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最強勇者、最弱になったので逃亡する  作者: 心我 湧立


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6/11

勇者と治癒者

『なら、治癒者はどうだよ、アイツの尽くしっぷりったらないぜ?』


「尽くしっぷり……まったく、セイ、度し難いにも程があるぞ」


 はぁ、とこれ見よがしに溜め息を吐く勇者。


 次に溜め息を吐いたら、勇者じゃなくてカスドラゴンと呼ぼうと聖剣は考えた。


『治癒者はゾッコンだったじゃねぇか、アレが女なら、いつでも付き合えるぞ』


「……そこで『いつでも抱ける』とか出ない辺り、育ちが良いんだなよな……」


『な、な、なに言ってやがる!?オレサマは聖剣だぞ!?育ちが良いとかねーから!!』


 勇者は内心、この聖剣は元人間か、その一部の残滓みたいなモノが話していると予想している。


『話を戻すがよ、治癒者は確か────』


―――――――――――――――――――――


 治癒者は、教会で育った。


 産まれは望まれたものでなく、両親の慈悲は教会に置き去りにすることで終わっていた。


 そんな彼にとって幸運だったのは、他人より優れた才能があったこと。


 教会は治療所も兼ねている、怪我人を寝かせる場所もあり、その手伝いに彼が駆り出されるのも当然だった。


 教会の持つ治癒の奇跡は、魔法とは違う名前だが、おそらく同一の理屈だと彼は考えている。


 しかし、魔法と奇跡は大きく、難易度という点で異なる。


 治癒を行える治癒者は教会内に一握り、千切れた腕をくっつけられるとなれば、両手で数えられる程度。


 彼の住む教会にいた治癒者は、切り傷や火傷、せいぜい指を繋げられるくらいだった。


 だからこそ、その治癒者不在の状況で担ぎ込まれた重傷者が無事に治ったことは、神の奇跡だと思われた。


 ソレを行った当時十歳の彼は、全身全霊を持って、傷口を清潔に保ち、血の噴き出す部分を的確に治し、何十回という治癒の奇跡を使い、見事に肉体を繋げて見せた。


 教会は歓喜した、その少年の能力に、そしてその無垢さに。


 そして、教会は利用した、その少年の仕事は必然、怪我人を治すことのみになり、それに彼は疑問を抱かなかった。


 教会最優の治癒者は、しかしながら自分がどれだけ凄いかは分かっていなかった。


 少年に運ばれてくるのは、ヒトの形をしていれば良い方で、助けられないことも少なくは無かった。


 少年が青年になっても、それは変わらない。腕を簡単にくっつけられるようになっても、折れた背骨を完全に治せるようになっても、間に合わないコトはあった。


 それは自然なことだった。青年に治療を求めるのは取り返しのつかない傷を受けた人間で、青年がいる教会に運ばれてくるまでに、大抵は死んでしまうからだ。


 青年が罵声を浴びせられるのは日常で、俯いてただ謝罪する。そんな青年の毎日に転機が訪れた。


「君が一番の治癒者か」


 ソレは黒だった。神の色そのものだった。


「魔王を倒す、魔物を滅ぼす、その為に協力して欲しい」


 日々訪れる怪我人、その殆どが、魔物の被害によるモノだ。


「僕で、力になれるのならば……」


 小さな、消え入りそうな声で言った青年は、勇者に着いて行った。


 青年は既に、教会で特別な、青年の為に作られた特殊な席に座っていた。


 その権力は青年が考える以上に強く、『偉大なる御方の遣わした使者の力になる』、と真面目な正論までぶつけられては、止められる者は居なかった。


 中には、血生臭い魔物殺しの旅なんて直ぐに逃げ帰ってくると楽観視していた者も教会には居た。


 しかし、毎日毎日、ほぼ死んでるような人間を相手してきた治癒者にとって、魔物の死体など観察の対象でしかなく。


「…………殺生って、良かったっけ?」


「…………?」


