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むしろツンドラ

オレとツレの結婚式事情

作者: 園橋のぎ


「で、式は何時にしようか」


 当たり前のように言われた言葉にオレは思わず「はぁ?」と言ってしまう。

 顔は気持ちに正直で、何度か注意された眉間にも当然のようにシワ。声のトーンがガクッと下がる。

 思い切り全身で「はぁっ?」を表現してしまったオレに、相手がたじろぐ。

 いや、だってさ。式ってつまり、世間で言うところの結婚式とやらのことですよね?

 何故そんなものせにゃあならんのでしょうか?

 そう言いたいのをぐっと堪えて(大人ってそういうもんだ)オレは、なるべく抑えた感じに訊いてみる。

「式って……やるつもりだったのか?」

「え?」

 ああこの反応はやりたいんですね。やる気満々で当然だと思ってたんですね。

 オレは若干目付の悪さが増すのを感じながらはー、と溜息を吐く。


 まぁね。

 昔っから良く聞く話だ。

 大きくなったら綺麗な花嫁さんになって、白いウェディングドレスを着て、チャペルで結婚式するのー。ってな。

 いや別に世の中のお嬢さん方の夢を否定する気はねぇよ?

 ただ、実際にやるとなったら相当大変だぞって話。

 時間も金も労力も頭もかなり使う。結婚式だーって言えば自動的に綺麗なチャペルで素敵な花嫁ごっこが出来る訳じゃない。

 まずプランを練る。やりたいこととやりたくないこと、とかね。

 次にそれが出来そうな会場をいくつか選んで、各会場で何が出来るだの出来ないだの、持ち込みはどうだの、立地条件としては近くに宿泊施設があるかだとか、雨の日でも服が汚れずに来られるかだとかを調べる。で、見積もりとって、比較して、やっと選んだら今度は誰を招くかとか招かないだとか。案内状はどういう形式にするだとか。ご祝儀を受け取るのか会費制にするのか、お土産の中身はどうするのかとか、急な出席欠席にどう対応するのかとか。料理だって決めて、アレルギーの人にはそれなりに配慮して、お子様にもそれなりに椅子とか関とか料理の中身とか配慮して。その合間にドレスやらタキシードやら、その他小物だとか選んで合わせて、ブーケ何かの花も色々予約して。

 まぁ、ざっとオレが思いついただけでこんだけかかりますから。

 二、三ヶ月じゃ終わりませんから。

 当然金もかかりますから。

 まぁ金はオレ何かよりこいつの方がよっぽど稼いでますから、オレがぐちゃぐちゃ言う義理じゃないんだけどさ。

 でもお前死ぬほど忙しいだろ? (オレ? まぁ、それなりに忙しいです)

 仕事だってかなり重要なの任されてるんだろ? (オレ? 普通に下っ端なりの仕事ですけど何か)

 人脈だって半端ないだろ? (オレ? 三人の友人と肉親と事務所の先輩方だけですが何か)


