申し訳ありません。森で迷ってしまいまして。その、ここは何かのお店なんですか?」

恥ずかしそうに笑いながら言うカイトを、少女はしばらく見つめていたが、再び口を開く。

「お客様は、お客様ではないということでしょうか。困りました。私には買うことと売ることしかできないように作られておりますので」

作られている?

カイトは少女の答えに訝しげな顔をしたが、もう一度言葉を変えて尋ねてみた。

「買う? 売る? 何を取り扱っているんですか?」

「申し訳ありません。その質問に答える権限を与えられておりませんので、お答えできかねます」

無表情のまま、少女は首を横に振った。

質問に答える権限?

まるで本当にロボットのようだと思いながらも、カイトは更に質問を続けた。

「じゃあ、誰に聞けば教えてくれるんだ?」

これも教えてもらえるかわからなかったが、カイトは駄目もとで尋ねると「この塔の最上階に主がおられますので、主に直接お伺いください」と、少女はあっさり答えてくれた。

そしてカイトは上へと続く階段を見る。

おそらく、ここで売買しているものといえば、この無数にある本のことだろう。だが、それならばはっきり本だと答えるはずだ。ここでどんなものが売買されているのだろうか。

もともと好奇心が強いカイトは、それが何なのか気になってしまった。

しかも、それがレアな古文書や美術品であるならば新しい商売のチャンスがあるかもしれない。本の中身も気になる。

収集家としての血が騒いでしまい、カイトは一度この塔の主人に会ってみたくなった。

「じゃあ、ここの主人に聞くことにしよう。その階段で最上階まで行くことはできるのか?」

「はい。その階段をお使いになるのですね。ではひとつだけお伝えしたいことがあります」

「なんだ?」

「ご覧の通り、ここには沢山の本があります。これらには決して手を触れぬようお願いします。万が一触れられた場合、当方では一切責任を負いかねますのでご承知おきください」

「……触ったら何が起こるんだ?」

「その質問には権限が与えられておりませんので、お答えできません」

「…………」

カイトは階段をのぼりつつ本の内容を見て回ろうかと思っていたが、少女の言葉であてが外れてしまった。

しかし、決して触ってはいけない本。禁書の類だろうか。

商売の関係上、魔術書だったり禁書の類の噂はよく耳にするが、実際に見たことはない。

それらはいずれも、普通の人間に害する存在であるからだ。読んだだけで発狂したりと色々噂があるが、最近聞いたのは、最初の一行を見ただけで失明してしまったという話だ。

それを思い出し、カイトは軽く身震いした。

簡単に人に話せないことから、売買している何かが、魔術書や禁書であるという想像が容易に出来る。

もし、想像が当たっているとしたら、自分の手に負えるものではない。だが、話を聞くだけ聞いて帰るだけならばそこまで被害を被ることもないだろう。

カイトは軽い気持ちで「わかった。本には触れないようにしよう」と少女に対して頷いた。

「では、私はここで。御用がありましたら、お呼びください」

それだけ言って再び頭を下げると、少女は地下に続く階段の方へ去っていった。

「案内してくれないのか……」

カイトは少女の対応に呆れつつも、階段を一人で上り始めた。



見たところ、塔はそこまで高くない。普通の建物と比べて大体四階建て、といったところだろうか。

カイトは着ていたロングコートを脱いで片手に持つ。階段はゆるやかにつくられているため、少し歩くことになりそうだったからだ。

辺りは静まり返っており、階段をのぼるカイトの足音だけが響いている。人の気配も全く感じられない。

階段の途中で照明がところどころ設置されているため暗くはなかったが、やはり日光が全くないと不安になるもんだなとカイトは思った。

しかし、人が住んでいることを聞けただけでも、良かったのかもしれない。

日も暮れかけているし、話を聞いたら町までの道を聞いてさっさと帰ろうと思い、カイトは少しだけ足を早めた。

階段を半分くらいのぼりきったところに踊り場があり、その場所だけが不自然に本棚ではなく、一枚の絵画が壁にかけられていた。絵画の下には小さなテーブルが置いてあり、その上には一冊の本がちょこんと置かれている。

