勇者と魔法使い
『……一応聞くけど、魔法使いはどうだ?』
荒い道をがたがた走っていく馬車の中、聖剣は本当に一応、念の為、勇者に聞いた。
「……………………」
勇者はもはや溜め息を吐くようなこともしない、それ本気で言ってんのか? という目で聖剣を見て、
「それ本気で言ってんのか?」
と真顔で言った。
『……で、でもよ、ほら、中々イイ雰囲気だったじゃねぇか!』
苦し紛れの言葉だが、聖剣は一応、本当にイイ雰囲気だった時間があると思っていた。
『思い返してみようぜ、魔法使いは────』
――――――――――――――――――――
魔法使いは、魔法使いの家系に産まれた、生粋の魔法使いだった。
ただ少し違ったのは、魔法使いの耳。
尖ったその耳は、先祖返りと言われるものだった。
魔法使いの家系には、森人の血が混じっている。何の因果か知らないが彼女にはその血が濃く発現した。
遅い成長、高い知性、そして無感情。
彼女の家族達は、エルフとしての特徴が濃く出た彼女を嫌った。
誰も彼女に話しかけず、誰もが彼女を無視した。最低限の食事は与えられて、彼女は独り、魔術本を読んで過ごしていた。
十歳になっても彼女は幼いままで、魔法使いとしては既に一人前になっていた。
そして、彼女は仕事を命じられた。
魔物の多く発生する森に住み、街に向かう魔物を殺すこと。
彼女はそれに従った。従う以外の選択肢なんて教えられていなかった。
彼女がやっと少女程度の身長になったのは、それから更に十年経った頃。
その日、彼女は初めて、人を殺した。
「…………………………」
『森には魔女が一人で住んでいる』、『若い女で、少女のようだが、十年経っても僅かにしか老いていない』
そんな噂話を近隣の村で聞いた盗賊が、いったい何をしようとしたのか。森に入った愚か者達は、死んでも仕方ない悪人だったことは確かだった。
「ぎゃあ!」
「やめ、やめてくれ!」
「許してくれぇ!」
まず、脚を撃ち抜いたのは、彼女なりの優しさだった。
何をしに来たのかは分かっている、盗賊達が彼女を見つけた時、べらべらと自ら口にしたからだった。
両脚に親指程度の風穴が空き、盗賊達は自分達の愚かさにやっと気づいた。
命乞いをしながら、逃げようと両手で地面を擦る様子に、少女は目新しいと思った。
逃げ道に土壁を出すと、盗賊達はずりずり、ずりずり、更に土壁を出すと、また必死に、ずりずり、ずりずり。
命乞い、恨み言、彼女に向けられたそれらは、彼女がこれまで得られなかった他人からの目と言葉。
彼女は楽しかった。
盗賊達の傷は焼けて塞がった。
地べたは焼かれ、退路は土壁が立ち、盗賊達は生き残ろうと踠き、足掻き、地面をずりずり、ずりずり、皮が擦り切れながらも動いた。
盗賊達が全員死ぬまでには、2日と少しかかった。
彼女は一歩も動かないまま、眠らないまま、食事すら取らないまま、その様子を見続けた。
それから、彼女の仕事は変わった、やることは変わらないが、やる内容が変わった。
魔物を殺すのに、これまで頭を撃ち抜いていた彼女。
しかし、その日以来、彼女は魔物の脚を狙うようになった。
指先を風で切り飛ばし、顔は火で炙り焼き、退路は土の壁で絶ち、時には水で包んで溺死させた。
楽しい、楽しい、楽しい。
彼女は微かに、ほんの僅かに微笑った。
そのあまりに惨い行いは留まるところを知らなかった。
魔物を痛ぶり、嬲り、死なないように逃し、追い詰めて、そして形が残らないほど残虐に殺す。
初めてした他人との『交流』、そこで結びついた『加虐』、『殺害』は、取り返しのつかない根底を作った。
彼女は森に入ってくる人の為に、言葉を練習した。
これまで一言も話さなかった彼女は、その侵入者が遊んでいいかを確かめる為、ぁ、ぅ、と声を上げ始めた。
更に五年、彼女は森に人が来ることを待ち望んでいた。五年の間に人が来たのは三回で、彼女が楽しめたのは二回だけ。
遊べなかった一回は昔からある魔女の噂を聞いた若い村人で、彼女が魔物を痛ぶる様子を目撃し、脇目も振らず逃げ出していた。
あの森の奥には本当に魔女がいる。
魔物を痛ぶり楽しむ魔女がいる、人も例外ではない。
殺される、殺される、殺される……!