 その状態で結婚式に憧れてますだからやります、って無理だと思うんですけどどうですか。

 でも無碍に却下するのも人間関係上よろしくないと思うので、一応俺はもう少し訊いてみる。


「結婚したって通知なら、カードでも送ればいいと思うけど……何でやりたい訳?」

「いや、そりゃウェディングドレスとか……」


 ああ、はいはい。憧れですね確実に。

 普段はバリバリのキャリアって感じなのに、妙なところで乙女ちっく回路が入るんだよなこいつ。

 そう言うところも可愛いっ! 素敵っ! 愛してるっ! ……とか思えればお幸せなんだろうけどオレはただ退くだけだ。残念なことに。

 はいはい、純情ですね、可愛いですね、顔が良いと得ですね。見た目が良いと人生の難易度はベリーイージー、こうですね、分かりたくありません。

 ひがみと笑わば笑え。

 こんな奴の隣で、「ツレです」とオレが発言する時のあの居たたまれなさを知ったら、きっと皆納得するさ。

 あーはいはい、オプションがこんな残念な感じで悪かったですね。

 何でこんな素敵な人がこんなのと、とかオレも同感ですよ。

 多分こいつ、ちょっと頭がおかしいか、目がおかしいか、性癖がおかしいか、全部おかしいかのどれかだろう。

 あ、ちなみにオレの見た目は通りすがりのお嬢ちゃんが「あのお兄ちゃん怖い」と泣き出す感じだ。

 ふん、傷ついてなんか……ううぅ。

 良いさ、この前猫に逃げられた時に悟ることにしたんだ。

 だけど一言言いたい。

 猫。別に取って食おうとしてるんじゃないんだから、あんな悲鳴あげて死に物狂いで逃げ出さなくても良いと思うんだ、オレ。


「ドレス着たいんだ」

「え? い、いやいや、違うってば……そうじゃなくて!」

「いや別に止めねぇよ? 着たいなら着れば良いと思うし。きっとファミリーの皆さんにも大好評だろうし」


 ついでにオレの友人にも見せたらきっと喜ぶだろう。


「……もしかして、まったく興味無い?」

「はいその通りですが何か」


 悪いけどお前の趣味とオレの趣味は違う。

 曲がりなりにも五年以上つきあってたんだからそれぐらい悟ってくれ。メルヘンにもロマンチックにもオレは興味無いんだってば。

 別に邪魔しようとは思わないし、お前がそれに浸る分には構わないし、お前の稼ぎをどう使おうがお前のかってなんでその辺は構わない。むしろ放任。

 けどこっちも巻き込まれるとなったら話は別だ。


「ドレスだけならレンタルして記念撮影で良いんじゃね? 挨拶状にくっつけてさ」

「投げやりすぎないか、その反応……」

「投げやりってゆうか、オレ関係ないし。その辺の手配は御自分でどうぞ」

「いや……うん、でも先に挨拶状用の絵を作るのは良いかも。仕事何時空きそう?」

「や、オレは撮らねぇよ?」


 オレの言葉に何故か愕然とした顔をするツレ。

 いや、オレはむしろ今の流れで何故オレまで参加になっているのかの方が不思議なんですけど。


「一人で行けって?!」

「いや皆で行っても良いんじゃね? 集団写真っぽい感じも面白いかもだし」

「お前は?!」

「は? さぁ……まぁ多分仕事じゃね?」

「……分かってたけど酷い」


 愛が無いとか鳥肌立つようなことをのたまいながら突っ伏すツレ。

 お前、オレに何を求めてるんですか……いや、まぁ世間一般の夫婦って本当はそういうもんだよな。

 ……夫婦、ね。

 まだ何かぐちぐちと往生際悪く言ってるツレを視界の端っこに追いやって、オレは頬杖を突く。

 夫婦ですか。

 婚姻届を出してしまった時点で、一応その言葉も成立しているんだろうけど何とも空々しい。

 別にこいつがオレに対して冷たいとか、そういうことはない。

 酷い、のは偶にあるけど。

 まぁツンデレどころかツンドラと評されたオレよりよっぽどましだろう。

 少なくとも今のところ、オレと関わってからは遊び歩くのも止めてるっぽいし、昔付き合ってた人達とも綺麗に別れたらしいし、料理洗濯家事炊事嫌な顔一つせずさらっとこなすし、まぁ良妻の鑑って感じですよ。

 今は。

 今のところは。

 でも、どうだかな、とオレの中で声がする。

 何せこの人、基本的にメンクイだ。

 ついでに言うと、体格だってオレみたいなひょろっと痩せて……あまり高くないのも好みの範疇外。

 黙っててもナンパされるけど、基本的に自分から攻めて行きたいタイプ。

 それで基本的に断られたことが無くて、最盛期には八股かけてて、それがばれてるのに許されてたと言うある意味チートなお人だ。

 死ねばいいのに。

 この女の敵め。

 いやまぁ、今死なれても後の処理が面倒なので止めて欲しい。

 死ぬならきっぱりはっきり、別れてからにして下さい。

 