「……これは、アンナ?」

絵画には女性の絵が描かれており、それを見たカイトの目は絵画に釘付けになった。

絵画の女性は美しいドレスと煌びやかなアクセサリで身を飾っていたが、それは紛れもなく彼の愛する女性だった。

だが、彼女は高貴な貴族出身でもなければ王家の人間でもない。彼と同じ一般庶民だ。

「どうして、アンナの絵がここにあるんだ?」

思わず絵画に駆け寄るカイトの前で、テーブルに置かれた本が一人でに開いた。

驚いてカイトが絵画から本へ視線を移すが、本の中は真っ白だった。

何も書いていないのか。そう思い、カイトは頁をめくってみたい衝動に駆られて、つい本に触れてしまった。

すると、頁の左上から横書きに次々と文字が浮かび上がっていく。

「…………」

気味が悪いと思いながらも、カイトはその文字を目で追った。


僕が彼女と出会ったのは、まだ子供の頃のことだった。本が大好きで毎日本を家から持ち出しては近所の子供たちに読んできかせていた。その頃、文字が読める子供は少なかったため、みんなは文字が読める僕のことを、尊敬のまなざしで見てくれていたことを覚えている。

彼女は子供の頃に遠くの町から引っ越してきたばかりで、まだ町に馴染めておらず、友達も少ないようだった。僕達のことも遠くから見ているばかりで、自分から輪の中に入ってこようとはしなかった。だから僕は、ある日彼女に声をかけた。「本が好きなのか?」と。彼女はまさか声をかけられると思っていなかったらしく、顔を真っ赤にしてもじもじしながら「うん」と頷いた。「じゃあ、みんなと一緒に読まないか?」と誘ったが彼女は「あまり人が多いのは好きじゃない」と答えて走って去ってしまった。

僕は、どうしたら彼女とも仲良くなれるだろうか考えた。そして彼女に提案してみた。「じゃあ、みんながいないときに一緒に本を読もう」と。すると彼女の顔は明るくなり笑顔で頷いた。それからというもの、昼の間は町の子供たちに本を読み聞かせ、夜ご飯を食べてから寝るまでの時間、僕達は家から抜け出して一緒に本を読んだのだ。

いろいろなことを話した。本のことや、自分たちのこと。彼女は以前までいた町のことを話してくれた。

彼女の父は学校の教師で、厳格な人だということ。ただ、厳しすぎた教育の所為で前の町にいづらくなってしまいこの町に家族で引っ越してきたのだと言う。その厳しい教育には彼女も対象にされているらしく、彼女の身体にはあちこちに痣ができていた。この町に引っ越してきてからも父親の対応は変わっていないらしい。

彼女は恐れていた。この町の子供と仲良くなっても、その子にも被害が及ぶのではないかと。だからなかなか声をかけられなかったのだという。今もまた、こうやって夜に抜け出していることが父親に知られたらあなたもただでは済まないかもしれないと彼女は言った。

そんな彼女に僕は安心させるように言った。「僕は大丈夫だ」と。「僕のことは気にするな。友達なんだから」と。

そうやってお互いのことを話し、知っていくうちに僕たちはお互いのことを意識し始め、やがて恋に落ちたのだ。

僕は彼女を愛していた。

彼女が持つ穏やかな性格、慈愛に満ちた笑顔。艶やかなブロンドの髪に、宝石のような瞳。彼女の愛らしい顔に人形のような華奢な肢体。彼女こそ僕の理想であり、僕が人生をかけて愛すべき女性なのだ。


