勇者、到着する
勇者にとって、金は大切だが、喫緊の問題ではない。
何故ならば、勇者には割とへそくりがあったからだった。
勇者は貯金や貯蓄が好きだった。貯まっている、使える余裕がある、そう考えていると、若干心が楽で、それが良い方向に噛み合った。
「……やっててよかった、鞄貯金」
もしも、勇者としての稼ぎが貰えなかった時用に貯めていた鞄貯金、一生食うに困らない……とまでは流石に言えないが、十年くらいなら余裕である。
因みに現在はパンツ貯金となっている。まだ誰にもバレていない。
「んー……」
ぐっと背を伸ばし、腰辺りに手をかけ、聖剣が無いことを思い出す。
「……置いて行こうかな」
聖剣は現在、魔力の補給中だ。前なら余剰分の勇者パワーで賄えていたが、今は無理。外の地面に埋めて、土地にある魔力を吸い上げている。
盗電ならぬ盗魔である。いや、別に法律とか無いしと、勇者はしらばっくれる気満々だ。
このまま王都から離れて、それで適当な働き口を見つけ、余生を謳歌する。勇者の計画はそれくらいで、それに聖剣は要らないのではと思っている。
ふぁああぁ、と欠伸をする勇者、それを建物の陰から見つめる目は五つ。
一番早く勇者を見つけたのは、教会の人間だった。
その街の教会は治癒者から、『白髪の男を探し、護衛するように。勇者様や僕にとって、かけがえのない友人です』と教会にある通信具を通して言われていた。
手の空いている人間で、髪の白い男はすぐに見つかり、一定の間合いを保ちつつ監視されていた。
「流石に置いて行ったら、まずいかな……」
そんなことはさっぱり気づいていない勇者は、適当な物陰にサクッと埋めてきた聖剣について考えていた。
「……テメェ、こんな場所で何してんだ?」
一方、聖剣はというと、全速力で走って来た戦士に発見されていた。
戦士は獣人ゆえに耳や鼻はとびきり優れていた。街中では匂いの多さ、音の量から細かい判断はできないが、人気の無い物陰に埋められた聖剣の匂いは分かった。
『え、ああ、えーとな、オレサマさっきまで、ね、眠ってたからなー、いったい何で、王都の隣街に居るのかさっぱりだぜー』
聖剣は勇者を庇おうとしながら、墓穴を勢いよく掘る。嘘に矛盾があり過ぎるその発言を、戦士は聞いていなかった。
「……勇者の匂いだ、ふん、ならアイツはこの街に居るってコトだな」
すん、と聖剣に残った勇者の残滓をかぎ取った獣は獰猛に口端を吊り上げた。
聖剣を持ち、勇者を探そうと街の中心へ向かう戦士。聖剣は、勇者のやつ殺されるなぁ……と現実逃避していた。
街のざわつきから、戦士が来たと伝わった。勇者は若干驚いたものの、なんか用があるのか、まぁ街に長居はしないだろうさ、と呑気である。
一方で、教会の者は混乱していた。もしも戦士か魔法使いが白髪の男と接触しそうになったら、全力で止めるようにと治癒者は言っていたからだ。
戦士は街の中心に、その覇気で街の人間は道を次々に開けていく。
遠く、真っ白な髪が見え、戦士は歩速を緩めた。
このオレが心配なんてしてる風に見えたら面倒だ、まずはみっちりと、何でオレに頼らなかったかを絞ってだな、とすっかり安心しきったのだ。
その真っ白な髪が、五人くらいに抱えられて、教会へ全力ダッシュし始めるまで、戦士は勇者を狼人族の住処の、どの辺りに住ませようかと完全に油断していた。
「なっ……そういうことかよッ!!」
建物の壁に爪を立て高速移動、戦士は教会の入り口に先回りし、その五人の前に立った。
「治癒者も手ェ回してやがったってわけか、残念だが、ソレはオレとの先約があるんでな」
じり、と近づく戦士に、慄く五人。
そして頭をやっとあげて戦士を視認した勇者は、かつてない修羅場に脳が固まった。
戦士も治癒者も俺に気づいているらしい。戦士は俺に憂さ晴らしにやってきた、治癒者は俺を教会に攫おうとしている。
高速の情報理解は、当たらずとも遠からず。勇者視点では、敵VS敵で、勝手に戦えとでも言いたい構図が完成していた。
「痛い目ェ見たくねぇだろ? ソイツを置いて、さっさと帰れ」
ドチンピラ発言の戦士に、五人は戦意を見せた。勝てるはずのない戦いに、それでも抗おうとする意志は大したもので、その数秒が、勇者に活路を作った。
「セイ!!来い!!」
『お、おうよ!!』
バチッと、戦士の手を弾いた聖剣は、くるくる回って間に──
「フラッシュ!!」
瞬間、眼を焼く白光が聖剣から放たれる。
思わず目を覆った勇者以外の全員、教会五人からやっと自由になった勇者は、すかさず聖剣を掴み、
「セイ、頼む!」
『まさか今さらやるとはな!』
勇者の髪が灰色に染まり、戦士に教会連中五人を投げ飛ばし、そして、猛スピードで逃げ出した。
聖剣の能力、貯めた魔力を使い、持ち主を一時的に強化する力である。勇者には不用で、魔王討伐まで一度も使われなかった能力だ。
「『く、ああ、気持ち悪いが悪くない!!俺サマの境界がなんか曖昧になるけど、この速度なら──!』」
聖剣と勇者が混ざり合う違和感、心が擦れ合う感覚は若干気持ち悪いが、その力は絶大だった。
これならイける、逃走できる、やっぱオレは最高だぜ!!とぐちゃぐちゃの頭で街を跳ねるようにして、
「ばんっ」
「……あっ?」
肘とアキレス腱と顎に、狙い澄ました衝撃。
手に持っていた聖剣は、反射的に離され落下し、途中、石の鎖に絡め取られ静止した。
勇者は、脳が揺れたせいでふわふわとしていて、気づくと両脚は宙に浮いていた。
バタバタと足を動かすと、ぷらぷらと頼りなく足先が揺れた。
「勇者、足、腱、焼き、切った、から」
脇の下に後ろから腕を通し、自分を浮かせている誰か。
じわりと痛みを思い出した脚先と、耳元で囁かれる押し出すような高い声。
「あんまり、動かす、良くない」
勇者がやっと周りを見ると、そこは空中で、
「行く、よ」
勇者は、魔法使いに、見事に攫われたのだった。




