水面下の計画
お読みいただきありがとうございます。
ヴァルクレイン領に集まり始めた、各地の不穏な情報。
一方、王都では教皇と枢機卿たちが、人知れず次の計画を進めていました。
表向きの平穏の裏で、何が動き始めているのか。
今回も楽しんでいただけましたら幸いです。
同じ頃。
ヴァルクレイン領では、ガレスが一通の報告書に目を通していた。
王都から離れた領地にも、各地の情報が少しずつ集まり始めている。
冒険者仲間を通じて得た、各地の噂や証言。
交易に関する話。
領民たちの反応。
そして、他種族の集落で起きているという異変。
「……やはり、気になるな」
ガレスは報告書を机に置いた。
「何かありましたか?」
レオナルトが尋ねる。
「いくつかの地域で、人が行方不明になっているという話があります」
「誘拐か?」
「その可能性はあります。ただ、確かな証拠はありません。単なる失踪なのか、それとも誰かに連れ去られたのか。現時点では判断できません」
レオナルトは黙って続きを促した。
「もう一つ、気になる情報があります」
ガレスは別の紙を取り出した。
「各地で、黒魔石に関係している可能性のある、奇妙な反応が報告されているそうです」
「黒魔石?」
「はい。ただし、実物を確認したわけではありません。魔力の流れが不自然だった、周囲の環境に異常が見られた――そうした話が、複数の場所から上がっているだけです」
ガレスは眉を寄せた。
「以前、我々が戦いの最中に目撃した、黒魔石が生成される際の反応。それに似ているという話もあります」
「同じ現象だと?」
「はっきりとは分かりません。見た者が違えば、表現も違います。比較できる記録も、まだ十分ではありません」
レオナルトは報告書へ視線を落とした。
「だが、複数の場所で似たような異常が起きているのなら、偶然とは言い切れないな」
「私もそう考えています」
ガレスは頷いた。
「ただし、今の段階で黒魔石の生成が行われていると断定することはできません。行方不明者との関係も不明です」
「分かっている。だからこそ、調べる必要がある」
レオナルトは書類を整えた。
「他種族の反応はどうだ?」
「警戒を強めているようです。エルフ族は森の外から来る者に注意を払い、ドワーフ族も交易相手を慎重に選んでいると聞きます。獣人族の集落でも、不審な人間を見かけたという話があるようです」
「魔人族たちは?」
「もともと襲撃を受けていますから、特に警戒しているようです。ただ、どの種族も、現時点では確たる証拠をつかんでいるわけではありません」
レオナルトは深く息を吐いた。
人が消えている。
黒魔石の生成に似た反応がある。
そして、それらの情報が複数の地域から集まりつつある。
まだ、何一つ確定してはいない。
だが、無関係だと決めつけるには、不穏な情報が多すぎた。
「引き続き調べてくれ。噂だけで相手を決めつけることはできないが、見過ごすわけにもいかない」
「承知しました」
ガレスは報告書をまとめ直した。
確証はない。
それでも、何かが進んでいる可能性は高い。
その何かを見極めることが、今の彼らに求められていた。
その夜。
王都の一角にある、教会関係者のための一室。
窓には厚いカーテンが引かれ、外から中の様子をうかがうことはできない。
室内には、教皇と数名の枢機卿が集まっていた。
「新王朝の統治は、今のところ順調に進んでおります」
一人の枢機卿が報告する。
「王都の混乱も収まりつつあり、各地の貴族たちも、表立って反発する様子は見せておりません」
「結構」
教皇は短く答えた。
「王が代わっただけでは、何も変わらぬ。重要なのは、この大陸を何が支配するかだ」
枢機卿たちは、静かに耳を傾けていた。
「星環教の教えを、大陸の隅々にまで行き渡らせる。人々が同じ教えを信じ、同じ秩序に従う。そのために、王も貴族も役割を果たさねばならぬ」
教皇は机の上に置かれた書類へ目を落とした。
「ただし、王や貴族が教会の教えを理解しているとは限らぬ。彼らが自らの権力を優先するならば、いずれ正す必要がある」
「では、各地への働きかけを、さらに進めるということでしょうか」
別の枢機卿が尋ねた。
「そうだ。まずは、教会と協力する者たちを増やす。政治も、交易も、教育も、信仰と切り離して考えるべきではない」
教皇の声は静かだった。
「この大陸を一つにまとめるのだ。星環教の教義のもとに。そして、すべてを導く存在が誰であるべきか、いずれ人々も理解することになる」
枢機卿たちは、誰も口を挟まなかった。
教皇は、さらに一枚の報告書を手に取った。
「それから、黒魔石に関する報告はどうなっている?」
「表立って動くことはできませんが、人族に限らず、さまざまな種族を対象に生成を試みております」
「黒魔石は、あればあるほどよい。引き続き生成に尽力せよ」
「計画を悟られぬよう、慎重に進めております」
「よろしい」
教皇は報告書を机に戻した。
「計画を止める理由はない。必要なものを集め、障害となるものを取り除き、着実に進めるのだ」
その言葉に、枢機卿たちは深く頭を下げた。
やがて、密会は終わった。
枢機卿たちは一人ずつ部屋を出ていく。
最後に残った教皇は、静かに窓辺へ歩み寄った。
カーテンの隙間から、王都の灯りが見える。
この街も。
王宮も。
大陸に広がる数々の領地も。
いずれは、一つの秩序のもとに置かれる。
王が民を導くのではない。
教会が王を導くのでもない。
すべてを導くのは、神である自分自身。
教皇は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……始めよう」
その夜。
王都では、いつもと変わらぬ灯りがともっていた。
人々は明日の暮らしを考え、商人たちは翌日の商いに備え、神官たちは祈りを捧げている。
誰も知らない。
その平穏の裏側で、世界の形を変えようとする計画が、着実に動き始めていることを。
そして、その計画を止めるための手掛かりもまた、まだ誰も確かな形ではつかめていなかった。
第105話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、ヴァルクレイン領に集まる情報と、教皇たちの密会を並行して描きました。
まだ確かな証拠はありませんが、各地で起きている異変と黒魔石の計画は、少しずつ不穏なつながりを見せ始めています。
今後、アルたちがどのように真相へ近づいていくのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。