「これは……」

つづられていく文を見て、カイトは唖然とした。正しくこれは、カイトとアンナのことであったからだ。

出会ってからこれまでのことが詳細につづられていく。彼の記憶どおりに。

カイトはその文章を読みながら、無意識に涙を流していた。そして自分が涙を流していることに気付いて驚いた。

やがてつづられていた文章が止まり、本が閉じられる。そこで表紙に新たな文字が刻まれた。

そこで、カイトは我に返ったかのように辺りをきょろきょろと挙動不審に見渡す。

「……?」

突然カイトの頭が真っ白になった感覚に襲われた。今何をしていたのかわからないといったように。

カイトは再び絵画と目の前に置かれている本を見る。

「アンナ……」

本にはそう書かれていた。

「女性の名前だが、この絵画のモデルの女性の名前だろうか?」

カイトはもう一度絵画を見る。

「美しい女性だが、何で僕はこんなところで立ち止まったんだ? あれ? 何で涙なんか?」

さっきも気付いていたはずなのに、カイトは何故自分が涙を流しているのかわからず頭を傾げていた。

だが、軽く頭を振ると再び階段を上り始めた。



何だろう。さっきの踊り場の辺りから、違和感が払えない。

カイトは足を動かしつつも、自分が何かを忘れているような気がしてそれが何だったか思い出そうとしていた。が、結局何も思い出すことができず、階段を上り終える。

すると、部屋の扉の前に先ほどとは違う、メイド服を着た少女が彼を出迎えた。

「いらっしゃいませ。お客様。用件は下の者から承っております。どうぞ、お入りくださいませ」

そう言って、少女が部屋の扉を開けた。

少女に促されるまま、部屋に入るとそこは沢山の本棚があり、中央には執務用の机と来客用のソファとテーブルが備えられた比較的大きな部屋だった。天上に提げられた豪華なシャンデリアと、高級そうな調度品に目を奪われながら、カイトは机に座る一人の青年の前に歩み寄る。

「やあやあ。よく来たね、カイト=ダンヴァス君」

「!?」

青年は机から立つと笑顔で出迎えた。だが、カイトは驚くと少し警戒をした面持ちで尋ねる。

「名乗ったつもりはありませんが。何故僕の名前を?」

「おやおや、警戒させてしまったかな? まあ、そんなに大した話でもないよ。まあ、とりあえず座りたまえ」

青年はカイトにソファに座るよう促すと、控えていた先ほどのメイド服の少女に「お茶」と言って、自分もカイトの真向かいのソファに座った。

前に座る青年の姿を改めて見る。銀色の長い髪に、狐のように細く鋭い目が特徴的な美青年だ。歳はおそらくカイトより少し上といったところだろうか。

「君の名前を知っている以上、私も名乗らなければ失礼にあたるね。私の名前はシオン。シオン=ランバートだ。一応これでも魔術師でね。こんな辺鄙な場所に住んではいるが世間に疎いというわけでもないのだよ」

「はあ……」

メイド服の少女が「どうぞ」と言って紅茶の入ったカップを配膳する。カイトは「どうも」と言って軽く頭を下げた。

「君の噂も聞いているよ。古美術品収集家だそうだね。商売の話が絡むとどこにでも足を伸ばすというじゃないか。スーツ姿で遺跡を巡る商売人。その服を見て一目でわかったよ」

「…………」

カイトには返す言葉がなかった。別に好き好んでスーツでめぐっているわけではない。単なる験担ぎのようなものだった。この服を着ていくと、商売の時にいい結果が出やすいといった単純な理由だ。