ガクガクと震える村人の脳裏に思い出す魔女の目は、異様なほどの熱を持っていた。
遊べそうだという期待の籠った、悍ましい目だった。
噂は広まり、誰も森に入ろうとはしない。
その村を、勇者一行が通ったのは偶然だった。
「………き、た」
森を支配する魔女は、ヒトが来たことに気づいていた。
二人と一匹の足音、四人の話し声、違和感しかないそれが遊べるか、それだけを考えていた。
「ホントにいんのかぁ〜?」
「十五年ほど前から、あの村に魔物の被害が出ていないことは確かなようですが……」
「魔物は増え続けてるのに、被害は減ってるなんて変な話じゃないか、魔物の住処を潰すついでだし」
『オレサマ的にはいる気がするぜー、あの村人、マジで怯えてたからな』
ぴくぴくと、彼女の尖った耳が声を拾う。
『行ったら殺されます、勇者様ーって言ってたじゃねぇか、きっと魔女はこの森にいるぜ』
「ですが聖剣様、森の中、一人で十五年も魔物を殺すなんて、出来るのでしょうか?」
「オレなら出来るぜ?」
「可能不可能ではなく、感情の話です、あと貴女には聞いていません」
「オレなら出来るぜ?」
「ですから……」
『オレサマにも出来るぜ?』
「じゃあ俺も」
「勇者様まで?!」
つい、と風がうねる。
彼女は驚いた、自分はどうして、魔法を撃ったのだろうか。
まだ遊んで良いかも分からないのに。
遊べなくなるような、骨を斬る風を。
「勇者!」
「ああ……居るらしいな」
戦士は迫る風の音を捉え、勇者は聖剣を三度振るった。
それだけで、木の枝を断ち切り迫る風も、不可視の挟み込む風も、壊された。
「……すご、い」
彼女は驚いていた、勿体無いことをしたと思っていたばっかりに。
「おーい!聞こえるか!魔法使い!」
「俺は勇者だ!俺たちに戦う気はない!」
その声は彼女に向けられたもので、
「一旦!話し合おう!酒とか菓子とか手土産色々買ってあるから!!」
それは、彼女が無意識にずっと求めていた、会話の提案だった。
それから、森に来る魔物の住処をぶっ壊した勇者一行と魔法使いは、勇者の提案に乗って、勇者の仲間となった。
仲間になった魔法使いの、加虐の癖は抜けなかった。
「私、変?」
魔法使いの問いかけに、勇者は答えた。
「まぁ、変だな」
魔法使いは、余裕があれば魔物を痛ぶる。今日もまた見るに耐えない姿になるまで痛めつけ、それに耐えられなくなり、戦士は魔物を殺した。
「怒ら、ない?」
「まぁ、怒る必要無いからな」
「……どう、して?」
それが悪いことだと、魔法使いは分かっていた。
罪悪感などは全く感じていない。しかし、一般的に、楽しむべきでないとは、分かっていたのだ。
治癒者は眉を顰める、戦士は遂に楽しみを妨害した。けれど勇者は、特に変わらなかった。それが魔法使いには疑問だった。
「魔物を倒すつもりで来た、で、お前は倒した」
「何にも問題無いだろ?」
勇者は結果だけを並べ、そう言った。それが正しくないことは、魔法使いにだって分かった。
「私、殺すの、好き、痛ぶるの、好き」
問題は、そこだった。
嗜好は変えられない、魔法使いは加虐を楽しんでいる。
突きつけた問題は、魔法使いにはどうしようもないが、どうにかしなければならない、
「お前は真面目なんだな」
「……?」
はず、だった。
「その嗜好は別に、どうだっていいことだ、少なくとも今は、魔物を笑って殺そうが泣いて殺そうが、どうだっていい、そうだろう?」
「………………」
それでも尚、勇者はどうでもいいと言い切った。
魔物を殺すのは、時間をかけようがかけまいが、最終的に殺すなら構わないと。
だが、それは、魔物に限った話で
「そりゃ、人を殺すってなったら別だがな」
「……そう、だね」
魔法使いが恐れていたのは、それだった。
「もし、魔王、殺した、ら」
このままだと、近い将来に、魔法使いは終わる。
「魔物、いなくなった、ら、人だけ、なった、ら」
それは加虐性をぶつける相手が消えた時、それは自らの『楽しみ』を魔物以外で発散しなくてはいけない時。
「勇者、私、殺す?」
