勇者、空中デート……デート……?
「ちょっと、待って、ね」
ぐんぐんと高度と速度を上げる魔法使い、その腕に抱かれ、連れ去られる勇者は生きた心地がしなかった。
しかし、風魔法で膜でも張っているのか、高度差で耳が変になることすらも無い。少なくともまだ、俺の体に気を使っているらしいと、冷静に、努めて冷静に、勇者は考える。
「じゃあ、治癒、して、あげる」
ぷくぷくと肌が泡立つような感覚が、足首と肘と顎に、勇者は何で治すんだと怯えていた。
治癒者ほどではないが、魔法使いは簡単な治癒なら出来て、勇者の身体はすっかり治り、痛みだけが残っていた。
「……勇者、何で、逃げた?」
耳元で囁かれた言葉は、ほとんど死刑に近かった。きっと死に方は墜落死に違いない。
下を見ると、森が小さくあった。高度とか考えちゃいけない、森が小さいってなんだ、と勇者は震えながらも、声のした方に首を回し、弁明しようとする。
「お」
「え?」
瞬間、離された腕。勇者の身体は自由落下を開始する。
「うぇ、あっ、おえあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
あると思っていた場所に椅子がなかった時の恐怖、腰が、脚が、重さを支えていない恐怖、勇者はワタワタと腕を動かし、数秒の後に、魔法使いに抱き止められた。
「勇者、振り向く、急、びっくり」
魔法使いは『勇者が急に振り向いたから急でびっくりした』と言った。
「ああ……ああ……うん、わる、悪かった」
ガクガクと震えながらも、勇者は安堵し、至近距離にある魔法使いの顔を見た。
魔法使いは勇者を前から抱きしめている。
「う」
「えっ?」
ぱっ、と離された腕、勇者は再び自由落下。
「な、何でまた……俺はおもちゃじゃ……ないんだぞ……」
最初のように、魔法使いが後ろから抱きしめる形で救出された。勇者が弄ばれていると思ったのも無理はない。
勇者は内心で、漏らすモノが無くてよかったと、心底思った。
「……勇者、約束、覚え、てる?」
勇者の言葉に沈黙していた魔法使いは、再び耳元で囁いた。
「…………………………」
勿論、勇者は当然に覚えている。覚えているが、覚えていないとシラを切りたい。
だって、『魔法使いと戦い、負けたら玩具になる』なんて約束は今の勇者には不利すぎる。戦いにすらならないからだ。
「……覚えて、ない、の」
するりと魔法使いの腕が緩まったのを敏感に感じ取り、勇者は慌てて言う。
「お、覚えてるに決まってるだろ?!俺とお前で戦って、負けたら相手が好きにする、そういう約束だよな!」
「……うん」
魔法使いの腕が元に戻る、いや、違う、更に絞まる、勇者が身を捩ると、魔法使いはやっと普通に戻した。
「で、勝負、私、勝ち」
そして、勝利宣言。微かに高くなった声は、彼女にしては珍しい喜びの響きだった。
「い、いやいや、まだ勝負なんて……」
「また、落ち、たい?」
「あっ…………」
勇者は詰みだった。
「じゃあ、勇者、玩具」
無情な一言と共に、勇者は魔法使いのモノとなった。
「……………………」
「ゆー、あっち、行こ」
「ああ……うん」
勇者は圧倒的困惑の中にいた。
知らない街に着いたと思ったら、『楽しい』探しが始まった。
「ゆー、ゆー」
『勇者』と呼ぶと目立つ為、魔法使いは『ゆー』と勇者を呼ぶようになった。
勇者は圧倒的困惑の中にいた。
なんで、殺さないんだ……?てっきり俺は、直ぐにバラバラにされて、それでも生きてるみたいな玩具になって、衰弱死するまで弄ばれるとばかり……
勇者と魔法使いは、これまで二人でそうしてきたように、知らない街を歩いて回る。
売店を見たり、出し物を見たり……勇者が来たことのない街は、つまりは魔物による被害が少ない……少なくとも侵攻はされていなかったところで、割と栄えていた。
「ゆー、甘い」
「ん? ああ」
口前に差し出された舐めかけの飴もどきを、少し舐める、何だろこれ、硬い水飴みたいな、ほんのり溶けたグミみたい……
「…………甘いな」
「うん、甘い」
魔法使いがベロベロ飴もどきを舐めるのを見つつ、勇者は考える。
もしかして……もしかすると……
魔法使いの猟奇趣味は、ちょっとは抑えが効くようになった……のか?