「それで、どうやら道に迷われたみたいだね。それなのにこの私に聞きたいことがあるとか?」

にこにこと楽しそうに話すシオン。

どこまで自分のことを知っているのだろうか。カイトはそう思いつつ尋ねた。

「ええ。こんな人の通らない場所で商売をされていると聞きまして。どんなものを扱っているのか、興味がわきました。一体どのような商品を売買されているのですか?」

「…………」

シオンは答えるかどうか少し迷っていたようだが、カイトを見て何やら楽しそうに笑った。瞬間、カイトの背筋にひやりとしたものが走る。

「本来ならば、商売相手にしか話さないんだけど。君、凄く面白いねぇ……うん。気に入ったよ。特別に教えよう」

「あ、ありがとうございます」

カイトはこの時聞いても大丈夫なのかと不安になったが、結局言い出せず、そのままシオンの話を聞くことになってしまった。

「ここで売買しているものは、簡単に言ってしまえば『人生』だ」

「……は?」

「人が生まれてから今日までの記録、と言えば少しはわかりやすいかもしれないね」

シオンは指を鳴らすと、突然その場に一冊の本が現れる。

「この本にはある人間の生まれてから今日までの記録が記されている。つまりは、この本に対象の人物の人生が保存されている状態といったところか」

「記録……保存……?」

「そうだ。私たちが売買しているのは言ってしまえばこの本そのものだ」

「で、でもそんな本を何のために……」

「まあ、最後まで話は聞きなさい。例えば、この本に保存されている人生が、とある大富豪の娘の人生だとしよう。この本を使って自分の人生を、大富豪の娘の人生に書き換えると、書き換えられた人間は大富豪の娘になりかわり大富豪の娘として生きることができる。それは周囲の人間にも適用され、誰もがその人間を大富豪の娘だと思い込む。親でさえね。いや、思い込むのではなく認識するといったほうが正しいか」

「なりかわり……?」

「そうだ。もっと簡単に言ってしまえば自分の人生と他者の人生を入れ替えることも可能なんだよ。お金さえ用意することができればね」

カイトは唖然とした。そんなことが現実的に可能なのだろうか。そしてここに至るまでに見てきた何百・何千とある本を思い出しゾッとする。

「まさか……あれは……」

「そうだ。この塔にある本全てにある人間たちの人生が保存されている。一人につき一冊だ」

「…………」

「素晴らしい商売だと思わないか? お金さえあれば新しい人生が始められるんだ。こんなに画期的な商売は今までにあっただろうか。いや、ないね。君もそう思わないかい?」

楽しそうに、楽しそうに笑いながら語るシオンに、カイトは震える指を隠しながら尋ねた。

「……それで、その、人生を本に保存された人間はどうなるんです?」

「ああ、抜け殻は全部地下にしまってあるよ。貴重な素材だからね、廃棄するわけにもいかないし。何より抜け殻が死んでしまうと保存された記録も消えてしまうからね。死なせるわけにはいかないんだよ」

「……抜け殻、とは何ですか?」

「ああ、ごめんごめん。人間は人生を抜かれるとこれまで培ってきた経験・記録を失うわけだからね。理性や感性がなくなって生きた人形みたいになるんだよ。生きてるけど何もしないってことだね。それを私達は脱け殻と呼んでいるんだ」

