勇者と戦士
『しっかし、勇者よ、オレサマは分からないぜ』
王都から離れる馬車の中、聖剣は急に切り出した。
「なんだ、薮からスティックに」
ヤブカラスティック? と聖剣は首を傾げ(たような雰囲気出し)つつ、いやな、と話し始めた。
『やっぱ、仲間を頼るべきじゃねぇのか?』
「力が無くなったから、養ってくれってか、ははは」
『いや、冗談じゃなくて』
聖剣は勇者に引き抜かれた時から、ずっと勇者の側に居続けた。故に、聖剣には勇者の行動を、交友を、全て知っている。
『たとえば、戦士とか──』
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戦士は、狼人族の族長である。
獣人にとって力とは何よりも重要視されるモノで、 狼人族は更に輪をかけてそれが強い。
強さとは身分、強さとは誇り、少なくとも狼人族の中ではそれが常識だった。
「テメェが勇者かよ、ホントに強ぇのかよ、おい」
だから、狼人族の住処に来た勇者に彼女が絡んだのは、致し方ないことだった。
戦士は女であり、しかし生まれながらに強者だった。
決闘の敗北は姉に数回のみ、それも幼い頃、成人してからは不敗、最強の名を我がものとしてきた。
戦士の嫌いなモノは二つ、一つは自分を侮られる事、もう一つは弱いモノを守ること。
女が男に勝てるわけない、そう侮った男を何人も半殺しにした。彼女にとって、男は弱い、そんな弱いものをわざわざ守るなんて面倒だ。
強者はただ強者と戦うべき、弱者はそれを邪魔しないように逃げればいい。ある意味、貴族的と言えなくもない高潔さ、彼女は自らのために敵を倒す、そこに他者の割り込む余地はない。
そんな彼女が、決闘で、負けた。
完膚なきまでに、叩きのめさせられた。
「が、はっ」
勇者は戦おうとしなかった。
彼女はソレに苛立った、勇者は見掛け倒しだ、腰抜けだと面と向かって言っても、勇者は気にしなかった。
とうとう痺れを切らし、勇者に決闘をふっかけ、そして、彼女は完敗した。
「降参しろ」
勇者は息一つ上がっていない、冷静に、端的に、戦いにすらならず、敗北した。
彼女は諦めずに立ち上がる。それは七度目の、根性だけの立ち上がり、そして八度目は無かった。
「もう終わりだ」
場外へ置かれた彼女は、初めて弱者となった。
身が焼けるような怒り、臓腑を抉る苦しみ、発狂しかねない苛立ち。
オレが、このオレが、男に負けた、あんな、あんな男に負けた!!!?!!?
がは、と血の混じった嗚咽を吐き出す。目の前がぐらぐらと揺れる。負けた、男に、負けた、完膚なきまで、負けた、負けた、負けた負けた負けた!!!?
風景が滲み、彼女は絶望した。目から溢れかけている熱い塊、築き上げたプライドは高く、ソレがへし折れたときの高度差は余人には想像し難いモノだった。
つまり、彼女は、幼い子供のように、涙を流しかけ
「俺は勇者だ」
目の前の男は、彼女の頭を掴み、下に向けた。
「俺は勇者だ、勇者が負けるわけないだろ」
周りから見れば、それは勝利の誇示。強者が敗者を踏み躙る姿に他ならない。
「……だから、お前は男に負けてない、俺は男である前に勇者だ、『お前は勇者に今日負けた』、それだけだ」
小さな声で付け加えられた言葉に、小さく彼女は鼻を鳴らした。
落ちた涙は誰にも見られず、土に染みた。
狼人族での魔物退治を済ませて去る勇者に、彼女は着いていった。
いつか勇者を倒す、そのために着いて行くのは、狼人族として正しい姿だ。
かくして、彼女は戦士となった。戦士と勇者は幾度となく決闘し、そして彼女は負けを重ねた。
「…………クソが」
100回目の敗北は屈辱そのものだった。戦士は本を読む勇者を見ながらイライラと悪態を吐く。
勇者は強い、一切鍛錬をしていないのに強い。
そのくせに、ソレをなるべく使わないようにしているのが、戦士の苛立ちの元だった。
会話、交渉、指導、交流。
戦士には分からない、勇者はその気になれば、暴力でなんだって言う事を聞かせられる。なのにどうして、わざわざ相手と話しをして、機嫌を取るような真似をするのだろうか。
戦士には分からない、勇者一人で済むことを、どうして複数人で行おうとするのか。魔物退治にわざわざ兵士を使う必要が、いったい何処にあるのか。
「……なぁ、勇者、テメェ、なんでアイツらに戦わせてるんだ?」
戦士は気になったら直ぐに質問する。その直情さに、勇者は慣れたモノだった。