張り詰めた空気は針のよう、魔法使いは、杖を、魔力を、勇者に向けていた。
殺すならば、先んじて殺してしまおう。
殺さないならば、それは殺人を肯定することで、やはり殺してしまおう。
魔法使いの二者択一は、どちらもバッドエンド。
魔物も人も殺せる今を守る為、彼女は熟考の末に、勇者を殺す腹積りだった。
「ふーむ……まぁ、その前に何とかしようぜ」
しかし、勇者は呑気にもそう言った。
「……何とかって」
勇者は分かっている、魔法使いは、自分を殺そうとしていると。
魔法使いも分かっている。勇者は今、殺されようとしていると気づいている。
「そうだなぁ……まぁ、魔王倒した後、まずは俺を殺しに来たらどうだ?」
「…………」
魔法使いは脱力した、何だそれはと。
「俺はなかなか死なないからな」
「……勇者、真面目な話、してるの」
「そりゃ悪い、でも、俺は本気だ」
「もしもの時は、俺を真っ先に殺しに来い、勿論、魔王を倒した後にな」
勇者の目は真面目で、その理屈は至ってシンプルだった。
今、勇者を殺そうとしても、魔法使いの勝てる可能性は一割程度。それほどに勇者は強い。
つまり、勇者は交渉しているのだ、今から始めて死ぬか、魔王を倒すまで楽しんで、それから戦いを始めるか。
「お前が死ねばオールオッケー、勇者を殺せば、敵討ちでみんなお前を殺しにくる」
勇者は交渉材料を並べる。あくまでも冗談めかして、薄膜一つ破れば殺し合いになる今を緩ませながら。
「そしたら楽しんで、飽きたら死ねばいいさ」
「…………勇者、私、冗談、嫌い」
交渉は保留、魔法使いは勇者を少なくとも今日は殺さないことにした。
勇者は弛緩した空気……と言ってもまだピリピリと若干緊張のある雰囲気で、続けて話す。
「あはは、そうか、なら、他の楽しいことは?」
勇者の代替案は、彼女に一瞬、空白を作った。
「………………知らない」
「じゃあ、探すか」
「…………探す?」
「そりゃ、世界は広いんだから、探せばもう二つか三つくらい、楽しいことはあるさ」
こともなげに、勇者は言う。魔法使いは『加虐』を『殺戮』を、消すことしか考えていなかった。
それ以外の楽しみを見つけるなんて、思いもよらなかった。
「………………一緒、探して、くれる?」
どうにか押し出した言葉は、魔法使い自身も驚くほど弱々しかった。
「ああ、旅の途中にな」
何せ、旅はまだまだ長いんだから、勇者はそんなふうに言って、魔法使いに笑いかけた。
それから、旅の間、滞在した街で、魔法使いと勇者は、色々と試してみた。
食べ物や、雑貨、塔の天辺から見た絶景だとか、演劇だとか。
だいたい三年と少し、魔王の討伐が目に見えてきたある日、魔法使いは勇者に話しかけた。
「勇者、あれ、やっぱり、お願い」
「あれ?」
「魔王、倒した後、勇者、私、戦う」
「あー……」
勇者は、こうなったか、という顔をした。
しかし、少なくとも魔王を倒すまでは協力してくれて、その後は真っ先に自分と戦う。悪くない落とし所だと、勇者は思った。
「それで……私勝ったら、勇者、玩具」
だから勇者は、魔法使いの言葉が若干異なることに、気づかなかった。
「んー……分かった、簡単には負けないぜ」
「勇者、私、楽しみ」
「……そうか、そりゃ、いいことだ」
勇者は、魔法使いが楽しみを見つけられなかったと思っているが、少し異なる。
確かに、魔法使いはどんな食事を食べようと、どんな雑貨を見ようと、夕日に照らされた街も、小さな舞台の演劇も、楽しみにはならなかった。
ただ、魔法使いは、楽しみを見つけていた。
共に食べた食事も、共に選んだ雑貨も、夕日に染まった顔も、演劇が終わり笑いかけてきた顔も、
彼女にとって、それは、楽しいことだった。
「どうだ、楽しかったか?」
「…………………………」
彼女は勇者の問いに、一度だって楽しいとは答えなかった。
それ自体が楽しいわけでなく、彼女すら、何が楽しいのか、何が嬉しいのか、掴めていなかったから。
それを掴んだのは、小さな舞台、演目は単純な恋物語。
勇者と見たそれで、魔法使いはやっと気づいた。
魔王を倒した後、魔法使いは勇者と戦う。