シオンの説明に、カイトの顔は完全に青ざめていた。そしてここでようやく、聞いてしまったことを後悔した。

「おや、少し刺激が強すぎたかな。まあ、だからこそ、普通の人に簡単に言える話じゃないんだけどね。ま、そういうことだ」

シオンは紅茶を飲むと、「いい味だ」と言って紅茶の味を楽しんでいる。

「でも、どうやってこれだけの数の人間の人生を……」

「簡単な話さ。人を買ったのさ」

「人を……」

「ちょっとしたつてを使ってね。様々な人種を集めたよ。それこそ、奴隷から一国の姫君まで様々だ」

「…………」

「誰だっていいわけじゃない。奴隷の人生を歩みたがる人間なんてどこにもいないしね。できるだけ裕福で幸せそうな人間を買ったよ。お金ならいくらでもあまってたからね」

黙っていたカイトだったが、しばらく考えた後、首を横に振った。

「信じられない。仮にあなたが凄腕の魔術師だったとしても、たかだか一人の人間が、そういうことができるとは到底思えない」

信じたくないという気持ちもあった。こんな馬鹿げた商売があっていいはずがない。

人間、人生は一度きりだ。やり直すことは何度でも可能だろうが、別の人生をお金を出せば生きられるなどあってはならない。倫理に反している。

「それに、僕も商売人として世情には詳しいつもりだが、そんな話は一度も聞いたことがない」

ぴしゃりと言い切るカイトに、シオンは笑いながら言った。

「ま、そうだろうね。私だって、今日初めて会ったばかりの人に、簡単に信じてもらえるとは思ってないよ」

「…………」

「そうだね。じゃあ、ちょっと話を変えてみようか」

そう言うと、シオンはジッとカイトの目を見つめてきた。突然のことに驚いたが、カイトは毅然とした態度でそれを見返す。

「君、ここに来る時、下の子に触ってはいけないと言われたのに、本を触ったね?」

カイトはさっきの階段の踊り場に置いてあった本を思い出した。確かに触ったような気がする。

「あ、ああ。多分、触ったと思う」

カイトが頷くと、シオンは満足そうに笑い、もう一度指を鳴らした。すると別の本がシオンの前に現れる。

表紙にアンナと書かれたさっき踊り場で見ていた本だった。

シオンはその本を手にとって開いた。そして内容を読み上げる。

「この本にはアンナという女性と君の物語が書かれているが、君はアンナという女性に心当たりはあるかい?」

「…………」

カイトは少し考え込むが、首を横に振って「ない」と答えた。

「この本はね、触れた者の記憶——すなわち人生を読み取るんだよ。だからいつも下の子には客が来た時は、決して本に触れさせてはならないと言っている。君はもう、人生の一部をこの本に奪われているんだよ。君の大事なアンナという女性との記憶がね」

「なっ……!?」

信じられなかった。確かに、踊り場の辺りから何かを忘れているような違和感に襲われていたが、自分の大事な人の存在を忘れられるはずがない。だが、いくら思い返してみてもカイトはアンナという女性に心当たりはなかった。

「でたらめだ! そんなことがありえるはずがない!」

勢いあまって、カイトはその場に立ち上がった。そして「ありえない」という言葉を繰り返している。

だが、そんな彼をシオンは面白そうに見つめていた。

「ありえるはずがない……だが、だが、それが本当ならば、あなたは勝手に僕の記憶を了承なく奪ったことになる。もし本当ならば、僕の記憶を返してほしい。いや、返せ!」

混乱して頭に血が上ったのか、カイトは激昂して怒鳴りつける。だが、シオンは余裕のある顔で涼しげに受け流し、首を横に振った。

「触ってはいけないと言われていたのに触ってしまった君の過失だ」

「それならば、そういう大事なことを前もって言ってもらわなければ困る!」

更に怒鳴るカイトに、シオンはため息をつくと紅茶をすすって言った。

「私は、君にここに来るように強要した覚えはない。君がここにいるのは、あくまでも君自身の意思だ」

「…………」

カイトは黙った。それを見てシオンはにっこりと笑う。

「もし、記憶を取り戻したければ、それ相応の対価が必要だ」

「対価……とは?」

「それは……今までの君の人生そのものだ」

「なっ……!」

カイトは更に言い返そうとしたが、シオンの目を見て押し黙った。彼の狂気染みた目を見て何も言えなくなってしまったのだ。

「あなたはもう少し勉強した方がいい。魔術師との交渉は、お得意の話術だけでは到底太刀打ちなどできないことを。あなたはここがどこかもう忘れたのか? そして私が誰であるのかも」

「…………」

シオンは再び笑った。目は狂気染みたものではなく、先ほどの彼の目に戻っている。

「まあ、どこぞの鬼畜魔術師よりも私は心が広いからね。同じ対価で返してあげようと言っているんだよ。さあ、選びたまえ。君と愛する人とのこれまでの記憶か。君が培ってきたこれまでの人生か。時間はある。大いに悩みたまえ」

そう言うと、シオンは部屋から出て行ってしまった。それにならって控えていたメイド服の少女もお辞儀をして部屋から出て行く。

部屋に一人残され、カイトはソファに倒れるように座り込んだ。そして頭を抱える。

「くそっ……どうしたら、どうしたらいいんだ……」


それから数時間が経っても、カイトは一人悩んでいた。いくら考えても答えが出なかった。

ふと、テーブルの上に置かれたアンナというタイトルの本が目に入る。だが、やはりカイトには覚えがない。記憶を探っても探っても、自分に恋人がいたという記憶なんてない。

自分が持っていない記憶のために、今ある自分の人生を差し出すなど到底できる話ではない。

だが、それでもカイトは迷っていた。

もし、その記憶が本当に自分のものであったならば、そのアンナという女性が記憶をなくした自分の姿を見て、どういう気持ちになるだろうと考えたからだ。きっと悲しむに違いないだろう。いや、間違いない。悲しむに決まっている。

