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最強勇者、最弱になったので逃亡する  作者: 心我 湧立


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2/11

勇者、逃亡する

『はいはい、お疲れさま、いやー、君はよくやってくれたよ』


 魔王を滅した夜、勇者は気がつくとそこに居た。


 真っ白な何も無い空間、耳が痛くなるような静寂。


 それをぶち壊す、黒衣の女。


「ああ、どうも……」


 この謎空間、そしてその女は、勇者にとって二度目だった。


「女神様、俺はちゃんと出来たんだな」


 その言葉に、うんうんとはにかみ頷くソレは黒。


 長い長い黒髪に薄ら青みがかった灰色の肌、全身を飾る衣の色は黒、周りに纏う気配も黒。常に目を瞑っているが、きっと瞳も黒に違いないと思わせる黒ずくめ。


 初見、邪神かな? と彼が思ったのも無理のないソレが、この世界の女神だった。


『いやー、ここまですいすいことを進めてくれるとか、日本製は良いねぇ、リピート確定だよ』


「……で、女神様、ここに連れてきたってことは、俺を日本に帰してくれるってことかな?」


『わぉ、容赦なく本題に入るね、世間話には付き合うものだよ勇者クン』


 まあいいけどと微笑って、瞼を開くことのない女神は話を続ける。


『日本に返す手段は無いよ、帰す気もない』


「……だよなぁ」


 少し落胆しながらも、ショックは少ない。だって俺自身、都合良く帰れる気はしていなかったのだし。


『そこは泣きながら縋りついて欲しいなぁー、お願いします女神様ぁ! どうかボクを故郷(ふるさと)に帰してー! って』


「それやったら帰れるのか?」


『私が楽しい』


 ……やっぱり邪神の類なのでは、と勇者は思う。


 しかし、と彼の疑問が浮かんだ。


 帰してくれるのでないなら、どうして此処にまた喚んだのだろうか?、と。


『ああ、それはシンプルに、仕事は無事に終わったって伝えるためだよ、魔王の脅威はもう無い』


「……そうか、それなら良かった」


 異世界に来てから五年、頑張った甲斐があった。勇者はナチュラルに心を読んでくる彼女に、プライバシーもへったくれもないなと思いつつも、無事に役目を終えられた達成感でいっぱいだった。


『じゃあ、そういうことだから、元気にやりなよ、()()()()()!』


 そう最後に言って、女神は嗤う。


 口端をにんまり吊り上げたその顔に、勇者の背筋がぞぞっと震えたが、意識はするりと落ちていく。








「はっ!?」


 気づくと、彼は現実に帰還していた。


 ベッドの中で目を覚まし、荒い息を整える。


「ふー……あー…………あ?」


 なんか、なんだ?


 違和感、違和感、違和感。


 勇者は体全体に感じる妙なけだるさに、グッと手を握り、パッと手を開く。


「…………」


 いや、待て待て、まだ焦る時じゃない。


 試しに思いっきり、目の前の空気を殴りつけてみる。


 くにゅ、と出た拳は弱い。昨日までの勇者ならば、少なくともこんな柔らかい寝巻き(パジャマ)は腕の勢いで千切れているはず。


 逸る思考を抑えながら、月明かりの差す窓辺に移動して、髪の色を確かめる。


「…………ああ、どうするかなぁ」


 髪の色は、白。




 この異世界には、分かりやすいルールがある。


 それは『髪の色』、『黒に近いほど強く、白に近いほど弱い』。


 だからこそ、黒は尊ばれる色、力の象徴、重く硬く強い、神の色だ。


 一方で白色は、弱さの証。


 冒険者とかいうヤツのランクも『白』が最低で、『黒』が最強だったっけ?と、勇者は思い出し、ははは、と空笑い。


 つまりは、詰まるところは、今の俺は、最弱ということか。


「女神様さぁ……お役御免になったら即没収かよ……」


 身体を動かして、身体能力を確認する。うん、日本での自分と同じくらいだ。なんか懐かしさすらあるなぁ、なんて、ははは、とまた笑う。


「いや、笑ってる場合じゃないぞ……」


 この世界、魔力とかそういうモノがあるせいで、軒並み身体能力高いのだ。


 今の俺だと、多分、身体のサイズでどうにか六歳児には勝てるくらいだろう。十歳には確実に負ける、だって奴ら髪色濃くなってるし。


 勇者は思考する、今の身体能力と立場を測って、


「……よし、逃げるか」


 ぽつと呟いたが早いか、服を着替え、荷物を纏める。


 一応、いつだって逃げられるように準備しておいて良かった。どんだけでも入る魔法の荷物入れから、一般逃亡用の資金と物品の入った背負い鞄(リュック)を取り出し、担ぐ。


「…………重いな」


 ちょいちょいと、中の水や食料を半分以上荷物入れに戻す。どうにか身軽に動ける重さになったところで、紙とペンを出し、伝言を残す。


「ええと……『勇者の役目は終わった』……『これからは皆で支え合って…』、いや、違うか……『皆で支え合う人の時代……』、こっちだな、それっぽい……」


 要約すれば、『魔王の脅威は去った、女神からそう言われたから、勇者はもう要らないだろ、ほな!!』という内容だ。


 最後に勇者サイン(日本語)を描いて本人証明……そうか、言語翻訳能力はまだ生きてるんだな、とその時初めて気づき、勇者は安心した。


 便利魔法道具は正直持って行きたい。喉から手が出るほど欲しい、欲しいがダメだろう。流石に価値が高すぎる。ああ、でもこの荷物入れさえあれば、いや、置いていくんだ。でもなぁ……