 時には、自ら杖をぶん回し、魔物のド頭カチ割ることすら平気な顔で行った。


 しかし、治癒者はまだ自分が全然ダメだと思っていた。


 自己肯定感なんてモノがさっぱりない陰気な様子に、戦士は舌打ちし、更に治癒者は俯いた。


「どうしてそう自信がないんだ?」


 ある夜、勇者は尋ねた。


「悩みがあるんだろ、話してくれよ」


 勇者の言葉、治癒者にソレを距離する権利はない。少なくとも治癒者はそう思っていた。


「……僕は、完全に死んだ人を生き返らせることが出来ません」


「……うん?」


「完全に死んでいない、生死の境界に居る人ならば救えますが、心臓が完全に損傷した人は、百数えるうちで無いと、助けられません」


「……んん?」


「欠損した部位も、指先程度しか補填出来ません、撹拌された肉片を繋ぎ合わせるのに三十はかかります」


「よし、分かった、分かった……」


 溜め息を吐く勇者に、治癒者は俯く。自分はダメだ、全然ダメだと自責する治癒者。


 その顔を両手で掴み、持ち上げ、勇者はじっとその眼を合わせた。


「お前は凄いぞ」


「………………えっ?」


 たっぷり固まって、治癒者からやっと出た言葉はソレだった。


 勇者の眼に嘘は無い。きっぱりとした意志の強さ


「逆に聞きたいが、どうして凄くないと思ってるんだ」


「それは……」


 だって、自分は助けられなかった。多くの人が、自分のせいで死んだと言った。


「……僕が、助けられなかった人がいるんです」


「例えば?」


「……全身を火傷してしまった人や、上半身が溶解してしまった人……沢山の人を、僕は、救えなかった」


「よし、治癒者、一旦落ち着いて考えてみろ」


 勇者は一息ついて、言った。


「それは、多分出来なかったことだ」


「っ……けど、それでも僕は救わなくちゃいけなかった!……僕が、治さないと、いけなかった……」


「あのな、治癒者、無理なものは無理だぞ」


「なら、どうすれば、どうしたらいいんですか……」


 恨みのような、八つ当たり。彼は運ばれてきた怪我人を見て、もう助からないと半ば理解していた。それでも、自分のところに来たのだ、救えないものだからと、救わないのか。


「そんなの、今やってるだろ」


 当然のように、勇者は返した。


「そういう死人を減らすために、魔物を倒して、魔王を倒すんだ」


 ソレは取り返しがつかない、だから、ソレが起こる前に防ぐんだ、こともなげに勇者が言った。


「そ、れは……」


「だいたい、俺からしたら心臓ぶち抜かれても、百秒以内なら何とかなるってのが信じられないくらいだ」


 勇者は治癒者の目を見たまま、頬を掴んだまま、話し続ける。


「本当なら、そういうことにならないようするのが一番だ、普通だったら、致命傷は死に直結するからな」


 けれど、お前はそれを治してしまうから、気づかなかった。


 勇者は治癒者の間違いを、指摘した。


「お前は、取り返しのつかないことを無かったことに出来ちまった、だから、皆はお前に甘えて縋ったんだ」


 それは、的確だった。


 治癒者は現実離れしていた。絶対に助からないと諦める傷を、治してしまうほどに。


 だから、期待させてしまった、だから、死体すら運ばれてきた、だから、死体を生き返らせられないことに、罵声を浴びせられた。




「……なぁ、治癒者、兵士達は何であんなに戦えると思う?」


 波打つ彼の思考に、勇者は問いを投げ込んだ。


「それは、国のため……魔物の被害を減らすため、命懸けで……」


「ああ、でもそれじゃあ半分だ」


 ぐにゅと、治癒者の頬を左右に引っ張ってから、勇者はやっと手を離した。


「俺は兵士に、命を預けてもらうよう約束した、けどな、命を粗末にする気はさらさらない」


 勇者はきっぱりとした目で、治癒者を見た。


「兵士が命懸けで戦えるのはもちろん覚悟があってだ、その上で、もしもがあればお前に治してもらえるからだよ」


「……ああ」