さっき、本に書いてあることをシオンが読み上げたが、到底自分のこととは思えなかった。だが、本の通りであるならばアンナという女性にとって自分は、かけがえのない存在に違いない。

多少自惚れているかもしれないが、彼女を支えられるのは自分しかいないと思ったのだ。いや、自分以外ありえない。

「よし……」

決意を固めると同時に、タイミング良くシオンが部屋の中に入ってきた。

「どうだい? 決まったかな?」

「ああ。だが、一つ聞きたい。もし僕が引き換えに、人生の記憶を差し出したら、僕は抜け殻になるのか?」

「抜け殻というのは、人生全てを差し出して何もなくなった人のことだからね。君の場合は少なくとも、彼女への愛が残るわけだから、抜け殻にはならないと思うよ」

「それがわかれば充分だ。僕は愛する人との記憶を選ぶ。これだけはなにものにも変えがたい大事な記憶だ。たとえそれが自分の人生の記憶を差し出すことになるとしても。抜け殻にならないのならば、またこれから自分の人生を作っていけばいいだけの話だ」

それがカイトの答えだった。理由はわからないが、何故かカイトは愛する人との記憶を選ばなければいけないという、根拠のない義務感を感じていた。

そんな彼を見て、シオンは「いいだろう」と笑った。

そしてシオンの魔術で、カイトは自分の人生の記憶を失い、愛する人との記憶を取り戻したのだ。



こんこん、と扉をノックする音が聞こえた。

「開いてるよ」

シオンが答えると、一人のメイド服を着た少女が現れた。塔の入り口でカイトを出迎えた少女である。

「ご主人様、新聞が届いております」

「ああ、持ってきて」

少女は「失礼します」と言って部屋の中に入ると、持っていた新聞を主に向かって差し出した。

「他に何か御用はございますでしょうか?」

「いや、特にないかな。下がっていいよ」

「失礼いたします」

少女は相変わらず無表情のまま頭を下げると部屋から出て行った。

それと同時に突然何もないところから、もう一人のメイド服を着た少女が姿を現した。

「ほんと、シオンってば悪趣味よね〜。あんな子供にメイド服着せて何が楽しいのよ。ついでに私にまで着るように強要してくるし」

思いっきりため口の少女の言葉に、シオンはさして気分を害した様子もなく笑った。

「まあまあ、いいじゃないか。案外似合ってるぞ」

「案外は余計よ。私くらいの美少女になれば、何着ても似合うんだから」

シオンの後ろで鏡を見てポーズを決め込む少女に、シオンは「はいはい」と適当に相槌をうちながら新聞を見た。そして内容を見て目を細める。

「それにしても、見事に思った通りの展開になったな」

シオンの独り言に気付いた少女も、新聞に目を移す。

新聞には町で起こった殺人事件の内容が書かれていた。

被害者の名前はカイト=ダンヴァス。容疑者の名前はアンナ=フェルメートと書かれていた。

内容を簡潔にまとめると、アンナが以前からストーカー被害にあっていたカイトを撲殺したという事件だった。被害者に襲われたことによる正当防衛だと書かれている。

「ふーん。私はあんまり面白くないんだけどね。ここまでシオンの言ったとおりになるなんて」

「やはり私が最初に睨んだとおりだったな。彼は素晴らしい素材だよ」

シオンはそう言って机に置かれた一冊の本を見た。表紙にはタイトルでカイト=ダンヴァスの名前が刻まれている。

その本には、カイトが字が読めず、いつも町で子供たちを集めて、本を読み聞かせているアンナに恋をするという内容が事細かに書かれていた。以前本に書かれていたカイトとアンナの話だが、あれはキャラクターの立ち位置が全くの逆なのだ。それどころか、彼が言っていた夜にアンナと二人で本を読んだり、自分たちのことを話し合うという場面もない。全部カイトの妄想だ。