「経験を積みたいんだ」
「……アイツらのか?」
兵士はその辺の人間より少し強い程度、磨けば光る奴も何人かいるが、何人集まろうと自分の爪一つ壊せないだろう。
「違う、俺のだよ」
「は?」
「考えてもみろ、俺は強い、けど一人だ、もしも街に三体魔物が来たら、ひょっとすると一体ぐらい街に着いちまうかもしれない」
「……なるほど、時間稼ぎか」
戦士は納得した、そうだ、コイツの仕事は敵を倒す事じゃない、弱者を守ることだ。
「けっ、なんで強者が弱者を守るんだか」
戦士は溜め息を吐く、誇りある獣は肉を独り占めしない、しかし、全て分け与えるなんてしない。強者が弱者に従っては、あべこべだ。
溜め息混じりの独り言、返事を期待していないそれに、
「……まぁ、お前ならいいか」
と勇者は少し考える素振りの後に言った。
「誰にも言うなよ、俺、弱いんだ」
「…………はぁ?」
低い低い、呆れ返った声を出した戦士、その目を見ながら、勇者は言う。
「勇者の俺は強いが、コレは神に与えられたモノだ、本来の人間としての俺は弱い」
「弱いって、治癒者くらいか」
「あんな強くない」
「……なら、兵士くらいか?」
「いや、もっと弱い」
「……ガキくらいとは言わねぇよな?」
「十歳の子どもって、林檎握り潰せるか?」
「……林檎?そりゃ、潰せるだろ」
「じゃあ、それより下だ」
嘘だろ、と睨み、勇者の顔が変わらないのを見て、嘘だろ、と目を見開いた戦士。
「……あのな、こっちの世界じゃそのくらいが普通なんだよ、林檎を素手で潰せるなら、若干自慢出来るぐらいにな」
「どんだけ雑魚なんだよ……」
未だに衝撃の抜けない戦士は、なら、と勇者に尋ねた。
「あれは、最初の決闘の時は、アレ、本気だったのかよ!?」
「アレってなんだ」
「『男じゃねぇ、勇者に負けた』ってヤツ」
「ああ、勇者の力が無かったら、お前の指一本にボロ負けする自信がある」
「…………マジか」
呻く戦士を尻目に、勇者は話を戻した。
「俺は弱い、だから弱い気持ちはよく分かる、誰かに助けてもらいたい気持ちも、助けられたことだってある」
「……それが、助ける理由か?」
「ああ、お前に分かりやすく言うなら、俺は、俺を助けたいんだよ、何の力もない俺を、めちゃくちゃ強い俺が助けてやりたいのさ」
それは身体と地続きの理屈で、すとんと戦士の中に収まった。
「なるほどな」
産まれながらの強者だったわけではない、ならば弱者の理屈で動くはずだと、戦士は納得した。
「それに、兵士を使ってるのはもしものことがあると怖いからだ」
「もしもって、なんだよ」
「例えば、俺の力が急に使えなくなるとかな」
戦士には無い発想だったが、しかし、当然だと気づいた。勇者の力が『勇者』になった瞬間与えられたモノであるならば、それが直ぐに無くなると考えても可笑しくない。
力とは、手に入れた時間が長いほど長持ちする。逆もまた然り、簡単に無くなってしまう可能性もある。
「だから、兵士は必要だ……誰かの命を背負うなんて気苦しいが、治癒者がいるからな、兵士達も理解してくれてるし……もしもが起こらないように……ワンマンなんてもってのほかだ……」
ぶつぶつと思考に沈む声を聴きながら、戦士はその横顔を眺めた。
背が低く、顔立ちも幼い、勇者はこれが異世界の普通だと言っていたが、戦士は未だに信じられない。
少し、戦士は勇者に倣って思考した、議題は勇者と嫌いなモノについて。
戦士は侮られることが嫌いだ、しかし、別に女扱いが嫌ってわけじゃない、むず痒いだけだ。
勇者は戦士を女扱いしたが、一度だって女であることを馬鹿にしては来なかった。
それを踏まえて、弱者を守ることはどうだろうか。
「…………ああ」
考えてみれば簡単な話だった。戦士は、弱者を守るのが嫌なのでなかった。
ただ、自分に陰口を言うようなヤツは、狼人族の中では弱者しか居なくて、そこが一括りになっていただけ。
ただ、自分を侮って決闘をふっかけてくるようなヤツが、男しか居なかっただけ。
「……弱者にも、いいヤツはいるか」
ぽつりと出た言葉はつまりそういうこと。
もしも力を手に入れたら、誰かを助けるために動く弱者がいる。
そういうヤツはきっといいヤツで、目の前にいる勇者は、おそらくそういうヤツなのだろう。
「……勇者、オレはお前に借りがある、なんか欲しいモンとかあるか?」
「………………借り?」
