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ある侵入者のお話 ――ウオルティオ家物語――

小説内のチャイムは、脳内イメージ動画を一時止めてナレーションが流れる……と言うつもりでやってみました。

 ――さて、どうするか?


 光の無い天井裏とは言え、微小な隙間から漏れてくる光はある。


 当初の予定まではかなりあるので、おとなしく待機しておく。ここで妙な焦りを出してしまえば、すべてが無駄に――ヘタをすれば命と引き換えということにもなる。


 この世界に入って早数年。幼い頃からこの世界にいるのだ。それぐらいのことはわきまえている。


 ・


 今回の件、始まりは一週間ほど前だった。


 いつもの様に――と言うほどの頻度でもないが、マスターに呼び出された。

 今回の仕事はウオルティオ子爵家。

 

 ――珍しい。貴族が対象とは。


 一瞬そう思ったが、その考えは脳裏奥深くに仕舞いこんでおく。

 無駄な事を考える必要なんてない。


 時間をかけて――と思っていたのだが、今回は見せしめを兼ねているため短期で行うようにと命令が下った。


 本当に珍しい。


 経験がないわけではないが、それでもどちらかというと長期間掛けて行なう仕事の方が多かった。それに、こういう仕事は自分なんかよりも得意な人間は……知っているだけでも片手――で数えられるぐらいはいる、はず。


 拒否権なんてないから、直ぐに退席して準備に取り掛かった。


 ・


 前情報の収集に1日。

 子爵家領まで3日。

 そこから子爵家のある街まで2日。

 さらに細かい情報を収集するのに2日。


 分かったことは、ウオルティオ子爵家は相当に変わっているということ。

 普通領主は領民の前になんて顔を出さない。貴族サマはふんぞり返っているっていうのが一般的だ。


 それなのにここでは、子爵の屋敷の一部が解放されていて領民の要望受付とかやっているらしい。そして屋敷の前には大きな路ができていて、色々な店が軒を連ねている。

 領民からの評価は最上。

 

 一体うちといったい何があったんだ?


 ――気にしても仕方がない。

 自分は自分の任務をおこなうだけ。

 

 しかし――受付があるおかげで侵入しやすかった。


 昼間に領民に紛れて館に入り。人気のいない箇所を見つけて天井裏へ。


 そして今に至る。


 屋敷の住人は、当主ウオルティオ子爵と夫人。

 子供は3人。

 嫡子夫婦にその子供――子爵にとっては孫が1人。

 次男はこちらは王都に住んでいるらしく不在。

 そして少し年の離れた長女。

 後は住み込みの使用人が何人かいるらしい。

 また、騎士団――というより治安部隊の幾人かも常駐しているらしい。

 

 屋敷の見取り図が手に入ればなお良かったのだが、建国当時の建屋を改装に改装を重ねたもののため、ないらしい。


 ――しかし……

 どこからともなく視線を感じるような気がするのは気のせいか?


 ――いや、気のせいだ。

 自分よりも腕の良い人間はギルドにもいるが、その人相手でも気配を感じないということはなかった。

 そんな自分が、ただ漠然と視線のみを感じる? アリエナイ。

 貴族の屋敷への侵入は初めてだから、気が高ぶっているだけだ! 

 

 ――いつも通りやればいいんだ!


 ・


 陽も落ち、天井下から感じる人の気配は無くなった。

 このまま下に降りてもいいのだが、事前の調査で今自分のいる建家と子爵が生活する建家は違っている。

 隣接し、通路で繋がっているようだが身を隠す場所がない。

 ならば最初から天井裏を通って行った方が安全だ。


 人の気配が無いことを再度確認すると、小さな火を灯し、音を立てない様注意を払って移動を開始した。


 ・


 子爵家母屋は2階建て。おそらく子爵の部屋は上の階だろう。

 本人のみ――ならばそこに向かわなくてはいけないが、今回は本人指定もなければ手段の指定もない。

 ならば最も楽で確実な方法を採ることにしよう。


 目指す場所は厨房!

