幕間 勇者、姿を消す
朝、勇者を呼ぶのは仲間の役割だ。
魔王を倒した勇者とその三人の仲間。
治癒者、戦士、魔法使いは揃って勇者の部屋の前に立った。
「おい、勇者、さっさと開けろ!」
女にしては少し低めの声を響かせる極めて長身の獣人。狼人族の現族長にして勇者パーティの戦士だ。
毛皮が半分以上覆っている腕を組み、長い爪が生えた指を腹立たしそうにかつかつと動かす。人より大きな胸は腕の圧迫で窮屈そうだ。
二秒、三秒、切れ長の目がジロリと剣呑な光を纏う。緋色の長髪が僅かにゆらめく。
チッと舌打ちをし、扉を蹴り破ろうと足を動かしかけて────
「やめてください、普通にノックすれば良いでしょう」
丁寧な言葉で、コンコンコンコンと扉を叩いた男は、勇者パーティの治癒者、死にたてほやほや新鮮なら生き返らせる凄腕だ。
灰色のゆったりとした教会服を着た緑の髪の、勇者より若干背の高い彼は、背筋を伸ばし、静かに待つ。
二秒、三秒、返事はない。再びノックを四回、返事はない。
「勇者様、勇者様!!朝ですよ!!」
声を上げるが、返答は無い。
「よし、じゃあ蹴ッ飛ばすか」
「やめてください、勇者様に迷惑がかかります」
「おう、今、オレがかけられてる分、アイツにかけてやんだよ」
「貴女はどうしてそうチンピラなのですか、勇者様の戦士という自覚がですね」
扉を前に口論を始める二人を尻目に、魔法使いは扉に手を伸ばす。
「二人、見て」
紡ぐ声は途切れ途切れの、単語を押し出すような音だ、しかし彼女はそれが普通だった。
「開いて、る」
二人に目を向けた魔法使いは、無表情だ。彼女は常に無表情である。着ているローブの丈からも分かる小柄さ、子どものような高い声に、褐色肌と少し尖った耳を持った、仲間ですらいまいち何を考えてるか分からない女だ。
目深に被った広いつばの帽子から溢れる長髪の色は空より蒼く海より青い。
するり、躊躇いなく入る魔法使い、後を追う戦士と治癒者。
三人が抱いていた感情は、怒りではなく、珍しいというモノだった。
勇者は几帳面で、呼べば待ってましたと言わんばかりに聖剣をパシパシ手のひらで叩きながら現れるのが普段なのだ。
魔王を倒して気が抜けたんじゃないかと、戦士は喝を入れようと思っていた。
魔王を倒してやっとゆっくり休めたのだと、治癒者はあと数時間なら休ませる気だった。
特にそんなことを考えず、危機感を一番持っていたのは無表情の魔法使いだった。
「……勇者様?」
すん、と鼻を鳴らした戦士は、その場にいないことを治癒者より先に理解した。
「どうも、腹でも壊したらしい、もしくはしょんべんか」
はぁ、と首を鳴らす戦士に、
「違う、これ、見て」
魔法使いは、机の上を、そこに置かれた紙をじっと見ながら言った。
戦士と治癒者はソレを覗き込み。
「何の冗談だ?おい、おい!?」
「…………嘘でしょう?」
「冗談、だよね」
『
魔王の脅威は去り、勇者の役目は終わった。
神の遣わした勇者は今より先には不用、これからは皆で支え合う人の時代だ。どうかより良い世界を、より良い社会を築いてくれ。
もしこの先に、人の手に余る厄災が現れた時、その時は再び神は新たな勇者を遣わすだろう。
一にして全たる偉大なる女神の加護があらんことを
⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎
』
文末に書かれた勇者のサインは、見まごうことなく異世界の言語で彼を示すモノだ。
その手紙をじっと見つめたまま、三人は固まっていた。
やっと動き出した三人は、直ぐに王に話をつけ、王都中を動員された騎士は捜索した。
しかし、勇者は見つからなった。
「……で、どうするよ、別にオレはどうでもいいけど」
戦士は言った、吐き捨てるように。
「……僕も、勇者様のお考えであれば、無理に探すなどするべきで無いかと」
治癒者は言った、祈るように。
「「……………………」」
戦士と治癒者は、互いの言葉に苛立ちつつも、互いに表に出さない。
「なら、勇者、探さない、決定」
魔法使いは言った、無情に。
「いや、だが、勇者の奴が逃げたのは気に食わねぇよな」
「最後に一言ほど、挨拶はしておきたいですね」
「……………………」
魔法使いは黙り込み、二人をじっと見る。
勇者が居なくなって構わないと本気で思っているなら、王へ勇者探しの頼みなどしないのだし、王城の騎士を動員だなんてさせないのだ。
「ああ、確かに、勇者のやつが『勝ち逃げ』するのは気に食わないし、最後に一発や二発ぶん殴りたいよな、うん、仕方ない」
「まだ負けたりないんですか貴女は……けれど、ええ、勇者様が突然居なくなるなど教会にも影響が出かねません、ええ、一言二言、必要ですよね、はい」
戦士と治癒者は若干早口で言った。
そして、互いに互いをジロリと睨む。
「……お前な、アイツを勲章かなんかと勘違いしてんのか? 『勇者の治癒者』って肩書きを無くしたくないだれだろ」
「それはこちらの台詞です、貴女は勇者様を倒したいだけではないですか? 勇者様に何百敗かしてましたよね、いい加減、格の違いに気づいたらどうでしょうか」
「…………テメェ、ぶっ殺すぞ?」
「狼人族全てが、教会の治療を受けられなくなりますよ」
「「………………………………」」
互いに互いが睨み合い、はぁとどちらともなく溜め息、勇者が間に入らなければ、こんなふうだ。
二人の逸らした目線は、当然残り一人の元へと行った。
「「………………………………」」
不毛な話し合いには付き合ってられないと、魔法使いはさっさと立ち去っていた。