全てをかけて、勇者を倒して、そして、自分のモノにする。
楽しいこと
それを一生、一緒に探してほしい。
だってそれが、私の『好きなこと』だから
魔法使いは無表情で、しかし無感情ではとっくになくなっていた。
約束を了承した勇者の背後、魔法使いはそっと、息を吐いた。
ほんの少し染まった頬と、じっと彼を見る目は、紛れもなく、愛に満ちていた。
―――――――――――――――――――――
『……良い感じの仲じゃねーか?』
思い返してみるとそこまで悪くない、と聖剣は魔法使いを評価した。
「冗談よしてくれ、俺が今の状態で会ったら、風で四肢切り取られて、断面を焼かれて止血されて、下から寸刻みにされつつ四肢を食わされるぞ」
『そこまで猟奇趣味だっけ?』
勇者はそうではなかった。
「セイ、忘れたのか、魔王四天王を」
『ああ、シテンノー……あのかませ犬どもな』
魔王四天王、勇者が命名した、強力な配下の四体。
それぞれが突出した性能で、勇者一行にそれぞれ準えた能力を持っていて、そして──
「俺は、魔物は質より量が厄介だって学んだよ」
普通に雑魚だった。
中途半端な感情や知性があったそれらは、それを活かしきれず真正面から向かってきた。
『……『超再生』か』
中でも哀れな四天王を、聖剣と勇者は脳裏に浮かべた。治癒者に対応した四天王、何をトチ狂ったのか、自分だけしか治せない治癒者モドキ。
不死身だと豪語したソレは確かに、肉片が有れば再生する脅威の生命力を持っていたが、再生は一体のみだった。
「……プラナリアみたいに分裂するならまだしも、一個体に限られる時点でな」
風魔法で半分にし、更に半分に、更に更に更にと繰り返し、あっという間に小さな塊になったソレはまだ生きていた。
もこもこっと再生して、焼かれ、再生できない状態になって、再びぐしゃぐしゃに風の刃に撹拌された
もこもこっと再生して、溺死させられ続け、苦悶の中もソレは死ななかった。
勇者、コレ、飼っていい?と、キラキラと無表情な眼を光らせて、魔法使いは言った。
焼いて溺死させ続ければ、取って置けるから、飼っていい?と、魔法使いは言って、聞いていたソレはぽっきり心が折れて死んだ。
『……で、でもまぁ、二人で楽しいこと探ししてる時だって、楽しそうだったろ?』
これはまずいと、聖剣は話の起動修正にかかる。
「そうか? 無表情だし……いつも最後は『変わらない』とか、『これ、つまらない』とか言ってただろ?」
『まぁそうだけどさ、雰囲気的にさ』
「何が雰囲気だ、剣のくせに生意気だぞ」
『何だと出涸らし勇者』
「なんで、殺すなら最初に俺、なんて言ったかなぁ……」
勇者は溜め息を吐き、聖剣は無理もないと思った。
勇者は魔法使いの有用性に目をつけていた。魔物を殺す範囲なら、人を殺さないなら、喉から手が出るほど欲しい人材だった。
「街の人が殺されるくらいなら、俺が先に責任もって殺さないといけないからだけど……ああ、こんなことになるなら……」
勇者は頭を抱えて、視界の端にある白髪を睨んだ。
今の状態だと、普通に殺される。
そして多分、魔法使いはどうせならと楽しむ。
勇者の脳裏に浮かぶイメージはどれもこれもがモザイク必須の地獄絵図、しかしそれを恐らく超えてくると、勇者は魔法使いに震える。
ああ、願わくば、約束を守って、最初に殺すのは俺のままにしといてくれればいいんだが……
勇者はいつのまにか、手を組んで祈っていた。
「大丈夫……アイツ、約束事にはうるさかったし……大丈夫……大丈夫……」
その様子に、聖剣は内心同情した。
魔法使いと勇者が戦えば、勇者の勝率は九割を超える。
しかし、それは真っ向から戦うという場合。
魔法使いは賢く、容赦なく、ついでに楽しむ為に、簡単に人を盾にするだろう。簡単に人を使うだろう。
ただでさえそんな、犠牲が何人で済むかというレベルなのに、今の勇者は力が無い。
勇者は魔法使いが約束を守ることに賭けて、逃げるしかない。
聖剣は、オレサマが悪かったと、謝った。
魔法使いが聞いたら、それこそ四肢切断待ったなしの会話である。