 

 見取り図はないが、こういったものがどこにあるかは大体決まっている。

 臭い対策として、1階の奥ばった場所。

 

 人数が少ないらしく、下の廊下は暗く、人の気配もない。

 わざわざ時間のかかる天井裏を這っている必要もない。

 

 そう判断して、一度廊下に降りることにした。


 ・


 あった。


 特有の臭気がなかったため、あまり確信は持てなかったが。

 天井裏に再び戻り、小さく空いた隙間から室内を覗き込み確信が持てた。


 部屋中央に大きな作業机。上には何種類かの食材が並んでいる。

 いくつか見える竈の火は落とされており、また壁際に設置された台でが恰幅のいい女が何やら作業をしている。完全に背を向けているので顔は分からなが――


 ――好機!


 懐から瓶を取り出して、蓋を開ける。

 後はこれを食材に上手く垂らせば――


 トス!


 ――――――――!!


 悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい!

 突然目の前――鼻の薄皮を一枚切るか切らないかの場所に、刃が生えた!


 吹き出る冷や汗!

 湧き上がる恐怖を無理やり押さえて、転がるように横にずれ――

 

 その瞬間!

 今まで自分の体があった場所に2本目の刃が生えた!


 下から「チィ! 外したか! 」と聞こえてきたのを幻聴と思いたい。

 一瞬、両手にゴツイ包丁を構えた鬼の形相のおばちゃんの姿が見えた気もするけど――



――――・――――・[ピーポーパーン]――――・――――・

※ 牛刀ぎゅうとう――


 様々な用途に使用される包丁だよ。

 刃渡りは様々で長いものでは40㎝弱のものもあるよ。

 ヒトに向かって投げちゃあゼッタイにダメだゾ!

 街中で持ち歩いていると、銃刀法違反でお巡りさんに捕まっちゃうからやったらダメだゾ!

 

―――・――――・――――・――――・――――・――――・



 ・


 どこをどう逃げたなんて覚えていない。

 

 ――ダメだ、戻れない!

 戻ったらコロされる!

 うう……ちょっとちびったぁ……


 動いた数瞬後には生えてくる刃。

 一瞬でも動きを止めていたら突き刺さってたと思う。


 ゼーハーゼーハーと、体が求めるままに息をする。

 忍び込んでいる人間としてあるまじき行動だとは分かっているけど……

 

 ――ううう……泣いてなんかないもん!


 目元に水が溜まっているけど、これは汗だ! そう汗!


 もう自分でも何を言っているか分からない。


 ――落ち着け、落ち着くんだ!


 ・

 

 パタン――


 呼吸も落ち着き、さあ行くか――と気持ちを入れ替えた瞬間。

 近くで扉が閉まる音がした。


 ――あれ?

 今、人の気配した?


 情報を確認したほうがいいだろうと判断し、物陰から覗いてみた。


 暗い廊下。夜目も鍛えているが、人の影しか見えない。

 多分体型から女。おそらく侍女だとは思う。

 ただ何故明かりを持っていないのだろう?

 自分は持っていた光源は廊下に降りた際に消している。鍛えているから、窓から入る若干の月明かりでも何とかなる。

 でも相手は侍女――


「ネズミ……ですか」


 ――え?


 多少なりとも距離があるはずなのに、彼女の呟きははっきりと聞こえた。

 そしてその瞬間耳元を過ぎる風斬り音!


「お嬢様のお部屋の側のため、血で汚すのはやぶさかですが……」


 彼女から、何かの回転音が聞こえてくる。


 ――マズイ!


「これ以上留まるのでしたそれも止むなしです」


 転がるように横に避けたその直後――何か小さいものがさっきまで頭があった場所を通り過ぎていた。



――――・――――・[ピーポーパーン]――――・――――・

※ 流星錘りゅうせんすい――


 縄の先に重りをつけた古代の武器だよ。

 振り回すとぶつかってケガをしたり、物を壊したりするかもしれないから、良い子はゼッタイにやっちゃあダメだゾ!