 治癒者は眩しいものを見るように、その目を見た。


「お前は凄い、お前自身がそう思えるまで時間が掛かるだろうが、それでも、お前は凄いんだ」


 勇者の言葉に、治癒者は初めて、救われたと思った。


「何せ、お前は『勇者の治癒者』、神に遣わされた勇者が認めた、世界一の治癒者なんだからな」


「……はい、勇者様」


 膝をつき、流した涙は暖かくて、勇者が慌ててハンカチと手を交互に出す様子に、彼は微笑んでいた。



 魔物を倒す最前線、魔王を滅ぼす旅の中、何人もの傷があった、何人もの死があった。


 しかし、それは全て彼の近くで起こったこと。かつてのような、完全な死体が運ばれてくることなどない。


 死は覆る。


 致命の傷は塞がり、応急処置をした傷を塞ぎ、兵士は自らの命を燃やし尽くせた。


「完全に死なない限り、その命を呼び戻して見せます」


 彼の顔は、もう俯かない。


「僕は『勇者様の治癒者』ですから」


―――――――――――――――――――――



『もう……アレだろ、絶対抱けるだろ、別に今でも抱けるだろ』


 抱ける抱ける、なんて言う聖剣に、そんなに育ちについて突っ込まれたくないのかと勇者は思う。


「はぁ……」


『出たなカスドラゴン』


「カスドラゴンってなんだよ」


『ブレスが溜め息のドラゴン』


「カスだな、だが、カスドラゴンになるってもんだ、治癒者が全く分かっちゃいない」


 はぁ、とまたこれ見よがしに溜め息を吐いた勇者、次は普通にカスと呼ぼうかと聖剣は思案した。


「治癒者は、『勇者のお墨付き』で自信がついたんだぞ、逆にそこまで自信無しだったんだぞ、あの常識破り」


『常識破りって……』


「アレが常識破りじゃないなら何だってんだ、現代医療が裸足で逃げ出す……いや、病気は別か? この世界、魔力のせいか病気とか少ないしな……いや、それでもだ」


『まぁ、確かに、治癒の奇跡があそこまで出来るのは……居ないよな』


 聖剣は同意する。恵まれた才能に、それに合った経験を積み、半ば常識から外れた力を手に入れた治癒者。彼は確かに特殊な存在だ。


「ああいうのに『僕は出来損ないです』みたいな顔されると困るんだよ……自己肯定感手に入れてからは真逆になったけど……」


『そうだ、それだぜ勇者!治癒者なら助けてくれるだろ!あんだけ勇者様勇者様って擦り寄ってきてたんだしよ!』


「言い方ってモンを考えろよ、あと、話聞いてたか?」


 このポンコツめ、やはり剣にヒトの情緒なんて分からぬか……と、勇者は聖剣にジト目を向けた


「治癒者の自己肯定感を担保したのは『勇者』って名前ブランドだ、教会出身の治癒者にとって神は最高、ならその神に遣わされた勇者も中々良い」


 つまり、力を失い、(くろ)を失った俺は、治癒者にとって邪魔でしかないさ、と続けた勇者に、聖剣はそうかなぁ? と思った。


『治癒者はそこまで考えてるか?』


「ああ、考えてるね……昔みたいにネガティブならともかく、今は自分の価値ってモノが分かってるつよつよ状態だ、損益でしっかり判断するさ」


『そうかなぁ……恩義はプライスレスだと思うけどなぁ……』


「恩義だけで世の中回るわけないだろうに……治癒者に助けを求めてみろ、『はぁ、がっかりですよ、勇者様……貴方がここまで馬鹿だったとはねぇ!』で戦闘開始、即撲殺になる可能性だってあるんだぞ?」


『それは無いだろ』


「まぁ無いと思うけど、でももう邪魔ってことに違いは無いんだし、危うい状態になる前に逃げといた方がいいだろ」


『そういうもんか……?』


「そういうもんだよ」


 聖剣は考える。教会内で一大勢力となっている勇者派、その筆頭である治癒者。旅の途中、コソコソと勇者の言行録を書き記していたことも、聖剣は知っていた。


『……そういうもん、かもな』


 確かに、なんか危うい気はするなと、聖剣は同意した。


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