そして抑えられてる間に、楽しいことを見つけようと……そういうことか!?
勇者の想像は外れているが、この状況を受け入れるには丁度いい勘違いだった。
「……あっちで大道芸をやってるらしいぞ」
「大道芸、なに?」
「ほら、前見ただろ、木片いっぱい投げてキャッチして繰り返したりとか」
「ん、見に行く」
そういうことならと、勇者はひとまず『楽しい』探しを満喫させようと思考を切り替えた。
もし見つからなかったら、今夜死ぬかな、俺…………なんて、心の中で思いつつ。
「……いやー、流石、有名な観光地だけあるな」
よっぽど上手いことやってんだな……ちょっと前まで魔王が居たんだぞ、魔王が……何で歴史ある観光地なんだよ。
勇者は内心思っていた、観光なんてしていられる情勢だったかと、いや、まぁいいんだけどさ。
夕日に染まる街並みと浜辺、魔法使いの飛翔により見えるそれを眺めながら、勇者は若干余裕がない。
今度こそ墜落死か、まだこのくらいの高度なら何とかなるか? 5点着地、5点着地だ、と勇者は気が気では無い。
後ろから抱きしめている魔法使いが手を離せば、勇者は普通に死ぬと想像できるからだ。
「ここ、名前、知ってる?」
魔法使いの言葉に一瞬詰まるのは、そんな想像に対する警戒からだった。
「……ええと、レールベーゲルだっけ」
「違う、別名」
「……王国一綺麗な港街?」
「もう一つ」
「恋人の聖地?」
「……そう」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………綺麗な眺め……だな」
勇者は戦慄していた。
もう、地に脚がついていないことなんてどうでもいいくらいに、背骨の芯から何やら悪寒が上がったり下がったりしていた。
まさか、いや、まさかな、そんな情緒が魔法使いにあるわけないし……
「………………」
ちらと魔法使いの顔を見て、さっと顔を戻す。
夕日に照らされてるせいだ、そうに違いない。あの魔法使いに、そんな、そういう感性があるわけないじゃないか、あっはっは。
勇者は必死に、若干顔が赤くなっているように見えなくもない魔法使いの顔を見なかったことにする。紛れもないクズの所業であるのは確かだが、状況的には無理もない。
勇者的には、何故か攫われ、生殺与奪の全てを握られた状態なのだ。これ以上の情報量はパンクしかねない。
「………ど、どうだ、楽しかったか?」
勇者は空気を変えようと、いつも『楽しい』探しをしたときのシメの言葉を言う。
いつものように、『楽しくない』だとか『とくになにも』だとか、『つまらなかった』だとか、そう言われるはず──
「楽し、かった」
「ははは、そうだろ楽しく……えっと?」
「………………」
何か言いたげな目線を向ける魔法使いは、もう一回、声を押し出した。
「楽し、かった」
「……そ、そうか、それは良かった」
ああ、なるほど、風邪か、もしくはタチの悪い魔法にでもかかってるに違いない。
思考がパンクした勇者は、くるりと冷静な思考になった。
「明日、明後日、ずっと、楽しい」
「………………そうか、うん」
「楽しみ」
「…………………………」
勇者は必死に、どうにか理屈を捏ねくろうとするが、結論はどうにもソレしか考えられなかった。
勇者は鈍いが、天文学的な鈍さではない、面と向かって伝えられた好意に気づかないほどの鈍さは持ち合わせていない。
「……楽しみだな」
勇者はどうにか、気づいていないようにも取れる言葉で誤魔化した。
夕日は沈み、勇者は無事に地上に帰還した。
地に脚がついていながら、まるで地面を踏む感触がしない。肉体ではなく精神の問題だ。
「じゃあ、宿、行こ」
「………………ああ、うん、一番良い部屋取ろうな、二つ空いてるといいな」
「一つ、だよ」
勇者は戦慄した。