―――・――――・――――・――――・――――・――――・


 ・


 ――ううううう……

 何なの、ココ……


 何でそれ専用の訓練もして、何度も実践している自分の気配を何でただの厨房のおばちゃんが、侍女が、気付くことができる!?

 

 ――逃げ出したい。

 でも……

 今回の件はマスターから特1級の命令が……

 このまま戻っても命はないし、組織から逃げてもネットワークに引っかかって――


 もう、屋敷のドコにいるのかも分からない。


 ――無駄とは思うけど、日を改めて――あれ?

 

「――――――」


 話し声――って、また気配を感じない。

 本当にどうなってるの……この屋敷!


 感情操作の訓練もしているけど、そんなモノ、何の役にもたっていない!

 

 けど、少しでも情報は得とかないと……


 嫌な予感しかしないけど……

 今まで以上に気配を消すのに注意して、話し声のした方に近づいていった。


 ・


「――そう――、レイ――」


 話し声は完全ではないけど、拾える程の距離。

 今度はさっきみたいに覗き込むなんてことはしないで、体を完全に物陰に隠している。


 ――落ち着け、自分は物だ! 感情を、気配を消せ!


 聞こえてくる声は2種類。どちらも女の声。


「――ズミ、しゅ――は、――――」

「――――――ウィンシア――――――ギルド――――」


 ――――――――――――!!


 今度こそ――心臓が止まるかと思った!

 今話しに出てきたウィンシアは――自分が拠点としている街の名前。


 ――バレてる。ゼッタイにバレてる!


 逃げよう! そして報告しないと!


 窓も割ってでも――そう思い立った矢先!

 とんでもないプレッシャーが全身を襲った!


 怖い怖いこわいこわイコワイコワイ――


 襲いかかる恐怖に身動き一つ――目蓋すら動かすことができない。

 思考もまとまらない。

 ワカラナイ! ナニガ……


 プレッシャーは徐々に強くなってきている。


「あ――……」


 そして、視界――そして思考が漆黒に染まっていた。


 ・

 ・

 ・


 どれくらい経っただろう?

 気が付いたら拘束されていた。

 

 岩でとレンガで囲まれた、窓のない部屋。おそらく地下室。

 肌に感じる感触から、着ていた服は全て脱がされ、かなり厚手の布地が首から下を覆っている。椅子に座らされて、布地の上から縛られていて身動きは取れない。ただ布のおかげか、縛られている痛みはない。


 ――どうゆうつもりだ?

 

 いや、それよりも――

 拷問耐性の訓練も受けてはいるが、今回はそれで済むはずがない。

 気を失う際に感じた恐怖――

 思い出しただけでも身震いしてしまう。

 情報を抜かれる前に――


 万が一、このような事態が発生した時のため任務の際には必ず歯の奥に仕込んでる小さなカプセルを舌で――


「探し物はこれかしら?」


 ――――――――――!!


 また気が付かなかった!

 声を掛けられるまでその存在に気が付かなかった!


 部屋の隅にその人物――メイド服姿の黒髪の女性が立っていた。

 そして、自分に見せるように持っているのは、間違いなく自害用に仕込んでいたカプセル!


