第11話:15年の空白と「あの夏」の真実
第11話:15年の空白と「あの夏」の真実
物語が終焉に向かう前に、この街を呪縛し続けた**「ラジオ体操事件」**のあらましを整理せねばならない。
15年前の8月1日、午前6時15分。
街の公園に集まっていたはずの5人の少年——織田太郎、田中大我、徳田和夫、宮内太一、大村康成——が、ラジオ体操のメロディが流れる数分の間に、忽然と姿を消した。
争った形跡もなく、遺留品は徳田和夫が持っていた「空の虫かご」と、砂まみれのラジオだけ。
当時の警察は誘拐と事故の両面で捜査したが、手がかりは一切掴めず、事件は未解決のまま風化していった。
だが、15年後の同じ日。
古井戸の底から、彼らは「発見」された。
しかし、横たわっていたのは11歳の少年たちではなく、**15年分の歳月を肉体に刻み、立派な青年へと成長した姿の「遺体」**だった。
さらに、街の子供たちが誘拐されるように消え、その背後に「井戸の声」に操られた有力者キム・テシンの影が浮上する。
これは単なる事件ではない。この街の地下に眠る「深淵」が、15年周期で子供たちの時間を喰らう、終わらない生贄の儀式だったのである。
第一章:帰還した亡霊
1
「……松井、さん?」
山下はじめは、目の前に立つ老人の名を、震える声で呼んだ。
児童福祉施設からソヨンを救い出し、キム・テシンの裏帳簿を暴いたあの日から数週間。はじめの事務所に現れたその男は、戸籍上は15年前の地下壕崩落事故で「死亡」と処理されていた元刑事、松井浩亮その人だった。
松井の顔には、15年前にはなかった深い傷跡と、この世の者とは思えないほど冷徹な光を宿した瞳があった。
彼はデスクの上に、一通の黄ばんだ封筒を置いた。
「山下君。君が戦っている相手は、もう人間じゃない。……法で裁けるのは、肉体を持つ者だけだ。だが、あいつには肉体がない」
松井の声は、砂を噛むように乾いていた。
彼は15年間、崩落した地下壕の「あちら側」——時間が歪み、記憶が物質化する境界線の中に閉じ込められていたのだという。
2
「あちら側で、俺は見てきた。15年前に消えた5人の少年たちが、何をさせられていたのかを」
松井が語る真実は、あまりに凄惨だった。
あの井戸の底は、この街の「負の記憶」が溜まる澱みだった。
戦時中の弾圧、農村での虐待、誘拐、そして大人たちの強欲。それらが生み出した「青い砂」が、子供たちの純粋な時間を燃料にして、街に偽りの繁栄をもたらしていたのだ。
15年前に消えた5人は、死んでいたのではない。
彼らは**「時の歯車」**の一部として組み込まれ、街の時間を維持するために、15年間、休むことなく「心臓」の役割を強制させられていた。
「あの日、彼らが遺体となって戻ってきたのは、新しい生贄……つまり、ソヨンちゃんやジフン君、そして今の街の子供たちと『入れ替わった』からだ」
3
はじめは拳を握りしめた。
「そんなことが許されていいはずがない。……松井さん、あなたはどうやって戻ってきたんですか」
「木村が……あの爆発で死んだ木村が、あちら側で俺の道標になってくれた。あいつは最後に、自分の記憶をすべて燃やして、俺をこちらの世界へ押し戻したんだ」
松井は懐から、あの「赤いボタン」を取り出した。
もはやそれはプラスチックの塊ではない。木村の、そして犠牲になった子供たちの意志が宿った、唯一の「対抗手段」となっていた。
「山下君。君は弁護士だ。君の仕事は、この街の罪を『確定』させることだ。俺が物理的にあいつを追い詰める。その時、君があの裏帳簿を使い、街全体がひた隠しにしてきた『生贄の契約』を法的に無効だと宣言しろ」
「法的に……無効?」
「そうだ。この街の土地、資産、繁栄。そのすべてが、子供たちの命を担保にした不当な契約の上に成り立っている。民法だろうが何だろうが構わない。君の言葉で、この街の『偽りの時間』を終わらせるんだ」
4
その時、街の同報無線から、あの不吉なメロディが流れ始めた。
午前6時15分ではない。真昼の、太陽が最も高い位置にある時刻に。
「ラジオ体操が……始まる」
事務所の窓の外を見ると、街の大人たちが、人形のように一斉に立ち上がり、公園の方へと歩き始めていた。その目は虚ろで、口々に「次の席へ」「次の席へ」と唱えている。
「行くぞ、山下。……これが、俺たちの最後の公判だ」
松井はトカレフを抜き、はじめは六法全書と裏帳簿を抱えた。
1986年の韓国、1987年の松本、そして現代。
三つの時代を跨いだ悪夢を終わらせるため、二人は因縁の古井戸——今や巨大な口を開けて街を飲み込もうとしている、深淵へと向かった。