思考に揺蕩っていた勇者が、戦士の言葉に戻ってくる。
「ほら……アレだよ、アレ」
「アレってなんだ?」
「……だから、最初の決闘、オレが負けた時だよ」
あの決闘で、勇者が頭を掴んで下げさせなかったら、彼女は惨めに泣いていて、それを他の奴等に見られれば、自分はきっと立ち直れなかった。
思えばあの時、弱者は強者に守られた。それを返さなければ、いつまでもオレは勇者より弱いままだ。
「ああ……今更か?」
「うるせぇ、今更で悪いかよ」
ふむ、と勇者は考え、ピンと答えを出した。
「なら、もし俺が勇者の力を無くしたら、守ってくれよ」
「オレが、テメェをか?」
勇者はしたり顔で言う。
「ああ、もし俺が勇者の力を失って、お前が言うところの弱者になったら助けてくれよ」
守られた分守る、ほら、分かりやすいだろ? と、勇者は微かに笑った。
「……仕方ねぇな、分かった、約束だ、テメェがクソ雑魚になったら、オレが責任持って助けてやる」
「ああ、まぁ、勇者の力が無くなるなんて考えたくないけどな」
「まったくだ、だいたい、まだオレは勝ってねぇんだからな」
「いつか勝てるといいな」
「他人事みたいにいいやがってよ」
いつもの会話に、以前のような棘はない。
守られた分を、守り返してくれ。
勇者の言葉は軽く、それが『一度助ければ帳消しだ』と言う、それだけの意味しかないと、戦士は気づいていた。
しかし、それでは納得できない。
戦士があの瞬間に守られたのは、それまでの強者としての全て。その分を返すならば、弱者を、力を無くした勇者を特別に一生守るくらいはしてやろう。
ソレを彼女が口にしなかったのは何故なのか。
ソレが心の中に留まって、温かいまま残っているのは何故なのか。
彼女はソレを口には出さず、胸の内に留めておいた。
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『──って、話してたじゃねぇか』
「はぁー……お前って本当、剣だよな」
聖剣に溜め息を吐く勇者は、白い髪を摘んだりして笑った。
『クソ雑魚になった今、約束通り助けてもらおうぜ』
「アレは戦士なりのリップサービスだよ、本気で助けてくれるわけねーだろ」
『なんだリップサービスって、エロか?』
「お前なぁ……気の利いた冗談って意味だよ、まったく……無意識翻訳機能はどう訳してんだ……」
リップサービスの異世界語訳に意識を飛ばす勇者に、聖剣は諦めず尋ねる。
『そうか?冗談には聞こえなかったけどな……』
「冗談に決まってるだろ、本気にすると迷惑なヤツ、会話を円滑に進めるための、それだけの話さ」
『そうかなぁ……?』
「だいたい、もう忘れてるだろ」
『そうかなぁ……??』
聖剣から見て、勇者と戦士は仲が良かった。毎日のように殴り合い、終わった後に拳をぶつけ合うような青春情景。
「だいたい、アイツ、強いヤツにしか興味ないだろ?」
『まぁ……確かにそーだな』
「俺とアイツが仲良く見えたのは、俺はアイツに勇者の力を、アイツは俺に戦士としての働きを…………互いが持ってたモノがあって成り立つ中なんだよ」
金持ち同士の仲の良さは、片方が貧乏になれば失われるモンだろ? と言ってのける勇者に、聖剣は眉を顰め(るような雰囲気を出し)つつ、けどと食い下がる。
『勇者はアレだろ、もし戦士がざっくり傷ついても放っておかないだろ?』
「そりゃ当然、そうだな」
『なら、戦士だって、勇者を放っておかないだろ?』
「あー、ダメダメ、セイ、他人に期待しすぎだよ」
勇者はその意見を鼻で笑い飛ばす。
「俺が誰かに優しくするからって、その誰かが同じようにするわけない、だってその必要がない、それは期待しすぎ、求めすぎ、他人は他人で、善意は無償だ」
『……お前って、友達甲斐がないよな』
オレサマドン引きだぜ、と言う聖剣に、勇者は若干真剣な顔で言う。
「それに、『勇者じゃねぇ男のテメェに用はねぇ!!ぶっ殺してやんぜ!』、とか言われるかもだし……『積年の恨み晴らしてやらぁ!勝ち逃げ許さねぇからな!』、とか殺されるかもだし」
『…………なるほどー』
つまりは、アレだな、力が無くなった今、戦士への対抗手段が無いから、怖いんだな。
聖剣はそう思ったが、口には出さなかった。
まぁ確かに、僅かに劣るとはいえ、勇者と対等の戦いが出来るようになった、唯一の化け物だしなと、聖剣すらそう思ってしまったからだった。