 勇者は逡巡しまくったが、やはり置いていく、もしも探されたりする理由になったら厄介だと、血涙流すほど悩みながらも諦める。


「よし、これでいいよな……」


 机の上に置いた魔法道具各種に、最後に恨みがましい目線を向けた後、勇者そーっと部屋から出て──


『いやいや!? 待て!! 待てよ!! このオレサマを置いていく気かよ!!?』


 慌てて部屋の扉を閉め、ベッドにすっ跳ぶ。彼の人生の中で二番目にキレのある動き。因みに一番は、独りでお楽しみ中に、部屋の扉を母親が明けた時だ。


「黙ってろ!セイ!」

『これが黙ってられるか!?袋持っていくか散々迷ってたくせに、オレサマは眼中に無しか!?ええ!?』

「マジで黙ってろ!」


 ベッドの隅に転がしてあるソレを布団でぐるぐるに包む。


『おい、やめろ!ぐるぐる巻きにするな!!』

「お前を連れて行くわけにはいかないんだよ」

『なっ、オレサマあってのお前だろうが!』


 ええい、煩い、声がデカい!!


()()持ってない勇者なんて、勇者じゃねぇだろ!?』


 もう勇者じゃないんだよ。ああ、もう面倒くさい。


 セイ……聖剣は、普通に剣だ。


 灰色の片手剣、西洋チックな両刃の、世にも奇妙な喋る剣。


 ぎゃーすかぎゃーすか声を出し、仕舞いには魔力を飛ばし王都の奴らを叩き起こすというテロ(おどし)に勇者は屈した。


「……よく考えててみろ、もう俺は要らないんだよ、勇者はこの世界に不用なんだ」


『それはいい、だが、なんでオレサマを置いていくんだ薄情者』


「薄情って……」


 こんな問答している時間が惜しい、前の身体ならいざ知らず、今の俺は全力で逃亡してやっと明日の夜に隣街に行けるかってレベル。


 普段は寝坊するくせに、こんな時に限ってどうして目を覚ますんだか……、勇者は自分のツイてなさを改めて認識した。


「……よく見ろ、俺の髪を」

『ん?……えっ?』


 ぐいと、鍔に嵌った宝石部分に髪を近づけると、聖剣は絶句した。


『ええええええええええええええええええええええっ!!?!!?!』

「馬鹿ッ煩い!!!!」


 冗談じゃない大音量に、勇者は聖剣を慌てて布団の中に押し込む。


『いや、だって、お前、ええ……?』

「魔王倒したから用済みなんだろうよ」

『…………ええ……?』


 中々にドン引きしているセイ、うん、そうだよな、俺もそう思う。


「ってわけだ、今すぐに逃げるんだ、国宝級な魔法道具は持っていけない、まして、お前みたいなのはだ」


『……なんで逃げるんだ?』


 オレサマさっぱり、と本気で分からなそうな聖剣に呆れ返る。コイツ、ここまで馬鹿だったか?


「ぶち殺されるからに決まってるだろ、今まで俺に手出し出来なかった奴等が、全員殺しにくるぞ」


『………………』

「………………」

『………………は?』


 訳が分からないよ、と言わんばかりの聖剣の様子に溜め息を吐く。コイツは人間というモノがさっぱり分かってないらしい……いや、剣だし当然なのか?


「いいか、セイ、前までの『勇者』は力があった。その力を提供していたから、『勇者』という地位が許された」


「だが、今は力が無い、つまり『勇者』は肩書きだけ、鬱陶しいことこの上ない立場さ」


「つまり俺が、『力無くなったけど、勇者だぜ』とか言ったらぶっ殺されるわけだ、簡単だろ?」


『そうか? だってお前、世界救ったんだぞ?』


 だから何だっていうんだろうか。現実的に考えろよ現在的に。


『なら、仲間はどうだ、アイツらなら助けになるだろ?』


「お前、ほんとに世の中ってモノが分かってないな……」


 奴らはむしろ真逆だ。勇者の旨みを求めてるんだ、力の無くなった俺は、ただの邪魔者……いや、あっ、殺される……?普通に殺される……?


『だ、大丈夫か?』


「……とにかくだ、そういうわけだ、じゃあな」


『勇者が逃げるぞぉおおおおおおお!!!』


「この馬鹿!!」


『オレサマを連れていけ、じゃないと本当に魔力飛ばしてこの王宮の全騎士が来ることになるぞ?』


「っ……くっ…………分かった、分かったよ、くそっ」


 今の俺は、力ずくにはとことん弱い。騎士一人にバレたら、その瞬間おしまいだ。


 力の無さを恨むぞ、ちくしょう。

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