【プロットタイプ】収束的美的感覚
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
上手い回答が出来ない人間なので、感想欄閉じてます。
これは読者様の問題ではなく、私の問題。
詳しく知りたい方は代表作の『作品と作者の注意点』に書いてあります。
※『小説家になろう』、『カクヨム』様にも投稿をしております。
注意事項2
本当は全て原理がある。
そうなることに無駄がない。確実性がある。
一種の運命論に近いものなんですけど。
それを高校数学以前では教えません。
だから概念としての数学は好きだけど、その細さを教えない数学は嫌いなのかな。
中学、高校と数学には散々辛酸を舐めさせられたので、私は大学時代はさっさと辞退した。
あれの意味が分からない。型番に当てはめて解かせる事がの何が理論的なのか。何が美しいのか。ずっとそうやって数学と触れ合ってきた。
だからこそ、大人になった時ほど、数学というものは、美しく感じられるものである。難しい計算は置いといて。概念的な美しさはやはりある。
「何故勉強をするのか」
鏡花は淡々とこう言った。仕事の対人関係のストレスさえ無ければ、基本的に平穏。なんなら時折哲学やら数学の世界に手を出して、延々と議論の世界に引き摺り込もうとする癖さえある。
そして今がそれだった。鏡花はぬぼっとした顔でそう問い掛けた。
「何時何処で、芽が出るのか、大人達は知らない。だから一見無意味なものでも教える」
主要五科目は小学生の学問を終えたらほぼ雑学。それでも今のこの世界を支えているのは、その教育を終えた人間なのだ。機械化も、自動化も、社会的なもの全て、全て、学んできた奴が支え続けてくれている。
「その通り。学生時代に芽が出れば良い方。でも大抵は大人になってから芽が出る事が多い。
数学はやはり美しい。それに気付かせてくれたのは、やっぱり大人になってから。値が収束していくのを見るのが好き。だから私は本来ならば確率や統計の世界に居座って、値を収束させる方が向いていたんだろう。似たような仕事をしているし、それが心地よいとも思っているし」
鏡花は『違う世界が見たい』という理由で大学は理数系を先行している。が、数学の世界へは惹き込まれなかったらしく、数学科や機械科の世界には足を入れてない。
が、人間が本質的に求めるのはやはり美しさである。取り分け鏡花は確実性、収束性、無駄のなさに対して崇拝的なまでのフェティシズムがある。
「本来、数学は何よりも美しく無ければらないんだ。決して無駄がなく、決して争いがなく。ただ一つの答えに対して収束し、根拠がなくてはならないんだ。
だからそれを潰した今の数学は、やはりつまらないね。学生達に無駄の多さを教えるものだから」
よく、 なんで勉強するのか知らん。 とか学生から出ますが、私の答えは色々色々。
まずは生活を豊かにするため。
何かを出されて、例えば絵画とか出されて、何も知らないとつまらない。
『気持ち悪い絵だなー』とか『変な絵だなー』とかそこで止まる。
知的報酬がそれしかない。
でも
『ピカソって子供の絵に憧れてて、其れに近づく為に、キュビスムとか学んでいたんだよ。(おもくそピカソの台詞からの自論。定かじゃない)』
とか言われたら、意味を感じるじゃないですか。
『あーだから不思議な絵が多いのかー』とかって。
理解って最大の報酬だからね。
あともう一つは、貴方が何時何処で貴方の才能が目を出すか、誰も知らんから。
友達も知らん。大人も知らん。教師も知らん。
子供のうちに目を出して『すげー』とかってなるならまだ良いんだけど、多くのうちはまぁ目が出ない。
大人になってから『ピカソすげー』とか『数学すげー』とか『この道行きたい』とかってなることもあるから。
だからある程度哲学という学問(何故を問い続ける学問)を分解し、パッケージ化したものを私達は学んでる。
だからそこそこ真面目にやると、自分の才能に気づきやすくなる。
『自分これ、好き』ってのが分かりやすくなる。
ちなみに学校という形態は、社会を支える会社がそういう形態だから。
つまり、確率論で『そうなる可能性が高いから、そうしている。教師も少ないし、効率的』ただそれだけ。
※だから学校に馴染めなくても苦しまなくてええんやで。
※夜が好きなら夜の世界に進めばええんやで。引きこもりたいなら引きこもっててええんやで(プログラミングはの良いお金になる)。
で、私は概念的な数学が好きです。
本来は数学はこの世界を成り立たせる、とても美しいもの。この世に数学が関わってないものはありません。
それぐらいの数字って密なんですよ。
数字は世界とズブズブなん?
ズブズブよ。
※裏金とか賄賂とかの比じゃないぐらいずっぶずぶよ。
で、よく言われる『みんなそう言ってる』これ、統計とか確率の世界の話。
統計学で根拠出して、平均これ、標準偏差(バラツキ。どれだけデータ散っるか)これ、だから、『みんな言ってる』と言ったら誰も否定できない。
(一種の運命さえ感じる。確実性が高い。だから美しい。)
こうやってね、学問は使うんよ。
自分の居場所を確保するため。
みんなに納得して、ここにいていいよ。って言ってもらうため。
本来それぐらい美しいんだよ。数学って。
今の学校形態とは噛み合わない。
だから美しさに気づくのは、もっと後のちさね。




