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少しだけ不思議小説【いきなり魔法が使えました。】

作者: 虫松
掲載日:2026/05/15

私は、人生が平凡だった。


驚くほど平凡だった。


高校を出て、大学を出て、就職して、満員電車に揺られ、上司に頭を下げ、部下に気を遣い、住宅ローンを組み、子供が生まれ、気づけば腹が出た。


休日はホームセンター。

楽しみはスーパーの半額シール。


そんな人生だった。


そして58歳の春。

娘は結婚し、息子は独立し、妻は静かに言った。


「離婚したいの」


まるで「今日、ゴミの日だから」と同じ温度で。


私は少し沈黙してから、


「……そうか」と答えた。


怒りもなかった。

泣きもしなかった。


ただ、「ああ、人生ってこうやって終盤に入るんだな」と思った。



■■■



私は郊外の古いアパートへ引っ越した。


六畳一間。

築三十七年。

駅から遠い。

だが、一人で暮らすには十分だった。


段ボールを開けている途中、


突然――


バチン!!★


部屋が真っ暗になった。


「うおっ!?」


ブレーカーが落ちたのだ。


古いエアコンと夕飯のレトルトを電子レンジを同時につけたせいかもしれない。


「懐中電灯……懐中電灯どこだ……」


暗闇の中を手探りしていると。


私の右手が、ぼんやり光っていた。


「……は?」


右手のひらから、淡い白い光が出ている。


LED電球くらいの明るさ。


私は固まった。


「……ナニコレ」


試しに手を振る。


光も揺れる。


右手を握ると消え、開くと光る。


完全に意味がわからない。




だが翌日、もっと意味がわからなくなった。

近所の高校生に動画を撮られたのだ。


タイトルは、

『おっさん、ガチで右手が発光する』


だった。


三日で再生回数が五百万を超えた。




世界は、思った以上に暇だった。


テレビ局が来た。

新聞記者が来た。

スピリチュアル雑誌が来た。

大学教授まで来た。


「未知の生体エネルギーです!」


「新たな人類の可能性!」


「ついに魔法時代到来!」


騒ぎはどんどん大きくなった。


私はいつの間にか、“ライトハンドの男”と呼ばれていた。


近所の子供が言った。


「おじちゃん! ファイヤーボール出して!」


「出ない」


「じゃあ雷!」


「出ない」


「空飛んで!」


「無理」


「えぇ〜」


ガッカリされた。


テレビ番組では芸人に言われた。


「その魔法、電気代浮きます?」


「たぶん少し」


「地味ぃ!!」


スタジオは大爆笑だった。


だが、さらに困ったことが起きた。


信者が現れたのだ。


「光の救世主様……!」


「あなたは選ばれし存在……!」


「世界を導いてください!」


いや、ただ光るだけなんだけど。


説明しても聞かない。


中には100万円払うから弟子にしてくれと言う者までいた。


「まず光ります」


「はい!」


「終わりです」


「深い……!」


深くない。


ただの手のLEDだ。


それでもブームは続いた。


私の本まで出た。


タイトルは、『光るだけで人生は変わる』


変わったのは主に出版社の売上だと思う。




だが、ブームは突然終わる。

人類は飽きるのが早い。


3ヶ月後には、


「AIアイドルが恋愛感情を持った!」


というニュースに全部持っていかれた。


テレビも来ない。

記者も来ない。

信者も来ない。

弟子希望者も来ない。


動画のコメント欄には、


『まだ光ってんの?』


とだけ書かれていた。


そして私は理解した。


この魔法、マジで役に立たない。


攻撃できない。

回復できない。

空も飛べない。

せいぜい停電時に便利なくらいだ。


あと夜道で犬のフンを踏みにくい。


その程度である。


ただし、デメリットはある。


夏。


虫がものすごく寄ってくる。


「ぎゃあああ!!」


夜、公園を歩いたら、顔面に蛾が突撃してきた。


コンビニ前では小さい虫が俺の周囲を旋回する。


子供に言われた。


「歩く街灯だ!」


笑うな。


私は泣きそうだった。




ある冬の日。


雪が降っていた。


私は一人、アパートでカップ麺を食べていた。


テレビでは若い芸能人たちが騒いでいる。


誰も“ライトハンドの男”なんて覚えていない。


窓の外を見ながら、俺は小さく笑った。


「……まあ、人生なんてこんなもんか」


そう言って、電気を消した。


部屋が暗くなる。


すると自然に、右手がぽうっと光った。


静かな光だった。


誰にも注目されない。


世界も救えない。


金にもならない。


だが、不思議と嫌いではなかった。


離婚して。


家族が離れて。


ブームも去って。


一人になった今。


この小さな光だけは、まだ私のそばに残っていた。


その時。


ピンポーン。


インターホンが鳴った。


ドアを開けると、小学生くらいの女の子が立っていた。


「あの……」


「ん?」


「この辺、停電してて……お母さんが怖がってて……」


少女は私の光る右手を見た。


「おじさん、来てくれる?」


私は少し黙ったあと、


「……ああ」と答えた。


雪の降る夜道を歩く。


挿絵(By みてみん)


右手の魔法の小さな光が、静かに前を照らしていた。


その光は、世界を変えるほどじゃない。


けれど、誰か一人を安心させるには、十分だった。



ちょっとだけ不思議小説【いきなり魔法が使えました。】


完結

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