 ……うん、まぁそうなんですよ。


 正直なところ、オレはこの状態がいつまでも続くと思っていない。

 三分と言わず三秒後に離婚届を差し出されてもまぁ不思議じゃないだろうな、と思っている。

 いや、別に相手が嫌いとかじゃないんだけどな。

 好き嫌いでキッパリばっさり分けろと言われれば……まぁ、本気で嫌なら今ここに居ませんよ。もてる力全てを持って、使えるものは何でも使って徹底的に抵抗してますよ。

 ただ。

 ただ、まぁこの結婚(役所に届け出を出したんだから結婚で間違いないはず)は相手の気の迷いのようなものというか、意地を張った結果退けなくなってぶちぬいちゃった、みたいなものなので、オレとしては結婚式なんて御大層なものに手を出して良いのか微妙だと思うのだ。

 ぶっちゃけ、ナシだと思っている。

 だってさ、考えても見ろよ。

 離婚するだろ? で、新しい素敵な相手をゲットするだろ? そう言う時に前にもう結婚式やっちゃってましたー、とか相手としちゃあんまり嬉しくないと思うんだよね。

 むしろ「結婚式、まだやってなくて……今度は貴方と一緒に」とか頬染めて言ってみろ。

 オレはどん引きだが、こういうの喜ぶ奴も世間にゃ結構いるのだ。

 そう言う事を考えると、正直結婚式とか頷きかねる。

 くどいようだが、別にオレはツレが生理的にどうしてもだめ、とかではないのだ。

 好きとは言えないが、嫌いでは無い。

 まぁ色々問題はあるにせよ、どちらかと言えば善人だ……と信じたい。

 そのツレと、ツレの未来の伴侶のことをわざわざ不幸にしようと思うほど、オレはねじ曲がっちゃない。と思う。

 だから思うんだ。

 結婚式も、綺麗なウェディングドレスも、お祝いのケーキも、祝福する皆も、幸せな花嫁も。

 みんなその大事な時の為にとっとけよ、って。

 オレはオレで、いつ離婚届が提出されるのか友人たちと予想トトカルチョを作って楽しむから。


 さて、どうやってその辺をうまーく誘導しようかな、と思ってもう一度ツレを見ると、

「……あれ?」

 何だか、非常によろしくない感じの笑顔が浮かんでました。

 何でだ。

 えーと。

「……オレ、声に出してた?」

「いいや?」

 笑顔が怖い笑顔が怖い笑顔が怖い。

 さっきも言ったが、こいつはオレに冷たいとかは無い。が、酷い時はある。

 今その酷い時警報がびんびん鳴ってますよ!

「ただ、口が動いてた」

「ぎゃー!!」

 警報じゃなくて既に手遅れだったー!

 それでも一応逃げようとしたオレを、ツレが後ろからがしっと抱き締めて、持ち上げる。

 はーなーせー!

「お前まだそんなこと考えていたのか……」

 耳元で喋るな、こしょばゆい!

 しかも耳が湿って気持ち悪いんです!

「分かった。こうやってちゃんと籍を入れればどうにかなると思っていた俺が甘かったようだな……」

「……いや、甘いとかじゃなくてですね」

 思わず敬語になるオレに、オレのツレ――法律上の旦那様はにんまりと笑う。

「今夜はじっくり、今後の事も含めて話し合おうか」

「暴力反対! 暴力反対!」

「大丈夫、優しくする」

「嘘だああああ!」


 優しかったこと何か一度もないくせに!

 そう叫んで暴れましたが、残念ながらいつものようにオレの世紀の脱出は失敗に終わったのでした。



 ちなみに、何故かその後オレの方が泣きながら「頼むから結婚式させてください」と言わされる羽目になったとか。

 世の中何か間違っていると思う。


 

誰とは言わないけど、こんな感じの未来。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見返す。見返す。見返す。相変わらず。 ・・・このツレ達の明日はぶれずに迷走してる。
[一言] そうですか・・・。読みながら「ケケケ」って感じで笑っている自分に出会えました。 なかなかいい感じですねぇ。
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