カイトは小さい頃から大人になった今も、ずっとアンナに恋をし続けていた。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと彼女のことを想い、彼女と恋人になれることを夢見てきたのだ。

もともと、カイトは古美術品が好きで、その商品の背景を想像するのが好きだったため、想像力が他の人に比べて高い。それが仇になったのか、最近では想像が現実であるとさえ思うようになってきていた。だから、あの本に奪われたアンナとの記憶は、彼の記憶どおりに書き込まれたのだ。

「今までにない素材だ。彼をなくすのは非常に惜しい」

「だから彼を助けたのね? コレクションの素材をひとつ無駄にして」

「無駄? リサイクルと言ってほしいね。再利用だよ、再利用。このまま無為に保存していても何の意味があるというんだ。持っているものは有意義に使わないと失礼だろう」

シオンはカイトを死なせるつもりは毛頭なかった。確かに、新聞には被害者の名前としてカイトの名前が載っているが、カイトが殺される寸前、シオンが魔術でカイトとカイトそっくりの人間を入れ替えたのだ。しかも、そのカイトそっくりの人間がカイト本人であるよう認識されるように魔術まで使って。

「何かそれ、言葉の使い道合ってない気がするんだけど……ま、いいや」

少女は地下にいるカイトの姿を思い出した。彼は今、地下の一室でアンナそっくりの女を抱きしめながらひたすら「愛しているよ」を繰り返し呟いている。シオンに「あれうるさいんだけど」と言うが、シオンは笑いながら「好きにさせてあげなさい」と言うのでどうしようもない。

「そういえば、あの絵、君が買ってきたんだったな。どんな絵なんだ?」

シオンが尋ねると、少女は階段踊り場に飾ってある絵を思い出した。

「ああ、あれ。普通の人間には普通の絵にしか見えないはずなんだけどね。魔力を持った人間が見ると、その人間の大事な人が映るようになってんの」

「なるほど……魔力を持たない彼に何故アンナの絵が見えたのか不思議だったんだが、それほどに、彼の彼女への執着が凄かったってことか。実に面白いね。人間というのは、本当に。君には感謝しているよ。これだけの魔術が使えるのは君と契約できたおかげだからね」

突然シオンにお礼を言われて少女は驚いたが、やがて狂気を湛えた眼でにやりと笑った。

「その代わり、お前は死ぬまで私を飽きさせるなよ。この私が、たかだか人間の魔術師と契約するなんて、お前が面白い人間だからという理由だけしかないのだから」

「おお、怖い怖い。言っただろう、退屈になったらいつでも私を殺せばいい。そんな脅しはやめてくれ。寿命が縮まってしまう」

全く怖がっていないシオンに、少女は失笑した。

「お前が寿命という概念を持っていたことにびっくりだよ…それはそうと、また新しいお客さんが来たみたいね」

「今度はまともな商談になるといいんだが」

「シオンがそれを言う?」

少女の突っ込みに、シオンは楽しそうに笑った。

「たまには君が接客してみたらどうだい?」

「……それもそうね。面白そう」

少女はその場からフッと姿をかき消すと、下で客を出迎えようとしていた少女に下がれと言うと

「いらっしゃいませ。お客様。本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」

天使のような顔で笑顔を浮かべて客を出迎えたのだった。


初投稿になります。ジャンルは、ファンタジー+ホラーのつもりで書きました。

最近オリジナルを書き始めた新参者なので、下手な文章、展開等が多いと思います。最後まで読んでくださった方に本当に感謝です。

この作品はあくまで練習のつもりで書きました。また短編をちょくちょくあげていくつもりなのでお付き合いいただければ嬉しいです。

感想やダメ出しなど宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 初めての作品とは思えないほど素晴らしい作品でしたよ。 これからも更新がんばってください
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