 残された手段は――このまま舌を噛み切る――の……


 それすらも叶わなかった。

 大した距離はなかったとはいえ、一瞬で詰められ、口の中に布を詰め込まれてしまった。さらに吐き出せないように口に布を巻かれてしまった。


「――――――――――――――っ!! 」


 声にならない声を上げ――彼女の目を見た瞬間に。

 その、モノを見るかの様な、冷め切った目を見た瞬間。

 あの時のプレッシャーの主だと、本能的に察してしまった。

 そしてこれから自分に起こるであろうコトも――








 ――半月後――


「さぁ、ルー。入りますよ」 


 大きく、随所に彫刻の施された立派な扉。

 その前で、真新しいメイド服に身を包んだ私は――緊張のあまり震えていた。


「で……でも、お母さ「ルー」……ゴ、ゴメンなさい、侍女長――」


 う……何度も浴びたけど、お母様――次女長のプレッシャーは怖いです。

 普段はとても優しいのですけど……


「どうしたのですか?」


 プレッシャーは一瞬で消えました。呼び方だけを咎めたみたいです。

 今は扉のノブに手をかけたまま顔だけをこちらに向けて微笑んでくれています。


「や、やっぱり……、わ、私如き卑しい存在が、旦那様の目を汚していまうなんて――」


 考えただけで怖いです。

 それに、元々私は、旦那様の命を狙ってここに侵入した――「大丈夫ですよ」


 いつの間にかお母様に頭を撫でられていました。

 やっぱり気持ちいいです。


「あなたはキチンと過去を清算していますよ。

 今ここにいるのは、私の娘のルーですよ。

 そして、これから同じ旦那様の元で働く同僚にもなるのです。

 旦那様もご存知な上でお許しを頂いているのですよ。

 怖がることなんてないですよ」


 ――あ……

「――はい」


 優しい声と言葉が、スーと体に染み込んできます。

 そうです。それにお母様も一緒にいてくれるのです。

 怖がることはないのです!


「では、行きますよ」


 ――でも、スゴく、キンチョウします!


 扉を開け中に入っていくお母様についていきます。

 

 うう……視界がグルグルします――


 何やらお母様が話されたかと思うと、ガチガチに固まっている私の肩に手をかけました。


 ――あ……

「る……る、ルーと申します! よろしくお願いしましゅ! 」


 噛んでしまいました。


 沸き起こった笑いに、おじきをした状態ですが、顔が真っ赤になっていると思います。

 とても恥ずかしいです。


 でも――


 感じる空気――雰囲気はとても温かいです――


 こうして私、ルーのウオルティオ子爵家での生活が始まりました。









 ――おまけ――侍女長と治安部隊総隊長の会話――


「ご苦労様でした。

 ウィンシアの盗賊ギルドの検挙」


「いやいや、大した事ないさ。

 ほとんど向こうさんにまかせてきたからな。

 しっかし……今日挨拶していたあの娘――」


「ええ、元々はウィンシアの盗賊ギルドが送り込んできたアサシンですが。

 何か?

 もしかして何も知らない若干14歳の女の子を始末しろ、と?」


「そんなこと言ってねぇ!

 ただ、幼いころからそれ専門の教育を受けてきていたんだろ?

 それなのにたった半年で侵入していた時と纏ってる空気が全くの別人となってたぞ。

 一体どんな手を使ったんだ?」


「なるほど。そのやり方を知って、様々な女性を好きに――」


「誰がするか! 」


「冗談ですよ。

 まぁ簡単な方法ですが」


「表情変えずにタチの悪い冗談をいうのはやめてくれ」


「前向きに検討しておきますね。

 それでやった方法なのですが――

 空気の流れ等を感じさせないように全身を分厚い布で覆いまして、舌を噛み切らないように猿轡をします。そしてさらに目隠しと耳栓をします」


「ヲイコラ! 」


「そして壊れる寸前のところで視覚と聴覚を解放し、事務的に対処してからまた目隠しと耳栓をします。それを心が折れるまで繰り返します。

 折れた後は、優しく抱きしめ、色々と刷り込んでいけばいいだけです」


「思いっきりタチの悪い洗脳じゃねぇか! 」


「失敬な。

 私は可愛い娘を、レイア達は可愛い妹を。あの子は新しい人生を手に入れて。

 さらには旦那様は前途有望な侍女を雇うことが出来たのですよ。

 誰も損なんてしていないではないですか」


「いや、まぁ結果だけ見ればそうかもしれないけどな。

 人道的に――」


「結果よければいいではないですか。

 あぁ、私はそろそろ仕事に戻らなくては」


「あ~、そうだな。

 オレも戻るとするか……」





『タマちゃん~』でなくて申し訳ありません。友人に別作品やってみたらと言われ、妄想してみました。たまたまコンビニで、現在実写映画公開中の明治剣客ものの京都編懐かしく読んでいたため、最初では、最後は拷問にて警告――としようとしていたのですがしっくりこず、現状の形となりました。                              こんなの書いてないで『タマ~』をでも結構ですので、ご感想をお願いいたします。

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